第10話
「あー!?ビックボンビー早くねえ?やべー泣きそー」
「おい鉄、着信来てる」
「えー、あ、水戸くんからだ」
鉄朗は指紋でベトベトのスマホを耳に当てた。
「おーす、水戸っち。休校でしょー」
「おーすじゃないよ!?」
甲高い声は俺にも届いた。鉄朗はひーひー笑って「どしたー!」と尋ねる。爆笑しながら指をさし、スピーカーをオンにする。
「何故三又くん、君は連絡網に記載してある番号に出ないんだい!?お陰で僕は佐原くん、野下くん、西野くんの三人に電話をかける羽目になったよ!?」
悪いなと思いながらも、俺も釣られて笑ってしまった。
「どうしてそんなに笑うんだい!?というか、その声は久我くんだね!?笑うなよ!僕は真剣なんだよ!?」
鉄朗は笑い上戸だから一度ツボに入ると中々抜け出せない。
「悪い水戸。こいつ今俺ん家いるんだ。同じマンションだからさ。てか、ブフッ。なんで三人もかけちゃったんだよ。フフフ、意味わかんねーよ。フフフフ……ッ」
「久我くんまで……ッ!三又くんの携帯の番号を聞こうと思ったんだよ!なのに佐原くんも野下くんも寝てるんだろうねマッッッタク電話に出ない!!キー!君たちも受験生だろ!?勉学に励みたまえよ!」
ブワハハハハと鉄朗は笑い転げている。もう駄目だ、こいつは使い物にならない。
「お、おっしゃる通りですわ……クククッ……。てか水戸、お前ラインしてクラスのグループ入れば一発だと思うぜ?いい加減現代に生きろよ……」
死ぬんじゃないかってほどの鉄朗の笑い声に水戸は憤慨していた。頭は良いが融通の利かない奴だ。ぷりぷり怒って
「大きなお世話だよッ!じゃあ次電話回せよ!三又くんちゃんと君がしろよな!!じゃあね!」
ブツッと切られた。
「ハーッ!ハーッ!流石水戸君だわ、期待を裏切らない……駄目だ腹いてぇ」
「お前……流石にちょっと笑いすぎ。明日謝っとけよ?」
「グフッ。うん、うんうん。謝る謝る。あ、そうだ。お詫びに明日ラインのやり方教えてやろー。んで、学校終わったらスタンプ爆弾でびっくりさせてやろー」
「調子乗り過ぎ」
俺は鉄朗を小突いた。
「次はいっちーだな。あ、いっちーもクラスライン入ってねえのか。アナログだねえ」
鉄朗は再び水戸に電話をして、望月家の番号を教えて貰っていた。スピーカー越しにキンキンと響く声で怒っていたけど、彼は律儀に教えてくれる。律儀なところが彼の長所だと思う。
そして鉄朗は、そのまま望月絃の自宅へ電話をかけた。
望月絃の家は、それすなわち会長の家という訳で。内心ちょっとどきどきする自分がいる。
『もしもし!?』
よく似た声だが彼女じゃない。同じクラスの妹だった。だが電話取るの早すぎないか?スピーカーにしていたので少々驚いてしまった。
「うお、ビックリした〜!電話取るの早すぎでしょ、いっちーてば。休校期待しすぎじゃん?学校のホームページ見れば一発でわかるよ。知ってた?」
「三又……くん」
「はいそーです。あなたの三又でっす」
「別に、私のものじゃないと思うんだけど」
「あーあー。固いなあ、もお。ほら、連絡網だって」
「ああ……」
「いっちーの期待通り、大雨警報と暴風警報豪華二本立てで発令中。つまり、お休み。万歳やったったってね。一日中桃鉄コースだなあこりゃ」
「…………」
「あり?勉強しろとか言わねーの?まあいいや、てことで、次の奴に回しといて。じゃーねー」
「うん……ありがとう……」
「どしたー?いつも辛気臭いけど、今日は更に辛気臭いね。だいじょぶー?具合でも悪いんか?」
「……そんなんじゃない」
通話終了。静かなブツ切りが水戸とはまた違う癖の強さだなと思う。
「びっくりした。もっと大人しいと思ってたけど、意外とズバズバ言うのな。愛想悪いけど」
鉄朗は黙ってスマホを覗き込んでいた。唇に手を当てて何か考えている。
「どうした?」
「うん、いっちーの様子めちゃくちゃ変だったなと思って」
俺はポテチを食べる手を止めて、チョコレート菓子の袋を開ける。
「そうなの?俺あんま話さねーから知らないけど」
「……なんか余裕なかった。結構ツッコミとか冴えてる方でさ、意外と話すと面白いぜー?でも普段はもうちょっと優しいし、なんか、変な感じだなーと思った」
「へえ……そうなんだ」
「うん」
静かな沈黙が流れる。ゲームの音が虚しく騒ぎ、風がごうと吹き荒れた。俺はチョコレートを頬張る。
「俺、望月妹苦手でさ。何考えてるか全然わかんないし。会長の方が断然話しやすいかな。確かに顔は似てるけど会長の方が明るいし……かわいいし」
「まあお前の場合、いっちーのこと抜きにしても会長のこと好きじゃん?比較すんなよなー」
ブフー!とチョコレートを全部吹き出した。
「な、なななな、な」
「え。気づいてないと思ってたのかよー。マジかよー。笑えねーわー。引くわー」
鉄朗は引きつった顔で笑った。ストローで麦茶の泡をぶくぶくと作る。
「え、いつから、気づいてた……?」
「割と会ったばっかの頃からー。去年生徒会に入った時にはもう確信かな。みんな、ブフッ、知ってる……」
「はあー!?!?!?」
ヒヒヒと笑って飲み干した。ストローを噛みながら言う。
「気づいてないの会長くらいだと思う。なー、卒業する前に告れよ。お前東京行くんだろ。あの人多分、一生地元から出らんないと思う……今のうちに思い出作っとけや」
「なんで、出られないんだ?」
雨脚が強くなっていく。陽は昇っていっているというのに、外はどんどん暗くなっていった。
「だって会長、望月家の本家筋の人間なんだぜ?望月の中でも特別中の特別な訳」
「
「楚海真さまより!」
ごろんと横になって、天井を見上げた。
望月楚海真。俺たちの二年先輩で生徒会長をしていた。えらい美形で秀才だった。本来なら東京の超名門大学に無償で通えるほどの学力を持ちながら、地元の国立に進んだ人。
正に学園のアイドルといった人物だった。女子に凄くモテてた。口を開けば「楚海真さま楚海真さま」なんて呼ばれてた筈なのに、浮ついた話が一つも無いのが不気味だった。
俺が望月という概念を理解できたのは楚海真さまのお陰である。
「なにが怖いって、先生達の態度だよなー……」
「しゃーない。だって望月だもん。贔屓して良いことはあっても悪いことはねーべ。実際優秀だし。金もコネも持ってる」
鉄朗もごろりと横になった。
二人して風と雨の音を聞きながら、ぼんやりと話を続けた。
「理系の
「8組なー。うん、イケメン。望月の人達ってさ、美形揃いなんだよな。昔からそうらしい。コミュ障だけど」
「翔くん、謎にくん付けだよな。まあわからんではない」
ハハハと笑う。
「あの人会長絡みになるとすごいムキになるのが怖えんだよなあ〜。普段のギャップがまっじでえげつない」
「二年連続で会長選、ダブル望月対決だったよな。先生達もヒヤヒヤしてた」
「開票してた友達が言ってたんだけど、かいちょーの圧勝だったらしい。人望ってのもあると思うけど、本家の人間だから入れとこって人もいたと思う」
「へー。俺ここに住んで3年目だからわかんないんだけど、やっぱ望月家の認知度って高いんだな」
鉄朗は身体をバネのようにして起き、心底呆れた顔で俺を見た。よれたストローの入った空のコップを持ってキッチンに向かう。冷蔵庫から麦茶を取り出し、なみなみと注いだ。
「おい」
「……昔はさあ、田舎の嫌なところって思ってたよ」
ストローを奥歯で挟み、手前に引き伸ばして潰している。
「でもさ、気づくよな。田舎とか、都会とか、関係なかったんだ。やばいよ、あいつら」
鉄朗は潰したストローで器用にリボンを作っていた。俺を真っ直ぐに見、ニヤリと口角を上げた。
「
「いや、ないけど」
「そんなに古い家って訳じゃないんだ。ここらに住みついたのも明治なってからだし」
「……明治って……新しくはないんじゃ……」
「新しいさ。江戸時代が終わってからまだ150年位しか経ってない。明治産まれでピンピンしてる婆ちゃんとか、まだいるだろー?」
リボンの出来に納得ならなかったらしい。「まあそれはどうでもいいんだけど」とひとりごち、投げやりにストローをゴミ箱に捨てて俺の隣に座った。心なしか、先程よりも距離が近いような気がする。舐めるようにコップに口をつけ、低く小さな声で語った。
「鬼子の一族って言われてんだ」
「鬼……?」
猫背気味な背中を更に丸め、膝の上に顎を乗せている。鉄朗のすっと通った鼻筋を見つめ、俺は耳を傾けている。鉄朗は続ける。
「そう。鬼。そういう伝説ってさ、大抵何か根拠があって語られる物だと思わねえ?」
「まあそうなのかも、な」
「しかも侍の時代は終わってるんだぜ?江戸から明治って、そういう不思議な話が消えていく時代だったと思うんよな」
がたがたと窓ガラスが揺れた。
「望月の人達は金持ってるし、経済界や政界にも昔から強い繋がりがあった。軍部に技術提供してたって噂もある。この町は、この地域の他の所と比べてその恩恵をもろに受けてきたんだ。あんま米とか作れねえし、地域病とかもあって昔はすげー貧乏だったらしいから、感謝してる人達も多い」
確かにこの地域は稲作よりも果樹栽培が盛んだ。高級ブランドとして全国に売り出しているが、一次産業が主だった時代にそんなことはしていない。きっと、みんながお腹を空かせていたんだ。そこに現れた、救世主。
「一部の人はね、ちょっと宗教に近いところあるよ。遠縁の爺さんがそうでさ、同じ学校ってことで会う度絡まれてもう、たまったもんじゃないよ」
はははと笑って、俺はもう一袋のポテチを開けた。婆ちゃん家から送ってもらった俺の地元限定の味である。
ひょいひょいと口に放り込んでいると、鉄朗が「あ」と口を開けた。俺はあからさまに嫌そーという顔をして、袋を押し付けた。
「んだよー、ケチ」
「俺はお前と違って一途だし軟派な真似はたとえ男でもしねー」
「お、遂に認めたねぇん」
バリバリ食べながら鉄朗は続けた。
「でもさ、望月は頑なに山から降りようとしないんだ。それは知ってるよな」
「ああ。仕事とかは普通にするけど、家は全部山の中だって」
「そう。絶対に交わろうって気はないんだ。どこの寺の檀家にもなろうとはしなかったし、どっかの神社の氏子でもない。葬式は一応町でやるけど、本当の葬式は御山の中、一族だけでやるって話だ。多分、一族の墓地も山の中にある」
「まじかよ……。そ、それって初めから?」
こくりと頷く。鉄朗は再び麦茶をちびちびと舐めた。
「でも、結婚とかはどうすんだよ。誰かが嫁いだり、嫁いできたりするだろ?女の人が山を降りたり、赤の他人が山に入ってきたりするもんじゃねーの?」
鉄朗は気まずそうに首を振った。
「え。え、え、え、どういうこと?」
「いやあ。俺が伝えたかったの、そこなのよね」
おい、なんだよその目は。そんな可哀想なものを見る目で俺を見るな。
「うっ……。可哀想なトグサちゃん……」
「だーから、なに!?」
「いいか?いいのか?いいんだな?」
「早くしろ!!」
鉄朗は 「わかった」と呟くと、天井を向いてふぅーーと深く息を吐いた。姿勢はそのまま、奴は爆弾を落とした。
「どうあがいても、お前と会長は結ばれない宿命だ。もうこれは、宿命と書いてさだめと読め」
「ハァーーーーーーーーーーーーーーー????????」
鉄朗の肩を指が食い込む程に掴み、強く強く揺らした。
「ちょ、おま、バア!?や、やめっ、やめろって、ウップ!」
「どういうことだぁ……!答えろォ……鉄……答えろォ……」
「お、おっ!おち、つけっ。落ち着けェ!」
鉄朗の蹴りを腹にもろにくらった。ゴホゴホと咳き込みながらも、四つん這いで詰め寄る。
「怖えーよ!いや、力強!つか脳震とう起こすわ!」
「ゴホッ……どういう意味だ……まさか……ま、まさか……!?」
「うん。そのまさか」
親友の男は穏やかな声で言った。
「望月の人は望月の人と結婚します。例外はありません」
「……………………」
「会長と同年代って言えば翔くん、あと楚海真さまね」
「……………………」
「翔くんと会長は正直釣り合ってないし、何より翔くんが会長のこと超嫌いだからないだろ」
「……………………」
「まあ消去法で楚海真さまよね」
「……………………」
「あの二人たぶん許嫁だわ」
「うわああああああああああああああああああああああ」
「あ、壊れた」
近くで雷が落ちた。その直後大地を揺るがすような雷霆が轟く。それを遥かに超える声量で俺は絶叫した。
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