1章 天地創造

天地創造(1)

 あたしが意識を取り戻すとそこにはスミルナもリアンもいなかった

だだっ広い草原青々とどこまでも広がるそして遠く果ての方にある鬱蒼と茂る森に険しい山々がぼんやりと視界に映り一方で背後からは人の気配

 村だあたしは助かったと思った

 ふとそこで気付くスミルナがいないリアンもいないつまり喋ることも句読点を打つことも出来ないのだダッシュや三点リーダーも不可能それで意思疎通不可能だほら本来は意思疎通の次にクエスチョンマークを入れるはずなのにそれができない大変読みにくい文字が形成されてしまっているどうしたらいいのだろう

 ん

 あれ

 おや

 か

 改行

 え嘘なんで改行できてるのできるはずないのにそんな馬鹿な一体全体どうしたっていうんだどうして改行ができるんだああ句読点がないから読みにくいし文書も締まらないなんという縛りプレイだろうか

 いやでも改行できるだけかなりマシだというか何で改行できるのかあたしにはわからないスミルナもリアンも改行なんかできないしそもそもはぐれてしまったあたしとしては一刻も早くスミルナとリアンを見付けて物語を書き始めなければならないのだ

 となると村かそう思ったあたしはくるりと踵をめぐらして村へと向かった入り口前にラタキーア村と書かれていた

 その名前には覚えがある確かあたしたちが執筆予定だったストーリーにおける最初の街でここに主人公がいるのだ名前はイニジエだったはず勇者の末裔だ

 この情報はスミルナやリアンも知っていることだからひょっとしたらイニジエに会いに行ったのかも知れないあたしたちが執筆を始めない限りイニジエは冒険の旅に出ることは出来ないからだ

 あたしはそう結論付け意気高らかにラタキーアの村へ入っていった


 おお改行どころか空白もできるのかどうしてできるのだろうかわからない

 でも便利だからよしとしよう

 ついでに句読点の代わりに空白をあそれは無理なのね不便だな

 さて早いとこスミルナとリアンを探そうイニジエは物語を書いていない状態だと王城に向かっているはずだけど


 あ

 

     あれ

            な      なにこれ

 戻った何だったんだろう今の

 さっきもこんな感じで世界がバラバラになったっけ

 こっちの方から伝わる

ほ     ら

 近づけ    ば       近づく   ほ  ど 文字 がバラ   

   け    る

 ふう何か気になってきた

 あっちに何かがあるイニジエの所も行かなきゃいけないけれどその前にどうしても気になるからちょっと向かってみよう

と     と

  と

 ダメだ近づこうとすると文章が崩壊する

 これは一体どうしたことでしょう

 ああそれにしても句読点がないと文章が破滅的に読みにくい

 あたしはしばし黙考する

 謎のエリアを無視してこのままイニジエのいる王城へと向かうか

 もしくは何らかの手段であのエリアの向こう側この文章の破綻する原因を突き止めるかについてだ

 だいたい五分ほど経ってあたしは後者を選んだ解決手段はある空を飛ぶことだ

 もとよりあたしは紙様である世界を鳥瞰し物語を生み出すことの出来る存在だそれを応用し浮き上がる

 やはりだあの文章破壊エリアは半径五十メートル内の球形状態に稼働している先程の破綻はおそらく降下しすぎたことによるものこの位置からなら安全に確認できる

 さて原因を調べようあたしはこほんと息を一つつき原因の探求を開始する

 といってもどうも一件の家屋の中で問題が発生しているようで肉眼では屋根が邪魔して見ることが出来ない

 だがその辺は問題なしだあたしは紙様の力の一つ半透化能力を発動するこれは建築物の屋根などを消滅させて内部を窺えるようにする能力だその透化具合は自由に調整でき一階を見たければ二階丸ごと消すことも出来る今回はこれを使いあの家屋の中を覗き込んだ

 そこにいたのは村人Aとでも言うべき存在だった

 魔法使いっぽい紺色のローブを身にまとい杖を手に何やら魔法の修行らしきものに明け暮れている様子が見て取れた金髪の前髪をさらさらと流しながら必死に魔法を放とうとしている姿がどことなく痛ましく思えた

 少し彼の過去を回想してみようと思い立った世界書館から入手したあらすじには彼の存在はないストーリー上において完膚無きまでに不要な存在なわけだ

 それも当然この物語はイニジエの冒険譚であり彼の物語ではないしイニジエと絡む要素も特にないためだ

 過去回想モード発動

 彼の名前はどうやらイズミルというらしくイニジエとは同郷で幼なじみにあたる関係ジョブは魔法使いのようだが生まれて一度もろくな魔法を使うことが出来ず皆からバカにされ続けてきた今回の魔王討伐においても王城からお呼ばれのかかったイニジエと違い歯牙にも掛けられない

 出世し人望も厚く死にさえしなければ将来さえも保証されている生まれながらの主人公イニジエとどうしてこうも違うのか彼は悔しくて悔しくてたまらなくなり何とかまともな魔法を使えるように特訓しているのだという

 なるほど大体わかった

 しかしどれだけ努力しても彼は主人公ではない主人公特性を何も有していないし主人候補生もないこの村から一歩たりとも出ることなく物語は終了する運命にある

 それに抗おうとするその姿にあたしはどこか敬服に近い感情を抱いてしまった

 そのせいだろうもっと近くで見てみたいと思い立ちふと磁場のことを失念し一メートル下に

   あ

し 


   しま   っったぁ


 失敗してしまったあたしはそのまま磁場に呑み込まれ家屋を突き破って彼イズミルの真上に落ちてしまった

 それで合点がいったこの磁場はイズミルがやったのか

 おそらくは魔法で

 しかし文章を破壊する魔法なんて聞いたこともない第四の壁に寝食する能力なんて紙様以外あり得ないはずなのに一体どうして

 第四の壁

 それは現実とフィクションの壁だどちらの住人も本来この壁を破ることは出来ず現実世界の住人はただフィクション世界を鳥瞰するのみそれを浸食し未来を紡ぐのが紙様であるのだがまさかこんな奇跡が起ころうなどとは夢想だにしなかった

 と彼が困惑と苦悶の表情を浮かべながらあたしの方を見つめてきた何が何だかわからないといった様子と重いどいてくれといった様子二つの感情が見事なブレンドを創り上げている

 あたしはいくら相手がモブキャラといえどもあまりいじる趣味はないので素直にどき謝罪するごめんなさいだ

 ああスミルナがいないと台詞を生み出せないから彼の言葉もあたしの言葉も形にできない

 しかし幸いなことにあたしは地の文を司る能力を有しているもしこの場にいたのがリアンだけなら一ページも世界を紡ぐことはできなかったろうそういう意味ではラッキーともいえる

 元々ポジティブなあたしだすうと深呼吸を一つして彼と会話を重ねることにした

 イズミルは当初混乱の渦にどっぷり頭まで呑み込まれていたがあたしの説明と説得を受けて半信半疑ながらも心を通わせてくれるようになった案外素直な子だった

 子とは言うがあたしは十六歳で身長百六十センチ彼は十七歳で身長も百七十五センチあるから正確にはお兄さんだ意外にも精悍な顔立ちでその瞳は鷹のように鋭い体つきも筋肉質だしかわいいというよりはかっこいいと言った方が適切かもしれない

 さて意思疎通が可能となった以上聞きたいことは言うまでもなく

 この磁場のことだ現在磁場はなく文章に破綻は見られない


 詳しく話を聞くことにした

 だいたい一時間ほどはかかったか概ねあの回想通りの回答だただ新たに得た情報もある所詮モブキャラあまり精緻な情報は載っていなかったが故にこの情報はかなり貴重だった

 イズミルが先程までやっていたのは魔法の応用なのだという

 実は誰にも認められていないがイズミルはとある魔法を常時発動しているのだと

 それは磁場に未知の周波を発生させる魔法なのだがこれが彼オリジナルにして唯一可能とするモノであり他のあらゆる魔法が出来ない代わりにこれだけは魔力を一切消費することなくかつ常時垂れ流しになっているのだという

 しかしこの周波は人間はおろかモンスターにさえも一切感知することができないらしくホラ扱いされ続けてきた

 それが許せず何とかこの魔法を周囲に判って貰おうと特訓をしていたというのだ

 その結果魔法が発動することで特定の磁場を収斂させ世界を震動させることが可能となったという

 あとはこれを公表しイニジエとパーティを組んで冒険の旅に出ようと画策しているのだそうだ

 ちなみにイニジエは主体性はないが結構差別的で幼なじみでありながらも無能はいらんとばかりパーティを組むことすら許してくれなかったらしい

 なるほど概ね理解したそして彼の放つ磁場の正体も憶測がついた

 それが改行だ

 彼が常時垂れ流している魔法は改行効果なのだ

 彼が魔法を垂れ流すことでその磁場を受けた時あたしたちは改行が出来る

 しかし磁場を無理矢理収斂させたことで改行能力が暴走を起こし文章が破綻してしまうのだと

 なるほどつまり

 原因はこいつかっ

 あたしは怒りを隠すことができずジャンプしてイズミルの頭をぽかっと叩いた

 いきなり何するんだと痛そうに頭を押さえながら激昂するイズミルであったがあたしとて引き下がるわけにはいかないここでもう一度を事情を説明してあげることにした

 まずあたしたちは紙様である

 世界書館もしくはムーンドリウスと呼ばれる第四の壁の向こう側にあるグラハム数の広さを誇る図書館には一冊一冊世界書と呼ばれるあらゆる物語があらすじだけを残してあとは白紙の状態で保存されている

 そして紙様たちは各々が有している世界執筆能力を駆使してその世界書に物語を書き込んでいく存在なわけだ

 基本はあらすじの通りにしかし紙様一人一人の個性によって単なるあらすじの域に留まらず芸術的ともいえる物語を形成し世界書館に彩りを添える

 それを読むのが世界書館の主である夏御蜜柑(なつみみかん)

 夏御蜜柑を喜ばせるために下僕である紙様たちは天地を創造して生きていくわけだ

 もっともあたしたちは不老不死だから生きていくという言い方には多少の語弊はあるが

 そして紙様にもランクがありたった一人で物語を書き込むことの出来る正真正銘の紙様からチームを組んでそれぞれの能力を補い合って物語を紡ぐ見習いに別れる

 あたしたちは見習いに属し見習いは本職の紙様の管理下に入り実績を認めて貰いその功績に応じて能力を増やして貰える

 紙様は元々はどこかの世界の住人だが天地創造したいという願いを持って死ぬことでその願いを夏御蜜柑が叶え紙様にしてくれる

 紙様見習いになると固有の能力を一つ与えられるあたしは地の文作成能力というわけだ

 そしてあたしたちの管理者いわゆる上司に値するのが氷の貴公子アレートという方だ普段はアレート様と呼んでいる

 アレート様には沢山の部下を抱えていて成績を競い合わせられていてあたしは色々やって透化能力などの一部の力を与えられはしたが台詞や句読点などの能力はまだ貰えていない

 だから将来立派な紙様となるべくこの物語を完成させなければならないのだ

 即ちあらすじにあるようにイニジエが勇者となり魔王を討伐する物語をだ

 それにしてもこの改行能力は素晴らしい句読点や台詞がなくても何となく読めてしまう

 あたしは考えるこのままイズミルに二度と魔法収斂させないよう命じて別れ単独でスミルナとリアンと合流しイニジエの物語を書くべきかそれとも彼と共に動くかだ

 正直な話彼から魔法を禁じた瞬間世界から改行能力は消えるこんなに読みやすい世界が突如として真っ黒黒助なページへと変貌するのだ

 しかも句読点も台詞もなしで

 とてもじゃないが冗談じゃなかった

 となればである

 あたしはイズミルに協力を要請することにした彼は紙様ではないがこの物語の完成までは手伝って貰おうと画策したのだそして完成後改行能力を貰って次の世界はきちんと書き上げようと

 しかしイズミルは即座に首を振った

 理由は簡単彼にメリットが何もないためだ

 といってもあたしたちがイズミルに何か恩恵を与えるものがないそこであんたのせいで物語執筆が失敗したから責任取れと要求してみる

 しかしイズミルは知ったことかと再度首を振られてしまった

 一体どうしたらいいのだろうか

 あたしは懊悩に暮れた

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