第2話 オカ研

「ひぇ~、グロイわね~。。。」


「何々、凛?」


「え~、知らないの、杏?このLINEニュース見てよ!重度障害者施設の元職員が、施設に押し入って何十人も殺害だって!?」


「え、初耳だ、何、それ、ありえなくない!?」


耳慣れないニュースに、それを見つけた凛と聞いた杏が沸き返っている。ここはとある私立大学のオカルト研究サークルの一室で、彼女たちは大学1年生、樹木でいえば生命力全開の若木と言ったところだ。そしてなぜ跳ね回る子ウサギたちのように見た目明るく初々しく、オカルトなどとは一生かかっても平行線をたどるであろう彼女たちが、よりにもよってこのサークルに入っているのかというと、単純に入部勧誘看板に書いてあった、富士急ハイランドやハウステンボスのお化け屋敷付き無料ツアーに惹かれたからであった。


「それは、優生思想と言うものでしょ~。」


「げげっ!?」


凛と杏が衝撃のスマホニュースに釘付けでいる横から、ヌボッと、動きの悪い細長い青虫のような男が割って入ってくる。牛乳瓶メガネと、自身で適当に刈った高杉晋作のような散切り頭、痩身長躯、そしてその間延びした独特な口調、どれをとってもちびまる子ちゃんの丸尾が成長した姿そのものだ。


「部長、脅かさないで下さいよ!ただでさえ気味が悪いんだから!?」


凛が、つい本音を口にする。


「ははは、言えてる!!」


「気味が悪いとはなんですか~、不肖丸尾、常日頃身だしなみには気を付けているんですよ~!!」


そして、苗字もそのまま丸尾と言うのであった。


「それで、部長、ゆーせーしそー、ってなんですか?」


耳慣れない言葉に、凛が問いかける。


「おお、凛さん、よくぞ聞いてくれました。人を強者と弱者に二分して差別する、危険な思想でしょ~。ヒトラーはその最たるもので、戦後の日本でも障害者はおろかハンセン病患者まで含めて子孫を作れないように断種する悪法を制定したりしていたのですよ~。」


「え~!そんな、ありえなくない!?」


杏は何でも”ありえなくない”で済ます、知能に問題があるのかもしれない。


「あぁあ~、やっぱりチャラチャラした男子の多そうなテニスサークルに入るんだったかな~。。。」


年上の丸尾部長を横目に見てそんな身も蓋もない事を言う杏は、ただ遊ぶためだけに大学に入ったステレオタイプな学生であった。ベビーメタルを意識しているのであろう、黒を基調としたヘビメタじみた服装に薄い赤黒ボーダーのカーディガンを羽織り、黒髪をサイドポニーにしている。その敏捷さと快活さと尖った衣装と可愛らしさは見る者に意地悪な小悪魔を連想させる。


「何言ってるのよ?杏が、タダで遊園地めぐりできて楽しそうだから入ろうって言ったんじゃないの!?」


一方の凛は、丸尾の書いた一筆入魂の遊園地めぐりの看板に釣られるようにして入部してしまった杏とは違い、暇があれば一日中図書館に篭っていても不自由しない、そしてスキーなど山崎賢人に誘われても行きそうもない、根っからの文化系であった。長い黒髪を後ろで縛り、杏とは違うがやはり大学1年生特有の若々しさ溌剌さをもち、そして自身からオーラのようにみなぎる温かな生命力が彼女を代表していた。一見、まったく気の合いそうもない二人ではあったが、同じ大学の同じ科で名簿が凛の次が杏で、大学が開催する学生生活の説明会でなぜか意気投合して以来、いつも一緒にいるのであった。


丸尾のメガネがキラリと光る。


「ベクシンスキー、KKK、中国人民解放軍、夢野久作、神聖なるオカルトの世界に比べたら、テニスなどなんの価値もないでしょおおお~。」


絶対不可侵の聖域であるかのようにオカルトに熱弁をふるう丸尾。実際、黒魔術から新興宗教、果てはUMAまで彼のオカルトに対する造詣は幅広くそして深い。性格こそ子猫を看る親猫のように温厚で群羊のように無害ではあるものの、ともすればどんどんオカルトの世界に一人で勝手にのめり込んでしまうため、総勢10名の部員の大半が気味悪がってついていけず、みな幽霊部員となってしまい、廃部寸前の有り様であった。


しかし、幸か不幸か凛と杏だけはそれに対する免疫を獲得していた。一部似通った面もある兄がいたためであった。


「そんなんはいいから、今度のUSJの”ハリー・ポッター”めぐりの計画建てようよ!」


「”ハリー・ポッター”ではなくて”祟”でしょ~、あんなコモデティ化されたおとぎ話と、日本が誇るエンターテイメントホラーを一緒にしないでいただきたい~!!」


杏の遊びたい心満載の言動が、丸尾独特の癇に障る。しかし、杏はまったく気にしない。


「ねぇ、部長、本当に無料でUSJに行けるんですか?」


「我が北の丸経済大学の部活動奨励金を頂いていますからね~、元は千葉県の大学の人気取りの補助予算ですが少子高齢化の日本社会さまさまでしょ~。」


「ふ~ん、すごいですね~、部長も切り盛り大変ですね。」


「そう言っていただけると、この丸尾鼻高々でしょ~!」


時は初夏、千葉県の普通の都市の普通の私大に所属する小さくて奇妙なオカルト研究会で繰り広げられる、まったく絵にならない大学生活の一コマであった。

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