第9話 沙紀
鳩尾に繰り返し繰り返し投げ落とされる15ポンドの丸い凶器、本来であれば友達や家族達の笑顔を演出するために作り出された球体。ルーティンワークのようにボーリング場から半ば公然と宮野たちが持ち出したものだった。
ぐっ、、、、、、、ぐっ、、、、、、、、、、ぐっ、、、、、、、、、、、、、
腹膜の近いへその上にそのボールが投げ落とされると、沙紀は、呻きとも吐息ともつかぬ息を血とともに吐き出す。もう何時間何十度となく、ぜんまい仕掛けのメリーゴーランドのようにその拷問は永遠に繰り返されている。逃げ出そうとした秒数をカウントしてその回数分だけ投げ落とされる罰ゲームだ。
瞼が膨れ上がり目も開けられない沙紀に感じられたのは、宮野、小倉、垂水の3人が、すでに興味も失ったのか、ぞんざいに交互に彼女の腹めがけてボーリングのボールを投げているらしい有り様であった。
これまで怖くて恐ろしくて痛くて、恨みの感情など持つ余裕のなかった沙紀であったが、恐怖や痛覚すら麻痺し薄暗くよどんでゆく意識の中で、宮野を、小倉を、垂水を、これまで生きてきた18年間の人生すべてをかけて呪った。自身の身に起こった屈辱を、彼らの起こした非道の数々を、このおぞましい部屋に起こっているすべての出来事を、これまで生きてきた中の最大の念で呪った。
傷つけられた肢体を、鈍器で殴られ腫れ上がった顔を、めちゃくちゃに破壊されてしまった子宮を、破裂してしまった内臓を、これまで虐げられてきた全てをかけて、この所業をなした奴ら全員に復讐する事を誓った。
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執拗に投げ落とされる鉄球を鳩尾に感じながら、自身のまぶたの傷で視界をふさがれ何も見えないはずの暗闇の中で、沙紀はおかしなものを見た。現実離れしている。今の私の状況の方がよっぽど現実離れしているか?そう自嘲して思った。不思議にも、これまで俯瞰してみることなど到底できなかった惨状から一歩離れて、沙紀は、そう考えている。
真っ黒い空間の中で、ただ一人、白色の小袖と袴に身を包んだ神主の女ー少なくとも彼女の眼にはそう見えたーが、目の前に立っている。年の頃、10代後半か。透明で、くっきりとして、凛として、繊細なガラス細工のようなとても魅力的な顔立ちをしていた。
体つきといい身のこなしといい高貴だが全般的に薄い印象を受ける。誰にも知られてない山奥のひっそりとした小さな池に舞い散る秋の落ち葉のようだ。否が応でも生命力を発散させる年の頃のはずではあったが、その様子からはそれを感じ取ることができない。そして、その眼は何の感情も持っていないかのように無色透明で中立的で彼女の惨状をありのままに観察している、ように沙紀には感じられた。
その巫女が、何か口を動かして彼女に語りかけている。
ーこの未来永劫に続く悪夢から、私を解き放とうとしてくれているー
まったく無音の空間ではあったが、不思議と沙紀にはその意志と意図が理解できたのであった。
――――――――――――――
獣たちの絶望的な悪にさらされ続けている18歳の短い人生の中での、最初で最後に見た一瞬の白昼夢であった。
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