天地創造(2)
となればメリットを用意すればいいのだろうかでも何を与えればいいのだろう思いつかない
魔法でも使えるようにしてあげようか一応あたしたちは見習いとはいえ紙様である多少なら全知全能的な振る舞いも可能だ
それを提案するがそれでもイズミルは首を振った三度目である
何故とあたしは噛みつくように問いかけるとイズミルの返事は拍子抜けするものであった
理由の一つはやはりこのトンチキなあたしの存在に対する半信半疑
しかしそれは重要ではないあたしが少し力を行使して証拠を見せれば事足りるからだそれにイズミルも薄々は気付いているだろう
問題は理由その二である先程メリットといったが正確には意味合いが違った
それはイニジエへの復讐心だ自分をパーティから外してのけ者にしたイニジエを英雄にする手助けなんかしたくないというのだ
なんてひねくれた子だろうか年上だけど
そんなことじゃいいお嫁さん貰えないよと色々叱咤してみるが全然ダメだったどうも十七年間魔法を使えない魔法使いとしてバカにされ続けたことで心がちょっと歪んでしまったらしい
だったらジョブチェンジすればいいのにと返したら魔法は使えるのに魔法使いを辞めたらやっぱり魔法使えないじゃないかとバカにされるから嫌だと返答
なんて面倒臭い人でしょう
しかし冷静に考えればそうだその通りだあたしたちの鳥瞰視点では彼は紛れもないモブであり村人Aに過ぎないが彼の視点では彼はまさに主人公の位置にあり主人公として生きていきたいのだ
それに確かに魔法は使えるのだあたしたちにとってはこの上なく素晴らしい魔法が
しかしそれをわかってあげられる人は世界のどこにもいない第四の壁の向こう側にいる人たちにしか理解されない
イズミルは不憫な人だったそしてそれが心を深く傷つけ歪めているのだ
くそ一体どうしたらいいんだろうかあたしは頭をかかえうーんとうなった
とその時家の外から喧噪が
なんだろうとイズミルとあたしは外に出る
そこには近隣住民が武装して待ち構えているのではないか
まさかあの磁場異常が彼らにも影響を及ぼしたとでも言うのだろうかそんな馬鹿な
だとしたら何故
あたしはそれとなく彼らに尋ねてみた
返答は棍棒の一振りだった
一応あたしは紙様であるから棍棒なんかでダメージは受けないしかしこののっぴきならない空気は苦手だしイズミルに危害が加わるのもちょっと避けたい
だからもう一度訊ねるそれでまたもや棍棒しかも今度は集団でだ
大変物騒であるが一応叫び声から意味合いは理解できた
どうもあたしが空が落ちてきたことで魔王軍の手下だと勘違いしているらしい
なるほど無理もない人は空を飛べないのだから
しかしこれはマズいことになった見たところスミルナやリアンの姿もないようだしやはりイニジエのいる王城あたりが本命か
となればいつまでもこんな村の一角に居座ってもいられないあたしは彼を連れて逃げ出すことにした
しかし当然といえば当然村人たちは追いかけてきたこのまま空まで飛んでしまおうかあるいは彼らを地の文の力で粉砕してしまおうか
しかし紙様としてあまり地の文で世界をいじくりたくない物語に影響するからだ
物語として指定されたあらすじはイニジエが魔王を倒し世界に平和を戻すというモノだここで紙様なる第三者が村人を粉砕してしまうとストーリー上非常に厄介なことになる
困ったしかし逃げるといっても村人は先回りして村の出入り口まで封鎖しかねない
となればやはり空しかないかしかしまだ協力を承諾してくれていないイズミルを浮かべてしまうのはストーリー作成上ちょっと面倒なことになりそうで困る
そう思ったその時
「弥美」
声
いや違う
台詞だ
台詞が出たこれはあたしには出来ないこともちろんイズミルにもだ
ということは
「弥美こっちですわ空へ」
スミルナは空にいたなんと空にいたとは気付かなかった
もっと広い視野で見渡すべきだった失策である
それともあたしがイズミルと長々と話し込んでいるうちにスミルナが探索のために空に飛んだのかも知れない
まあどちらにせよ詮無いことだ
それに問題は解決していない
「スミルナでもここには」
「構いませんから早くその人殺されますわよ」
それもそうだ村人が村人を殺すとこれまた悩ましいことになる
ならばやむを得ないとあたしはイズミルの手をぎゅっと握りふわりと空へ飛翔した予想通りイズミルはかなり狼狽しているがお陰であたしたちが紙様であることを理解してもらえそうな土壌となった
さて空に避難できたことだしこれから密な会話を始めるとしよう
「さてまずこの方は何者ですの」
スミルナが訝しそうな視線をあたしに向けてきた
ストレートに答えてもいいんだけどまだあのことがわかっていないようだから少し意地悪して揺さぶってみる
「それについてなんだけどースミルナ何かに気付かないー」
スミルナははっとなり血相変えてあたしの両肩を掴みぐらぐらと揺さぶってくる
「そういえば改行ができているじゃありませんかどういうことです弥美まさか貴方が」
「ううんー」
あたしは落ち着いて首をふったそれにしてもやっぱり句読点がないと迫力がでないし間も取りにくいどうにもやりにくさが出てくる
リアンがいないということがこんなにも大きいことだったとはやはり文章とは句読点があってはじめて締まるものだと実感させられる
さてスミルナであるがここまで言えば合点がいったようであたしの肩を掴んでいた手を離し今度はイズミルの方へ視線を移した
「まさかこの方が」
あたしはにっと頬を緩める
「そうこの人イズミルって言うんだけど彼が改行しているのー」
「もしや紙様ですの」
「違うよー魔法使いただ使える魔法が改行能力ってだけー」
「改行魔法そんな魔法がありましたの凄いですわね」
スミルナが惚けたようにそうこぼすそこにはひとかけらの悪意も皮肉も感じられず正真正銘の感心が尊敬の渦に包まれながらきらきらと耳に心地よく響いた
視線も熱く火傷しそうイズミルはそんな眼差しや声を送られたことが初めてだったようで妙に照れくさそうに目を泳がせ耳や頬を赤らめていた
何故かその姿がとても愛しく見えてきてあたしはちょこっと持ち上げてみようと思った
「ほらあたしたちの世界にもさ奇跡的なことを起こせる一般人の伝説とかあったじゃーんそれと同じだよー」
「なるほどしかしこれは便利ですわね改行することでぐっと文章が読みやすくなりましたわ」
「だよねーあたしもそう思う」
一ページ目のあの悲惨が真っ黒ぶりが今となっては懐かしい
そんなことを考えているとイズミルがちょいちょいとあたしの肩をつっついてきた
「あのよ」
「ん何イズミル」
句読点がないとひどく異様な日本語だ
しかしそんなことを言及していると話が先に進まないので素直にイズミルの質問を待つことにした
「こいつも紙様なのか」
失念していたそうだきちんとまずそこから始めなければ
「うん紹介してなかったねーこの子はスミルナあたしと同じ紙様見習いで台詞能力を司ってるのだからこうして会話できるでしょー」
すっと脇に逸れるとスミルナが前に出てきて礼儀正しく深々と頭を下げた
「お初にお目にかかりますわたくしはスミルナよろしくお願いいたしますわ」
イズミルも軽く会釈し返すそれからぽりぽりと頭を掻いた
「つまりなんだ俺が喋ることが出来るのは」
「スミルナのお陰なんだよー」
「マジかよ俺たちはお前らがいないと言葉すら発せられないってのかよ」
衝撃の事実をつきつられイズミルはぎょろっと目を丸くする
あたしは朗らかに訊ねた
「びっくりした」
「がっかりした」
「なんで」
この返答は予想外だ
「だって俺たちの命とか尊厳とか権利とか自由とかって全部お前等の手のひらの上ってことだろ俺らには主体性とかないのかよって気になる」
なるほどそういうことかあたしは人差し指を口元に添えうーんとうなりながら天を見上げる
「あーそう考えるんだーでもしょうがないよー世界は一切の書物にすぎなくて紙様はその書物に物語を紡ぐこうして世界は運営されているまあ運命ってやつだねー」
「運命そうか俺が魔王討伐に参加できないのも」
「運命なんだよー」
にぱっと朗らかに答える
「マジかよじゃあ俺が生きている意味って」
「モブキャラとしての生活が生きている意味かなー」
「生きる気なくした」
それは本気の声だった
あまりにがくんと肩をおとしどんよりと黒いオーラを放ちだしたのを見てこれはまずいとあたしはイズミルのローブを軽く引っ張る
「そんな落ち込まないでよー世界に主人公は一人しかいないんだよーいや群像ならもうちょっといるけどでも大抵は一人しかいないこんなに沢山モブキャラがいてもだよー」
まさか彼は自分が主人公だとでも思っていたのだろうか
俯いたせいでローブに顔が隠れ真意は見えないが背中ははいそうですと言っている気がしてならない
「くっ」
実際影に隠れた顔の隙間からそんな悔しそうな音吐が漏れている
「ほら元気だしてーそうだーねえイズミル」
「なんだよ」
イズミルがうっすらと顔を上げるその瞳は今にも泣きそうだった
そんな彼にあたしは福音を用意する
「再三お願いしたけどもう一度言うよ一緒に世界を執筆しようよー」
まあスカウトだ
「なんだと」
それを聞いてスミルナもぱんと手を鳴らす
「それは名案ですわねそうすればあとはリアンさえ見つかればまさに物語を紡ぐ全ての要素が揃うことになりますわわたくし大賛成です」
「スミルナは賛成だねーねえイズミル一緒に紙様すれば単なるモブキャラから世界を執筆する鳥瞰者に出世できるよーメインキャラだよーううん実質的な主役と言ってもいい」
「主役だと」
「そー君が主役になれるんだよー紙様になれば」
それは嘘ではなかった
もちろん嘘をついているつもりもない
厳然たる事実として世界を創世する第一人者となるのだこれが主役でないはずがない
単なるモブキャラが主人公となる
それを可能とする唯一の橋がこれだ
どれだけモブキャラだモブキャラだと本人が認識していもあるいはその逆にどれだけ主人公面していてもあたしたち紙様があらすじによって定められたストーリーによって主人公は既に確定している
それをねじ曲げてまで主役になろうと思ったらこの手しかないのだ
ルールに従えないのならルールを作る側に立つしかない
「そうですわ一緒のこの物語を執筆しましょう」
スミルナがそう言ってイズミルの手を取る結構フランクな子だ
「改行能力持っているからって嬉しそうだねスミルナ」
「当然ですわだって改行できない文章の読みづらいこと読みづらいこともう我慢できませんでしたもの」
「まースミルナはいいやねどうかな悪い話じゃないと思うんだけど」
いいやとねで区切ることが出来ないからなんか方言みたいになってしまった
まあいいけれどさあイズミルの返答やいかに
「俺は」
「うん」
「俺は」
「うんうん」
あたしはぐぐっと身を乗り出す
さあイエスといいたまえ
「やっぱり嫌だ」
がくっとあたしは体勢を崩してしまう
すぐさま体を持ち上げくわっと噛みつくようにイズミルに顔を近づけたその隙間は十センチもない
「なんでっ紙様にならなかったら君一生モブキャラなんだよっ」
しかしイズミルは眉一つ動かさずさらりと答える
「だってよ俺が主役っていうけどそれは嘘だ」
「え」
嘘じゃないよそう言おうとするよりも早くイズミルが続けた
「主役ってのはよこの世界の主人公ってのはよ」
そして視線を下に落としてぽつりと
「イニジエなんだろ」
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