第41話 合流




「ちょっと止めてくれないか」


 俺の言葉でルイスが手綱を引くと、馬車は街道脇に止められた。

 俺が御者台から降りて伸びをしていると、ヘンリエッタたちも外に降りてきた。

 もう王都がはるか遠くの方に見えてきそうな場所である。


「休憩か。しかし、もうすぐ着くのではないか」

「いや、オーク砦の位置がわかったから、ちょっと退治してくるよ」

「ボクも行こうか」

「いや、一人でいい。終わったら追いつくから先に行っててくれ」


 俺は馬車から降りて、森の中に入った。

 オーク砦はこのまま街道から直角に森の中を行けばたどり着くことができる。

 韋駄天の能力を使って30分も走ったら、丸太の柵に囲まれた砦が見えてきた。

 現れたオークは戦闘力にして70くらいだ。

 砦を作るといっても知能は感じないから、きっと本能的なものなのだろう。


 最初のオークに俺は氷のダガーを飛ばして、突き刺さったところで爆発させた。

 血液から鉄を作るのでは魔力を使いすぎる。しかし、氷では圧力が足りないからイマイチ威力が出ないし、貫通力もないから外側で爆発させるだけだ。

 威力が出ない割りには、それなりに魔力を消費している。

 今のところ、俺が詠唱時間なく使える飛び道具は、大精霊使役と魔力焔硝を合わせたこれくらいだ。


 とはいえ、オーク相手ならこの程度の爆発でも簡単に倒せてしまう。

 魔力に余裕のある今は、100匹近いオークを倒すのも余裕だった。ついでに砦の方も炎で燃やしてから、奈落を使って平らになるまで破壊した。

 奈落は俺の魔力で動いているから、最後は魔力焔硝で爆発させてクレーターを三つ作る。


 魔眼を使って周りを確認し、残ったオークがいないことを確認した。

 砦の外に出ているのが多少はいるかもしれないが、そのくらいなら冒険者たちがなんとかしてくれるだろう。

 このくらいの数がいれば同じようなものだろうと騎士団を想定して戦ってみたが、ろくな装備もなく、飛び道具も満足に使ってこないオークでは、いまいち参考にならない。


 それでも、魔力はほぼ使い切ってしまっている。

 多人数からの攻撃は避けようがない状況もあるだろうし、やはり問題となるのは多数の騎士から妖魔で狙われるような状況だろうか。

 攻撃に関しては、爆風さえ食らわせてしまえばオークの巨体ですらバランスを崩して無防備になるくらいだから、人間相手なら盾で防がれても問題にならなそうだ。


 避けられたとしても、威力は落ちるが使い魔でホーミングさせるこという手段もある。

 奈落は力もスピードも申し分ないが、体が柔らかすぎるのか、薙ぎ払ったくらいではオークすら殺しきれなかった。

 やはり多数を相手にするのは避けるべきかもしれない。

 今度は一時間ほど走って、馬車まで戻ってきた。


「お早いお帰りで。もうすぐ着きますよ」

「うん。ところでさ、王家の雇っている魔族が紅血族の可能性はどのくらいだろうな」


 俺の質問に、しばらく沈黙したのちルイスは答えた。


「2割……、いえ、人間に味方する魔族なんて話は聞いたことがない。人間に加担する理由まで考えれば、もう少し可能性が増えるでしょうかね」

「紅血族を倒すのに必要な戦力はどのくらいだ」

「正直に言ってわかりませんやね。そもそも戦ったという記録もないし、そんな事実もないでしょう。高名な騎士が餌になったというような話ならごまんとありますがね。しかし、戦うにしても貴方なら可能性はあるかもしれない。なにせ私が見る限り無敵の能力だ」


 可能性があるなんて、なんの慰めにもならない。

 血界魔法を持つ者同士の戦いでは、魔力を先に使い切った方が負ける。

 魔力を使わせるには、それだけ大きなダメージを与えるしかないが、より効率的にダメージを与えられなければ、回復にだけ魔力を回していた方がマシという事もありえる。

 俺には、そのカギになる攻撃魔法がないのだ。


 しかし、血界魔法にも弱点はある。

 血界魔法は血液を魔導体にする魔法だから、血液に外部の魔導体が接触するといちじるしく機能が低下する。

 銀が紅血族の弱点だという話は聞いたことがないとルイスは言っていたが、知られていないだけの可能性もある。

 以前、俺は液化しているとき銀に触って酷い目に遭ったことがあった。


 銀は大した魔導体じゃないが、魔法が体の一部だと誤認してかなりの魔力を吸われたのだ。

 魔導体が血液に触れただけで魔法のスピードも落ちるし、魔力も無駄に使わせられる。

 相手が紅血族なら身の回りに魔導体は置いていないはずだから、俺だけが魔導剣でも持っていればかなりのアドバンテージになるはずだ。

 そんなことを漠然と考えていたら、いつの間にか馬車は王都の街中に入っていた。


 俺たちは街の中心部にある宿に入って、エルマンが取っていた部屋で合流する。

 部屋には奥さんであろう女性と、利発そうな息子と娘までいた。

 しかしエリオットの他には、ベルトワールの騎士が一人しかいない。


「残りの騎士はどうしたんだ」

「そんなに多くは安全を保障できないと言われまして、街の外に泊まらされています。それと城内に入れることのできる騎士は3人までと通告されました。貴方にはヘンリエッタの従士という事で通ってもらうことになります。残りは、メイドか奴隷で通してください」

「今更になって、そんなことを言ってきたのか」

「もちろん最初からそのつもりだったんでしょう。こちらの動きを縛るために急に伝えてきたのだと思います」


 ずいぶんと露骨な嫌がらせをしてくる。

 誰の考えか知らないが、礼儀も何もないやり方だ。


「そっち手はずはどうなった」

「よくはありませんね。こちらとしても作戦内容を話すわけにはいきませんから、具体的な話はしていませんが、感触として他の君主たちに反抗の気概は全くと言っていいほど感じられません。すでに王家になんらかの手を打たれているようです」

「腰抜けどもは自滅がお望みなのだ。我々だけでやるしかない。今夜は作戦前の壮行会だ。朝まで飲むぞ」


 体の中に酒を残したまま作戦に入る気なのかと驚くが、きっとそういうことには慣れているのだろうと考えて心配するのはやめた。

 何かを言ったところで、それをやめるような玉じゃない。

 俺はやることがあると言って、自分用にエルマンが取ってくれた部屋に入る。

 そしてコウモリ型とネズミ型の使い魔を作り出して、それを王城に向けて放った。


 固く閉ざされていた城の入り口も開き、今日だけは結界も一時的に止められていることをエリオットが調べてくれている。

 今なら、紛れ込ませるのはそれほど難しくない。

 それほど時間をかけずに、物資を運び込んでいる奴隷に紛れて裏口から入り込むことに成功した。

 魔眼で確認すると、一番強い反応は城の最上階にあった。


 最上階は護衛の数も多く、近寄ることすらできそうにない。

 国王がいるのもそこだろう。

 これほど警備を固めているのは暗殺を恐れているからだろうか。

 気楽に考えていたが、ここまできっちりと固められると、さすがの俺でも手の出しようがない。

 そっちはひとまず置いておいて、城内をあちこち調べ回ると怪しい動きを一つ見つける。


 パーティー会場である広間には、二階部分から全体を見渡せるようになっている場所があるのだが、そこの手摺にカーテンが掛けられ、ホール側から見えないように粗雑に組み立てられた板の壁が据えられているのだ。

 つまり下からは落下防止の手すりがカーテンで覆われているようにしか見えないが、その裏ではまるでバリケードのように板が組まれている。

 花瓶や石像なども取り除かれ、かなりスペースを広くとっているのも気になる。


 まさか、ここに銃を持った兵士でも隠しておいて、下に誘い入れた君主たちをハチの巣にするつもりだろうか。

 しかしバリケードでは、妖魔の刃くらいは防げても、火炎魔法でも放り込まれれば逃げ場がないから全滅だ。

 銃の初弾で制圧が可能と考えているのかもしれない。


 しかし防御に特化した妖魔だってあるし、いくらパーティーだと言っても、お付きの騎士たちが装備を手放すとは思えない。

 ただの牽制という可能性も考えられる。

 城内には銃を捧げた兵士たちがそこいらじゅうに配置されている。

 特に廊下には必要以上とも言える数が配置されていた。


「その銃とかいうヤツは、そんな狭い場所でも役に立つものなのか」

「一瞬でこちらの戦力を半減させるくらいの効果はあるかもな。雇われの兵士どもが反撃を恐れず死ぬ気で撃ってくればだけど」

「騎士ならまだしも、なんの訓練も受けてない兵士なんて毛ほども信用できないけどね。ボクの知り合いの傭兵だって、真っ先に考えるのは逃げる算段だって言ってたよ」


 そんなことを話しているうちに、兵士の隣には運ばれてきた椅子が置かれる。

 振動感知から内部に鋼鉄が仕込まれているのがわかる。つまり、これは椅子に見せかけた弾避けのようなものだ。


「そこの角に銃が四つと、鋼鉄が入った長椅子を追加だ」


 俺の言葉でエリオットが城の見取り図に、兵士と壁の印を書き込んだ。


「これほど城内に配置しているのであれば、明日は壁の上には兵士がいないでしょうね」

「だろうな。その太い線で囲った範囲はなんだ」

「我々が通されることになる通路と部屋です」

「扉も頑丈なのばかりだぜ」

「もともと城は敵に攻め入られる前提で作られていますからね。大きな扉は破城槌でもなければ壊れないでしょう。逃げるための時間稼ぎという奴です」


「これじゃ虎の巣穴に丸腰で入り込むようなものじゃありませんか。今日になって銃と盾を配置してるって事は、スパイがいる前提で、我々にそれを知られたくなかったという事でしょう。それはつまり、向こうも何かを企んでいるってことですよ。そんなところにのこのこ出て行くなんて正気の沙汰じゃない」


 それまで貧乏ゆすりをしながら話を聞いていたルイスが、悲鳴のような声を上げた。


「だとしても、城壁攻めをしなくて済むチャンスなんだぜ」

「これなら戦争した方がマシに思えますがね。国王の警備は厳重だ。我々が城内にいる間に隙を見せるという保証はない。そうなって向こうの罠にはまれば無駄死ですよ」

「我々が命を懸けるくらい、このハルアデスを落とす大業と釣り合うなら安いものです。顔を合わせるほど近づけるチャンスを、向こうから持ってきてくれているんですからね。それがどれほどのことかわかりませんか」

「隙がないと言っても、国王と同じ部屋にいるのは魔族だけだぜ。俺が国王を暗殺するついでに、その魔族も倒せばいいんだよ」


「音もなく魔族を倒せるつもりでいるんですか! 少しでも音を立てれば騎士共がわらわら集まってきますよ。それに城壁を落とす必要もないかもしれない。王都の周りを囲って兵糧攻めにでもすりゃいいじゃありませんか」

「ベルトワール家以外の君主が向こうに取り込まれている以上、時間をかけた包囲戦は無理でしょう。裏を取られて挟み撃ちにされます。これはもう最後のチャンスと考えるしかありません」


 エリオットは暗殺で行くしかないと決めているようだ。

 ここに来てルイスの腹が決まらないが、頭ではこのまま行くしかないことはもうわかっているはずだ。


「それで魔族の方は、貴方一人で片付けられるのですか」

「たぶんな。俺が肉眼で見れば勝てるかどうかはっきりするんだけどな」


 俺の戦闘力は9999以上だ。まずもって、それで勝てないという事もないだろう。

 それにヘンリエッタもいるし、ナタリヤたちも装備さえあれば全部で5千くらいの戦闘力にはなる。

 ヘンリエッタ以外は装備をつけたまま城内に入れないが、蝦蟇の中からいつでも取り出せるのだ。

 それにローレルもアリシアも、装備なんかなくたって騎士に負けない程度には戦えるように鍛えてある。


「なるほど、なら作戦は決まりですね。まずパーティーは何事もなくやり過ごします。泊りになりますから、各自に部屋が割り振られたら、夜中にエルマンがバルベル・アントンにでも喧嘩を売ります。その騒ぎに乗じて事を起こしてください」

「誰だよそれは」

「北部御三家のひとつ、ブロムを治める君主です。唯一エルマンとも古い知り合いですから、誰も怪しまないでしょう。メイクーンは蛮族との争いで領主がコロコロ変わりますから、御三家の中でも面識が薄いんですよ。その点、アントンなら酒癖の悪さでもエルマンとタメを張ります。それに戦争になりかけたこともある犬猿の仲なのは、知らない者がいません」

「そりゃ、喧嘩で済めばいいが、下手すりゃ流血沙汰だな」

「下手をしなくても流血沙汰になりますよ。しかし、そのくらいじゃないと王家の騎士が仲裁にやって来ませんからね。さすがにそこまでやれば王家としても放ってはおけません。間違いなく三階の警備は手薄になる。エルマンが本気で暴れたら数人じゃ止まりませんからね」


 俺は地蜘蛛の糸で外壁を上り、窓の隙間から侵入する。

 そして暗殺だ。

 入り込むまでは全くの無音で行える。


「だけど、それじゃ騎士が何人か最上階に残るだろ」

「残りは僕が妖魔を使って眠らせますよ。かなり強引なやり方になりますが、眠らせたうえで薬を盛れば数日間は記憶が混濁しますから、顔さえ隠しておけば声から僕が特定されることもないでしょう。出来れば、貴方の方から誰かひとり身軽な者を僕の護衛につけてもらえませんか」

「いいだろう。ナタリヤ、やれるか」

「そいつを担いで逃げればいいんだよね。簡単だよ」

「顔を見られないようにな。腕は立つから騎士くらいなら撒くのは簡単だ」

「わかりました。それで行きましょう」


 こうして作戦は決まった。

 かなり力技だが、城内の見取り図も兵士の配置もわかっているのだから、想定外のことは起こらないだろう。



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