第3話★ ~はじめまして!〈春香編〉~

 青柳さんが玄関ドアを開け放つと──

“パァンッ”

クラッカーの乾いた音とともに、小さな紙切れが降ってきた。そして、

「ウェルカムトゥさくら荘!待ってたよ!」

と、小さい女の子が飛びついてきた。ちょっと待って。どっちから突っ込めば正解なんだろう。クラッカー?女の子?

「美空ちゃん、いきなり飛びつくから、坂本さんが固まってる。あと、クラッカーは片付け面倒だし、驚かせちゃうから止めておいてって言ったはずなんだけど」

おとなしそうな、年上らしき女の子が、飛びついてきた子をたしなめる。

「いや~。やっぱ歓迎は賑やかな方がいいじゃん?その方が楽しいし!」

と、美空ちゃんと呼ばれた子がにこにこしながら言うものの、おとなしい方の子は呆れたようにため息を吐き、

「そりゃ楽しい方がいいかもしれないけど、だからって飛びつくのは間違いだし、クラッカーも要らないと思う。片付け自分でやってね」

と、冷たく突き放す。

「えぇー……。薫も一緒n」

「やらない」

「………」

コントか?コントなのか?とにかくテンポが速すぎてついていけず、目をしばたたかせる。私のそんな状況を悟ったのか、おとなしい方の子─薫って呼ばれてたっけ?─が声をかけてきた。

「坂本さんすみません。驚かせちゃいましたよね?とりあえず、いつまでも立ち話してるのもなんですし、中へどうぞ。自己紹介とかした方がいいと思いますし。あ、水道場がそこにあるので、そこで手洗いうがいしてくださいね。それから、お飲み物用意しますけど、何がいいですか?コーヒーとか紅茶とか、結構色々ありますよ」

「あ、…えっと、コーヒーで」

「分かりました。すぐに用意しますね」

……なんでこの子はこんなに落ち着いてるんだろう…?もしかして、これが日常茶飯事?

「美空ちゃん、手伝ってくれる?」

と薫さんが美空ちゃんに声をかける。

「うん…わかった……」

どうやら美空ちゃんはだいぶ落ち込んでるようだ。すごく暗い顔をして項垂れている。薫さんは、そんな美空ちゃんに見向きもせず、

「康介さんと健太さんは、手洗いうがい終わったら、坂本さんをリビングまで案内してもらっていいですか?」

と男性陣二人に声をかけ、青柳さんも

「はいよ、任された!」

と、美空ちゃんを気にする素振りはない。……なんだか不憫になってきた。

「お願いします。ほら、美空ちゃん、行くよ」

薫さんはそう言って奥の部屋へと向かい、美空ちゃんは肩を落としてとぼとぼとその後ろを付いていく。……結局、突っ込んだりする間もなく行かれてしまった。このテンポについていけるのか…?なんか、前途多難な予感。

 手洗いうがいを終えてリビングに入ると、テーブルに人数分のコーヒーが置かれていた。薫さんは、私たちが部屋に入ってきたのを見て、

「坂本さんはそこの席座ってください。ミルクとお砂糖は、置いておくのでご自由にどうぞ」

と言った。

「あ、ありがとうございます」

さっきから、この子の保護者感というか、大人びてる感というかが凄すぎる。見た目的には、私と同じくらいに見えるんだけど……。実年齢はもっと上だったりするのだろうか?

「んじゃ、さっそく自己紹介する?春香ちゃんからでいいよね?」

と、青柳さん。

「そうですね。じゃあ、お願い出来ますか?」

と、薫さんに視線を向けられる。

「はい。…えっと、坂本春香さかもとはるかと言います。今年、社会人一年目です。これからよろしくお願いします」

と、必要最低限なことを言ってみる。いきなり自己紹介って、正直何を言えばいいか悩むよね。すると、美空ちゃんがテーブルの向こう側から身を乗り出して、

「ねえ、春香って呼んでいい?」

と、きらきらした笑顔を向けてきた。さっきまで落ち込んでたように見えたけど、今はすっかり元気になっている。変わり身が早い。というか、いきなり呼び捨てか。まだ最初に飛びつかれてから10分かそこらしか経ってなくない?

「まあ、いいですけど……」

「すみません、困らせちゃって。悪気はないんですけど、ちょっと子供っぽいところがあって」

やっぱり、薫さんの保護者感凄いわ。「うちの子がどうもすみません(苦笑)」みたいな、親御さんあるあるなノリを感じる。

「子どもじゃないもん!」

「………」

反論する美空ちゃんを、薫さんは冷ややかな目で見ている。いや正確には、私からは、美空ちゃんの方を向いた薫さんの顔は見えないんだけど、それでも分かるくらいに冷ややか~な雰囲気を醸し出している。ここに来たときから薄々思ってたんだけど、ちょいちょい二人の力関係が垣間見えるよね。まあでも、そんな目をしたくなるのも分かる。突っ込みたいけど、もはやそれもめんどくさいなっていうレベルになると、こうなるよね。

「なんか薫にすごい冷たい目で見られてる気がする」

「ついでに、春香ちゃんに生暖かい視線を送られてるよ」

その「ついで」は別に言わなくてよかったですよ、青柳さん。

「えぇー、何で~」

「いや、そういうところだと思うよ」

頬を膨らませる美空ちゃんに、青柳さんが冷静に突っ込む。そんな二人を見て、

「坂本さん、すみません。美空ちゃんはいつもこんな感じなので、適宜突っ込むなりスルーするなりしてください。遠慮なくどうぞ」

と大橋さんが言うが、遠慮なく、と言われても。だから、今日初対面なんですが。最初からなんとなく思ってはいたんだけど、ここの人たちは、基本的に他人との距離感がちょっと世間とずれてるような気がする。

「はあ……」

「健太、いきなりそれを求めるのはなかなかハードだと思うぞ……」

青柳さんが大橋さんにこう言うものの、

「そうか?」

って、いや自覚ないのかい!やっぱりずれてるでしょ。そう思って、つい、

「多分そうだと思います。普通、このテンポについていけるレベルの突っ込みスキルなんて持ち合わせてないかと……。というか、初対面の人に遠慮なく突っ込めるほどの鋼のメンタルも、普通持ち合わせてないですね。よっぽど変わってる人じゃなきゃ」

と言ってしまった。するとすかさず、

「ハハッ、それじゃあ、それを言っちゃう春香ちゃんも、ちょっと変わってるとみた」

と、青柳さんに笑われてしまった。なんということだ。ずれてるのは向こうだけじゃなかったということか。

「うっ……まあ、たまに言われることはありますね……。自分ではさっぱり分からないんですけど」

ええまあ、昔から幾度となく、『春香ってちょっと変わってるよね~』と言われてますよ。ええそうですよ!……と、一人で悶々としてちょっと恥ずかしくなってきたので、急いで話題を変える。

「えっと……と、ところで!自己紹介の続きは?」

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