序章 世界崩壊
世界崩壊
「そもそもなんでこんな陳腐な題材選びましたの?」スミルナがストレートに伸びる金髪を棚引かせ、純白のワンピースを翻しながら不満そうに頬を膨らまし、まるで小石でも蹴飛ばすような仕草をしながらそうこぼした。といってもここは空の上だから飛ばせるような物体は何もない。あたしはジーンズのポケットに突っ込んでいた手を抜きだし、タートルネックのトレーナーの首もとを整えると、空中に漂いながらどうどうと興奮するスミルナを押さえながら黒い三つ編みをくるくるといじりながら優しい声でたしなめる。「えー? いやだってこの題材なら簡単そうだと思ったんだよー。ほら、あたしたち『改行能力』ないから、あんまり凝った世界を選んじゃうと『執筆』が大変でしょー?」「く……っ!」スミルナが悔しそうに唇を噛みしめる。「ほらリアンはもう準備してるよー。スミルナも早くー」「……準備とゆーか、うち、メガトン何もしてないけど……丸と点つけるだけですし……あとたまにビックリマークとハテナマーク」リアンがあたしたちから少し離れた位置で眼鏡のつるを直しながらぼそっとそう呟いた。ドイツの民族衣装みたいな服をまとい、小さい背丈によく似合う青い短髪が風にサラサラと揺れる。それが気にくわなかったのか、スミルナがリアンに食ってかかろうとする。まずい。そう思った私は間に入り「こらリアン。仮にも世界を創造するあたしたち『紙様』が丸とか点とかいっちゃメッだよー。ちゃんと句点、読点って言わないとー。ビックリマークもエクスクラメーションマーク、ハテナマークはクエスチョンマークとー……」「弥美、そんなことどうでもよろしいのです!」よしよし、矛先があたしに戻った。これで与しやすくなる。「そう、どうでもいいよねー。だからさ、とっとと世界を創造しようよー。今度こそ試験をクリアして紙様として認めて貰わなきゃだよ!」紙様。それがあたしたちだ。天地万物を創造し、この世に『物語』を生み出す力を宿す存在。物語の住人たちはあたしたちを『神様』と呼ぶが、あたしたちは『紙様』と呼んでいる。世界書館と呼ばれる無数の平行世界を記した書物『世界書』。それを書き込む存在だからだ。……もっとも、あたしたちはまだ見習いで、一人じゃ世界を創造できない。あたしは『地の文』しか作れないし、スミルナは『台詞』、そしてリアンは『句読点』それぞれこの能力しか持ってない。だから三人力を合わせないと天地創造ができないのだ。そして――ご覧のように、これらの能力には一つ致命的に欠けているものがある。それをスミルナが言った。「ぐ……致し方ありませんわ。しかしもう一人欲しかったですわね。改行能力を持つ子が」「しょーがないよー。誰も組んでくれないんだもん。だから改行無しでがんばろー」「世界を一冊創り上げるのに改行無し……かなり厳しいですわよ」スミルナの言い分は実に正鵠を射ていた。はっきりいって、既にこれだけ不毛な会話を垂れ流して一度たりとも改行していないのだ。読みにくくでしょうがない。読者への配慮ゼロとはまさにこのことだ。でもしょうがないのだ。あたしたちは文章を改行できないんだから。「まあなんとかなるっしょ!」だからこうやってスミルナをなだめこむ。さあ、ちゃっちゃと世界を創世しよう。はっきり言ってこうしているだけで無駄にページが真っ黒に染まっていくのだ。冗談じゃない。「それで? 今回はどういうあらすじの世界を創造するのでしたっけ?」スミルナの問いかけに、あたしはスカートのポケットから指示書を取り出す。「えーとね、ファンタジー世界の平和な小国に太古の昔に封印されていた魔王が復活し、暗澹たる世界に落とされてしまった。果たして主人公は見事魔王を倒し、世界に平和をもたらすことができるのだろうか? ってあらすじだよー」「……ファミコン時代のRPGですか?」スミルナが心底呆れたような顔で深いため息をついた。いや、スミルナだけではない。「魔王勇者モノを書くならもっとひねりをきかそーよ……。……うち、こんな話メガトン書きたくないです……」なんと大人しいリアンまで否定的なご意見。句読点しかできないくせに!「う、うるさいなー! しょうがないでしょー! いい話はみんな他のチームがもってっちゃうし、そもそも改行できないあたしたちが複雑で耽美な話なんて書いたら世界書が黒一色で埋まっちゃうもん!」てかすでに染まりかけてます。これらの能力は紙様候補生になると一つ与えられ、それからは世界書を書き上げる事に一つ増えていくわけで、つまり、まああたしたちは初期状態から一つも進歩していないと。読者さん、ごめんなさい!「そうは言いましても、やる気が……」「うちも、メガトンパスしたいな……」今更だけどなんだよメガトンって。「もう二人ともわがまま言わないのー! むしろいい方向に捉えようよー。そう、これは原点回帰なんですー!」よし、黙ってくれた。さあ、しっかり世界を創世し、試験をクリアして一人前の紙様になるんだ! そうあたしは皆に言い聞かせようとして主人公の元へ向かうべく高度を下げ――
「うえー?」
「な、なんですの、これ?」
世界が、突如として――壊れだした。 な、な んで? ど
う し て?
「う、うち……こんなの、メガトン知らないです……」
そんなのあたしだって そう
だ。
こんな現象 は予定 にな
い。
「と、とにかく修正を! 弥美!」「わ、わかっ
てるー! で、でもー
……」「うち、メガトン……ど
うかしちゃった……の?」「違うー! あ、あ れ? 戻ら
ないー どう
してー?」
あたしたちには理解できなかった。どうにもで
きなかった。ただ世界はどうしようもないほ
どに、あたしたちの意思を超えて―
―完全に、
瓦解
した。
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