縄と鎖

崩紫サロメ

第1話 それが夢だと私は知っていた

「遠慮せずに、座って食べなさい」

 大宰相は穏やかな笑顔を私に向けて、眩しいほどに白い皿に乗せた菓子ロクムを差し出した。

 しかし、その顔を見たとき、私はこれが夢だと気付いた。

 その人は何年か前の政変で処刑されたのだから。


「そなたのことを、陛下はいつも褒めておられる、イブラヒム。年はいくつだ?」

 私が恐る恐る席に着くと大宰相は聞いた。

「十歳になります」

 夢だとわかっても、私は普通に答えた。

 十歳?ならば、今から七年前のことか。

 よくわからないが、夢なのだから仕方がない。


 それにしても、大宰相に菓子を差し出されるなど、一介の宮廷小姓としては緊張する。いつも王の側に平然と侍っているのに、臣下の前の方が緊張するというのは不敬なのかもしれないが。


 とにかく、目を上げられぬほど緊張していたら、奇妙なものが目に入った。

 大宰相の袖口から見えるその手首に、縄目の痕のような傷がくっきりと刻まれていたのだ。子どもらしくロクムに飛びつくべきであろうと思いながらも、私はその傷から目を離せなかった。


「これが気になるか?」

 大宰相は苦笑して言った。私は高官に対して、とんでもない非礼を犯したと、慌ててひれ伏した。大宰相はそれを咎めずに話を続けた。

「脱走しようとした時に縛られてできたものだ。一度捕まった後また逃げようとして強く縛られ、それでも逃げようとしたので、このように深い傷になった」


 私にはその言葉の意味がわからなかった。何故、帝国大宰相が縛られたり脱走しようとしたりするのか。

 誰が、大宰相に対してそのようなことができるのか。


「そなたは、逃げようとはしなかったのか?」

 また、不可解なことを言われた。まるで、私と大宰相が同じ過去を共有しているかのような問いだ。

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