第35話 王都
「最近じゃ海賊が盛んに出るから、旧大陸からの品に大したものはないよ」
買い物はエリオットが率先してやってくれるような雰囲気だったので、任せていたら、商人が開口一番に言ったのがそれだった。
エリオットにとっても初耳だったらしく、面食らったような顔をしている。
「ここ最近ってのはどれくらいですか」
「ここ十数年ってところじゃないかね。旧大陸の方に出るんだが、その勇猛さで、こっちにまで名を轟かすくらいの奴らさ。どうしても旧大陸の品がほしいってんなら、市中に出回ってる中古品を買うんだな」
「旧大陸産の妖魔が欲しいんですがね」
「そんなものは市中にゃないだろうね。魔大陸を経由して入ってくるのがあるくらいだな。どの程度のものが欲しいんだね」
そこでエリオットと俺は顔を見合わせた。
王都でエルマンの名前を出すのは得策ではないだろうが、こんな商人相手なら何事もないだろう。
「私はある君主に勤める学士なんですが、この方が、近ごろ宗主を倒されましてね。中枢を売って金が出来たから、それで妖魔でも買おうというので、ついてきた次第なんですよ」
ぼかしてはいるが、エリオットの鎧やマントにはベルトワール家の紋章が入っている。
エリオットはわざとそれを見せるように、鎧にかかったマントを払いあげた。
「近ごろ倒された宗主ってぇと……。あ、あわわ。そ、それじゃ、まさか、きっ、北の……」
紋章が視界に入ったらしい商人は目を見開いて、飛び上がらんばかりに驚いた。後ろにひっくり返りそうな勢いである。
「一応お忍びできていますから、内密にお願いしますよ」
「ちょ、ちょっとお待ちください。いいい今、館長を呼んできますんで」
商人の男は血相を変えて部屋から飛び出していった。
宗主の討伐と言うのは一大事らしく、こんなところまで伝わっているようだった。
「どうですか。これがベルトワール家の名が持つ力ですよ。ベルナークは国内でもかなり力のある大国ですからね。そこの学士が来たわけです。貴方については騎士筆頭か何かと思ったんじゃないでしょうか。それを明かせば、これだけ待遇が違います。この大陸で王家を抜かせば最も力のある君主といっても過言ではありません」
「あまり大げさなことにしないほうがいいんじゃないのか」
「秘密が漏れることを心配しているのですか。ベルトワール家の機嫌を損ねて平気でいられる商人など、国中探したっていません。なにも心配いりませんよ」
「まあ、エルマンがあの気性だしな。敵対するには勇気がいるか」
「そうです。そんなことができたのは貴方くらいのものでしょう」
エルマンには敵対した奴と戦争を始めてしまえるだけの胆力がある。
しかも北にある国は蛮族との争いで戦に慣れているし、食料も武器も豊富に持っている。
さらには、今の王都では税を払っているからといって、別に王家に守ってもらえるような状況ではないのだ。
しばらく待っていると、館長だという男が俺たちの前に現れた。
「父の代から80年、この地で商売してきましたが、これほど大物のお客さんは初めてですよ。この山賊が多い時期に、よく王都までおいでくださいました。最近はこの街も物騒になりましてね。在庫など抱えていてもいいことはありません。ですから希少なものでも売ってもいいと思っているんですよ」
「高位のものから順に、すべて見せてもらえますか」
「ええ、今手配させています」
しばらくして木箱に入った妖魔の石がいくつも運び込まれてきた。
「ここにある以上のものは、この王都にもほとんどないでしょう。そのくらい自慢の品ぞろえですよ」
一つ一つ説明してもらい、光の鞭を作りだすものと、石を撃ち出す妖魔をエリオットは残した。他は全て持って行かせる。
「目ぼしいのはこの二つですかね。鞭は奈落のような特性を持っています。エネルギーそのもので叩くわけですから破壊力は奈落よりも強いですよ」
「石が飛ばせるって何なのよ。そんなの使えるの」
ローズマリーが口を挟んだ。
マリーの孫だというのに妖魔についての知識はあまりないようだ。
その言葉を聞いて商人が顔をゆがめる。彼としても知識のない奴に売りたくはないだろう。
「石を拾う必要がありますから、石が落ちて無ければどうしようもありませんが、魔法的な攻撃よりも遠くまで飛びます。これはハルトにも有用ですよ。魔法が届かない距離での攻撃手段があるとないとでは天と地ほども違います。一方的に攻撃出来ますからね。その中でもこれは最大級の破壊力を持ちます」
とりあえず誰が覚えるかはおいておいて、それは買ってもいいだろう。鞭の方もヘンリエッタかローレルならば使いこなせるはずだ。
剣の使えるヘンリエッタなんかいいのではないだろうか。
俺がエリオットに目配せすると勝手に交渉を始めてくれた。
最初に商人が金貨千枚などと言い出したので驚いたが、そこはエリオットがあの手この手で値段を下げさせてくれる。
今この国でそんな値段を出せる奴はいないでしょうなどと言って、どんどん強気に値段を下げ始めたので驚いた。
そんな強気に出ては向こうも売りたくないなどと言いだしはしないだろうか。
心臓に悪いのでローズマリーと遊んでいたら金貨600枚で交渉は終わった。
奈落の時は、たしか一つで金貨1000枚というような額だったとマリーは言っていたから、その安さに驚いた。
しかし、売った方の商人は、表情から見てそれほど気にしていないどころか、安堵しているようにすら見える。
外に出た俺は、まずその理由を尋ねる以外にない。
「今の王都では、現金が一番価値があります。特に信用のおける相手が出した金貨に価値があります。つまり偽造されたような金貨ではないと確証が持てる相手と取引しなければなりません。この場で金貨を全て調べるなど不可能ですからね。ベルトワール家に関わる者が、偽造された金貨など使うわけはありませんから、その点で、向こうも取引せざるを得なかったというわけです」
「どうしてそんなに現金が必要なんだ」
「家族や商館を他の場所に移したりする費用に充てるためでしょう。つまり、いつでも逃げ出せるようにしておくためですよ。今の王都では誰にとっても安全という事はありません。高価な品も売れなくなっているはずです。買っていくのは他の土地から来た者だけでしょう。つまり僕らに売る以外の選択肢など向こうにはなかったのですよ」
「だけどあれじゃ、相場の半額以下だぜ」
「命あってのお金ですからね」
適当に街中を歩いていたら、騎士なのか兵士なのかわからない奴に声をかけられる。エリオットは顔色一つ変えずに大銀貨一枚を握らせた。
それを渡された鎧姿の男は、手の中の硬貨を確認するとホクホク顔で立ち去った。
「なんの賄賂だよ」
「城に仕える兵士たちの小遣い稼ぎですよ。目立たないためには渡しておいた方がいいんです。今の身なりからして、騎士ではなくただの一兵卒でしょう。そうなると美味しい汁も吸えないでしょうし、王家に対して命を張るだけの恩義も感じていない。だから、いつでも逃げ出せるようにお金をためておくんです」
どうもさっきから、王都が戦火に包まれることが確定しているような口ぶりだ。
そういう希望を持っているから、市民もそのつもりで行動しているという事だろうか。
皆がそんなつもりでいるなら、俺も金を貯めておこうかという気になってくる。
「宗主でも狩って、俺も金を作っといたほうがいいのか」
「どうでしょう。貴方が中枢を手に入れても、それを買い取る者がいるかどうかですね。中枢自体にそれほど需要はありません。ベルトワール家ですら苦労していましたよ。名誉にかけてもそんなそぶりは見せられませんが、金貨二千枚以上なんて、王家にですら用意できるかどうかわからない額です」
「エルマンの奴は、それを節約しようとしやがったけどな」
「そんなことはありません。正当な手段で中枢を手に入れられるような者であれば、闘技場の奴隷ごときに負けたりはしません。払うつもりだったと思いますよ。なによりエルマンは貴方を騎士に加えたかったはずです」
その割りには、あの時用意された奴隷は強すぎたように思える。あわよくば俺を亡き者にしようという意思が強すぎはしなかっただろうか。
「次は南の都市に行ってみましょう。ちょっと王都は低迷しすぎですよ」
「そんな言葉を誰かに聞かれたら怖いんじゃないの」
エリオットの言葉に、ローズマリーが敏感な反応を見せた。
言われたエリオットは驚いたような顔をしたが、その意図を察知して納得したようだった。
「確かに迂闊な発言でした。僕も平和ボケしていますね。これからは気をつけましょう」
難しい話には入ってこないが、市中で暮らしているローズマリーは、その辺りのことについて敏感なのだ。
確かに、チクりでも入れば連行されて面白半分に殺されてもおかしくないご時世である。
ベルナークで暮らしているエリオットには、気にしたことすらなかっただろう。
それからは夜までの時間を潰すために王都を観光してまわった。
店があれば在庫の確認もしたが、品ぞろえははっきりと悪い。妖魔のようなものをコレクションしているものがいないかも聞いて周ったが、馬鹿にされて終わりである。
そんな酔狂な奴は南に行かなきゃ見つからないだろうという話だ。
この街ではそんな噂を聞き付けられただけで、王家の兵士がやってくる。
冒険者ギルドがある通りに行ってみると、こっちの方は盛況で、ギルドも冒険者の数も多い。
「このご時世、何かしらの組織に属していないと不安が募るのでしょう」
というのが、エリオットの見解である。
確かに、組織に属していれば多少の不安は解消される。
しかし、これほど人が多ければダンジョンが混みあって、ろくに稼げないだろう。
それでもこの時期だけは、冒険者の仕事も多いようである。
今の王都は冬支度をする人で、もの凄い喧騒に包まれているのだ。
そこかしこで食糧や薪、毛皮などを山のように積み上げて売っているのを見ることができる。
冒険者もこの時期だけは荷運びや、商品の護衛などで引っ張りだこの様子である。
この世界では、俺やエリオットのように丸腰で街をぶらついてるものは、ほとんどいない。
法律もあってないようなものだから、丸腰では無法者に槍を突き付けられただけで全財産を失いかねない世界なのだ。
だから安く戦いなれたものを雇える冒険者というのは重宝される。
まるで西部劇のように、男は誰でも物々しく剣や槍を腰から提げているのが普通だ。それはこのような都市部でも変わらない。
これはナタリヤに聞いたのだが、剣や槍の柄には金や銀の装飾が施され、それを持つ者がどのような流派に属しているかを表しているそうだ。
そして大抵は、何かしらの流派を意味する剣か槍を提げていた。
武器さえ持っていれば、襲う方だって無傷では済まないのだから、軽々しく手は出せない。
だから奴隷ですら腰から剣をさげているのが普通である。
俺もエリオットも、寒さのせいで手がかじかんで何も持てない状態になったから、武器は蛙の中に仕舞っていた。
これは周りから見てカモに映るのではないだろうか。
「丸腰の奴なんてほとんどいないだろ。俺たちはどう見られてるんだろうな」
「妖魔を持った、腕に自信のある冒険者に見えるでしょうね。ですが南は迷信深い人が多いと聞きます。変な力など見せないでくださいよ」
「変な力って、どんな力?」
ローズマリーに無垢な視線を向けられて、俺は口ごもった。
エリオットの奴も、俺が普通ではないことに薄々ながら感づいている様子である。
俺はなんとか、どんな力のことだろうな、という言葉をローズマリーに返した。
ならば俺が人前で使える力なんて奈落と黒亀蟲くらいだろう。
観光も済ませて、少し時間が出来た俺たちは飯屋に入ることにした。
俺のおごりだと言って、二人には好きに食べてもらう。
俺も焼いた小麦で、野菜や揚げた肉を巻いたトルティーヤという感じの、最近王都で流行っているという食べ物を、店員から勧められるがままに頼んだ。
そこで時間が出来た俺は使い魔を作り出して、城に向かって飛ばしてみることにする。
魔眼で魔力の流れを見ると、城の周りにいる兵士たちはどれも強そうだった。
城内を含めて、思ったよりも兵士の数は少ない。
その中に一つ、例の魔族だと思われる、やたらと大きな魔力の塊があった。
もう少し近づけば状態が見られるかと思って、その強い魔力を発している奴に向かって高度を下げていくと、何が起きたのかもわからないうちに使い魔が潰されてしまった。
魔力の大きな奴が何かしたような感じはなかったから、もしかしたら城の周りの兵士に弓か魔法でも撃たれたのかもしれない。
警戒されただろうか。
俺に繋がるようなことは何もわからないだろうが、妖魔か何かによる魔力的な攻撃か偵察を受けたことはバレてしまっただろう。
痕跡はほとんど残さないはずだが、俺の血液くらいは残る。
まさかそこから俺をたどられることはないだろうと思うが、俺の血液を使って呪いのようなものをかけられるかもしれないと少し怖くなった。
魔法のある世界だから、俺の知らないところでどんな力があるかわからない。
さすがにこれ以上、城に対してちょっかいをかける気にはならずに、俺は人目を盗むようにして飯を食べた。
王都で流行っているという食べ物は、確かに最高の味だった。
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