第24話 イルノカ




「貴様、ナタリヤにまで手を出していたのか!」

「い、いや……、そういうのじゃなくてさ……」

「私に監視をつけるだけじゃ飽き足らず、ナタリヤまで人質に取るつもりか」

「いや、お前らの関係なんて知らなかったし、人質のつもりなんてないんだ」

「しらじらしい嘘を!」


 この男勝り同士が、そういう仲であったという事情は何となく察している。

 だからここまでヘンリエッタも激情に駆られているのだろう。


「ボクが誰と付き合おうが、ヘンリエッタには関係ないだろ!」


 俺とヘンリエッタが話していたらか、ナタリヤがヒステリックに叫んだ。


「まあいい。今日のところはこれまでだ。私は帰る」


 ナタリヤの様子を見て、今日は話が出来ないと判断したのかヘンリエッタが言った。


「お、俺も返ろうかな」

「待ってよ、ハルト! ヘンリエッタに何言われたのか知らないけど、気にする必要なんかないんだよ。それよりも急にいなくなって心配してたんだ。どこに行ってたのさ」

「ちょっと引っ越しの準備をな。それよりも外に出ようぜ」


 ナタリヤの腕を引いて、俺もヘンリエッタの後を追うようにギルドの建物を出た。


「あいつが何か言ったのかい。気にすることないよ。あんな貧弱な騎士団がハルトに何かできるわけないんだ」

「そんな心配はしてないよ。俺は目立ちたくないんだ」

「そうだろうね」

「それで、大体はわかるけどお前とヘンリエッタとの間に何があったんだ」

「べつになにも」

「嘘をつくな。そうは見えなかったぞ」

「昔は恋人だったけど、私が何を言っても騎士団をやめないから別れたんだよ。ベルトワール家に関わっていれば、いつか必ず命を落とすことになるんだ。あんな無茶ばかりやらされていて、見ていられなかったよ」


 なるほど、ならばそれを利用させてもらうのも手か。俺がナタリヤの恋人になるのは嫌だから、ヘンリエッタと復縁させる方向で行こう。ナタリヤも、ヘンリエッタに対してまったく気が無くなったようには見えない。


「イルノカくらい手伝ってやればいいじゃないか。お前の庭みたいなもんだろ」

「ヘンリエッタが傷ついたりするのはもう見たくないんだ。そういえばヘンリエッタと顔見知りみたいだったけど……」

「あいつが山賊にやられていたところに通りがかってな。回復魔法をかけてやったんだ。敵が死に物狂いで攻撃してきて、それを腹に受けたんだ」

「そうなんだ……」

「確かに、あんな戦いを続けてたら長くはないな。いつかはやられるぜ」


 ナタリヤは感傷的な顔をして黙り込んだ。これなら復縁させるのも難しくはなさそうだ。

 しかしイルノカのダンジョンの宗主は、俺も倒しておきたいような気がする。なにせ、あれだけレベルの高いダンジョンのボスだから、得られる能力も外れではないだろう。

 あのダンジョンなら魔法やステータスに関する能力が期待できるというのもある。


 敵があまりに強すぎて、俺の能力だけでは倒せそうにないというのが問題だ。

 ふと周りに目をやると、道端で売られている奴隷たちが、寒さに身を寄せ合っている。路地の端っこでは身寄りのないらしき子供たちがたき火を囲んでいた。

 そんな寒々しい光景を見ながら、俺はナタリヤを宿に送ってから家に帰った。


 帰ったらアリシアとローレルが薪を運ぶのに苦戦していたので、俺はそれを手伝ってから中に入った。暖房に魔石だけを使うとコストがかかりすぎてしまうそうだ。

 家の中は、すでに火が焚かれていて温かい。

 生産性の高い羽麦のおかげで食糧事情は悪くなさそうなのに、どういうわけかこの街は荒れた印象を受ける。




 それから一週間ほど、ギルドから繋がるダンジョンを一通り回って過ごした。

 低階層ばかりなので能力は得られていないが、妖魔のタネを山ほど見つけている。敵を倒すのはローレルたちに任せて、俺はひたすら妖魔のタネを探していた。

 人が多いところは、さすがに落ちていないが、転移門の開いた場所から離れればそれなりに見つけることができた。


 家の地下貯蔵庫には、大小さまざまな妖魔の石が木箱に山と入っている。

 これはすでにベルトワール家が保管している量の半分に匹敵するほどだ。

 最近では寝る前に残った魔力をすべて消費して、使い魔を作り出すのを日課にしている。何度か侵入を試みたが、魔力に反応する特殊な結界が張られていて、本館の敷地内に侵入することは不可能だった。

 かなり強力な結界で、上空からの侵入すら考慮して作られている。


 だが魔眼で見れば遠くからでも戦力の確認くらいはできるのだ。

 武器などを大量に保管している塔の最上階に、金属で補強された箱が置かれ、その中に妖魔の石を大量に保管しているのがわかっている。

 もう一つの塔には、あまり品質の良くないポーションと魔法系のアイテムが乱雑に積まれている。魔力の濃さでポーションの品質は一目瞭然である。


 結界を見ても、あの家が雇っている学士はかなり優秀な奴であるようだ。俺がブノワの屋敷に侵入するのに使った、炭の正体に気が付いたのもそいつだろう。

 あの炭は結局のところ魔道媒体ではなかったので、流体化する時にほとんど落ちてしまったが、そこから何かしら俺の能力について考察が及んでいるかもしれない。


 色々と探っているが、別に盗みに入る予定があるわけではない。そもそも盗みに入れば、ヘンリエッタが俺の正体をばらすだろうから不可能である。

 そのヘンリエッタはどうしているだろうかと考えて、イルノカ8階層の宗主を倒す作戦があるようなことを言っていたから、生きているかも定かではないのを思い出した。

 悪魔族は使う能力ですら悪魔的で厄介なのが多いから、本当に生きている保証はない。


 対応するにはナタリヤのように、純粋な力と反応速度で立ち向かうしかない。

 そのナタリヤもギルドで暇そうにしていたので、ヘンリエッタは宗主討伐をあきらめた可能性もある。

 そして最近になってナタリヤが俺の家にやってくるようになってしまった。

 家の中を勝手に歩き回るので、大量にある妖魔の石が見つからないか心配である。


 そんなことを心配していたら、ヘンリエッタが俺の家にやってきた。商人以外は簡単に取り次いでしまうエリーの案内で、いつの間にか俺の前に座っていた。


「最近になって、城の結界にちょっかいを出している奴がいると、エリオットの奴が騒いでいる。なにか心当たりはあるか」


 一瞬だけギクリとして心臓が跳ねるが、何も知らない風を装った。

 しかし、話している内容は不穏な感じであるが、ヘンリエッタはいつものように敵意むき出しではない。


「知らない名前だな」

「城で雇われている学士だよ。例のアレを侵入させようとしたんじゃないのか。言っておくが、そんなことをしても無駄だぞ。城の内部は罠が張り巡らされている」

「それにそんなことを俺に教えてどうする。罠の意味がなくなるだろ」

「罠について教えておくのは釘をさしておくためだ。変な考えを起こさないようにな。それに結界内は精鋭ぞろいだ。精鋭が10人もいれば、どんな敵でも後れは取らない。たとえお前が束になってやってきたとしてもな」

「どんな敵でもねえ。つい最近、素人の山賊にやられて死にかけていたのを見た気がするけど、それはもう忘れることにしたのか」


 どこからそんな自信が出てくるのだろうか。

 戦闘力の数値から見ても、そんなにとびぬけて強い奴はいなかったはずだ。俺やナタリヤの方が、戦い方さえ工夫すれば、よっぽど多くと戦えるはずである。

 それにしても城の学士については警戒が足りなかった。当然ながら、あの結界には侵入者を感知するような仕組みがあってしかるべきだと考えなければならなかった。


「山賊相手に奥の手など使わないからな。ベルトワール家に対する、これ以上の干渉は、この地に住めなくなることを意味するが、それでもいいのか」


 俺は周りを確認し、リビングにヘンリエッタしかいないことを確認してから言った。


「わかった、もうやめるよ。だけど、お前が俺のことを脅すから、情報収集の必要に迫られているんだ。別に悪気があってやってるわけじゃない」

「それで、ナタリヤのことはどういうつもりだ」

「どうもこうもあるかよ。同じギルドのメンバーとして、一度だけパーティーを組んだことがあるだけだ。同業者だし、実力的にも近いんだから、おかしなことないだろうが」

「ナタリヤは恋人だと言っていたがな」

「……勘違いか何かじゃないか。ご存知の通り、俺は色々と秘密が多くてね。それを隠すために、自然とおかしな行動が多くなるのはわかるだろ。それを誤解したんだろうな」

「悪意はないと言いたいわけか。しかし語るに落ちたな。お前はナタリヤを実力的に近いと言ったが、その程度というわけだ。ナタリヤは確かに強いが、ちょっと数に任せて挑めば倒せる程度だ。お前はそのナタリヤを敵に回したくなくて懐柔したんじゃないのか。純粋なところがあるし、つけ入るのはさぞかし簡単だっただろう」

「すごいな。あんたからそんな面白い冗談を聞かせてもらえる日が来るなんて思わなかった。他人の体に槍を突き立てるような奴の純粋さってのはどんなもんだよ。実力が近いってのは、街で一番実力のある冒険者が、必然的に俺に最も近くなるってだけだ。それにイルノカに行くのに慣れてる奴が必要だったってのもあるな」


 急に気配がして、廊下からナタリヤがリビングに入ってきた。

 まさか気配を消して、ずっと話を聞いていたのだろうか。俺は振動波感知ではなく、魔力感知で気配を探っていたから見逃していたかもしれない。


「ずいぶんと勘違いをしているようだね。確かに強そうには見えないけど、ハルトの実力は本物だよ。ボクを懐柔したなんて勘違いもいいところだ。その必要もないね」

「……それは本当なのか」

「ボクも本気の実力は見たことがないけど、少なくともヘンリエッタの部下が束になっても勝てるか怪しいよ」

「そ、そんな馬鹿なことがあり得るのか……」


 ヘンリエッタは心底驚いたようで、壮絶な表情をこちらに向けてくる。

 俺が何を言っても信じなかったくせに、ナタリヤの言う事は頭から信じるというのはどういうことだろうか。


「いつからそこにいたんだ」

「勘違いとか言ってるところからかな。どうしてボクらの関係を隠すのさ」


 同時に二人から睨まれる。

 俺は話題を変えることにした。ボランティアのつもりだったと言い訳すればさらに怒らせることになるだろう。


「それで、今日は何の用事できたんだ。結界の話だけか」

「……そんな話をする気もなくなったが、宗主の討伐についてだ。お前も参加してくれないか。もちろん騎士団での討伐は取りやめさせた。私とお前とナタリヤだけで挑みたい。それだけの実力があるのなら問題はないはずだ」


 俺はヘンリエッタを手招きして顔を近づけさせ、その耳元にささやいた。


「ナタリヤには俺の魔法を見せたくない」


 宗主の能力は欲しいが、これ以上の人間に能力を知られるのは困る。

 あそこの宗主であれば魔法に関する能力なのは間違いないと思う。騎士団だけで挑戦するなら倒せる可能性があるとも思えないので放っておいたが、本当に倒せる可能性があるとなったら先回りしてでも倒しておきたい。


「ナタリヤは魔法について素人もいいところだ。神代の魔法を使おうが気付きもしないと保証する。それにブノワのことなんか名前すら知らない。たとえ知っていても恋人だと思っている相手を裏切るような奴ではない。それが勘違いだとしてもな」


 俺が隠したいのは神代魔法だけではない。

 そしてそれはヘンリエッタにも隠しておきたいのだ。むしろナタリヤだけなら信用してもいいかと思えてきたが、ヘンリエッタにはどうしても話す気にはなれない。

 こそこそ話していたら、ナタリヤにヘンリエッタから引き離された。


「どうしたら信用してもらえるのかな」

「信用なんかできるわけがないだろ。奴隷契約でもしたら信用できる可能性が出てくるかもしれないくらいだな」

「情けない男だな。それだけの力があって何を恐れている」


 そう言われて、さてどうしてだったかなという気がしてくる。

 俺が得た能力は、魔族が使う魔法に似ていることが問題である。

 では、血界魔法に関してはどうだろうか。

 これは地下で暮らしていた男が作り出した魔法だ。しかし、それに近い魔法を魔族が使っていたことから着想を得ていると日記には書かれていた。詠唱が必要がないどころか、意識すらすることなく発動する特殊な魔法である。


 人間の寿命では新しい魔法を作り出すことは不可能だと思われる。エルフか魔族でもない限り、新しい魔法を作り出すなんてことが可能であるとも思えない。

 血界魔法を作り出した、あの憐れな男でさえ数百年の歳月を費やして魔法を完成させたことが日記には書かれていた。

 そんな魔法を複数持っているというのが、想定できないくらい異質なことである。


「ちょっとさ、たとえ話に付き合ってくれないか。あるきっかけがあって、魔族が持ってた魔法書をいくつか手に入れることができたと言ったら信じるか」

「魔族が魔法書を書くことはないと聞いているが」

「魔法書を作るのが趣味の魔族がいたっておかしくないだろ」

「エリオットは体の構造が違うから魔族に魔法書は作れないと言っていたがな」

「それは魔族向けの魔法書が作れないって話だろ。人間向けの魔法書を作るのが趣味の魔族の話だよ」


 ナタリヤとヘンリエッタが顔を見合わせた。

 もしそんな魔族がいれば、能力の一つや二つは説明できることになる。



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