第40話 街道




 街道ではオーク討伐に駆り出された冒険者の集まりをよく見かけた。

 オークのような魔獣が街道の近くにまで現れるというのは、かなり長期間に渡って放置されている証拠である。

 オークは繁殖力が強く、すぐに砦などを作ってしまうため、本来はそうなる前に討伐作戦が組まれる。


 そのオークが放置されているという事は、領主である王家が何もしていないという証だ。

 オークの砦を落とすのは命がけの作戦になるから、農民が出せるようなはした金では冒険者も動かない。

 だから普通は領主に命じられた騎士が冒険者を使って討伐するのが普通である。

 この辺りでは人里まで出てきてしまった奴だけ、農民に雇われた冒険者が倒しているようだった。


 そう何人も雇う余裕があるはずはないから、きっとぎりぎりの数で戦わされているのだろう。

 こう見ると、冒険者など体のいい捨て駒でしかない。

 しかし、村人の方だって雇える冒険者の数が少なすぎれば誰も集まらずに、村を捨てるしかなくなるだろうからどっちもどっちだ。

 畑を捨ててしまえば飢えて盗みなどに手を出し、奴隷にでもなるしか道はない。


 オークとは俺も戦ったことがある。

 あれは駆け出しの冒険者が簡単に倒せるほど甘い相手ではない。

 あの地域を仕切っていたブノワですら放置もせずに、冒険者たちはまともな作戦で戦えていたから、今の王家は相当に酷い。

 大人数で囲って、怪我をした奴は即座に後ろに下がらせることができるだけの体制が出来ていたのだ。


 それでも怪我人が出ることは防ぎようがなかったし、味方の数が足りなければ冒険者側に死人が出ることは間違いなかった。

 あの時は怪我をして血界魔法が発動しないかひやひやだった。

 ローレルを買うために必死で、無謀と知ってて参加したのだ。


「オークの討伐では、特に装備も何もない村人の側が悲惨なんだ。王都の周りでは若い男が少なくなったと聞いている」

「装備もないって、村人まで戦わされるのかよ」

「あたりまえだ。私もそれに生き残って冒険者になったんだぞ。生き残った者にとっては、オークの襲撃も一獲千金のチャンスでもある。武器や防具を買って冒険者になることもできるからな」


 貴族の生れか何かだと思っていたら、ヘンリエッタはベルナーク領内の寒村の出であったらしい。

 オークの肉を売って冒険者になったヘンリエッタを、右も左もわからない頃に助けてくれたのが、家出して冒険者になっていたナタリヤだそうである。

 そこから二人はとんとん拍子で強くなり、ヘンリエッタが騎士を志したところで二人は喧嘩別れしたということだ。


「それじゃあ私と同じような境遇だ。私も小さな村の出身でしてね。まあ、私はオークが襲ってくるまでチンタラしているような玉じゃありませんがね。14歳になる前に、さっさと村をおさらばして、街でケチな暮らしをしていました。それでも一日中草むしりしてるよりはマシでしたね。あの頃は、しけた村の暮らしがつまらなくてねえ」


 お喋り好きなルイスが御者台の上から無理に会話に入ってくる。声が風に散らされて聞き取りにくくてしょうがない。


「お前のような泥棒などと一緒にされるのは心外だな。それに私は、村や家を捨てたわけじゃない」


 ヘンリエッタは窃盗で捕まったルイスを心の底から見下している。だから、自然とこういった物言いになっていた。

 しかし、俺だって似たようなことをしていた過去があるので、ルイスを庇わずにはいられない。


「ルイスだって、食うのに困ってる奴から盗むほどの悪党じゃないだろ。それに、今回だって命がけでついて来てるんだから、あんまり言ってやるなよ」

「そうだとしても、長男でありながら家を飛び出すような奴だ。信用できない」

「私なんかいなくたって、親戚の家の次男坊にでも継がせたでしょう。言っとくが、私はただの馬鹿じゃない。そんな考えなしの行動はしませんよ」

「こんな奴が役に立つとは思えないな。どうして連れてくる必要があったのだ」

「ハルトのやることに口を挟むのはやめなよ。ヘンリエッタよりもよっぽど考えて動いてるよ」


 それきり皆押し黙って空気が悪くなったので、俺は馬車の窓から這い出して御者台に移った。

 ナタリヤの言う通り、ルイスは意外にも役に立っているのだ。

 今御者をしていることもそうだが、俺が恨みを買っている暗殺ギルドについて、ルイスは有益な情報を探り出してきた。


 こちらが探っていることを、向こうにバレないように探るというのは難しい。それをルイスは一日もしないうちに、それらしい情報を掴んで帰ってきたのだ。

 古来より、暗殺者になるのは宗教的な狂信者か、都市のどん底で暮らす孤児のなれの果てというのが多いそうだ。


 そんな知識をもとに原理主義的な宗教団体などをあたってみたらしいが、近年にそれらしい話は出てこなかった。となれば孤児という線だけが残る。

 孤児と言っても、それがギルド化するほどの数で出てきたのだから、王都のスラム以外ないだろうとルイスは考えた。そこで王都の孤児について調べたそうである。


 すると30年ほど前に、先代の国王が南の蛮族を掃討し、その時に連れ帰ってきた子供が王都の食糧難によって放り出され、かなりの数が餓死したという話を見つけてきた。

 そして生き残った孤児たちは、王都の南にあるダンジョンに消えて行ったという記録だけが残されていた。

 ダンジョンに行ったとして、どうやって子供たちだけで食糧を調達したのかは謎だ。


 魔獣くらいならどこにでもいるが、それを妖魔も魔法も持たない子供たちだけで倒すのは到底不可能である。

 しかし、ダンジョンで力をつけたというなら、その可能性も出てくる。ダンジョンには妖魔が落ちている可能性だってあるのだ。

 王都南のダンジョンを調べてみれば痕跡くらいは残しているかもしれない。


「例えば、子供が全員でダンジョンに突撃したとしましょう。まあ、そんなことは普通あり得ませんがね。でも、それだけが唯一生き残りが生まれる道なんですよ。ダンジョンで得られるという魂の成長は、なにも自分で魔物を倒す必要はない。さらに言えば、魂を成長させられるのは魔物の死だけではないってことですね。つまり、子どもの持つ小さな魂でも、それがたくさん死んで、少数に集まって魂を成長させれば、そこらの冒険者よりは戦えるようになる」


 というのが、ルイスなりの解釈であるらしい。

 もし、そんなものの生き残りが裏ギルドを作ったというのなら、その目的は盗むことでも暗殺する事でもなく、ただただ王家に対する復讐ではないだろうか。

 ならば王家の宝を盗んだ俺など、むしろ褒めてもらえたっておかしくない。


「馬鹿を言っちゃいけませんや。食うや食わずで数年も暮らしていたら、最初の志なんてどこへやら、すぐに食い物と金儲けだけを考えるようになりますよ」


 そんなふうにルイスは俺の考えを否定した。

 しかも裏稼業はそんなに長くできるものではないから、代替わりして初期の子供など残っておらず、今となっては貴族などのいいように使われていたとしてもおかしくないそうである。

 つまり裏ギルドの目的は、組織の維持と金貨だけになっているだろうという事だ。

 そんなことをルイスはベルナークにいた吟遊詩人の曲目録から調べ上げて来た。


 吟遊詩人が今の王都でウケる歌(政権批判)など披露していたら、いの一番に殺されるから、こちらに避難してきたのが沢山いる。そのうちの一人を捕まえて聞き出したらしい。

 その話をしたら、エリオットはルイスのことをえらく褒めていた。


「それで、作戦の詳細は決まったんですか。こっちだって命を懸ける立場なんだ。その辺りのこともきちんと話してもらわなきゃ心細くていけませんよ。ベルトワールの学士が立てた作戦てのはどんなもんです」


「状況を見てから考えるってさ。今は周りの君主を取り込もうとしてるらしいが、どこも俺たちの側にはつきそうにないって話だぜ。エルマンは元から当てにしてなかったらしく、大王さえ殺してしまえば、周りの君主が敵に回ることはないだろうって気楽な感じらしい。だけど大王が生きてるうちは協力しそうにないってさ」


「つまり国王を殺すまでは、城にいる全てを敵だと思えってことですか。そんな中で作戦を実行して、あとのことは運任せで、各々が好き勝手に逃げろなんて困りますよ」


「エルマンは家族すら連れて王都に行ってるんだ。バラバラに逃げるなんてのは、本当に最後の手段だ。王家の戦力はかなりのもんだからな。どうせ、もとから俺たちだけで真正面から事を構えるのは無理なんだ。だから俺が忍び込んで殺せばいいんだよ。俺なら音も立てないし、証拠も残さない。そうなれば国王が死んで犯人捜しが始まるとも思えない。王座をめぐって権力争いでも起こったら、素知らぬ顔で帰ってくりゃいいんだよ」


「王候補もかなり粛清されたらしいですけどね。権力争いがおこるほど近い血筋は生かされてないって話ですよ。それに、貴方の腕前を疑うわけじゃありませんが、国中の君主が手練れを送り込んで、すべて返り討ちにされてるって話を忘れてやいませんか。どうにも王家の飼ってる魔族が唯者じゃないと考えるのが自然でしょう。相手が魔族となったら人間が勝てるとも限りませんよ。なんせ向こうは500年も生きる手練れですからね」


「その魔族についての情報は入ってこないのか。魔族ってのは、それほど種類がいるわけじゃないんだろ」


「貴方に情報を集める気がないんだ。こっちにそんなものが入ってくるわけがないじゃありませんか。ですが、人間社会の中に入ってくる魔族となると一握りですがね」


 今まで王家の抱えている魔族について話したことはなかったが、ルイスは心当たりがあるような口ぶりである。

 俺は興味を引かれて前のめりになった。


「人間に紛れて暮らす魔族? それはどんなのがいるんだ」

「えぇと、ですねえ。夢魔に小魔、あとは紅魔くらいでしょうかね。もっともこいつらは人間を餌にするというだけで、他の魔族じゃないとも限りませんがね」

「そんなに絞れるのかよ。じゃあ可能性が高いのは、その三つの種族だけなんだな」


「いやあ、その中で可能性があるのは紅魔だけでしょう。小魔はいたずら好きの小さい魔族ですよ。話を聞く限り、そんなものじゃあない。それに夢魔は一人の人間に取り付く魔族で、精力を吸うだけのしがない小物です。弱くはありませんが、王家が用心棒にするほどじゃない」


 俺は少し嫌な予感がして、首筋の汗をぬぐった。

 そんな俺の様子には気づきもせずに、ルイスはお構いなしに話を続ける。


「まあ可能性があるのは人間の血液を啜るという紅魔ですね。それだっておかしな話なんですよ。そいつらは定期的に人間を食いますからね。そんな危険なものを用心棒にして近くに置いておくなんておかしな話だ」


 紅魔という言葉から、吸血鬼という連想しか浮かばなかった。

 そして、そんなものがこの国にいるという心当たりが俺にはあるのだ。

 嫌な予感が現実のものになりそうで、手に震えが走る。


「そ、それは用心棒をするかわりに、に、人間を渡してるんじゃないのか」

「紅魔ってのは魔族の中でも最大級に危険な一族ですよ。そんなものが手懐けられますかね。そんなのを王様のそばに置いとくってだけでも正気の沙汰じゃありませんや。国の一つや二つは簡単に落とせるような奴らだ。もしそんなのが人間社会に入ってるとしたら、それは別の目的があるとしか考えられません。そうなればむしろ操られているのは王家の側だと、私なら考えますがね」


「数百年前にさ……、血液に関する魔族の呪いを受けた奴を知ってるんだよな。そいつはこの大陸にいた奴なんだ」


「縁起でもないことを言うのはやめてほしいなあ! もしそんなのがいるとしたら、狂った人間の王様一人をどうこうするって話じゃなくなりますよ。そもそも紅魔は魔大陸から出てこないそうですよ。魔大陸に流れてきた人間をたまに食べるって話しか聞いたことありませんよ。おおかた魔大陸あたりで呪いを受けて、新大陸まで逃れてきた奴を見かけたんでしょう。最初に言ったように、人間だけを餌にするというのが、その三種というだけです」


「弱点はないのか。ニンニクが苦手だとか、銀の十字架が効くだとか」


「言い伝えには、心臓に杭を刺したって死なないとありましたね。しかも、そんじょそこいらの魔族とは別もんですよ。寿命だってずっと長くて、800年は生きるとも言われてます」


 心臓に杭を刺しても死なないというのは、まさしく血界魔法を持っているからだろう。

 ならば弱点は何だろうか。

 血液は骨で作られる。ということは、骨が弱点とは考えられないだろうか。骨の寿命だから他の魔族よりも寿命が長いのではないだろうか。


「まさか貴方の使う魔法は、その一族に伝わるという魔法じゃないでしょうね。たしか紅血族には血液を操る魔法が伝えられていると、何かで読んでことがある。もしその魔法が使えるなら対抗できるかもしれませんね。貴方なら、その一族の者とも互角に渡り合える」


 それはないだろう。

 俺が使えるのは、呪いを受けて吸血鬼になった人間が見様見真似でコピーした模造品だ。

 もし紅血族に伝わるオリジナルの魔法があるのなら、そっちが本家本元という事になる。


「ま、まさかな」

「そ、そうですよ。いやだな。そんなものが現れたとなったら、この世の終わりだ。第一魔族は、そんなに頻繁に食事をしませんからね。わざわざこの大陸にやってくる理由がない。紅血族が海を渡ったなんて話があったら、外に出てこないわけがありません」


 あの穴倉にいた吸血鬼も、どこで呪いを掛けられたのかまでは書いていなかったように思う。

 それに海を渡らないというのなら、それには何かしらの理由があるはずだ。


「それは塩水が弱点という事じゃないのか」

「さあ、私は聞いたことがありませんね。あんまり変なことを心配するのはやめましょうや」







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