第4話 遊技場
「ママ、苦しい、、、」
原形を留めない左目と、陥没した左頭蓋を持った、全身の骨を折られてしまった少年は、朱に染まったほとんど何も見えない狭い視界の中で、冷たいフローリングに横たわりながらその人生を終えた。か細く弱々しい声をソファーに座っている母に向けて絞り出しながら。。。時は2月の底冷えする寒い夜、先日、母と子の二人で3歳の誕生日を小さな苺のショートケーキで慎ましくも楽しく祝ったばかりであった。
――― 1時間前 ―――
「クルァー!!!」
190cm、120kgを超える脂肪と筋肉に包まれたマウンテンゴリラのような巨漢が、3歳の男の子の頭をまるでボーリングの球でも持つかのように掴むと、冷蔵庫に向けて全力で投げ飛ばす。少年は、自身の骨を折られながら本当にボーリングの球のように妨げる物全てをなぎ倒し冷蔵庫に激突しそのまま床へくずおれる。弱冠3歳の脆い骨格にはとても耐えられない衝撃だ。鈍い音がした。頭蓋と頸椎をメタメタに破壊されたような音だ。暖かな食卓を象徴する冷蔵庫も、今回ばかりは無慈悲にその鈍色の金属でできた盾を少年の頭蓋へ向けたのであった。
「ギャァー!!!」
その少年は、たった一度だけの断末魔を、口から吹き出す血泡と共に上げる。
たった今負った致命的な首と頭蓋の損傷以外にも、打撲、骨折、ナイフか包丁で付けられたと思われる大きな切り傷、全身に付いたタバコを押し付けられた跡、そして凍傷、3歳児が本来持つはずの玉のような瑞々しい肌は身体のどこの部分を探しても見当たらない。
母と子の二人のささやかではあるが小さな幸せの空間に、その男、永富が割り込んで来たのはちょうど1ヶ月前の事であった。寡婦だった母親がSNSで知り合った強く逞しく奔馬のような男、その強引さと気っ風の良さに同居を許したのが、幼子の運の尽きであった。
永富は同居以来、その気っ風の良さは日を追うごとに傲岸不遜に取って代わり、同時に幼児への暴力を繰り返すようになる。自身が幼少時に受けた仕打ちに復讐するかのごとく。1ヶ月ほど続いた虐待は熾烈辛酸を極めたが、何もわからない雅人はそれまでただの一度も反抗的な素振りを見せなかった。そして、殺される1時間前に唯一示したのが永富への敵意の眼差しだった。その時、ひどく殴りかかられていた母親を守りたい一心からであった。
「うるせぇ~!!!!」
絶体絶命に陥った雅人の生命の叫び。そのいつになく驚くほど大きな声に永富は苛立ちまくり、冷蔵庫の前にぼろ屑のように転がっている可哀想な3歳の少年へにじり寄り、坊ちゃん刈りのかわいらしかった髪の毛を引きちぎるかのように掴んだかと思うと、フローリングへずるずると引きずり出した。
折れた腕や足がぶらぶらとついてくる。もはや雅人は筋肉ダルマの殺人鬼に無抵抗で叫ぶ気力も無い。
同じように痣だらけの母親は、先ほども殴られて鼻血を出し怯えてソファに座り、目の前でつぶさに繰り広げられる惨事に目を瞑って何かに祈るかのように下を向いている。
「くそ野郎が!!!!」
永富は、既に至る所の骨が折れ血だるまになっている痩せた幼児をフローリングの上に仰向けに転がし、30cmはあろうかという巨象のような足で容赦なく踏みしだきまくる。ドスンッ!ドスンッ!ドスンッ!雅人は、まず鼻が折れ、額が割られ、奴が来る前は近所からも評判だったその清らかだった眼は見る見るうちに血に染まる。幾度となく踏み付けられるうちに、まぶたは青黒く腫れ上がり、目玉は原形を留めずグシャグシャになっていくのだった。
「ぐっ、、、ぐっ、、、ぐっ、、、、」
雅人は声にならないうめき声をあげる。そして、意味も無く殺された交通事故の野良猫のようになっている幼児を見て、永富はこう言い放った。
「オレを睨み付けやがって、思い知ったか!!!!」
無知な、偏狭な、冷酷な、気の触れたような物言いであった。
このようにして3歳の雅人は、割れるように激しい頭痛と全身の激痛に彩られながら、その短く儚い生涯を終えた。外にはしんしんと雪が降り注ぐ2月の夜のことであった。
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