第23話 引っ越し




 もう一日、適当に遊んでいたらクリントの仕事が終わった。

 それで馬車に乗って、また二日かかる移動が始まる。

 俺が使い魔で偵察をしているから、山賊に襲われることもなかった。それらしい気配があれば回り道をすればいいだけだ。


 魔眼は藪の中に隠れたくらいじゃ誤魔化すことは出来ない。

 普通の視界を得ることもできるが、魔力に焦点をあてることもできる。これを使うと魔力を持たないものはある程度は透過するようになるので、木々の間に隠れても意味がないのだ。

 だからと言って、服が透けたりするわけじゃないし、純粋に魔力だけを映すサーモグラフィー映像のような視界になる。


 空を飛んでいるならいいが、地面を歩くのに使えば物にぶつかるのがオチだろう。

 魔力を50も持たせれば半日くらいは移動ができて、使い魔が帰ってこられなくとも失った血液は30ほどの魔力消費によって補われているので問題ない。

 使い魔にできるのは、視界確保と自爆だけである。音は聞くことができない。


 次は霧化して物理攻撃を無効にする術でも身に着けたいが、あいにくと休憩中に林の中で試した段階では不可能そうであった。

 アリシアが作り出す程度の剣風ですら、細かくわかれた血液が吹き飛ばされて、それを戻すのに尋常ではない魔力を要する。

 そもそも細かく分かれると、すべての粒に命令を出さなければならないから大変なんてものじゃない。


 それよりも筋繊維や内臓、骨などを血液の中に入れてしまった方がダメージを受けなくて済む。張りぼてのような体になるが、血液自体は切られても大したことないのだ。

 しかし長いこと入れておけば酸欠になる以外にも、体調に不調が出てくる。体重も足りなくなるから剣も振りにくい。

 そんなことを試しながら大人しくしていたら、クリントが俺に話しかけてきた。


「メイクーンの方まで行けばいい奴隷がいるかしらね」


 商売の話をされるのは珍しい。

 そんな話が出来るのだとベルナークの宿屋で知られたからだろう。本来はそういう話の方が好きなのだ。


「それは西の街だろ。王都に行ってさ、南の方にでもいる珍しい種族でも買ってきたら、その方が喜ばれるんじゃないのか」

「南には男が喜ぶような種族がいないのよ。竜人族(ドラゴニュート)に、鳥人族(セイレーン)、馬人族(セントール)でしょ。寒いところが苦手な種族が多いから、ダンジョンに連れて行くにも向いてないわよね」


 この大陸の種族は無数にいて、正確には、エルフは妖精族(ニンフ)で、他にも鬼人族や、猿人、兎人、小人族など、すべてを把握することなど不可能なほどだ。

 そして大陸の外には魔人族(魔族)や巨人族、魚人族(トリートーン)などの住む場所もある。


「でも竜人は強いんだろ。イメージだけどさ」

「竜人族や馬人族は服を着ないから、北だと下品と言われるのよね。南では薄着が当たり前だからそうでもないらしいんだけど、こっちでは嫌がられるわ。合う服もないから連れてきても長生きしないでしょうしね。丈夫な体をしているけど、あまりダンジョンに入らないから戦える者も少ないわ。それに鱗に覆われていたり、下半身が馬だったりしたら、ベッドに連れ込むこともできないでしょ」


 どうせ奴隷を買うなら色々な役割を兼ねられるものがいい、とは誰もが考えることのようだ。

 奴隷の多くは、貴族や商人が所有している農園か牧場で働かされるのがほとんどで、クリントが扱う戦闘用の奴隷みたいに、身近に置いておかないのが普通だ。

 だから身近に置いておく奴隷は、見た目が綺麗だったり、戦闘能力がずば抜けて高かったりすると高額になる。


「じゃあ北の種族を、南に連れて行って売るのはどうかな」

「南なんて大した産業もないから金を持ってる貴族も少ないのよ。それで戦争だけは多いから、奴隷なんてどこに行っても余ってるわ。使い捨てがほとんどだし、相場自体が安すぎるのよ。高級な商品を扱うアタシの商売には向かない土地ね」


 そんな話を続けながら二日程かけて田舎町に戻ってきた。

 街に着いたらすぐに不動産屋に行って、借りていた家の解約手続きを済ませる。その足でマリーの店にも向かった。

 相も変わらず、小さな背を丸めるようにしてマリーがカウンターの向こうに座っている。


「やっと売りに来たかえ」

「いや、売るものはないんだ。護衛でベルナークまで行っててさ、それで向こうに引っ越したいんだけど、マリーとの契約があるからどうしようかと思ってさ」

「なるほどのう。それならワシも家族がおる向こうに引っ越してもええかと思っていたころよ。店を買えるくらいの金が貯まったところでな」

「ずいぶん儲けてんだな。俺から買い叩いた妖魔を高く売ってるんだろ」

「ワシの商才のおかげぞな。お前なんぞ一向に使える妖魔を持ってこんじゃないかえ。まだ元をとれたとは言えんから、取引は継続してもらわんと困る」

「魔眼も手に入れたし、これから本格的に探し始めるところだ」

「ほう。あれを倒しなすったか!」

「ああ、苦労したけど、かなり正確に魔力が見えるようになったぞ」

「よう倒しなさった。あれは魔法やアイテムの類では倒せんからな。それでいつから向こうに行きなさる」

「明日には行こうと思ってるよ」

「気を付けるがええぞ。人が多いところは、目に見えない危険も多い」


 俺はわかってると言って、店を後にした。

 そして家に帰り自分で買った家具などを大蝦蟇の中に移す作業に入った。家をも飲み込むというのは誇大な表現じゃなく、かなり大きなものまで一飲みにしてしまう。

 食べ物だけは、なにかに包んでおかないと消化されてしまうが、それ以外なら特に劣化もせずに仕舞っておける。


 それで一晩眠ってから荷物の整理を仕上げて、今度はエリーも連れてベルナークに向かう。

 馬車を貸し切ると、荷物が少なくて軽かったおかげか、かなりのスピードが出た。そのせいで夕方ごろ、かなりベルナークに近い旅籠に宿を取ることができた。

 しかし、エリーもいるから一部屋では前よりも狭苦しい思いをすることになる。


 この旅籠で、魔獣の討伐を頼まれて初めてそんなものがいるのだと知ることになった。

 ダンジョンに出る魔物とは違い死んでも灰にならず、モンスターよりも賢く力もある危険生物と言ったところだ。

 討伐を頼まれたのは大きな牙を持ったイノシシで、魔物よりも肉付きがよく、突進を受け止めた俺は、剣ごと吹き飛ばされるほどの衝撃を受けた。


 魔力によって作られた体とは違って熱もあり、熱い血液がべったりと体についた。

 服に着いた血は落ちないし、病気になるから早く落とさなければ危険だとローレルに注意される。きっと寄生虫やらウイルスのことを言っているのだろう。

 ローレルが素早く血抜きしてくれたおかげで、晩御飯として出されたのを食べることができた。


「血抜きしてないと、とても食べられた味じゃなくなるのよ。すっごい臭いの。ちゃんと処理してくれてたから食べられるわね。ありがたいわ」


 旅籠の女将さんは魔獣の肉を喜んで、宿泊代をただにしてくれただけでなくハムやらチーズやらまでいろいろと貰った。

 体を洗うためのお湯までもらって、それで体に着いた血を落とした。


「今日はローレルのお手柄だったな」

「私の鼻も役に立ちました」


 ローレルを誉めると、珍しく戦いの場所についてきたエリーが自分の手柄を主張してくる。

 自分で作ったのか、こちらでは珍しい下着を身に着けて、俺が体を洗うのを手伝ってくれている。

 エリーの鼻は犬ほどではなくて、敵の発見に役立ったのはローレルが見つけた足跡と巣穴の方だったように思う。


 喧嘩になるかと思ったが、ローレルは年下であるエリーに手柄を譲る気であるようで、特に何も言ってこなかった。

 イノシシに突き倒されながらも首をへし折ったらえらく驚かれてしまい、エリーにも俺の秘密を話さなくてはならなくなった。

 体を洗い終わったら大人しく寝て、次の日も早くからベルナークを目指す。


 昼過ぎくらいにはベルナークの城門をくぐることができた。

 それで新しい家は街はずれの静かな場所にあるレンガ造りの二階建てだ。選択肢があまりなかったこともあり、かなり大きな家を借りる羽目になってしまった。

 俺が特注した風呂も小さいながらもちゃんと作られていた。


 俺は二階の暖炉がある部屋を自分の部屋に決めて荷物を置いた。

 ローレルとアリシアも二階の部屋に決めて、エリーは一階にしたようだった。

 今回は城壁に囲まれた都市であることもあり、庭の付いた家は見つけられなかった。統一された企画なのか、中心地にある家は黄色がかったレンガの壁と赤い屋根のものしかない。


 唯一、ベルトワール家の建物だけ、見張り塔のようなものまで付いた大きな三階建ての屋敷で、レンガや屋根の色まで違う。

 都市を囲う城壁の周りは、かなり幅のある堀が掘られていて、都市の横を流れる運河と繋がっている。

 堀の幅が広いのは魔法による攻撃か何かを前提にして、理由があって作られたものなのだろうと思う。


 城壁の外にはバラック小屋が並ぶ貧民街と、町の中心に続いている大きな通りの両側に露天商の並ぶ地域がある。

 城壁の外なら税金がかからないのかと思ったらそういうわけでもなく、安いがしっかりと徴税されるらしい。

 家に食料庫のようなものを見つけたので、暗くなる前にエリーのアドバイスに従って一年分の脱穀していない羽麦を買ってきて運び込んだ。


 ワインや芋、唐辛子なども大量に買い込んできて入れておくことにした。

 これもいいですよ、あれもいいですよ、と言われたものを言われるがままに買い集めた。

 アリシアにエルフの森で採れるという謎の干し果物も大量に買わされたし、ローレルおすすめの加工肉なども買った。


 戦争でも始まれば買えなくなるから、そうして買い溜めておくのが普通であるようだった。

 考えてみれば大きな都市は包囲戦などが始まる可能性があるのだ。しかし、小さな町では軍隊の進行に攻め潰されてしまう可能性もある。

 この世界の軍隊は、一人当たりの戦力が大きいので、あまり有象無象を連れて歩くメリットは少ない。兵糧の運搬さえも簡単なので、正規の軍隊は規模が大きくない。


 だから正規軍が小さな町などを襲うメリットはないが、戦闘によって正規の兵隊が減れば、傭兵などを雇ってなんとかするしかなくなる。そうなると兵糧も大量に必要になり、街などを襲う必要も出てくる。

 魔法も妖魔も殺傷能力が高いので、鍛えられた兵隊でも戦いにおける死傷率は高い。


 魔法書や妖魔は武器弾薬のようなもので、妖魔などは荒っぽい買い占めがされている。

 高度な魔法書については、エルフくらいしか書き手がいないので、ベルトワール家も大森林にはあまり強く出ることが出来ずに支配が及んでいない現状がある。

 ブノワの街で俺が中級魔法を簡単に買う事が出来たのも、立地に恵まれていたからだ。


 そんなことを考えながら街で買いだしをしていたらヘンリエッタを見つけたので、使い魔を作り出して後を追わせた。

 そしたら俺が登録してるギルドに入って行ったので、残りの買い出しをローレルたちに任せて、俺はギルドに向かった。

 あんなギルドに、ヘンリエッタが俺のこと以外で用事があるとも思えなかった。


 面倒なことが起こりそうな予感と共にギルドに入ると、ヘンリエッタは周囲の注目を集めながらナタリヤと揉めているようであった。

 二人が顔見知りであったことには驚いたが、とりあえず俺を討伐するような話題ではない様子に安心する。

 なんとなく遠巻きに観察していると、ヘンリエッタはイルノカというダンジョンの宗主討伐にナタリヤを連れて行きたいらしかった。


 イルノカは、俺がナタリヤと共に行った悪魔族の多いあのダンジョンである。

 ベルトワール家の騎士団が攻略するには、少し難易度が高すぎるようにも思える。

 ナタリヤはヘンリエッタの誘いをすげなく断っている。


「最近、男が出来たという噂を耳にしたが、それが原因か」

「関係ないよ。どうしてボクがヘンリエッタの仕事を手伝わなきゃいけないのさ」


 なぜかすごく嫌な予感がして、その場を去ろうとしたらナタリヤに声を掛けられる。


「その人がボクの新しい恋人だよ」


 ナタリヤが俺を指さして、ヘンリエッタがこちらを振り返った。

 顔をそらそうとしたが、その前に目が合ってしまった。


「なっ! こ、この男はやめておけ!」

「どうしてさ、関係ないだろ!」


 一斉に俺の周りから人垣が離れる。

 俺はボランティアのつもりで、男日照りのナタリヤに一度だけ夜這いをしただけである。ブノワの街に帰る前日、三人部屋に泊められていたせいで溜め込んでいたこともあって、一度だけ宿の部屋に忍び込んだのだ。

 青い顔をして佇んでいる俺にヘンリエッタが詰め寄ってくる。


 最近はただでさえ目立ちすぎていたのに、越してきたばかりで、またこんな修羅場に巻き込まれてしまうなんてついていない。

 ギルドで絡まれた変なのを突き飛ばして、怪力男という変な噂が立ったばかりである。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る