天地創造(3)

 イズミルが言いたかったことつまりはイニジエが主人公として確定しているからどうにもならないことだという落胆

 確かにあらすじ上ではイニジエが主人公だ主人公として生を受け主人公としての役割を持ち主人公に相応しい補正もあり主人公の能力を有し主人公としての結末を迎える

 それが我慢ならないということだろう彼はイニジエになりたいのだ

 でもそれは無理な話あらすじにないからだそしてイズミルには主人公としての能力も補正もない旅に出たらスーパーでリアルなファンタジー世界の洗礼を受けて瞬く間に殺されてしまうことだろう

 あたしは何と返答したらいいものか迷う紙様は主役なんだとどう説明すればいいだろうか

 出来るとしたらやはり自分のことを語らねばならないかもしれない

 あたしの過去あたしの生い立ちあたしがモブキャラから主役になった経緯

 それを説明すれば判って貰えるはずだ

 そう思って仕方ないと溜息をついたその時

「いたぞー」「よおし火砲用意」「あたしは魔法で撃墜するわ」

 下から何やら不穏な怒号が響き渡った

 見下ろすとなんと村人たちが大砲やら魔法使いやらを大量配備しているではないか

 地上から空に向けて攻撃する気バリバリだ

「何かヤバイことになってますわよ」

「うーんどうしようかなぁー」

 村人たちの戦闘能力なんて大したことはない束になっても荒野を彷徨うもっとも弱いモンスターを倒すことすらできない

 しかしそれとは別に彼らは本来戦闘行為をする予定にないこれが問題だった

 あらすじが壊れるストーリーが進まないあたしはそれを懸念する

「そもそもなんでこんなことになってますの」

 原因を知らないスミルナが不思議そうに首を傾げる

 あたしはばつが悪くなり目を泳がせながらわずかに頭を下げ小声で

「あたしのせいですーごめんなさい」

 そう謝罪した

 スミルナは何か言いたそうな顔つきではあったがそれについてはスルーしてくれ

「理由は聞きませんわとにかくどうにかしませんと」 

 この事態の解決の方に視線を向けてくれたありがたかった

「火砲発射」

 と村人が砲弾を容赦なくこちらに向けて放ってきたどおんと鈍くそして果てしなく響きそうな爆音が耳をつんざく

「わあっ危ないなぁ」

「でもわたくしたちに当たっても別に」

 あたしは平然としているスミルナをたしなめる

「イズミルが傷ついちゃうよー彼は改行できるだけのモブキャラだよ」

「そうでしたわねこれは危険ですわ彼にもしものことがあったら改行がなくなってしまう」

「イズミルの体を心配してあげようよーちょっと今のはひどいよー」

「は何故酷いんですのわたくしちゃんと心配してあげてるじゃないですか」

「もういいですーはいー」

 どうもあたしとスミルナでは倫理に違いがあるようだった

 そもそも彼女がこの事態を解決させようと思った理由はあらすじが壊れることを示唆してのものだ

 限りない打算

 しかしそう思う気持ちもわからなくはない所詮は対岸の火事にすぎないからだあたしたち紙様から見ればこの世界は所詮箱庭イミテーションで構築されたフィクションでしかない

 登場人物が作者に危害を加えることのできる小説なんてこの世にはないのだから

 まあ読者が犯人というミステリ小説はあるんだけど

「ねーイズミルお願いあたしたちと協力してよー」

 あたしはイズミルのためにも彼にすがるようにそう勧誘する

 しかしイズミルの返答はどこまでも芳しくない

「協力ってイニジエを主人公にする話を作るのにか」

 となればもうあたしも開き直るしかなかった

 まずは飴で釣る

「そーお礼は紙様としてメインキャラの地位を与えるーどぉ」

「イニジエを」

 しかしイズミルはまだ何か言いたそう

 ならば次は鞭だ

「一つ言うけど紙様として協力してくれないと君はずっとモブキャラで終わるよモブキャラっていうのはストーリーと絡まないって事」

「それがどうした」

 開き直っているようだが残念顔は正直だよ

 すっごく悔しそうで悲しそうで辛そうだ

 あたしはその嫌がる隙を逃さない

「つまりねーもし君の身に何があっても執筆されないんだよー」

「それは」

「そうーここでみんなにリンチされても書かれないーわかるーその意味」

「脅迫じゃねえか」

 ぎりっとイズミルが歯を軋ませる

 あたしは小さく頭を下げる

「ごめんなさいでもー」

「くっイニジエをイニジエを主役にする手伝いなんて」

 拳をわななかせ唇を噛みしめるイズミル

 そんな彼にあたしは最後に選択肢を用意した

「まあどうしても嫌だっていうならしょうがないーかといってイズミルをリンチさせる気はないから安心してどこか遠くの村まで飛ばしてあげるからそこで暮らせばいいと思うよー」

 これで出来ることは全てやった

 にも拘わらずイズミルがなお拒絶するならもう知らない改行できなくなっても構わないこのままストーリーを強制的に進めてしまうだけだスミルナは嫌がるだろうけど

「さあ選んでっ悩んでいる暇はないよーっ」

 あたしはせかすもう時間がないのだ

「俺は俺は」

 イズミルの懊悩が何故か胸にちくりと刺さった

「イニジエを英雄にする手伝いなんて」

 と数秒の間を置いてイズミルが顔を上げた

「なあ」

「なぁに」

「俺がいないとお前らどうなるんだあいつらにリンチはされないんだろ」

 あたしは首肯する

「そうだねーあたしらはここでは無事ーでも困る」

「どうして」

 イズミルが不思議そうに首を傾げた

「こんな出来事あらすじにはないから物語が壊れるーそれにねーやっぱり改行できないって大変なのー本当につらいのーなくても読めるけどやっぱりないとどうしてもー」

 そもそも句読点がないだけでこんなにも文章が詰まっているのだこの上改行まで失ったらまともな世界の執筆はほとんど不可能

 でもあたしはイズミルの意思を尊重しないわけにはいかない

 強引に強制させるのは好きじゃない

 だってあたしが紙様になった理由がいや今はいい

「あたしはさーイズミルを無能だなんて思わないよーイズミルが必要なのー」

 あたしは手を組んで真摯な視線を彼に送る

「俺が必要」

 イズミルが反芻するあたしはにこりと微笑んだ

「そー」

 そこにスミルナも加わった

「そうですわイズミルの改行はとてもとても貴重ですのご覧下さい改行のお陰でこの読みやすいページを」

「いや俺にはページとかわからんし」

 イズミルは改行ができるだけであくまでもこの世界の住人だものねわかるわけがない

「わたくしたちにはわかるんですが鳥瞰者と当事者の違いですわね」

「そうだねーどうもイズミルは自分がどれだけ凄いことしているのかわかってないみたいー」

 だから彼は卑屈になるどうしようもなくどこまでも

 それが何故か悲しかった

 しかし一方でイズミルの顔つきに生気が宿り始めている

 あれこれはまさか

「俺って役立つか」

「「とっても」」

 同時に強く頷いた

「俺の助けでお前らは紙様見習いから昇格できるのか」

「「もちろんっ」」

 さらに強くもう首が折れんばかりの勢いで

「そうか」

 するとイズミルはふっと小さく口元を曲げて

「わかった協力する」

落ち着いた声音で優しい瞳を向けてくれた

「イズミル」

 あたしは思わず彼のローブを掴んでしまう

 だがイズミルは特に抵抗する様子もなく温和な笑顔のままこう言ってくれた

「正直俺にメリットはない何もないでも俺の魔法でお前らにメリットがあるんなら何ていうのかな嬉しい」

 嬉しいその気持ちを抱いてくれたただ事実をありのまま述べただけなのに

 なんかこそばゆい

 イズミルは続ける

「俺は今まで一度も人から頼られたり信頼されたり期待されたりしたことがねえんだそれなのにお前らは俺を頼ってくれた信頼してくれた期待してくれた」

 そして一呼吸置いてイズミルは遠い目をして天を仰ぐ

「ならそれだけで十分だ」

「イズミルありがとう」

 あたしは心からそうお礼を述べた

 イズミルは照れくさそうに頬を赤らめ手で仰ぐまるで招き猫みたいだったあながち間違ってもいないかもしれない

「よせやい」

 さて協力関係を取り付けたなら早速村人たちをどうにかしてリアンを探すことにしようおそらくリアンはイニジエと共に王城だ勘だけど

 イズミルも覚悟を決めてくれたようでぐっと親指を立ててくれた

「いいぜえと」

 いいZじゃないおそらくいいぜ えと で区切ったのだろうやはり句読点がないと致命的にわかりにくいとくに会話

 えとというのはおそらくあたしの名前がわからないのだろう

 そういえば肝心のあたしの自己紹介をしていなかったのを思い出すあたしって本当にうかつ者だ

「弥美あたしは弥美フルネームは軸田弥美っていうんだけどー名字は捨てたから気にしなくていいよー」

 どんと胸を叩きながらそう告げた叩け居ても胸はぷるんともゆるんとも反応もしないがそれは黙っておく

「わかったなら弥美そしてスミルナ」

「「はい」」

「俺がお前らを紙様に昇格させてやる」

「うんっありがとー」

 ちょっと格好付けがすぎるかなとも思ったけどせっかくやる気になってくれたんだここはきちんと彼を立ててあげないといけない

 それはスミルナもわかっていたようで何ら茶々を入れることなく

「ありがとうございますイズミル」

 そう丁寧にお辞儀をしたスミルナって生前は結構いいとこのお嬢様だったのかもしれない紙様になると家柄を完全放棄しなければならないからわからないことではあるのだけど

 紙様は元は世界書館に収められた世界書の住人たちイズミルと同じだ

 しかし世界書での人生を放棄することで初めてあたしたちは紙様になれる

 もう二度とパパにもママにも会えないことに悲しみがないわけでもないしせっかく育ててくれたのに逃げ出した事への罪悪感もあるがやむを得ないこと

 あたしはどうしても紙様になりたかったのだから

 二度とあたしのような悲劇を作り出さないために

「おうで何すればいいんだ」

 おっと自分のことを考えていてイズミルの不安に気付いてあげられなかった

 心の中でごめんなさいをしてからあたしは彼に話しかける

「まず世界を正そうこのトラブルはまずい」

「指示しろ俺は紙様のやることとやらに関しては右も左もわからねえ」

「ガッテン承知だよー」

 ぐっと親指を立てイズミルに安心感を与えながらあたしは朗らかに笑った

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