日常

幕間1★ ~薫の朝ごはん~

 次の日。今日は休みだというのと、昨日の疲れからか、目を覚ますと既に8時30分頃だった。思ったよりぐっすり寝てたみたいだ。まあその分、疲れが残ってたりもしないし、すっきりと起きられた。普段は起きてから二時間位はぼーっとしてしまうから、ここまでちゃんと目が覚めているのは珍しい。……社会人としてそれで大丈夫なのかという突っ込みが聞こえてきそうだが、気にしないことにしよう。

 階段を下りてリビングに行くと、薫さんと大橋さんが座って話していた。

「おはようございます。すみません、寝坊しちゃって」

と挨拶すると、薫さんと大橋さんも

「あ、おはようございます。よく寝られたようでよかったです」

「康介も美空ちゃんもまだ起きてきてないんで、お気になさらず」

と返してくれる。……今この瞬間、私よりもお寝坊さんなのが二人もいるということが判明したな。まあ、休日だし、そもそも私も人のこと言えないし、別にいいと思うけどね。

「坂本さん、すぐ朝ごはん召し上がられますか?それとも、もう少し後にします?」

薫さんが尋ねてくる。別に朝ごはんなんて自分で適当に用意して食べるのに。そう思って

「ご飯くらい、自分で準備しますよ?」

と言ったが、

「ここはご飯とか掃除とか、当番制でやってるので。今日は私がご飯担当なんです。……美空ちゃんだけは、料理が壊滅的に下手なので、掃除当番を少し増やして、代わりに食事当番を無くしてますけど」

と薫さんに止められた。……当番を無くされる程壊滅的な料理とは、美空ちゃんは一体何を作ったのか。めちゃくちゃ気になるんですけど。

「そうですか。じゃあ、今頂きます。……あの、美空ちゃんは一体何を作ったんです?壊滅的って……」

椅子に座りつつ、大橋さんに聞いてみる。

「えっと……一言で言うと、ヤバい、ですね。味的にも見た目的にも」

大橋さんに『ヤバい』と言わしめるとは、これは相当らしい。ここまでくると逆に一回食べてみたい気もする。

「……」

ふと気が付くと、何故か大橋さんが私をじっと見ていた。

「あの……どうかされましたか?」

「え?」

聞き返された。無自覚だったのか。

「いや、なんか見られてる気がしたので。私何か変なことしたりしてたのかと思って」

というと、大橋さんはしまったというような顔をして目線を逸らした。

「そういうわけじゃなくて……。あの、……さっき、美空ちゃんの料理、逆に一回食べてみたいとか思いませんでした?」

「!?」

見抜かれていた。なんかめっちゃ恥ずかしい。

「確かに思いましたけど……なんで分かったんです?」

「……顔。最初『えー』っていうような顔して、その後興味津々な感じになったので、そういうことかなと」

すごく的確に見抜かれていた。

「私、そんなに顔に出やすかったかな……」

「多分……。昨日の時点で、考えてることが表に出やすい方なんだなと思ったので」

初っ端から分かるレベルか~。それは相当だな。ヤバいな。ちょっと気をつけよ。

 そんなやり取りをしている間にも着々とご飯の準備が進んでいたようで、薫さんが運んできてくれた。

「すみません、色々手抜きなものが多いんですけど……」

そういって目の前に並べられたのは、フレンチトーストにサラダ、ミネストローネの三点セット。……てぬ、き?これが?手抜き!?

「咲良さんの『手抜き』は、気にしない方がいいですよ」

またもや私の考えていることを察したのか、大橋さんが苦笑交じりに小声で言ってきた。薫さんは聞こえていたようで

「本当に手抜きなんですよ?サラダはスーパーのカット野菜だし、ミネストローネも市販のトマト缶使って、具材は冷凍のミックスベジタブルとかですし……」

とか言ってくるが、うん、アドバイス通り気にしないでおこう。いくら休日とはいえ、そもそも朝っぱらからそんなに作ろうとか思えないでしょ、普通。まあとにかく、冷めないうちにと、まずはミネストローネを一口飲んでみる。

「……美味しい!」

「お口に合ったようでよかったです」

薫さんが嬉しそうに微笑む。サラダとフレンチトーストも順に食べるが、どれもとても美味しかった。

「ほへほ《どれも》、おいひい《美味しい》、へふ《です》!……んっ、ふぅ。薫さんは料理がお上手なんですね」

料理を頬張りながら薫さんに告げる。実は私は食べ物屋巡りが趣味なのだが、美味しいと評判な店に遜色ないと思えるほどである。

「そんなに褒められると恥ずかしいですね」

薫さんが照れたように鼻の下に手を当てる。

 と、そこへ青柳さんが少し眠たそうにしながらやってきた。

「おはよ~。ふぁ~、ねむ」

「おはようございます」

「『お早く』はないけどな」

「おはようございます、康介さん。朝ごはん食べますか?」

それぞれ思い思いの挨拶をする。

「うん、食べる。……この匂いからして、今日の当番は薫ちゃんか」

「そうですよ。フレンチトーストとサラダとミネストローネです」

準備に取り掛かりつつ、薫さんが答える。それを聞いて、青柳さんが大きくガッツポーズをした。

「やったね、薫ちゃんのミネストローネはマジで美味いもん。それにしても、薫ちゃん、最近ミネストローネ好きだね。はまってるの?」

「はまってるというか……。なかなか思ったように作れなくて。もっと美味しくならないかな、と試行錯誤してるんです」

「……」

一瞬の沈黙。薫さんを除いた全員の気持ちが同じであることを察し、そしてみんなで叫んだ。

「「「これ以上一体何を望むっていうの!?」」」

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さくら荘の恋愛事情 睦月尊 @mutsukimikoto

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