第7話 春、始まり。

春になり私は無事、事務所預かりになった。

これでやっと正式な声優と言える。


と言っても、それはほんの始まりで、実際はオーディションを受けて自分で仕事を掴まなければならない。


「まさか…同じ事務所とはね」


「え、酷い。僕と離れたかったの?」


運良くKプロダクション事務所に拾って貰えたのは私だけではない。

どうやらナギも所属出来たようだ。


と言っても、彼は既にそのルックスの良さからアイドル系声優としてオファーが来ているらしい。

私は負けずにコツコツとオーディションを受けようと思う。


「うーん…それはちょっと寂しいかも」


「ちょっとだけ?」


「はいはい、かなり寂しいです」


私が投げやりに答えると、酷いと言いながらも笑いあえた。


たわいもない話。

でも、それができるのは今日までかもしれない。


ここから先は、お互いにライバルだ。


彼は男の仲の高音を、私は女の仲の低音を。

私たちは声の領域が酷く被りすぎている。



「牧野さん、そろそろ時間ですよ」


マネージャーから声がかかった。

今日は午前からオーディションなのだ。


私はナギに別れの言葉を告げる。すると、「マキノなら役絶対取れるから!自信持っていって!」と返してくれた。

なんか、うん。彼に言われると、根拠が無くても上手くいきそうな気がして来る。


春先なので、これから始まるアニメに向けてのオーディションが今は各所で開かれている。

私は気を引き締めて、Kプロダクションを後にした。

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