第36話 ルイス




 王都で手に入れた妖魔は二つ。

 強いものはそれだけ大げさな名前が付くらしく、商人は光明と破滅だと言っていた。

 鞭が光明で、石を撃ち出す方が破滅である。

 破滅によって打ち出された石は剣でも盾でも防ぐことができないと伝説にはあり、防ごうとすれば剣は折れ、盾には穴が開くという話である。


 石を飛ばすという、どこかのどかな感じからはかけ離れた危険性である。

 光明の方も鞭だから、剣や盾で防ぐことは出来ない。しかし鎧を貫通するような力があるかは不明である。

 昼間から宿で仮眠をとって、日が暮れるのを待ちながら、手に入れた妖魔を眺めつつそんなことを考えていた。


 これでは足りないから、さらに南へ向かうことになる。

 手に入れたものに不満はないが、数が足りていない。

 エリオットの話では、南の都市は王都よりも治安が悪いらしい。

 王都ですら折り紙つきの治安の悪さだが、それ以上に悪くなるという話である。


 物を盗んだところを見つかっただけで、囲まれて虫の息になるまで殴る蹴るの暴行を受けるのが普通であるという事だ。

 犯罪や喧嘩は市民が自分たちで裁き、話をつけさせるのだ。それに対して他者の介入は一切認めないという。

 その調停役となるのが村長などである。


「市民が暴走し始めると騎士ですら手を出せません」

「ここより南じゃベルトワールの家名も通用しないのか」

「ある程度の教養がある者には通じるでしょう。絶大な効果があると思いますよ。ですが大半は、情報すら入ってこない陸の孤島で暮らしている者たちです。ある村では妖魔を使っただけで、魔族だと疑われて殺されそうになった旅人がいたという話です」

「殺されそうになったね。よく殺されなかったじゃないか」


「逆に村人の大半を殺しながら逃げたそうですよ。妖魔には、それだけの力があります」

「滅茶苦茶にもほどがあるだろ」

「郷に入らば郷に従えの精神を忘れないでくださいという教訓です。先の例では砂漠にありながら妖魔も知らない村があったという笑い話として語られるものですが、身につまされる教訓を含んでいます。砂漠の民は妖魔を複数持っている者もいますから、村一つを敵に回すのは危険なんです」


 俺が近寄るべきではない土地であろうことはよくわかる。

 しかし、今更そんなことを気にする必要もないだろう。騎士団ならまだしも、村一つくらいなら大した脅威でもない。それに、そんなところに行く必要もないのだ。

 しかも周りに合わせろなんてことは、もと日本人である俺に言わなくてもいいことである。


「お説教はよしてくれ。それよりも、そろそろ出発しようぜ。夜に空なんか飛ぶから寒いんだろ」

「昼のうちに出たら、かなり人目につきますよ」

「誰に追いつけるって言うのよ。見つかったところで困りはしないわ」

「王家の宝を盗んだ奴が、南に向かったと知られることになります」

「エリオットはお婆ちゃんみたいだね。同じこと言ってるよ。知られたって追いつけないんだから、何もされないじゃないのよ」

「ローズマリーの言う通りじゃないか。それに王都から離れたところかで飛び立てば平気だろ。夕方ごろになれば、晩飯づくりで上がるかまどの煙がすごくて遠くなんか見えないって」


 俺たちが城門を通ると、塀の上の兵士たちが見慣れない武器を担いでいるのが目に付いた。前に通った時は夜だから見えなかったが、今回は夕日を反射してキラキラと光るその武器は良く目立っている。

 俺はどこかしら見覚えのあるその形に目が離せなくなった。


「あれは銃じゃないのか」


 もとの世界にあった物を見つけて、俺はついつい嬉しくなった。

 兵士たちが抱えているのは紛れもない鉄砲である。


「声が大きいですよ。あれは最近になって旧大陸から入ってきた新手の武器です。なんでも魔力を使わずに鉄の弾を撃ち出せる代物だそうですよ。あれを買うために、王家はとてつもない金額を使っています。あの武器を、ご存じだったのですか」

「まあな。この世界にも火薬はあったんだな」

「僕は仕組みまでは知りません。噂では妖魔が届かないような場所からでも攻撃できるそうです。これほどの数がそろっているとは思いませんでした。あんなものを持った兵士に、城壁を守られては手も足も出ませんね」


 塀の上には数メートル間隔で鉄砲を持った兵士が配置されている。

 これほどの数なら騎士ではないだろうから、従士か何かだろうか。鉄砲の恐ろしいところは、誰にでも同じように使えるというところである。騎士である必要すらない。


「確かに、あれじゃベルトワール家の手には余るな」

「北の蛮族が使う弓なら対抗できるかもしれません」

「無理だよ。威力が違いすぎる。あれは鎧だって貫通するぜ」


 俺の言葉にエリオットは青くなった。

 思いがけない敵の戦力に、冷や水を浴びせられた気分だろう。


「気にするな。俺たちがやろうとしているのは暗殺だぜ。なにも真正面から相手にする必要はないんだ。それにしても、ここまでやるかねってレベルだな。この大陸を再統一しそうなほどの勢いじゃないかよ。何百丁もあるぜ」

「小物ほど、小心なのでしょう。とりあえず、他の君主が同盟を結んだところで落とせるか怪しいものだということですね。これは悪いニュースですよ」


 俺たちは黒亀蟲で王都より数キロほど西に進んで、王城が見えなくなってきたところで雷鳴鳥に乗ることにした。

 俺もエリオットも王都で毛皮とベルトを買い込んでいるので、今度は寒さ対策もばっちりだ。

 しかし、座席もない鳥の上だから、しがみつくために腕だけは毛皮の間から出さなければならないのがつらい。


 夕暮れの空に雷鳴鳥が飛び上がると、前回の嫌な記憶が蘇る。

 しかし今回は、顔に当たる風こそ冷たいものの、それ以外の部分はそれほどでもない。

 しがみつくこと数時間、王都より南にある都市では最も大きいオスマンに到着した。

 街を囲むような城壁はなく、街自体もかなり広範囲に広がったような作りになっている。


 地面に降りるとかなり気候が暖かい。

 亜熱帯性の湿度が高い感じではなく、さらりとした熱さだ。

 まだ宿が取れる時間だったので、俺たちはすぐさま街中に入り宿を一つ取った。

 昼仮眠をとった程度だったので、飛行で体力を消費してたこともあり、俺たちはそのまま寝てしまった。


 朝になって驚いたのは、この街の人はほとんど裸同然で暮らしていることだった。

 男は片方の肩から一枚垂らした布を腰のところで結んでいるだけで、女の人は薄い布切れで体を挟んでいるきりだった。

 上半身は透けているが、男も女も下の重要なところだけは下着で隠している感じだった。

 奴隷は男も女も腰布一枚だけである。


 どうやら色付きの布を身に着けているのが市民で、灰色に汚れた布が奴隷の証であるようだった。


「凄いところだな。日が出てるとこの季節でも暑いぜ」

「火山と季節風が関係しているそうですよ。だからテーベは一年中熱いのです。ここだと我々は余所者なのが丸わかりですね」


 俺もエリオットも生白い肌をしているので、たとえ同じ格好をしても誤魔化せはしないだろう。

 しかし、ここまで開放的な恰好をされると見ている方も照れてしまう。

 ローズマリーなどは赤くなって俯いてしまっている。

 しかし、こんなものは慣れだ。


 いつまでも照れていられないので、さっそく俺たちは街で一番大きな商館だという建物に向かった。

 王都やベルナークと違って、こっちは開放的な建物が多く、しかもどの建物も横に大きい。

 そこでは奴隷も売っているというので、妖魔の方はエリオットに任せて、俺は奴隷を見せてもらうことにした。


 建物の中に、壁のような風を通さない物はなく、カーテンで仕切られているだけであった。

 風を通すための知恵なのだろうが、いささか不用心すぎるきらいもある。

 商館の中で働く者は皆、腰から大層な剣や短槍をさげていた。


「オスマンへようこそ。ここは暑いでしょう。その分奴隷も北より上着一枚分安くてお得ですよ」


 商人が北から来た奴に言うための鉄板ネタであろう冗談を披露してくれたが、俺は笑う気にもならない。

 なにしろ商人は、自分のモノを女奴隷に突っ込みながら接客をしているのである。

 女奴隷の方も無表情で商人に突かれている。


 後ろから突かれている女奴隷のみずみずしく張りのある肌が目の前で揺れていた。

 これで品定めをしろというのが無理な話だと思うのだが、目の前の商人はラストスパートに入った。

 そっちには目をやらないようにして、俺は連れてこられた奴隷の方を見た。


 一番強いのを連れて来てくれという要望に、出てきた奴隷は平均して戦闘力200程である。

 品ぞろえは王都より一回り落ちると言ったところだが、距離的にそんな離れていないから、いいものは王都の方に流してしまうのだろう。


「おい、アンタ。俺をこの狂った世界から救い出してくれないか。朝から晩まで武器の修理だなんだとこき使われて、ろくに飯も食わせてもらえないんだ。金は持ってるんだろ。俺みたいな安い奴隷を一人買うくらいどうってことない身分のように見える。俺は役に立つぜ。なんせ知識にかけては右に出るものはいないって言われたくらいだ」


 いきなり俺に自分を売り込み始めた奴隷を、警備用の奴隷が鞭で打った。

 乗馬用の鞭のようなやつだから、奴隷は頭から血を流して倒れ込んだ。


「よくもやりやがったな! 不意打ちでやるなんざ人間のすることじゃねえ。何考えてやがんだ」

「黙れ。勝手に喋るな」

「勝手に喋るなだと。ろくに言葉も知らんような奴が、俺に喋るなと言うのか。言葉を喋るのは言葉を知っている奴の特権なんだよ。お前は大人しく外で棒でも振り回してるのがお似合いってもんだ」

「舐めやがって。ご主人様、こいつを叩きのめしてもよろしいですか」

「ふぅ、いや、商品を使いもんにならなくされちゃ困る」

「俺を叩きのめしたいってか。そんなことして何になるんだ。アイツは腰抜けだと噂が立つだけだ。勇気を示したいなら、もっと立派な体つきをした奴にでも挑むんだな」


 鞭で叩いたほうの奴隷は筋骨隆々の大男で、叩かれた男の方は俺の腰まで位しかない小男である。

 小男の方は、たぶん人間ではないだろう。小人族か何かであるはずだ。


「なあ、アンタ。この辺じゃ見かけないくらい理性的なお顔をしていなさる。いや、していなさいます。どうか買い取ってはくれませんか。俺はあんたみたいな客が来るのをずっとずっと待ってたんだ。なんせここには頭のネジが足りねえような奴しか来なくてね。もしそんなのに売られたらと思うと、死んだ方がマシな未来が待ってることは明らかだ」

「知識ってのは?」

「知識ってのは……、そうだな、知識は力なりの知識だよ。こう見えても読書家でね。この世にある本は大体読んでるぜ。それの重要性を、アンタならわかってくれるはずだ。なあに、女の一つも抱かせてもらって、まともな飯でも食わせてくれるなら、本気になって働くよ」


 この場で戦闘力的に高いのは、鞭を持った方の奴隷である。買うつもりもなかったから、女に限らず、とにかく強そうなやつを出してくれと頼んだのだ。


「そっちの奴隷を買おうってのかい。そいつは無理な相談だ。なんせそいつはご主人様である、そこの好色家の命を救ってるんだ。お気に入りだから手放しはしないだろう。なあ、そうだろ」


 小男の言葉の真偽を確かめるために商人の方を見ると、商人は苦々しい顔で頷いた。


「こんなお喋りな奴だとは知らなかった。よっぽどあんたのことが気に入ったらしいな」


 エリオットは最初から別の部屋に案内されているので、ここではまだベルトワール家の名前を出してはいない。

 俺にはここまで売り込まれるような理由がわからなかった。


「どうして俺に買われたいんだ。俺の何がそんなに気に入ったんだ」

「そりゃ奴隷を見て憐れむような顔をしたからだ。それに服も清潔だし、殴られる俺を見て楽しそうな顔もしなかった。頭のおかしい奴はさんざん見てきてるから、勘が働くんだよ。アンタはまともな人間だ」

「俺はベルナークから来たんだ。それでもいいのか。あっちは寒いぞ」

「なんてこった。そいつは計算外だな。向こうには女がいない」

「エルフでも人間でもいるだろうに。何を言ってやがんだ。鞭で叩かれてイカレちまったのか。だからむやみに叩いて欲しくないんだよ」

「俺にも男のプライドってもんがあるんでね。自分よりでかい女を抱けるかってんだ。それじゃだめだ。だけど小人族の女奴隷を買い与えてくれるのでもいい。そのくらいのことに見合った働きはするぜ」


 その言葉を聞いて商人と奴隷の大男は笑い出した。

 俺の方はなかなか使えそうな男だなと思って興味をそそられる。しかし、多少戦えるくらいの男奴隷に、そんな大金を払う気にはならない。


「いくらだ」

「そうだね。チンケな泥棒奴隷だ。戦えると言っても大した働きもしないうちに死んじまうだろうからな。金貨20枚でどうだ」

「じゃあ、金貨40枚払うから、小人族の女奴隷も一人つけてくれ」

「そ、それじゃあ……!」

「ああ、女奴隷の方はお前が選んでいい」

「ありがたや。この期待には応えるよ。いや、このルイス、必ずや期待には応えてみせます」

「変わった客だね」


 小男の方は感極まっているが、商人の方は冷めた様子である。


「つがいで購入して、小人族の養殖でもしようってのか」


 奴隷の大男の言葉に、また二人は笑い出した。

 クリントがうるさく言わなければいいが、あいつは性奴隷専門のようなものだから大丈夫だろう。

 新しく買ったルイスが女奴隷を見繕う間、俺は別室にいたエリオットと合流した。

 こちらの方も交渉は大詰めになっている。


 出てきたのは、黒い影を操るという冥府の名を持つ妖魔である。


「それしかなかったのか」

「ええ、他のものはどこにでもあるようなものばかりでしたよ。砂漠まで来てこれでは正直がっかりですね」

「なにせ、あまり高価なものが上がってこないんです。テーベあたりで買い占められているのではないかと推測しています」


 商人が言い訳がましくそんなことを言った。

 その問題を解決してくれたのはルイスだった。

 ある砂漠に黄金の館が現れ、そこの家主が買い占めているという話を聞いたことがあるそうだ。ルイスは小人族の女性を二人も連れてきていた。


「一人分の金しか渡してないはずだぞ」

「ですが、買っていいのは一人だけだとは言いませんでしたからね。小人族の女は非力で、掃除をさせるくらいしか使い道がないといわれていまして、とにかく安いんですよ。俺は貧乏性でね。余った金を使わずにはいられなかったんです。なあに、体重で見れば一人分と変わらない。そうでしょ」

「だけど砂漠は広いですよ。場所がわからなければ、どうしようもありません」

「広いと言っても、砂漠なんてのは人が住めるところは一部だけですからね。地下の水脈でもなけりゃ、どんな大丈夫でも干上がりますよ。オアシスだって水脈の上にしかできないんだ。大体のところがわかれば見つけられます。俺に任せておいてくださいよ。旦那」


 とりあえず冥府を金貨400枚で買い、俺たちは砂漠の中にあるという黄金の屋敷を探すことになった。

 それにしても南は妖魔が安い。




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