第39話 無限





「お主が探しとった妖魔がの、やっと見つかりおってのう」

「マジかよ!」

「しかし手ごわい相手でな。かなりの大金を取られたぞえ」

「預けてある妖魔の石があっただろ」

「急ぎだったからな。お主が出した妖魔の石など、ほとんど投げ売りぞな。王都の商人どもに二束三文で買い叩かれたわい。最近は向こうも景気が悪いらしくて、どんなに安くしても渋りよる。それ以外に売る手段もなしでな。ワシのため込んできた金もすべて使ってしまったぞえ。おかげで、長年溜め込んできたコレクションまで根こそぎ失ったわ」

「あの世にまでは持っていけないんだぜ。そのくらいでぐちぐち言わないでくれよ」

「ぐちぐち言っとりゃせんわ。だから、今までお主が迷宮で見つけてきた妖魔の石すべてと引き換えということでもええならくれてやる」


 大樽に入れたら4つくらいにはなる妖魔の石を、俺はマリーに預けてある。

 ちゃんと売れば金貨数千枚くらいにはなる量である。

 強欲な婆め、言うに事欠いて全部と交換だと、という怒りがふつふつと湧いてくるが、世話になっているのも確かである。

 マリーがいなければ、これまでのことは自分一人の力では無理だった。


 それに今のマリーがほとんど金を持っていないのも知っている。

 しかし、足元を見られている気がしてならない。

 制約の妖魔がなければ、せっかくの最強妖魔も意味がないから、俺にはマリーの出した条件を飲む以外の選択肢がないのだ。

 ふてぶてしい顔でこちらを睨んでいる老婆に、俺は仕方なくそれでいいと言った。


 制約の妖魔は、俺の右手を赤く光らせた。

 右手の赤い光を、虚無の妖魔が放つ青い光に重ねると、一瞬のうちにすっからかんになっていた俺の魔力が最大まで回復する。

 確かに魔力を生み出す妖魔である。

 今のところ使用可能な回数は一日に2回だった。


 状態を確認すると、能力の欄に無限Lv1の表示が増えていた。

 俺の戦闘力は、9999と表示されている。

 ぴったりとその数字になったわけではなく、ハルトが俺につけてくれた状態の能力が想定していた範囲を超え、計測できなくなってしまったものだと思われる。

 9999、つまりカンストだ。


「なんじゃい。気味の悪い声で笑いおって。どこかに頭でもぶつけなすったか」


 ひひひひひという笑いが、知らぬうちに口から洩れていたらしい。

 この数値を伸ばすためにやってきた俺からすれば、それがカンストしたというのは喜ばしい。

 ゲームでレベルを上げるよりもよっぽど大変だった。


「俺は今、最強になったぜ」

「ふん、もとからお主に勝てるものなどそうそうおらぬわ。しかも、お主に必要な妖魔を集めたのは、全部ワシの手柄ゆえな、それをゆめゆめ忘れてはならぬぞ」


 これでもう怖いものはなくなった。

 あとは手下を適当に育てて、作戦決行日を待てばいい。

 そうすれば俺は一国一城の主である。

 さすがに戦闘力が9999なら魔族にだって負けることはないだろう。単純に考えて、ナタリヤの7人や8人くらいは敵じゃない。


 最初はヘンリエッタの口車に乗って命を落とすんじゃないかと怖かったが、最強の妖魔を手に入れた今は怖いものなどなくない。

 特に無限の妖魔は俺の能力と相性がいい。普通なら手を失えば妖魔を使えなくなるが、俺にはその心配がない。

 あとは妖魔を使い慣れておいた方がいいくらいだろうか。


 やはり新しい能力を探すのは置いておいて、使わなければ成長しないという事もあり、経験値の良い今のダンジョンを継続していればいいだろう。

 俺はマリーの店を後にして、冷たい風に吹かれながら誰もいない路地を歩いた。

 冬は人の移動が止まるらしく、雪が降る前には道じゅうに商品が積み上げられ盛んに取引が行われていた道路も寂しいことになっている。そこでは冬に食事代がかさむであろう奴隷の大安売りも行われていた。


 冬の間は他にすることもないのか、女奴隷は良く売れていたようだった。

 それが今では冒険者くらいしか外を歩いていない。

 冬であってもダンジョンに行ける冒険者だけは、いつもと変わらない様子である。

 むしろ冬は魔結晶が値上がりするので、冒険者にとっては稼ぎ時だ。


 俺は売りもせずに、魔結晶も中枢も地下の貯蔵庫に放り込んである。

 魔結晶はかなり値上がりしたようだから売ってもいいが、ギルド内でそれほど目立ちたくないというのもある。

 中枢にしても魔結晶にしても、あれほどの量を売りに出せば、王都まで噂が広まるのは間違いない。

 地下室に溜まり続ける物資をどうしようか悩んでいるうちに一週間ほどが過ぎた。


 最初はもしものことを恐れたが、慣れてくると一人でもダンジョンの最深層ですら平気だという事に気が付く。

 魔力の残量さえ確認していれば、危ないことはないように思えた。

 大精霊使役の能力を使えば、魔物は魔法を発動させることもできない。

 このダンジョンでは魔法さえどうにかなれば、イビルアイくらいしか脅威となるものが存在しない。


 レベル上昇の恩恵により敵の動きも良く見えるし、魂の成長のおかげか攻撃を受けた時も、明らかに衝撃が少なくなっている。

 ヘンリエッタが言うには、精霊が住むとされている光の世界において魂が成長すると、魔法的な力から受ける影響が減るそうである。

 それは同時に物理的な影響も少なくなる。


 どれほど変わったのかと思って、いつか買ってきた短銃で自分を撃ってみたが、当たり前のように体を貫通して穴が開いたので、魂の成長による恩恵は対魔物限定かもしれない。

 筋力も増えているし、持久力もついて疲れにくくなっている。たとえ疲れたとしても、睡眠をとることなく回復してくれる。

 魂が成長することの恩恵はかなり多岐にわたっていた。


 それに血界魔法についても、最近になってやっと慣れてきた。

 最初は試しながら使っていたが、今では使えることが当たり前になっている。

 今では一瞬だけ流体化した体で、ダメージを減らすこともできるようになった。

 これによって物理的な攻撃を受けても魔力の減りは大したことがない。


 これだけ戦えるならヘンリエッタたちと別行動を取りたいが、俺から離れると魂の成長が遅れるためにそれが出来ない。

 今のメンバーではどこに行っても力を持て余してしまう。

 それでも気にせず、毎日せこせことダンジョン通いを続けていたら春になった。




 エルマンたちに遅れること三日、俺たちは王都に向かって出発した。

 ルイスは御者台に乗せて、馬車の中にはヘンリエッタ、ナタリヤ、ローレル、アリシア、それにアンとリンが詰め込まれたように乗っている。

 エリーは家のことを考えて置いていくことにした。

 俺は一人で後部座席を独占しているが、他はすし詰めだ。

 今通っているのは王都に繋がる街道だけあって、治安もいいことから人通りは多い。


 山賊が出ることもあるが、大きな山賊団では目をつけられて潰されてしまうため、小規模なものしか出ないそうだ。だから街道としては国内有数の治安の良さだという。

 しかし、俺にとっては落ち着かない。

 最近になってベルトワール家が監視を受けて始めたという話をエリオットから聞かされているので、街道ですれ違う人の視線がやけに気になる。


 俺はヘンリエッタの従士という事で王城に入ることになっていた。

 だから派手な恰好は控えている。

 それなのに宿場町などで注目されているのは俺のように感じるのだ。

 今もすれ違った馬車の御者台に乗った男が、窓から顔を出した俺に監視するような視線を向けている。


「あれはただの塩の商人だ。商人をそんな目で見ていたら監視に気付いていることを知られてしまう。こちらが気付いてることを知られなければ、諜報活動は利用できるのだぞ」

「だけど、怪しいぜ。塩を積む馬車にしちゃ幌が大きすぎないか」

「そりゃ買い付けに行くときは毛皮を乗せていくからだよ。ハルトは物を知らな過ぎるんじゃないのかな。戦うこと以外はヘンリエッタに任せておきなよ」


 ナタリヤにそう言われて、俺は必要以上に気に病むのをやめた。

 馬車の中を見回してみると、ローレルとアリシアは表情が硬い。この様子では連れていったところで足を引っ張るだけのような気がする。

 二人もだいぶ強くなったはずだが、つい最近まで素人だったこともあり、自分の力に自信がないのだろう。

 しかし、慎重になって危険を冒さないでくれるというのならそれもいいかもしれない。


 むしろ蛮勇の能力で恐怖を感じにくくなっている俺の方が、色々と気をつけておかないとリスクを取りすぎてしまう恐れがある。

 この能力を得てから、俺にはスリルを求めてしまうような傾向がある。

 能力と言っても、特定の脳内麻薬が分泌過剰になっているのかもしれない。


「王城に何か動きはないか」


 ヘンリエッタに言われて、王都の城門前に待機させている使い魔に意識を移した。

 これ以上近寄れば結界に阻まれるが、城への出入りは監視できる。


「特に何もないな。ワインを運び込んでるからパーティーでも開いてくれるんじゃないのか」

「お酒を飲ませるために、わざわざ全ての君主を城に呼んだってのかい。そんなのありえないよ。きっとワインで酔わせて皆殺しにする気なんだ。こっちもいろいろ企んでいるけど、向こうだってきっと企みはあるはずだよ」

「作戦には口出しをしないんじゃないのか、ナタリヤ」


 作戦に反対されることを恐れたのかヘンリエッタが口を挟んだ。それを察したナタリアはふくれっ面で不満を表す。


「作戦に参加するからには、警告を与えるくらいの権利はあると思うけど」

「城の外から得られる情報だけじゃ何もわからないな。できることはすべてやったんだから、あとは流れに身を任せるだけだ」

「ま、確かにね。今のボクなら魔族にだって負ける気がしないよ」


 ナタリアは出発前の打ち合わせで、エルマンからいいツラ構えをしていると褒められるほど最近では自信に満ち溢れている。

 実力では俺の足元にも及ばないくせに、自分に勝る者などこの世に存在しないかのような態度だ。

 もともとそういう傾向はあるが、ソロが中心だった彼女にとって、パーティーを組んだことがその自信につながっているらしい。


 俺だって、このメンバーなら魔王すら倒せるんじゃないかという気さえする。

 そのくらいダンジョンに入る者たちの中で異質な存在になっているのは事実である。

 妖魔はヘンリエッタたちも含めてすべてLv3になっている。

 Lv3にするのに一か月もかからなかったが、それからどんなに頑張ってもLv4にはできなかった。

 もしかしたらこれ以上のレベルはないのかもしれない。


 俺のレベルもこのふた月ほどでかなりの上昇を見せた。

 たぶん半年もかからずにレベル70を達成したものは、この広い世界においても俺の他にいないだろう。すでにレベルは73になっていた。

 状態表示の体力は1236で、魔力は1529である。


 ローレルたちはレベルこそ俺と同じくらいなものの、戦闘力は1300を超えたくらいで止まっていた。ヘンリエッタもそのくらいで、ナタリヤだけは1800台まで上がっている。

 エルマン側の戦力は、冬の間だけで倍近くになっていた計算である。

 それでも銃は俺の戦闘力の数値には影響しないため、王家の持つ兵力を計ることができないのが、俺を不安にさせる要因である。


「ご主人様が神様以外の存在に負ける姿は想像できません。きっと大丈夫でしょう」


 そう言って俺を見つめるアリシアの目には、不安の色が見えた。

 ついこの間まで森の中で暮らしていた田舎娘は、このような場面に尋常ならざるプレッシャーを感じている。


「だけどローレルとアリシアは、もう少し緊張を和らげてくれないか。親の仇でも取りに行くような顔してるぜ。それじゃ俺たちのやろうとしてることがバレバレだろ」

「ど、努力します」


 返事をしたのはアリシアだけで、ローレルは中空を見つめながら何事かを呟いている。

 緊張の極致で、俺の言葉など彼女の耳には届いていない。




 それから四日ほどかけて王都の近くまでやって来た時のことだった。御者台の方でルイスがなにやら叫んだので外を見ると、道脇に積み上げられた馬車の残骸が見えた。

 残骸の脇には、腐りかけた馬の死骸が酷い臭いを放っている。

 ルイスの叫び声は、その臭いに対する抗議だったのだろう。


 似たような残骸を何度か見たことがあったが、今回は馬の死骸に矢が刺さっていたので、山賊に襲われたものなのだとすぐ理解できた。

 もっとも治安がいいはずの街道で、王都に近づくほど、そういった治安の悪さが目立つようになってきている。

 これほど王都に近い場所で、兵士による見回りがないらしい。


 それは王家が、治安を守るための兵士を、違うことに使っている事を意味している。

 馬車の残骸の横には土を盛っただけの墓と、腐敗を早めるための灰を作ったであろう焚火の跡がある。

 それを見てヘンリエッタは表情を曇らせた。






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