第33話 深層巡り
俺は、ナタリヤとローレルたちを引き連れて、ダンジョンの深層巡りを始めた。
宗主とはやり合いたくないので、宗主が残っている階層の手前までを目標に進む。
やり始めると、慣れない場所だからかナタリヤもかなりの攻撃を受けている。
ダンジョンを固定してやってきたのは、敵の弱点や動きを覚えるためだったのだろう。
そうなると、いくらナタリヤでも命の危険があるから、やはり俺が中心になって戦うことになる。
危険を冒しすぎなのか、二度ほど神代魔法を唱える羽目になった。
今も、でかいカマリキリのような腕を6本も生やしたモンスターを氷精使役で固めて、火精使役で頭を焼き尽くしたところだ。
こいつは危険すぎて、俺ですら近寄れずに離れて倒す必要があった。
攻撃が早すぎて、一瞬で魔力が尽きてしまうほどの傷を負う危険があったのだ。
最初の接敵で瞬きする間に足を6つに斬り離された時は死んだかと思った。逃げ遅れたら本当に死んでいただろう。
「ローレルたちにはまだ早いんじゃないかな。ボクにも庇えるほど余裕がないよ」
「そんなことニャいです。もう少し離れて戦えば行けると思います」
「そうです。ご主人様の回復魔法があれば、恐れることはありません」
「二人とも無理をする必要なんてないんだよ。妖魔だって、ほとんどダメージを与えていないじゃないか」
ローレルたちにとってはパワーレベリングに近いが、かなりいい装備を買い与えているので、いきなり死んだりすることはないだろう。
それでもひやりとするほどの怪我を負ったから神代魔法を唱えているが、命の心配をするほどじゃなかった。
焦り過ぎは怖いが、時間が惜しい。
できるだけ強い敵を倒すのには同行させておきたい。
「ついてくれば妖魔は育つからこれでいい。二人はもっと安全に気を付けてくれ。とにかく急所だけは守るんだ。そうすれば俺が回復してやれるからな。ナタリヤは二人を守ることだけに集中していい」
ヘンリエッタが使う燐光の妖魔を見る限り、Lv3になればかなりの戦力増加になるはずである。まずはそこまで育てなければならない。
地道に年数をかけて階層を下げていくやり方では、何年もかかってしまうだろう。
レベルの異様に高いナタリヤと、どこでも戦える俺がいるのだから、期限を区切られてしまった以上、最初から階層を下げてやらない手はない。
それにシーザーと光の世界でつながっているおかげか、俺は普通よりもレベルの上がり方が早いのだ。
普通なら一か月もかけずに、ここまでレベルは上がらなかったはずである。
だから春まで本気でダンジョン巡りをしたら、俺のレベルもかなり上がるはずなのだ。
それよりも後ろにいるローレルたちより、ナタリヤの方が俺には心配だった。
「ナタリヤも装備をつけることは出来ないのか。いくら何でも急所すら守ってないのは見てるこっちが怖いぞ」
「いざというとき逃げられなくなるじゃないか。そっちの方がよっぽど怖いよ」
「そのためのパーティーだろ。俺がいれば逃げる必要もないんだ。軽いものでいいから後で見に行こう。怪我しやすい場所と急所だけ守れば、あとの傷は俺が直してやる」
「確かに、ハルトと組んでるときには装備をつけてもいいかもね」
「絶対にそうすべきだよ」
ヘンリエッタが帰ってくる頃には、俺の奈落はLv2になっていた。
そしてナタリヤに買い与えた藻草もLv2になり、装備を付けた戦いにも慣れてきたところだった。
奈落はいったん地面から生えたら動くこともできなかったのが、多少は動くこともできるようになって、力も素早さもかなり上がっている。その数も二本に増えた。
魔力の消費が少し上がってしまったが、それはしょうがない。
ヘンリエッタと一緒にエリオットも俺のところに顔を出したが、こっちは疲れで顔が別人のようになっていた。
「残党狩りだろ、そんなに大変だったのか」
「ああ、山の中に立てこもられて、砦まで作られそうになったよ。急戦になって、こちらもギルドに出させた冒険者を4人も失った」
「亡くなった方には申し訳ないですが、これでもまだマシな結果ですよ。もう少しで全滅の可能性さえありました。下手に他の奴隷と合流されていたら、どうなっていたかわかりません。ですが、これからは僕も暇になったので、何か手伝えることがあったら言ってください」
「こういってるけど、エリオットはどのくらい信用できるんだろうな」
「まだそんなことを言っているんですか。とんでもなく酷い言い草ですよ。僕は恩義を感じて、貴方のために命を張るくらいの覚悟があるというのに」
「今までは猫をかぶっていたようだな。こいつがここまでやる気に満ちているのは見たことがなかい。領主に仕える身としては許しがたいな」
「生憎と僕は、騎士でなく学士ですからね。それでも仕事はきっちりとこなしていましたよ」
「こういう奴はあまり信用しないほうがいいだろうな」
エリオットが青筋を浮かべてヘンリエッタを睨んだ。
冗談でなく本気で言っているところがヘンリエッタの凄いところだ。生真面目で心に遊びがない。
ヘンリエッタはこれで騎士としての仕事からは解放されて、俺に付いていていいことになっているそうだ。だから、これからはヘンリエッタも含めて、ダンジョンを回ることにする。
一通り深層を回り終わった頃には、俺のレベルは42まで上がっていた。
戦闘力は4600といったところだ。
ローレルたちのレベルは40になって、やっと妖魔もレベル3である。戦闘力は500前後なので、魔力の数値が高いわりに、ヘンリエッタには届かなかった。
俺はマリーのところに行き、約三週間分の石を鑑定してもらった。
今回は全て深層で出たものだ。
「大物がおる」
その言葉に飛び上がりそうになった。
今マリーが鑑定している部分は悪魔系の魔物が出る迷宮で見つけた部分である。しかも俺たちの倒した宗主がいた部屋の次の階層である。
たぶんベルナークからいけるダンジョンの中では最も危険な場所だろう。
一つを見せてもらうと、雪のように白いウサギが眠ったように横たわっているのが見えた。
かわいらしい見た目だが、何がどうアタリなのかわからない。
「こいつには何ができるんだ」
「跳ね回りよる。疲れ知らずで山すら登れるぞえ」
「なんだ、戦いには使えないのか」
「魔法使いが距離を取るのに使うこともある。しかし魔力を食うから普通は馬を使うぞな」
「駄目じゃないか」
「馬鹿を言うでないわ。魔力をたくさん必要とする魔法であれば同時には使いにくいが、妖魔使いなら十分に使いこなせるぞえ。ただし空中で撃ち落とされれば命に関わる」
「なら身軽なローリエか俺向きだな。でも俺は戦闘中の移動には困ってない」
「猫の娘がよかろう。猫なら高いところから落ちても死にはしまい」
むちゃくちゃ適当なことを言われているような気がするが、確かに身軽さならローリエが一番だ。まあローリエに契約させてしまえばいいだろう。
「もう一つの方は?」
「飛竜の尾と呼ばれる妖魔ぞな。実態を持たない剣で、触れたと物はなんでも消し炭にする」
「そいつは凄いな」
いつか鍛冶職人が言っていた、エネルギー帯を生み出す妖魔だろう。ピンポイントでそんなものが見つかるとは幸運だ。それならアリシアが欲しがる。
見た感じは小さなけん玉といったところだから、非力なアリシアでも扱えるだろう。
「槍を使う奴が覚えるのにいいのはないか」
「冠鳥がおる」
「どんなのだ」
「魔力をほとんど使わず呼び出せる、とてつもない速さを持った鳥よ。迷宮内で使えば目にもとまらぬ速さで壁にぶつかって自爆するぞえ。使いこなすのが難しい。鳥と名前はついておるが空は飛ばぬそうだ。こいつは南に持っていけば騎兵隊がべらぼうな値段をつける。走る速度で右に出るものはおらんからの。これに乗れるのは将軍のような者だけぞな」
ナタリヤなら使いこなせるかもしれない。
育てる時間も必要だから、迷っているような暇はない。思い切って契約させてしまった方がいいだろう。
俺はその三つを持って帰ることにした。傀儡や大ヒキ蛙など高いものも出たが、それらはすべて引き取ってもらうことにする。
「前に持ってきた黒亀蟲はどうするね。それに精螻蛄や蠅王も売ってしまうにはもったいない」
「じゃあ黒亀蟲は俺が覚えるか」
うんこにゴキブリではあまりにもという気がするがしょうがない。それに黒亀蟲は家ほどもある大物だから、たぶん俺くらいしか呼び出すことができないだろう。
精螻蛄は跳兎の廉価版のようなものだから売ってもらうしかない。
蠅王はホバリングできる鳥である。これも王都から逃げ出すのにはちょうどいいからアリシアにでも覚えさせようか。見た目にもかわいらしい鳥だから嫌がられることもないはずだ。
ヘンリエッタのために出来ればあと一つ、王都の塀を越えて走れるようなものが欲しい。
作戦に成否にかかわらず逃げる必要が出てくるだろうし、何よりヘンリエッタが持つ燐光の攻撃と足になる妖魔は相性がいい。
「王都の壁を越えられるような妖魔はないか。できれば移動も早い奴がいい」
「碧玉馬ならある。高いぞえ」
「買おう。いくらだ」
「まあ、お主が出したものすべてと交換ならよかろう。悪くない取引よ」
「精螻蛄に大ヒキ蛙がいるんだぞ。それに傀儡や他のまでかよ。いくらなんでもとり過ぎだ」
「馬鹿を言いよるわ。これは、はるか昔にワシが迷宮で見つけ出した一石ぞ。その石を手に入れたことで、ここまでの商売人になったという記念の石よ」
「思い出まで価格に上乗せすんのかよ」
「そうでなければとても売れん!」
俺はしぶしぶそれを受け取った。深緑の炎と黒い骨で出来た馬のようなものだ。
確かに城壁くらいなら駆け上りそうな見た目である。ならばこれをヘンリエッタにやればいいだろう。これならば、むしろ俺の方が使いたくなる見た目だが、逃げる手段を全員に確保しておく必要があるから仕方ない。
「契約していくかえ」
「いや、自分でできるよ」
前になんとなく聞いたら、ただ魔力を込めるだけで動き出して一番近い生命体に移すことができるのだ。
そんなもので金までとっているのは詐欺に近い。
俺は黒亀蟲の石に魔力を流し込む。すぐに動き出して手から体の中に入って行った。
外に出るとさっそく試してみようと呼び出した。
マリーの店は大通りに面しているので、通りの幅は十分にある。しかし、黒亀蟲はマリーの言葉よりも幾分か大きかった。
両側の店をなぎ倒さんばかりの巨体が通りの真ん中に現れた。
「伝聞しか残っとらんと言うたろうが。なんてことしくさる!」
マリーが飛び出してきて叫び始めたから、俺は黒亀蟲に飛び乗って羽を叩いた。すると黒い甲殻の中に収納されていた羽が現れて空に飛び上がる。
そのまま蟲に任せて飛び立つと、まわりの奴らが悪魔が現れたなどと叫び始めた。
どうやってその場所から離れたものかと考える。乗ってみたはいいものの飛ばし方がわからない。
なので目の前にあった触手を操縦かんのように握ってみた。
それを引いたり倒してたりしたら動き始めたので、これで動かす指示が出せるらしい。しばらく飛んでいると、そのうちに思い通り飛ばせるようになってきた。
飛ばし方はわからなかったが消し方はわかる。
家の上で黒亀蟲を消して、マントの下に翼を作り出して滑降する。
なんとか家までたどり着いたが、こんなものを街中で飛ばすのは二度とやめよう。
後でわかったことだが、こいつは地面の上を走らせた方が何倍も速い。
その後は適当に妖魔を契約させてから、肩慣らしを兼ねて迷宮に入った。
そして夕方になり、貯まった魔結晶を売りに行ったら黒亀蟲の話題で持ちきりになっていた。
「あれはハルトの妖魔について言ってるんじゃないのか」
「そうだろうな」
「あんまり目立ってもらっては困るぞ。どうして周りに対して無節操に恐怖を与えるのだ」
「それほどのものだとは思わなかったんだよ」
「ハルトは、その存在だけで人に恐怖を与えるのだぞ」
「そうかよ」
後でマリーにも怒られるだろうし、本当に嫌になる。
確かにあんなものが空を飛んでたら、ドラゴンが攻めてきたと勘違いされてもおかしくない。
「ハルトは闇の王になるのさ。だから恐怖を与える存在でいいんだよ」
「やめろって」
「闇の王ってニャんのことですか」
「お前は興味を持たなくていい」
「そんなことを言われても気になりますよ」
「それ以上話しを続けるなら飛竜の尾を取り上げるぞ」
「契約してしまったから、もう取り出すことは出来ませんけどね」
アリシアは妖艶に笑った。妖魔の剣を手に入れたので今日は機嫌がいい。
さっきまで前線で戦っていたのだ。腕はいいから俺と同じくらい戦えている。
それに幻魔蝶がLv3になってからは花吹雪のような羽の数で、その切れ味も凄まじい。
ローレルの弦角も針の刺さったところから敵の崩壊が広がる力を手に入れた。
二人は移動手段を得たことで戦闘力も600近くまで上がっている。
これは騎乗して逃げ回りながら戦った方が強いという評価をされたのだろう。
俺は黒亀蟲で戦闘力が上がっていないから、俺の場合は黒亀蟲を呼び出すのに魔力を使えば弱くなるという評価のようだ。
これは頭の隅に入れておく必要がある。
いざというとき使い捨ての壁くらいにはなるかとも思ったが、俺の魔力は生命線なのだから、そんな使い方をすべきではないのだ。
奈落と契約した時はかなり戦闘力が上がっていたから、これは短期決戦で戦うときには出しておいた方がいいという事になる。
戦闘力の数値はかなり瞬間的な戦力を評価するから、奈落の素早い動きが貢献しているものと思われる。
黒亀蟲を壁にするよりも、マキグソになって完全に周囲の空気からも遮断できる点が優れているのだろう。
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