第3話 施設

「お前ら一人残らず殺してやる!!」


多くの人間を見るその殺人者の眼は、明らかに異常者のそれを示している。麻薬による恍惚感と、すべて自身の怠惰に帰結する劣等感と、はき違えた全くとち狂った正義感、それらがいびつに結合した短い金髪の異常殺人者が深夜の障害者福祉施設『くろゆり園』で刃物を振り回しながら猛っている。


植松は、深夜、この重度障害者福祉施設の関係者以外には誰にも知られていない裏口からそこに忍び込んだ。静かに休憩していた数名の介護士たちが旧同僚の突然の来訪に唖然としているところを容赦なく殴打し悶絶させる。その上で素早く彼らの両腕を手すりに縛り付け猿轡を噛ませ拘束し鍵番の職員から鍵束を奪い取る。そして、自身が英雄になったと勘違いして力強く勇躍し、障害者たちの寝静まる部屋へ躍り込んだのだった。


ズブッ、ズブズブッ。プヒューーーー、ぐ、ぐぐぐぐぐっ。。。


入口の明かりを付けると、まず手始めに一番に入った部屋で目についた30代の女性の首めがけて、刃渡り30cmほどのサバイバルナイフを突き刺す。吸い込まれるようにスムーズに入っていく鈍色の刃と共に吹き上がる鮮血、すべては事前に犬や猫で試していた通り、至って順調だ。


そして相手は、犬猫同様の知能の動物だ、後悔も呵責も躊躇も必要ない!今一度、そう力強く植松は彼の持つ特殊理論を再確認した。


全身に返り血を浴びて赤黒い亡霊のようになった自身の姿と、その思い切り良いと勘違いしている行動に恍惚感を抱きつつ、彼はその隣にいる横たわってぼんやり上を見ている老婆を見つけ、くわっと目を見開き続けて刃を振り下ろそうとする。老婆は彼の殺意や凶気を知るのか知らぬのか、まるで朧雲か夜空の星でも眺めるかのようにやはり茫洋と中空を見ている。


ズブリッ。


今度は心臓を一突き、この世界と精神的な係わりをほとんどやめてしまっている老婆は、植松を振り返ったと同時に一瞬で大量の血を吹き出し、肉の塊に成り果てるのであった。


「キャ~!植松が殺してくる~!!」


立て続けに起こった2件の殺人に障害が比較的軽く彼の殺意を感じ取ることのできた入所者は叫び声を上げる。


しかし、奇形宗教じみた一種の完成された哲学を構築している彼は、そんな彼女たちの叫びや訴えも一顧だにしない。自身の描いた神話のような大いなる計画に強大な自負を感じつつ次々と行動に移る。そう、彼の目的は、この障害者福祉施設に住んでいる障害者全員の抹殺であった。


手当たり次第、その表現通りの凶行だった。その部屋に住んでいる女性たち6人の命を続けざまに奪うと、今度は豹のようにしなやかに俊敏に2階へ駆け上り、彼も幾度か介護した経験のある重い精神障害のある壮年の男性たちの一室へその足を運んだ。


この醜いとち狂った囚人たちには、意味もなく突然横殴りに殴られ歯を何本も折られたな、彼を凶行へ駆り立てる動機の一因ともなった介護士時代の騒動を頭の片隅に思い出す。


しかし、今となっては、そんなしみったれた過去の一つや二つどうでも良い。俺は俺だけにしか理解できないこの崇高な思想を広めるためにすべてを捧げるのだ、あんな気の違った丸太の行動などどうでもよい。植松はそう考えた。


「くけぇ~!!!」


部屋に入りざま大声を上げ改めて自身を鼓舞する植松、いたいた、やりたくもない重労働をやらされている最中、突如として殴りかかってきた重障の男たちが一人、二人。起きれば奇声を上げるか便を垂れ流すかしているのに、それもすっかり忘れてすやすやと眠ってやがる。きっかけを与えてくれてありがとう、いやただの犬にそういった事を考えるのもおかしいか?


完全に道理に外れた自問自答を繰り返しつつ、びっくりして跳ね起きた20代の男や、寝ぼけ眼の、30代だがすっかり年寄に見える男、彼らに疾風のようにサバイバルナイフを振るう、何の躊躇もない有能な暗殺者のように。彼はその部屋の男たち5人も、手際よく5分ほどで血祭りに上げてしまったのであった。


「う、植松さん!な、何てことを!!」


「ち、拘束しておいたのに甘かったか!」


ガギッ!!


拘束をほどいて2階に駆けつけたかつての同僚の介護士広子に、サバイバルナイフの柄で加減なく無容赦に頭頂部と鳩尾を殴りぬける。


「ギ、ギギギ、、、!!」


悶絶してその場へへたり込む広子。


植松はそれを無視して、その後も次々と障害者の部屋を開けると、小学生が夏休みまでの残り日数を数えるかのように楽しそうに殺人を繰り広げていくのであった。


そして、その地獄絵図が収まったのは、倒れる前の広子が110番へ通報してから30分後、植松がこの障害者施設の大半の40人ほどを殺しまくった後のことだった。

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