第4話 動き出した歯車
授業終わりに、私は早速事務所に向かった。
心臓が跳ねる。
いつもより部屋の照明が明るく見えた。
今までこうやって呼び出しを受ける生徒が羨ましかった。
それが今日、やっと私にも回ってきたのだ。
嬉しくない訳がない。
「今朝のニュースはもう聞いてるかな」
外部講師の小林さんは、開口一番そのことを尋ねてきた。
「星空めぐみさんのことでしょうか」
私は恐る恐る聞き返す。
どうして今、その話をするのだろうか。
しかし、それは単なる世間話ではなく、今から言うことへのワンクッションだったのだ。
申し訳ないという顔をして、林さんはゆっくりと口を開いた。
「君に彼女の役を引き受けて欲しいんだ」
一瞬、時が止まる。私は冷や汗が出た。
それはつまり、私が代役で『ナナシの恋』のヒロインを演じるということ。
音響監督の言葉の真意は読めなかった。
なぜなら、こんなぽっと出の新人がそんな大役を貰える訳がない。
第1、そんなことをしたら私だけじゃなくアニメ自体が叩かれる可能性だってある。
「君たち声優にとっては、あまり褒め言葉ではないのだけれど…。君の声は非常に彼女に似ているよね」
確かに、高音になると裏返ったり、笑い方が少し子供っぽい…といった癖なんかは少しずつ違うけれど。
もっと根本的な……声が女にしては低い所や声自体の音は、確かに似ているかもしれない。
だけど。
私は首を上下に振れないでいた。
彼女…星空めぐみさんの事を尊重すると、役を引き受けるなんて出来ないから。
「この作品、どうしても完成させたいんだ。頼む、君に出演して欲しい」
最終回。その一話を残して、死を選んだ星空めぐみ。
私は妥協点を必死に探す。
「匿名で…他の役者さんと別撮りでなら、引き受けます」
林さんは頷いた。
私の考えを理解してくれているようだった。
「なんとかしよう」
この業界に身を置き続けるのなら、いずれ声から名前はバレるだろう。
これはただの時間稼ぎ。
だけど、今直ぐにやるのは違う。
これは誰にも言わない。
精一杯の誠意を示して、役に挑もうと思った。
けれど。
私はこの時、自身にまとわりつく『星空めぐみ』を一生背負い続かねばならないとは知らなかった。
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