第27話 鑑定
ローズマリーにギルドの話をせがまれて色々話していると、マリーのうなり声が聞こえてきて話に集中できない。
店の奥でカーテンを閉め切り、あれだけの量を一つずつ検分しているから、時間は相当掛かるだろう。
店先の看板は下ろされ、扉を閉めて店じまいの体になっているから客がやってくることもない。
ローズマリーは都会っ子だからかませていて、優雅なしぐさで紅茶なんか飲んでいる。
窓から入ってくる光に照らされて、本物の姫様のようにさまになった姿は、さぞかし大切に育てられているのだろうことをうかがわせる。
「あたしは大ヒキ蛙とも契約しているのよ。見せてあげましょうか」
「そういうのは秘密にしておかなきゃだめなんだ。世の中には悪い奴らがいて、悪用しようとする奴らに捕まってしまうかもしれないだろ」
「戦う力だってちゃんとあるわよ」
「そんなもの戦えるうちにも入らないよ」
「そうかしら」
「そうだよ」
生産性のない会話をしていると、色々と心配になってくる。
マリーは甘やかすだけだろうから、色々教えてやった方がいいだろう。
「どうして戦える力がないと思うの。私が契約してる妖魔も知らないくせに」
「妖魔なんて、なにを持っているか知られてしまったら役に立たないんだよ。だからそんな風にペラペラ喋るようじゃ、持っていないのと一緒なんだ」
「そうかしら」
「そうだよ。炎が出せたとしても、水に濡らした羊の毛皮でもあったら攻撃もできないだろ」
「毛皮なんかあっても炎にあぶられたら熱いわよ」
「いや、羊の毛皮は熱を通さないし、燃えないんだ」
この世界に羊がいるかは知らないが、似たような毛皮はいくらでも目にすることがある。
「そうなの。でもあたしの妖魔は炎なんて出さないわ」
「魔法の刃でも同じだよ。金属の盾でも出されれば弾かれるだろ。それだけのものでしかないんだから、知られたら意味がないってことだろ」
今度はローズマリーの顔色が変わったから、弦角か幻魔蝶のような能力を持っているらしい。
「そ、そうなの」
「しかももう、俺には魔法の刃を使う妖魔だとばれてしまったぜ。そんなんじゃ、誰とも戦えないよ。もっとポーカーフェイスでいなきゃな。ポーカーフェイスってわかるか。しらばっくれた顔でいることだぜ」
「だったらたくさんの妖魔を育てればいいじゃない。おばあちゃんは妖魔の石をたくさん持っているのよ」
「それはできん。あんまり同時に契約すると魔物から得る力が分散して、どれも大して育たんくなりおる。だから坊主の言う通り、相手に簡単に知られるようじゃ駄目だのう」
店の奥からマリーが顔を出して言った。
その話は知らなかったので、あまり妖魔をローレルたちに覚えさせるわけにもいかないとわかってがっかりした。
敵を倒した時の経験値が分配されるなら、似たような妖魔を覚えることも無駄でしかない。
「中枢を入れて置いたら大蝦蟇が育ったんだけど心当たりはあるか」
「うむ。魔石を入れておくと、その魔石の力と引き換えに育つと言われておるから、それに近いことが起こったのだろう。あまり長いあいだ妖魔の石を入れておいても、死ぬこともあるというからの。しかし聞いたことがあるだけで、ワシも経験したことはないから心配するほどでもない。中枢ほどのものなら蝦蟇が育つこともあるかもしれん」
「他の妖魔も中枢で育てられたりしないのか」
「無理じゃろうのう。元来から蝦蟇というのは妖魔の中でも特殊なものよ」
「なるほどな。それで良さそうなものはあったか」
「うむ、よろこぶがよかろ。かなりの大物が混じっておったぞえ。それにしてもすごい量よな」
病を流行らせる恙蟲(つつがむし)、病魔を避ける傀儡(かいらい)、騎乗できるカンガルーのような虫である精螻蛄(しょうけら)、騎乗できるゴキブリである黒亀蟲、と色々説明してもらったが、何がいいものか分からないし、いまいちパッとしない。
戦争などに使われる枯葉剤のような妖魔までいた。麦を枯らすという蟲はかなりの値段になると言われたが、それだけは使われると罪もない人間が大量に死ぬという事もあって廃棄してもらうことにする。
「もったいないことを言いなさる。何やら有益な使い道があるやもしれん。なにも殺してしまうことはなかろうに」
「いや、保管に気を使うだけだろ。使い道だって種を取るのが楽になるとか、その程度でしかないじゃないか」
「どこぞの阿呆が使って、ワシらが飢えるだけかのう。よかろ、あとで焼いておこう」
「低層ばかり見て回ったせいか、あまり引かれるものはないな」
「ええ毒虫がぎょうさんおるぞえ。それに黒亀蟲は頑丈で乗りやすい」
毒にも引かれないし、ゴキブリの見た目ではいくら頑丈でも気持ち悪い。ゴキブリと契約するくらいなら、まだ一人しか乗れないという精螻蛄の方がマシに思える。しかしこいつも見た目は虫だというのが難点だ。
藻草が二つも出ていて売ってしまうにはもったいないが、エリーもいらないだろうし、ヘンリエッタはすでに藻草を持っている。ナタリヤは妖魔を覚える気がないようだし、俺の周りでは需要がない。
とりあえずウイルス性の病気は怖いから傀儡とだけ契約させてもらって、残りは売ってしまってもいいだろう。
しかしそう伝えたら、全てを買い取るだけの金がないとのことなので、安いものだけ全部買い取ってもらうことになった。
安いものなら冒険者の多いこの街では簡単に捌けるだろうとのことだ。
渡された金貨150枚にちょっと納得いかないが、金がないというなら仕方ない。
傀儡は俺以外が覚えても良かったが、戦闘に関係ないものは俺が覚えた方がいいように思える。藻草や蛙は敵を倒しても育たないから、経験値がいくら分散しても地蜘蛛が育たないくらいで困ることもない。
「早く売りさばいて、金を用意してくれよな。これから本格的に深い階層を探す予定なんだ」
「とんでもない話よの。そうなると他の街へひとっ飛びして商売でもせにゃ間に合わんぞ」
「それでいいじゃないか」
「気軽に言いよる。わしぁそういう大雑把な商いが嫌いなんじゃえ」
「買い取れないなら他に売るからな」
「感謝のない小僧よのう。目をかけてやったのを忘れたのかえ」
「それと近々ここの領主に会わなきゃならないんだ。それで見栄を張るためにもA等級以上の妖魔と契約してくれと言われてるんだ。王都に行くなら買いつけて来てくれないか」
「そんなものは店には売っておらんぞ。貴族と直々に取引せにゃならん。お主の見つけた妖魔全部と交換できるかどうかといったところよな。それに妖魔は見栄で契約するもんではないぞえ」
「そう頼まれてるんだから仕方ないだろ。役に立ちそうなやつを見つけてくれよな。妖魔の石は全部を預けとくから、それで何とかしてくれよ」
「気軽に言いよるわ。わしゃもう日が出とるうちしか、体が思うように動かん年寄りなんぞ。まあ、この大陸なら庭先みたいなものになったからええがの」
「それにしても、こんなに乱獲して妖魔がいなくなったりしないのかね」
「なあに、この世にいくつの迷宮があると思っていなさる。それに、石を取ってくればまた新しいのが出てくると言われておるしの。心配するようなことじゃなかろ」
「騎乗できるものは売らずに自分で覚えるかもしれない」
「うむ、好きにするがええ」
「そんじゃ帰るよ。ローズマリーもまたな」
「……そ」
ローズマリーはつんと澄ました顔でそっぽを向いていた。きっとポーカーフェイスの練習でもしているのだろう。
店から出た俺は魔法書を売っている店も見たが、酷い品ぞろえで中級すらまともに扱っていない惨状に顔をしかめることになった。
少し西に来ただけで、これほど魔法書が手に入らなくなるとは思わなかった。
ヘンリエッタにもう少しいい服を用意して欲しいと言われているので、次は服を作らねばならない。どうやら俺が着ている服は、アラクネという種類の魔族が作り出す糸で作られているらしいので、その素材を買うところからである。
街で一番大きな雑貨商の商館に向かう。
店主に訊ねると、あっさりとメデューサの血液から作られたという糸を出してきた。
魔族が作り出したものだというのに、交易品として流通していることに驚いた。
「魔族の作り出したものなんて、禁制品ではないんですか」
「ははは、これを禁じられては魔術師の使うローブなど作れないでしょう。貴方の着ている服も魔族が作り出した糸から織られていますよ」
どうやって手に入れたのか聞くと、船で魔大陸に渡り、そこで交易するのだという。人間などが入港できる港が魔大陸に二つあるそうだ。
魔大陸は統一された通貨さえなく、鉄片とミスリル片によって取引が行われている文明的に遅れた土地であると教えてくれた。
そして魔大陸と交易できるのは、王家の許しが出た船だけに限られているそうである。
文明が遅れているのは、魔族の寿命が長い分だけ繁殖力が低く世代交代が遅いせいだろうか。
「この布は旧大陸で織られた一品ですよ」
俺がいる大陸は新大陸と呼ばれ、新大陸と魔大陸の他に旧大陸というのがあり、小さいながらも旧大陸が最も発展した土地である。
受け取った布に、俺が少し魔力を流しただけでぐにゃりとした感触に変わった。確かに俺の服と同じ素材であるとわかる。
俺は似たような布を見せてもらい、血界魔法で流体化させられるものの中から一番丈夫そうなものを選んでいくつか買った。
革類と糸も見せて欲しいと頼んだら、高い買い物をしたおかげか倉庫内を案内付きで見せてもらうことができた。
流体化した後で裸足になるのが嫌だったので、これで靴も揃えたいと思っている。
いくつかの素材を買い込んで、その足で服を作ってくれる店に向かう。手際よく寸法を測ってもらって、見本の中からこんな感じの服を作って欲しいと頼んだ。
間違っても持ち込んだ素材以外は使ってくれるなと念押しすることも忘れずにやっておいた。
それで、採寸を済ませて店を出ると、数人のゴロツキみたいなやつらに取り囲まれる。
「あんたが噂になってる怪力野郎か。ずいぶんと派手にやってるらしいじゃねえか」
「宗主を倒したとか吹かしてるんだろ」
最近では有名なナタリヤと組んだことや怪力男などと噂を流す奴らのせいで、かなり悪目立ちしてしまっている。
しかも宗主を倒したことを、ナタリヤが自慢して回ったらしい。朝から姿を見ないと思ったらそんなことをしていたのだ。
そしてまたこいつらを倒せば、それが噂として広まって、どんどん俺の立場が悪くなっていくのだ。普通の人間のふりをするのも大変だというのに、そんなことお構いなしである。
冒険者は力自慢みたいなやつらが多くて、面白半分で腕試しを挑んでくるのも多いのだろう。
あの憐れな吸血鬼のようになりたくなければ、この悪循環を断ち切っておく必要がある。
武器を持っていないところを狙って仕掛けてきたというなら計算違いだ。痛い目に合わせてやろう。
「腕試しをしたいなら場所を変えてくれないか。頭に来たから地獄を見せてやるよ」
頭に血が上って、いきなり本気になった俺にゴロツキどもは言葉を失う。
なぜこんな中途半端な覚悟でいちゃもんをつけてくるのだろうか。そこまで考えて、別にいちゃもんをつけに来たと決まったわけではなかったかと思い直す。
「そんなことは許しませんよ!」
見たことのない奴がいきなり割り込んできて叫んだ。
ゴロツキどもを追い払うような仕草をすると、俺の目を真っすぐに覗き込んできた。
その男に言われたゴロツキたちは、なぜか素直に帰って行く。
「なんだ」
「なにをする気だったのですか。人目に付かないところで殺すつもりではありませんでしたか。決闘以外での殺人は認められていませんよ」
「喧嘩を売ってきたのはあいつらだぜ」
「関係ありません」
そこで俺は目の前の男がヘンリエッタと同じ紋章の入ったマントをつけていることに気が付いた。頭首に会う前にベルトワール家の奴に目をつけられるとはついていない。
「別に殺したりしないさ。ちょっと血だまりの中に寝かしてやろうと思っただけだよ」
「そうでしょうね。それを聞いて安心しました」
俺は冗談で言ったのに、真に受けてそんなことを言いだした。
またおかしな奴が現れたのかとため息をつきたくなるが、なんとかそれを我慢する。
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