第34話 買い付け




「ナタリヤ、一つ稽古を付けてやろう」

「えっ、手合わせしてくれるのかい」


 認知加速のような便利な力は手に入れてないが、どうも俺はかなり強くなったという実感がある。前よりも力を使いこなせるようになっている気がするのだ。

 レベルが上がったおかげで、他の様々な能力の上昇とともに、頭の処理速度も上がったような気がしている。

 それをナタリヤで試してみようと思ったのだ。


「ニャんでナタリヤニャんですか。私も稽古して欲しいですよ」

「そうです。私にも稽古をつけてください」

「あとでな」


 うるさい外野がいるが仕方ない。

 ローレルたちは本当に稽古をつけると思っているようだ。俺はただ腕力と、体の頑丈さに任せて戦っているにすぎないから、人に教えられることなどない。


「それは本気でいってもいいのかな。ボクも新しい力を試してみたいと思っていたんだ」

「なんでもいいぞ。適当に掛かって来いよ」


 何が嬉しいのか、ナタリヤはニヤリと笑った。

 俺は太刀を仕舞ってサーベルを引き抜いた。大きな得物ではナタリヤのスピードについていけない。

 俺がサーベルを抜いたのを確認にて、ナタリアが一直線に突っ込んできた。


 槍の突きは本当に避けにくい。しかも攻撃の間合いは槍の方が長いから、かなり剣は不利になる。

 それでも前よりはナタリヤの動きがよく見えるのが実感できた。

 俺は剣でなんとかナタリヤの攻撃を弾きながら回避した。


 ナタリヤの突きは大砲のような迫力がある。

 鬼人族の特性なのか、素早く柔軟な動きから、とてつもなく重たい一撃がやってくる。たぶん、普通の人間には受けられない類の攻撃だろう。

 剣が軋んで、そう何度も受けたら剣が駄目になってしまう。


 突いてくるのも早ければ引くのも早い。

 避けるためには体の軸もずらさないといけないので、連続で突いて来られると、かなりの運動量を強いられた。

 槍の間合いを外すために懐に飛び込むと、石突での攻撃が下からやってきた。


 俺はそれを素手で受け止める。

 素手で受けられるだけ離れたところで突かれているよりはマシだろう。

 俺が剣で斬り上げると、ナタリヤはそれを両手に持った槍で受け始めた。

 少し力を込めると、攻撃を受けたナタリヤの体が浮きあがった。その一撃でもってナタリヤの表情から余裕が消えた。


 ナタリヤは近距離でやり合うのを嫌がって、俺から離れると冠鳥を呼び出して飛び乗った。

 そのままとんでもないスピードで俺の周りを走り始める。

 馬のトップスピードと槍の突きの速度は同じくらいのものだそうである。冠鳥は馬よりも早く見えるから、この速度にナタリヤの突きが上乗せされたら、撃ち落とすのは不可能に思えた。


 しかし、以前にナタリヤの突きを受けた時よりレベルが倍近く上がっているから、今の実力を図るにはちょうどいい。

 俺は剣をわきに構えて腰を落とし、迎撃の態勢をとった。

 十分にスピードが乗ったところで、ナタリヤは冠鳥の軌道を変えてこちらに突っ込んでくる。


 目で追えているのを感じると同時に手ごたえが伝わって、槍の穂先が肩をえぐった。剣を当てることは出来たが、体の方が付いていかない。

 しかし目の前に迫っていた冠鳥には、俺の蹴りが入って、ズドンという音と共に鳥の体は消え去った。


 そしたら鳥を失ったナタリヤの体が、俺めがけて飛んできた。

 星が飛んで、俺はナタリヤを抱えて背中から倒れた。


「いい頭突きだな。一番効いたぞ」

「それどころじゃない。ナタリヤの意識がない」


 ヘンリエッタに言われて見れば、ナタリヤは頭から血を流していて目を開けていない。

 そこでアリシアが機転を利かせて闇蟲で俺たちを覆ってくれたので、俺は神代魔法を唱えてナタリヤの回復を図った。

 闇蟲が消える頃にはナタリヤの意識は戻っていた。


「いきなり鳥を消すなんて反則だよ。石か、なにかに頭から激突しちゃったじゃないか」

「石じゃなくて俺の頭だよ。めちゃくちゃ痛かったぞ」

「へへッ、凄い石頭だね。だけど乗ってる鳥を蹴ったりしたらそうなるに決まってるじゃないか」

「育ってない冠鳥を使うのは危険みたいだな。わら束を蹴ったような感触がしただけだったぜ。鳥の体は軽くて脆い作りだから、簡単に実体を無くすんじゃないのか」

「そうかもね。だけどハルトにも避けきれない攻撃が出来たじゃないか。この鳥は凄いよ」

「致命傷からは程遠いし、蹴ったくらいで投げ出されて自爆したんだぞ。慣れるまでは実戦で使うなよ」

「ボクだって馬鹿じゃないんだ。今ので危険なことくらいわかったよ。それにしても、剣捌きがずいぶんよくなったじゃないか。もとから強かったのに、また強くなったんじゃないのかな」

「そうみたいだな」


 やはりレベルの恩恵は大きい。

 しかし、レベルの恩恵を受けて成長できるのは、あと少しだ。レベル58のヘンリエッタは、この三週間あまりで、一つもレベルが上がっていない。

 だから俺も、レベル60あたりから短期間に上げることは出来なくなるはずだ。


 今の体力が923で、魔力が1146だから、多分どちらも1500くらいが上限になるだろう。

 ナタリヤはレベル1の冠鳥を得ただけで戦闘力が1000を超えている。すぐにエルマンと同じくらいの数値だ。

 それでも俺が魔法も何も使わないで戦えるくらいだから、やはり魔族との戦いには参加させらるほどではない。


 戦いの現実を見てしまったら、彼女たちを俺の都合で王都での作戦に参加させるのもためらわれる。王都に連れて行くのも嫌なくらいだ。

 戦争は悲惨な殺され方をする覚悟のない者が参加するようなものじゃない。

 あの日、この街で俺が見たものは、戦いが生み出す結果ものそのものなのだ。


 反乱奴隷たちは、俺が住んでいる区画の隣を通る通りを大群になって駆け抜けていったそうだ。わずか十数メートル先である。

 その時の形跡は既に何も残っていないが、もし近くに装備でも売っている店があったら、俺の家も危なかった。

 この先にある東門に続く通りは、門の外まで血の跡が残っていたほどだったそうである。


「それじゃあ、次は私たちでしょうか」

「ん、また今度な。冷えるから中に入るぞ」


 飛竜の尾を持つアリシアとやりあったら装備を駄目にされてしまう。

 俺の鎧は炎に強いだろうが、この服も剣も炎で燃やされては再生できない。

 剣を受けられては勝ち目のないアリシアには、この飛竜の尾は良くあっている。しかし、炎に耐性のあるモンスターでも出てくれば簡単にやられてしまうだろう。


 それに攻撃力も大したことはない。

 まだ育ってないから表面が切れるだけで、与える傷が浅いのだ。

 俺の火精使役でも飛竜の尾は消せないが、マリーが言うように、どんなものでも芯まで消し炭にする力はない。


 家に入ったら暖炉の前でこれからのことを考える。

 飛竜の尾でアリシアはローレルよりも少し戦闘力が上がった。飛竜の尾のレベルが上がればさらに数値は伸びるだろう。

 マリーが選んだ弦角は確かに育てたら強くなったが、もう一つくらいいいものを与えたいところだ。


 ヘンリエッタの燐光も力が分散しすぎていまいちである。

 せっかくレベルを上げるのだからその前に、飛竜の尾のような単体攻撃に特化したものを持たせたいところだ。

 騎乗用の妖魔は運よく揃ったが、戦力に繋がりそうなものはまだない。

 そろそろエリオットを連れて他の都市に行ってみる頃だろう。


 俺はナタリヤのところに行って、しばらくの間みんなをダンジョンに連れて行ってくれるように頼み、エルマンの屋敷に向かった。

 そこでエリオットをしばらく貸してくれるように頼み、エリオットを連れてマリーの店に向かう。

 このまま夜の間に王都に行くつもりだ。


 マリーは行くのを嫌がったので、結局ローズマリーだけを貸してもらうことになった。

 街から出て森の中に入り、そこで初めて雷鳴鳥を見たがとてつもなく大きな鳥だった。

 胴体はライオンや虎のような猫科のそれであり、翼は鷲や鷹を思わせる力強いものだ。

 大きさは小型飛行機くらいある。


「これが雷をも切り裂くという妖魔ですか」

「だれにも言うんじゃないぞ」

「こんな小さな子が呼び出せるなんて、言っても誰も信じないでしょうね」

「もう小さくはないわ。立派なレディーよ」


 ローズマリーはシーツか何かで作ったであろう物を雷鳴鳥の首に巻いて、自作の鞍のようなものを取り付けた。そこに自分だけ体を結び付けている。

 そして熊か何かの毛皮で作られたであろうマントを体に巻き付けて、丈夫な革のベルトで体に絞め上げている。

 やはり上空は寒いのだろう。


 俺も厚着をして雷鳴鳥の背中に乗った。エリオットも俺に倣ってコートを取り出した。

 ローズマリーの格好を見る限り、これでも全然足りないだろう。


「それじゃ行くわよ。方向はどっちかしら」


 エリオットは夜空の星で方角を確かめると地図を見てから言った。


「ええと、あの三連星の方に向かってください」


 最初はそれほどでもないかと思ったが、すぐに身を切るほどの寒さに襲われる。

 凄まじい風で吹き飛ばされそうになるし、唇が凍りついて切れそうなほどの寒さだ。


「ちょっと上にあがり過ぎじゃないか!」

「こうしないとスピードが出ないのよ! スピードが出ないと魔力が足りなくなるの!」


 上昇気流の関係なのか、空気の薄いところの方が飛びやすいという事なのか。

 とにかくこれ以上あがられると高山病になってしまいそうだ。鳥は高山病にかからないと聞いたことがあるが、人間の場合はそうはいかない。


「あんまり上がり過ぎると死んじまうぞ!」

「うるさいわ。王都は遠いの!」


 俺はエリオットと代わる代わる風を受ける前側を交代しながら、朝方近くになるまで寒さに震えることになった。

 明け方頃になって、海岸線沿いに人工的な影が見えたのでローズマリーは高度を下げた。

 俺とエリオットは瀕死の重傷といったところまでやられている。


「酷い乗り心地ですね。まるで拷問にかけられてるかのようでした」

「本当だな」


 すぐに薪を取り出してたき火を始める。

 その火を囲んで城門が開く時間まで過ごすことにした。

 ローズマリーがたき火でシチューを作ってくれたので、それをすすって過ごした。ローズマリーは大ヒキ蛙まで持っていて、料理の腕も大したものだった。


 日が昇ったら正門から王都に入る。

 王都は一つの丘を覆うように家々が敷き詰められ、丘の上にある王城まですべての屋根が視界に入る巨大都市だった。

 王城は朝食の煮炊きであろう煙で霞んでかろうじてしか見えない。


 城壁や門の上には、朝も早くから兵士たちが見回りのために立っている。

 中央の通りは広く、開門と同時に大量の馬車が町の中心に向かって吸い込まれていく。

 逆に農作業に従事しているであろう、たくましい体つきの奴隷たちは台車を引きながら農具片手に外へと向かう列を作っていた。

 こちらではまだ刈り入れが終わっていないようだ。


 あの麦を切るナイフ片手に、皆が一斉に走り出したらどうなるのだろうと考えて不思議に思う。半分以上は逃げ切れるんじゃないだろうか。

 奴隷たちが無知であることに賭けて労働力にしているのは危険に思える。


「ローズマリーははぐれるなよ。エリオット、まずはどいつと交渉するんだ」

「とりあえず南からの輸入品を扱う商館からでしょうね。そのあとで、その商館のお得意様を紹介してもらうのがいいでしょう。どの分野にもコレクターというのはいるものです」

「なるほどな」


 俺たちは大通りを港がある方に向かって歩き始めた。

 その近くにある商館が輸入品を扱う店だ。


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