第3話 選別

アフレコスタジオに入ってすぐ、台本を手渡された。

これは、基本的に過去の作品のものを使用している事が多い。


順番は挙手制で、初めに手を挙げた人からマイク前に立つことになっている。


「マキノ、分かってるよね」


「勿論だよ」


こそっと耳打ちをするナギ。

彼とのセリフの掛け合いは、世界で一番と言っていいほどやりやすい。

それは多分。お互いの息が合っているから。


だから今日も普段通り、私とナギが一番に名乗り出た。



音響室からページとセリフ番号を指示されると、私は数分間その言葉達を読み込む。

どこでどういう表情をしているのか。漢字は読めるか。セリフはコンマ何秒で始まるのか。そして……相手はどこでブレス(呼吸)を置くのか。


全てを叩き込んだ後、私は顔を上げてナギの方を向いた。

と、たまたまそのタイミングが合って、クスッとくる。


私たちはマイクの前に立った。


そして音響監督の合図が上がり、画面の絵が動き出す………



REC



画面に2人の少年が描かれる。

1人は死にかけ、そして泣きながらその少年を抱き抱えるもう1人の男の子。それが私。



00,03,12



「ミツル!」


私は訴えるように、声を吐いた。


「ワタル…どうして俺なんか…」


全身が傷だらけで、声を絞り出すミツル。

その声の主人は、役と絶対的なシンクロを得意とするナギ。


その声で、私は演技に夢中になる。


「…っ、友達だから」


気持ちが溢れてきた。


「相変わらず、お人好しだな」


マイク越しだけれど、ナギの言葉は心を掴む。

でも、私だって負ける訳にはいかない。

彼のペースに飲み込まれずに、役の中で自分を最大限に活かす。


すると、ナギが此方を見て一瞬、にっと笑った。


イける。調子が良い。

今の2人は、最高に良い。


「…ミツルっ」


「俺、どこで間違ったんだろう」


「ごめん」


この『ごめん』は、今までの人生に対して言っている言葉。

ワタルが背負ってきた後悔を、たった三文字で表現する。


「なんでお前が謝るんだよ…俺は負けた…。だからっ」


「嫌だよ!ミツルを置いて行くなんて!」



ここで別れたら、ミツルとはもう二度と会えない。

悲しさが込み上げる。


もっと話したかった。

やっと今気持ちが通じたのに、どうして。


その気持ちを込めて……。


「バカ、いい加減にしろ!」


完全に2人だけの世界が出来上がっていた。

もっとやりたい。止められたくない。



しかし。

突然、画面が急にフリーズ(停止)した。



外部講師の先生が、音響室からマイク越しに話した。


「牧野 夏希さん。授業が終わったら、私の所に来てください」


私もナギも、直ぐにその意味を理解した。



「おめでと。先越されて悔しいけど、嬉しいわ」



背中をバシン叩いてくるナギ。



つまりこの呼び出しは……役を貰えるということだ。

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