第28話 エリオット





 優男のくせに、やたらと肝が据わっていそうな男だった。

 厚手のローブに身を包み、完全に魔法使い風の見た目である。前にヘンリエッタが率いていた中にはいなかったように記憶している。

 何故かこの男からは魔力の気配が感じ取りにくい。


「その服は着心地が悪いでしょう。下に何も着ていないように見えますが、何か理由があるんでしょうか。いくら日が出ているとはいえ寒いですよね」

「なにが言いたいんだ。それよりもあいつらを勝手に帰して、どういうつもりだよ」

「貴方の服のデザインは数百年も前のスタイルなんですよ。なかなかの掘り出し物だが、魔法に対する抵抗はないに等しい。となると美術品的な価値しかないものを着ていることになる」

「お前はヘンリエッタの部下じゃないのか。下手な詮索をすると失業することになるぜ」

「それはないでしょう。彼女よりも上から命令が出ています」


 ヘンリエッタの名前を出しても、この男に怯んだ様子はない。

 どうやら俺に用があってつけてきたらしい。


「他に言いたいことはあるか」

「ええ、最近調査を任された強盗事件がありましてね。その強盗が使ったと思われる炭と共通点を見い出せそうな素材の服だなと思ったんですよ。わざわざそんな炭を使う理由がわかりませんでしたが、魔法的な必要があったのかもしれないと考えると、納得できる理由も見つかりそうだ」


 戦闘状態と判断されたのか、蛮勇の効果が発揮されているので心理的な驚きは小さかった。そのおかげで俺は尻尾を掴まれるような反応はしていないだろう。


「なるほど、それで俺を疑っているわけか。だけど犯人かも知れない奴の前に、一人でのこのこと出てくるなんて危険すぎるんじゃないのか」

「一人で来たとは限りません。それに調査記録は残してきています」

「ヘンリエッタは、その犯人に感謝しているようなことを言っていたくらいだから、その事件の捜査は終わったんだと思っていたよ」

「ははは、確かに感謝してもいいくらいだ。でも気を付けた方がいいですよ」


 笑っていたかと思うと、急に声のトーンを落として目の前の男は続けた。


「蛇の道は蛇です。この国に支部があるかどうかはわかりませんが、裏社会には裏社会のルールがあるんです。証拠がなければ、という建前が通用しない奴らです。当然ながらルールに背けば制裁が待っている。奴らだけが保有する、表には出回っていない魔法なんかもあると言います」


 こいつはヘンリエッタに俺の調査を任された奴ではないだろうか。

 それならば霊薬の存在くらいは知っているはずである。そうでなければ、ここまで確信を持ったような口ぶりでは話せないだろう。

 違うなら、ここまで俺が犯人であると確信しているのはおかしい。


「もうちょっと詳しく話が聞きたいね」

「いいでしょう。酒場にでも入りますか」


 そんな人が多いところで話すことでもないと思うのだが、入ったら酒場を選んだ理由が理解できた。昼間から飲んで我を失っている奴らが大勢いるのだ。

 この世の辛いことから必死になって逃げているような、悲壮感すら感じさせる饗宴である。

 俺たちが席に着くと、なにかの植物で出来たジョッキが飛んできてテーブルの上で砕け散った。中身が若干入ってたので飛沫がかかる。しかし、誰が投げたのかなんて気にする気にもならない。


「それで、その裏のルールを破った奴はどうなるんだ」

「殺されるでしょう。王都よりも南の方で勢力の強い組織ですから、こんな北の果てまでやってくるかどうかわかりませんが、そいつらが特に求めているのが万能の霊薬と神代の回復魔法だというから、刺客くらいは差し向けられるでしょうね。貴方が奴隷市場で振舞っていたあの霊薬ですよ」

「ヘンリエッタの奴は、どういうつもりでお前に調査をやらせたんだろうな」

「己惚れたことを言うなら僕を信頼してのことでしょう。もしくは、あまり細かいことにこだわらない僕の性格を知ってのことかもしれません」


 頼んでいた二人分の生ぬるいエールが届いた。

 お互いに口をつけようとはしなかった。このエールという奴は最初にかなり臭みが出るのだ。


「あんたの名前は」

「エリオットといいます」

「その裏の組織って奴は、犯人のところまでたどり着くかね」

「盗み出したものを売ればたどり着くでしょう。ですが僕の調べでも売った形跡はなかった。あとは向こうが持っている未知の魔法や妖魔に痕跡をたどるようなものがあるかどうかですね。王家でも、あの霊薬と魔法書の隠し場所には気を使っていたんです。だからブノワが任されていた。北なら奴らも手を出しにくいですからね。それを盗み出したとなれば、王家と裏組織の両方から命を狙われることになる。その裏組織は王家でも宝物を隠すのに気を使うような相手ですよ」

「面白い話だな」


 そうは言いながらも、中枢を見張らせていた使い魔を使って家の周りの魔力を見た。特に変わったところはない。

 この魔眼の力がある限り、俺にはそう簡単に手出しできないはずである。

 エリオットにつけられたのは人混みであったからにすぎない。人目を忍んでやってくるような奴なら見逃すことはないだろうから好都合である。


「ずいぶんと落ち着いてますね。もしかして本当に貴方ではないんですか」

「どうだろうな」

「それとも宗主を倒すくらいの腕ですから、返り討ちにする自信でもあるのですかね。あの宗主は犠牲を出さずに倒せるようなものじゃなかったはずです。神代の回復魔法があったとしても、一度唱えたくらいで犠牲を出さずに倒すなんて不可能ですよ」

「お前はどっちの味方なんだ。仕事熱心に見えて、こんなところにのこのこ出てくるなんて片手落ちだぜ。もし犯人が俺だとしたら尻尾を出さなくなるだろ」

「放っておくだけで尻尾を出すような相手ならわざわざ出てきたりしません」

「それで、気は済んだのか」

「実は、領主であるエルマンからの身辺調査依頼がありましてね。兵士の間でも、ヘンリエッタがあの宗主を倒した話題で持ちきりになっています。ですが、ご安心ください。ブノワに関することは個人的な興味で聞いたにすぎません。それに貴方はここに来てから日が浅い。宗主を倒せる腕があるかどうかなんて調べたくらいでわかるはずもありません。ですから適当に報告しておきますよ。しかし、あの霊薬を往来で使うようなことは見ているこっちの心臓に悪いのでやめてください」

「いいポーションが売ってないんだよな。この街は、どうしてあんな安ものしか売ってないんだ」

「王都に行けばいいものが売ってますよ。もしくは商館で信頼を得てください。さっき言ったように、危険な盗賊がいますからね。在庫があったとしても、よっぽの客にしか存在を匂わせもしないでしょう。それにこの街であるなら、僕の名前を出してくれても構いません。それですべての在庫を見ることができるでしょう」

「助かるよ。だけど俺を信用して大丈夫なのか」

「隊長――ヘンリエッタが信用してるなら平気でしょう。それよりも商売の話をしたい。貴方は万能の霊薬以外にも、ブノワから高価なポーションを手に入れたはずです。それを売ってもらえませんか。貴方には使い道も、それを売る伝手もないはずだ」

「片棒を担ぐことになるぜ」

「構いませんよ」


 こいつを共犯に持ち込めるなら、悪くない話であるように思える。もとから、こいつだけが俺の使った炭をたどって、服との共通点にまで気が付いたのだ。

 とぼけ続けるのと、認めて取引するのと、果たしてどちらが得だろうか。

 売ることもできず使い道もないというのは間違いではない。


 俺がブノワから盗み出したポーションは、万能の霊薬、解呪、悪魔祓いの聖水、人魚の血、活性の霊薬である。

 俺が調べたところでは、解呪は古代の呪いを解くポーションであり、悪魔祓の聖水は悪霊に対抗することができる液体で、人魚の肉には不老不死の効果があるとされるが、それは迷信にすぎず、人魚の血はただの魔道媒体である。


 活性の霊薬は肉体的な代償を伴って眠っている力を使い切るものである。命を代償にするというので使うつもりもないし、誰かに使わせるつもりもない。こんなものはただの純粋な毒である。


「仕方がありませんね。貴方の善意にすがるようで嫌なのですが、あれを蛙の中になんか仕舞っておかれるのも嫌ですし、そのままイビルアイの出るようなダンジョンに行かれてはこちらの神経が持たない。すこしの間、僕の懺悔に付き合ってはもらえませんか」


 何を言い出すのだろうと不審に思って黙っていたら、エリオットは静かに話し始めた。


「僕はもともとただの魔術研究者でした。しかし学生だった頃に一度大きな失敗をしてしまいましてね。弟に呪いを負わせてしまったんです。僕が研究中だった古代の呪われた短刀を部屋の机に置きっぱなしにしてしまったのが原因です。それ以来、弟は13年間意識がありません。その呪いを解くためにベルトワール家に仕えることにもなったわけです。そして、王家に伝わる聖薬がどこかに隠されていて、それをブノワが持っているのではないかという所までは突き止めました。貴方がやらなければ僕がブノワの屋敷に忍び込んでいたかもしれない」

「そういえば蝦蟇の中に解呪と書かれたポーションがたまたまだけど入っていたな」

「貴方の弱点はその甘さですよ。もし嘘をついていたらどうするんですか」

「そりゃ口封じのために手足を切り落として、地下室ででも飼うしかなくなってたさ。むしろ信じてもらえなかったときは、どうするつもりだったんだ」

「弟を見せていたでしょう。では売ってもらえるのですね」

「いいけど、貸しひとつだぞ」

「わかりました。ですが、こちらから提供できるのは金貨30枚と裏組織に関する情報くらいですよ。貸し一つというには釣り合わなすぎる取引ではないですか」

「別にいいさ」


 どうせ捨てる以外に使い道もなかったものだ。むしろエリオットの助けがあれば残りのポーション類にも使い道が出てくるかもしれない。

 俺たちは酒場を出て路地に入った。席を立つときに煽ったエールのせいで体が重い。

 俺は解呪のポーションを出してエリオットに渡した。代わりに金貨30枚を受け取る。本来ならゼロの数が二つくらい足りない取引である。


 そこでエリオットと別れて、今日は一人だからカジノでストリップでも見て帰ろうかなんてことを考えながら大通りに戻った。

 ストリップを見ても大して時間は過ぎていなかったので、その足で商館に向かう。

 今日二度目の訪問であるが、いつ来ても賑やかでうるさい店だった。


 そこでポーション類を買いたい旨と、さっそくエリオットの名前を出してみる。エリオットの名前の効果は絶大で、すぐに槍を持った見張りが扉の前に立つ個室に通された。

 そこでポーションと共に魔法書を見せてもらい、一番高い治療ポーションだけを買った。

 あんまり羽振り良く買い物してしまったので、また要りもしないようなものをひたすら見せられてしまうことになる。


 妖魔の石や装備品まで出て来て心が揺れるが、品もよくわからないし、いいものなのか判断が付かない。

 目の前では商人が手にした鎧について利点を並べ立てている。しかし、前に買った俺の鎧はもうボロボロで、鎧など装備するのはやめてしまおうかとも思っているのだ。

 それでも昨日の宗主のような相手には鎧がなければ危険だった。攻撃を避けることもできない相手では、薄っぺらな鎧でも確かにダメージを軽減してくれるのだ。


「一番高級な鎧はどれになりますか」

「今お出ししてるのは、どれも最高級の鎧になります。このザラタンという魔獣の多孔質な甲羅から削りだした鎧は、どんな熱でも絶対に通しません。お客さんは疑り深いから、この鎧のまずい点もお教えしましょう。実は割れやすいのが多少の難点です。ただし砕ける時に衝撃を緩和してくれますので、ただ壊れるわけじゃありません。そして、このアダマンタイト製の鎧は多少の魔法であれば打ち消します。ただし多少重いのが難点ですね。ミスリルの場合は軽いですが穴が開いたり変形しやすい。お客さんの鎧のようにね。よくそれだけの攻撃を受けて生きていなさる」


 どうです多少重いでしょうと持たされたアダマンタイト製だという鎧は、俺がバランスを崩しそうになるほど重かった。銃弾が防げそうなほど厚く作ってある。まるで鉛のように重い。

 確かに鎧の穴を放置しておくと、俺の能力に感づかれる恐れがあるなと考えた。

 軽いものを選び過ぎたせいで、昨日だけでハチの巣みたいに穴を空けられてしまっている。


「そうですね」

「普通は鎧がそんな風になったら持ち主は死んでるものですよ。ぜひとも、もっといいものを買い求めになった方がよろしい。打ち直せば使えると考えているなら考え違いです。打ち直したものは決して元の強度にはなりません。それだけ攻撃を受けるならやはり硬質なものを選んだ方がいいでしょう」


 結局、胸当てと足を守るパーツまで付いたものをかわされてしまった。三枚の水龍の鱗を削りだして作ったとか言う馬鹿高い奴だ。

 妖魔と魔法書は断わったが、こんな穴だらけを着ていたら鎧の方は断れなかった。

 着ていた鎧は引き取ってもらい、高い額を払って商館を後にした。


 群青色とも呼べる深い青色で、見た目だけはかっこいいというのが救いである。

 決め手になったのは、ドラゴンの血を染み込ませることもできるという一言だった。液体であれば何でも吸い込んで性質を変えという。

 帰ったら人魚の血でも吸い込ませてみよう。それで魔道媒体になったら好きな形に変えることができるかもしれない。


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