第38話 死

敏文は毎日同じ夢を見続けていた。自分そっくりの男が、神職と思しき男と女の兄妹をリンチして殺している。殺す刹那、女は呪詛の言葉を吐く。その7日後、俺の娘夢妃そっくりな祭と言う幼女共々、ミキサーにかけられたかのように腹からみりみりと裂かれて、血みどろの粉微塵になって死ぬ。


その瞬間、恐ろしく取り乱し絶叫を上げて目が覚める。決まって傍で寝ていた娘がそれを見て大声で泣き始める。何度見続けても絶対に慣れる事のない、未来を予言しているかのような悪夢であった。そして眠ろうと床に就くと1、2時間後まったく同じ夢の繰り返しだ。


いつしか、敏文は眠る事に恐怖を感じ、まったく眠らない日々を過ごすようになった。一か月ほどしたある日、眠れないためイラついて、懐刀であるはずの池野や、俊介亡き後の奴隷役武田にどなり散らしていた時、背後に、自身が世界から引っぺがされるような違和感を感じた。それは、足もとが音を立てて崩れて自身が奈落の底に落ち続けやがて存在自体が消え去ってしまうかのような絶望的な恐怖、あるいは永遠に鬼か何かの化け物に身体を食べられ続けるかのような途方もない戦慄、もしくは生きながら体に蛆が繁殖していくを指をくわえて見続けなければならないような救いがたい粟立ちであった。


背後に恐ろしい悪意を感じて振り返る。


小夜が、永遠に繰り返されるかのような悪夢の中で敏蔵に犯され、拷問され、絶望に身をよじり、そして復讐を決意した小夜が、敏文を見ていた。その首だけの姿で。


「ひ、ひぃ~!!!!!」


池野たちが初めて聞く心細い金切り声の叫びをあげ、敏文は工場の中を一目散に彼らと逆方向に走り出す。


「ど、どうしたよ、敏文?」


敏文が見ていた方向を池野も振り返る。その瞬間、池野は大きな血しぶきをあげ腹から裂け爆裂死した。


「あ、あわわわわわ。。。」


何が起こっているのかわからない武田は腰を抜かし、小便を漏らし、その場へしゃがみこむのだった。


敏文は、部下を虐げた成果で手に入れた青いプジョーの中で前後無く狼狽し、フルアクセルで家へ飛びかえる。その加速振動によってか、右の助手席に置いたカバンがひとりでにコトリと落ちる。自然に視線を右へ向ける。小夜の首がある、敏文が顔を向ける前から、瞬きひとつせず、眉一つ動かすことなく、能面のような顔で助手席の上でじっと敏文を見続けている。首だけの姿で。


「な、ななななな、なんだょぁ~!!!!!」


左手でハンドルを握り、残った右手で小夜のいる辺りをあらん限りの力で振り回す。子供が目の前にある物の存在を認めたくない時にやるような仕草だ。手が触れるか触れないか、小夜は一瞬で掻き消えていた。


「な、なんだょぁ~!!!?」


敏文は、終わりのない悪夢の世界から現実へ浸出してきた小夜の存在が信じられないのか、認めたくないのか、我を忘れ猛烈にアクセルを踏んで青いプジョーを走らせすぐさま帰宅し、その成金の車を自宅の広い庭へ停めたかと思うと、自身の書斎へ逃げ帰ろうとする。


「あら、あなた、早かっ、ぎゃっ!!?」

「うるせぇー!!」


右手の裏拳で妻の鼻をつぶし、2Fにある自身の12畳間の書斎へ引き込もる敏文。日頃持っている性根をひた隠しに隠してきた敏文が、初めてその本性を妻に見せた瞬間であった。


一階にいた5歳の一人娘の夢妃が、彼女にとっては憧れの存在の父親が帰ってきたのを目ざとく見つけ、敏文の書斎へ遊んでもらいに階段を上りかけた。そしてその時、生まれて初めて正真正銘本物の絶叫を聞く。


「敏文。私はお前を許さない。お前たちの一族郎党、ことごとく呪い殺してやる。これまで行ってきたことを後悔してやまぬように最大の苦痛を永遠に感じるようにして殺してやる。何度生まれ変わってきても、何度でも何度でも何度でも殺してやる。」


「パ、パパ!?」


夢妃が見たのは、広い書斎全体を埋め尽くす血しぶきと肉塊、そして絶望の形相で虚空を睨んでいる敏文の生首であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る