天地創造(4)

 となればだ

「まず彼らを飛ばそうといっても紙様にも制約があってねー整合性のない奇跡を頻発させると物語が壊れるのーあくまでもあらすじに与えられたとおりに執筆しなきゃならない」

「あらすじってこれかおうおうイニジエの栄光の旅ですな胸くそ悪いなおい」

 いけないイズミルがまたやさぐれ始めた

 ちょっと面倒臭い人だね彼は

「まあまあそれでね君の改行能力を使って欲しいのー」

「なぬ改行で何をどうしろと言うんだてかさっきから改行しまくってるだろ」

「自由意思で改行もできる」

 句読点が使えないからわかりにくいがこれは疑問系だリアンがいたらクエスチョンマークを末尾に搭載している

「常時発動を任意にすればいいだけだそれくらいは出来るてか改行ってか磁場だと思ってたんだが」

「まあそれはいいからーねえ改行の他に貴方空白も出来るんじゃないー」

「空白だと これのことか」

「そうそうそれそれその二つを重ねてね」

 個人的に句読点の代わりに空白を使うアイデアもあったが歯抜けで逆にわかりにくいのいで却下していた

「よおし火砲に弾を装填終了」

 聞こえるどうやらまた打ち込んで来るみたいだ

 あたしは早速とばかりにイズミルに指示する

「今だよー」

「まかせろ」

 刹那

「は


    っ   し

 どどど どどういう こと   だ」

 文章が崩壊した

 文字と文字があまりにも遊離しすぎてそれ自体に意味を成さなくなる

 これによって砲弾は発射されなくなった

 正確には発射する描写を不可能としたわけだ

 かなりメタい技術だがこれぞ紙様の持つ全能の証あたしたちの誇りだ

「よし混乱した」

 パチンとあたしは指を鳴らす

「混乱させるだけだぞ発射されたら終わりだ」

 イズミルにはわかっていないかそれも仕方ない話だ

 あたしは自信満々に答える

「ううんまだまだ地の文はあたしが支配しているから彼は地の文だけでは弾を発射できないんだよー」

 物理現象をあたしたちは自由にねじ曲げることが出来る法則も無効化できるそんな中で火砲を発射しようと思ったら台詞の力で発射したことにするか地の文で発射を描写するかしなければならない

 しかし後者に関してはあたしが完全に掌握しているためあたしがきちんと火砲の発射を記さない限りあの火砲は永久に動くことはないただの鉄クズだ

「だったらスミルナの力で台詞をいじっちまえばいいだろ」

 イズミルのごもっともな疑問

 あたしは人差し指を立てちちちと舌を鳴らす

「スミルナの力は台詞を生み出すか切るかだけ中身は帰らないのー」

「不便だな」

「しょうがないよー台詞は自由度が高くて言葉はいじくれないのーそれに地の文だって自然発生する現象はいじれないよーでもあたしは地の文自体を切断しているから相手は発動できないってわけー」

 ねじ曲げることができるといっても流石に無制限というわけにはいかないのが紙様のつらいところだ

 基本はあらすじや世界観の整合性と合わせるようしなければならない

 たとえば時代劇でミサイルや戦闘機を表記したりなんかはできないわけだいや無理すればできるけどそうなったらあらすじは壊れあたしたちは物語を紡げなくなる

「なるほどそういうことか」

 さて火砲が通じなくなって諦めてくれるかなと思ったら今度は魔法使いたちが腰を落とし攻撃準備を行なっていた

「なら私の魔法で」

 女の子の声が響く

 だが無駄だ

「今だよっ」

「おう」

 イズミルの魔法が炸裂する

「ガラ        エ    



  ア

 


  あ   あれ 詠唱 


 で き

な い」

 もはや何が何かわからない文章の破滅

 この瞬間詠唱は効果を成立させることができなくなったわけだ

「改行と空白を重ねれば詠唱は強制終了する魔法は使えないーそしてこの高さでは物理攻撃は届かないからねー」

 あたしは勝利を確信した後は

「さあてとどめをさそうかスミルナ台詞切って」

「いいんですの」

「いいよーあたしが紡ぐ」

「わかりましたわ」

 よし台詞は完全に消えたこれで彼らに対抗手段はなくなったわけだ

 もはや台詞は途切れ地の文での表現も不可能になった今彼らに為す術はない

 あたしたちは悠々と空を駆け王城へと向かうのだった


 空に遮蔽物などあろうはずもなく遙か遠くにぼんやりと飛行船らしきものが見えるだけで極めてストレスフリーな環境の中王城の前まで辿り着いた

 あたしはジェスチャーで台詞解禁を訴えるスミルナは頷き台詞を発動した

「ふうやっと台詞が出せますわ地の文だけだと色々キツいですわね」

 スミルナは純白のワンピースを正しながらそう一息つく

「やっぱり台詞がないとねースミルナ大好き」

 あたしはスミルナに抱きついたそして愛しさを全面に出して頬ずりを始める単なるスキンシップのつもりだったがスミルナは恥ずかしそうに顔を真っ赤に紅潮させながら

「あこらおやめなさいあんっ」

 そうどこか艶を持つ音吐を漏らした

 かわいいな素直にそう思う

 あたしはかわいい子が好きだ厳しいものとか冷たいものとか嫌いだそういう意味でスミルナは少し冷たいところがあるのは否定しないけれどでもあたしは知っているそれには理由があることを

 だから許してる

 そんなやりとりをしているとイズミルが何か言いたげな顔つきでじっとこちらを見つめていた

 あたしはスミルナから離れイズミルの方へと向かう

「イズミル寂しそうにしないのー」

「してねえよ」

 それは嘘あたしにはわかるんだから

「ほらイズミルもー」

 あたしは先程同様イズミルにもぎゅっと抱きつき頬ずりを行なう

「おいこらやめろ」

 そうは言うがあまり嫌そうではなかった

 やはり彼もして欲しかったんだわかるよその気持ち

 今まで誰からも必要とされず誰からも愛されず寂しい思いをしながら一人黙々認められる日を主人公になる日を夢見て頑張ってきたんだその夢が叶って嫌なわけがない

「えへへー」

 なんかあたしイズミルのこと気に入っちゃった

 するとちょいちょいとスミルナがあたしの肩をつっついてきた

「さ弥美イズミルそろそろ紡ぎましょう」

 こほんと一つ咳をしてイズミルから離れる確かにこんなことをしている場合ではない

「そだねー随分かかっちゃったねー何ページかかったんだろここまでくるのに」

「何ページとか俺にはわかんのだが」

「あーいいのイズミルはそれでいいんだよー」

「何か釈然としない」

 仲間はずれにされている感があるのだろうその点については申し訳ない気持ちもあるのだけどかといって彼にページの概念を説明したところで果たしてどこまで理解して貰えるだろうか世界は一冊の書物でありそれを紙様があらすじに沿って紡いでいるそんな事実理解は出来ても納得までは到底無理だ

 それをスミルナもわかっていて彼女はあたしとイズミルの間に割って入ってくれた

「まあまあリアンがいないため句読点も三点リーダーもダッシュも使えませんから多少不便ではありますが」

「まーいい加減紡がないと世界書が変なことになっちゃうよー」

「もうなってんじゃね」

「ソレ言っちゃメッ」

 あたしだって薄々気付いているんだから

「じゃあ紡ごー」

 あたしは目を閉じ指先に力を込める

 あたしの指は万年筆世界を紡ぐ万年筆

 世界執筆

 天地創造

 スタートだよ


 まずは透化王城の中を覗くリアンはいないみたいだけどこのまま執筆を勧める

 玉座に腰を掛ける恰幅のいい中年男性この国の国王陛下だ幾人もの衛兵で周りを固めどことなく物々しさを伝えている

 国王陛下はどこか見下ろすような視線を前に向けるその先にいるさらさらの金髪が印象的な好青年それがイニジエだ青で統一された軽服に胸から上を鎧でまとっており今まさに旅立ちの時といった様子を伝えている

「おおイニジエよよくぞ来たそなたが来るのを待っておったぞ」

 国王陛下は威厳の中にもほのかな稚気を含ませて嬉しそうにそう言った

「褒美に死をやろう」

 ストップストップストップストップ

 誰ふざけたのっ

「わたくし台詞の中身はいじれませんわ」

「俺に出来るわけねえだろ」

「ごめんちゃい」

「弥美ーっっっっ」

「ごめんなさいっ真面目にやります」 

 ついうっかり素が出てしまったあたしの性格が憎いっ

 じゃあ最初から

 イズミル空行一つつけてこれNGね


「イニジエよそなたも知っての通りと思うが今世界は滅亡の危機に瀕しておる」

「存じております国王陛下」

 国王陛下の言にイニジエは片膝をつきうやうやしく頭を下げる

 その様を見た国王陛下は満足そうに頷くと訥々と語り出した

「我が国が誇る精鋭部隊は全て封じられ世界は暗黒に閉じつつある」 

 暗黒と国王陛下が言ったように世界は今暗闇に包まれているのだ

 魔王は単に強大な力を有しているというだけではない魔王およびその配下には特殊な魔力が絶えずバリアとしてその身を守っておりこの世のあらゆる軍隊をもってしても傷一つつけることはできない

 村人の持つ火砲を用いてもモンスターの一匹すら倒せないのだ

 これに対抗できるのは生まれながらにしてその魔力を無効化できる性質を宿す血脈の末裔のみそしてそれが

「これを打破できるのは古の世に魔王を封じた英雄の末裔たるイニジエお主しかおらん」

 国王陛下が言ったようにイニジエというわけだ

「光栄にございます陛下」

 イニジエの声には力強い誇りと自信を感じさせ全身からは強いオーラめいたものをうっすらと放出している

「もはや朕にはどうすることも出来んそなただけが頼りぞ」

「お任せ下さい必ずや魔王を討伐しこの世界に光を取り戻してご覧にいれます」

 その言葉に国王陛下はがたんと立ち上がり衛兵の一人にアイコンタクトを送ると奥から何やら宝箱を持ってこさせたではないか

 そして宝箱を衛兵が開き中から一本の剣を取り出させる

「なんと雄々しい言葉ぞ朕は感服であるよかろうこの剣が持ってゆくがよい」

 衛兵がうやうやしく両手で剣を抱えイニジエに捧げる

「これは」

 イニジエは剣を受け取り柄の握り具合を確かめながら問うた

「当家に代々伝わりし宝剣ぞあと路銀も用意しようその剣を持ち存分に腕を振るうがよい」

 切れ味は未知数だが剣は両刃で柄には金と銀が撒かれ鍔には宝石があしらわれていた

 売ればかなりのものになるだろう戦闘では役立たずでもきっとイニジエの旅において必要となるに違いなかった

「かたじけのうございます必ずや魔王の首を陛下に献上いたします」

「期待しておるぞもし魔王の首を取ってきた暁には朕の娘を嫁に取らす用意がある」

「何ともったいないお言葉身に余る恐縮にございます」

 態度こそあくまでも国王陛下の前であるから慇懃とした態度は崩さなかったがイニジエの頬は明らかに緩みかけていたそれは紛れもない歓喜によって

「遠慮するでないではそろそろゆくのだ吉報を心待ちにしておるぞ」

「はっ」

 イニジエはすっくと立ち上がり早速貰ったばかりの剣を腰に差し衛兵から金貨の入った革袋を受け取ると力強い足取りで玉座の間を出王城を後にするのだった

 王城を出街をぶらつききょろきょろと周囲に衛兵やスパイがいないのを確認してからようやくふうと肩をなで下ろす

「さあて堅苦しい挨拶も終わりだ」

 元々イニジエはあまりかしこまった人間ではないだからどうしてもああいう場所でそれ相応の態度を取るのは肩が凝るものだった

 そして懐から金貨の入った革袋を取り出し手のひらの上でお手玉しながらじゃらじゃらと音を立てるスリなど怖くない立場だからこそ出来る芸当

「この金で適当に薬を買ったらいよいよ行くとするか」

 そう独りごち薬草やら防具やらを揃えいよいよ街を飛び出した

 眼前に広がるのは圧倒的な草原森と山々のせいで地平線は見えなかったがそれでも果てしなく続く荒野がこの旅の長さを全身に伝えていた

 イニジエは強く涼しい風を頬に受けながらふっと笑みを一つ

「荒野が俺を待っている」

 そして誰も居ないことをいいことに本音をぽろりと

「これが終わったら俺が次期国王かふふ腕が鳴るぜ」


 そんな光景を空の上から見つめながらあたしはぐいっと額にたまった汗をぬぐった

「ふうなんとかできたね」

 最後死亡フラグっぽくなっちゃったけどそこら辺はあたしらが操作するから何とかなるだろうするとぽんぽんとあたしの肩を誰かが叩く

 振り向くとそれはスミルナだったどことなく焦燥感を感じさせる顔つき

「ちょっとお待ち下さい弥美」

「どったの」

「パーティを組まずに旅に出てしまいましたわ」

「あ」

 忘れてた

「弥美ーっっっっ」

「ごめんなさーい」

 色々ありすぎてすっかり忘れていた

 スミルナははぁとひどく重いため息をついて首を二度横に振る

「もうこれ以上修正すると世界書が埋まってしまいますこのままやりましょう」

「完全一人旅だねーファミコンのRPGですらパーティ組むのに」

「誰のせいでこうなったと思ってるんですのっ」

「ごめんなさーい」

 また怒られてしまった本当にあたしはうかつ者です

 まあむしろ登場させるキャラが減ったからページの節約にもなるでしょう

 こういうのはポジティブに考えないと

 それに完全一人旅のファンタジーがないわけじゃないんだし

 具体名は言わないけどさ

 ああそれにしても改行最高っ

 しかしそんなやりとりにおいてただ一人冷徹な表情を浮かべていたイズミルが退屈そうに一言漏らした

「俺には何のことかさっぱりわからん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る