第6話 本場のアフレコ現場

日曜日。

18時過ぎに向かったのは、都内某所の隠れたビル。

そこで、アニメ「ナナシの恋」の収録が行われている。



到着早々、私は何度も読み込んだ台本をカバンから取り出す。

今は3月も中頃。収録は最終回を残す一回きりだったが、責任は重大だった。


実質、カウントには入らないけれど、これが私の初アフレコなんだ。


部屋に向かうと、小林さんが音響室から出てきた。

そして私に深々と頭を下げる。


「本当に引き受けてくれて有難う。今日は沢山時間あるし、何度でもリテイク付き合うからね」



新米にも礼儀を尽くす、好意的な音響監督。


アフレコルームに入る前に、小林さんに出力機器とヘッドホンを渡された。


どうやら、先程収録した他のキャストの方の声が入っているらしい。

それを聞いて、合わせてくれとの事だった。




試しに一度、練習の為に二倍速で動画と音声を流して貰った。


耳から流れる音声に、私は鳥肌が立つ。

プロの声量。そして、器量。

なによりも主人公ナナシを演じるのは、私が尊敬している『天野 空』なのだから。


15分間、私は鼓動が止まらなかった。



本番。

アフレコルームには私1人、そして音響室には小林さんが。

普段ならこんなマンツーマンを酷く羨望しただろう。けれど、今はそんな余裕さえない。



マイク前に立つと、今までとは違う緊張が私を襲った。

無意識だが、手が震える。


いけない。

彼らの演技に、呑まれてしまいそうだ。




そんな時、私の目の前にふっと幻影が現れた。


その幻影___星空めぐみ___は、ふふ、と笑うと私の中へ入り込んでいく。



その後のことはよく分からないのだけれど。

気がつけば収録は終わっていて、リテイクも出なかったらしい。



まるで彼女の生き写しかのような演技だったらしく、私は納得がいかないまま帰路についた。



彼女が私に乗り移ったのはそれが最初で最後だったけれど、それ以後も、彼女の幻影に悩まされることになるとは、この時はまだ思わなかった。

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