第4話
この屋敷は無駄に広い。用途に分けた部屋がそれぞれ用意されている。逆に言えば、ひとつ何か行うために、わざわざその部屋まで行かなければならない、ということだ。
本当に良い夜だった。
宴は気候の丁度良い、満月で天気の良い夜に開かれる。必然的に十五夜、といった所だ。
屋敷は月を愛でる為の仕掛けに満ちていた。平屋建ての日本家屋だが、当主は時代に合わせ、リフォームも行なっている。なぜここに月光が差し込んでいるのだろうと首を捻ると、あっと驚くような所に小窓があったりする。床下にスタンドグラスを嵌め込んだり、工夫に余念がない。そんな意匠を楽しんでいると、あっという間に目的地に着いた。
女性が着付けをされる為だけに存在するその部屋は、屋敷の奥に存在する。屋敷には私達だけしか入れないので、私が琴の着付け担当だった。
「琴ー、なにしてるのー?みんな待ってるよー」
「ごめーん!なんかアイライン決まんなくて」
扉は襖なのだが、一応ドンドンとノックをして入る。鍵なんてかけられない和室における私達の、プライバシーを確保するための習慣であった。
琴は長い長い髪を一つに結っている。これも私がやった。シンプルかつゴージャスな結い方。ネットで検索してもこんな結い方は出てこない。日本髪とも違う。和式だが、微かに異国情緒が感じられる不思議な髪型だった。そこには軽やかな鈴の音が擦れるように響く、純白の髪飾りが揺れている。
着物も、普通の日本人が着るものではない。巫女風の衣装だが、そこに朱は無く、抜けるような透明感のあるブルーが挿し色として使われている。やはり何処かここではない何かを想起させる。帯の結び方にも決まりがあって、私は覚えるのに大変苦労した。今は何も見ずともソラでできる。
琴はされるばかりで結び方なんて知らない。私が四苦八苦している所を呑気に饅頭なんかつままれた時は、流石にちょっと怒った。
まあ、私は彼女の舞う踊りを覚えさせられることはなかったので、どっちもどっちなのだが。
月に捧げる舞。それとも月にいるナニカに向けた踊りだろうか。
一生懸命に鏡に向かう双子の姉の着飾った姿を見て、私はそのナニカに想いを馳せた。
「がー!だめだ、絃お願いしていいー?!」
「あーあーあーあー!急ぐよ!」
綺麗なアーモンド型をした目を瞑る。決まりは吐き気がする程多いが、化粧だけは自由だった。歴代の巫女はきっと、その時分に沿ったメイクをしてきたのだろう。きっと派手派手しい巫女もいたはずだ。美しい衣装に身を包む大阪のおばちゃんを想像して、笑いそうになった。アイライナーをしっかりと握り直し、私は姉に向き合った。
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