第22話 魔眼
確かに魔力が目に見えるというのは大きい。
俺にはわからなかったナタリヤの言う魔法を使いそうな気配、というのがわかるようになるからだ。
しかし、戦闘中に視界が増えるというのは邪魔になりやすい。自分の体の位置が把握しにくくなるのだ。
それまでの視界と変わらないように使うなら額に魔眼を作り出すしかないが、それでも視界が広くなる違和感に頭が痛くなりそうだ。
人前では使えない能力である。
それとヘンリエッタを脅すために創り出した、あの使い魔のような監視用のコウモリは、これでパーツがそろい、本当に使えるようになってしまった。
魔力も増え、飛行力が高く魔力をあまり消費しない悪魔の翼と魔眼があれば、監視し放題だし覗き放題である。
しかも魔力焔硝を使って魔力を火薬に変えてしまえば自爆させることも可能である。
「ボクの事を好きになっちゃったのかい」
隣にいたナタリヤが頬を染めながら、ポツリとそんなことを言った。
乳はでかいが、タッパがあり、やさぐれた顔つきをしているこの乙女は別に趣味じゃない。
ちゃんと女の自覚があったことに驚いたくらいだ。
「いや、全然。ひどい傷だらけの姿を見せたくなかったんだよ。魔力が回復するまで待って、回復魔法を使いたかったんだ。体の表面が溶けた姿なんて見られたくないだろ」
「そんな見栄のために出血多量で死ぬところだったじゃないか。失った血液は回復魔法じゃ補えないんだよ。ああいうときは素早い処置が必要なんだ。冒険者の間だと、パーティーを組んだ相手には、お尻の穴まで見せるくらいの覚悟がなかったら命を失うと言われてるよ」
「それは知ってるよ」
同じ話を、昔ギルドの奴に聞かされたことがある。
噛み合わない会話をしながら、ナタリヤに肩を貸してもらい、魔術師との打ち合わせの場所で転移門が開くのを待つ。
肩を貸してもらう必要はないが、回復魔法で傷を治したという体裁をとりたいので、ナタリヤがするに任せている。
「えらくご機嫌だね。なにか、いいことでもあったのかな」
「ああ、お前のおかげで悪魔系の敵も一通り倒せたしな。もう二度とイビルアイみたいな危険な奴とは戦いたくないぜ」
「普通は一度でも戦いたがらないけどね」
にやけてしまうのは、今日一日だけで戦闘力が1000近く伸びたことによるものである。
魔眼ではビタ一つ上がらなかったが、これで金の心配もなくなるのだ。これで妖魔のタネは見つけ放題だ。
妖魔のタネさえあれば、ローレルやアリシアの戦力も大幅に上げられるようになる。
これもすべてナタリヤのおかげだ。
「何か欲しいものはあるか。何でもいいぞ。お礼がしたい」
ナタリヤはなぜか顔を赤くしてから「別にいい」と言った。
なんだろう。こんな性格をしているから男日照りなのだろうか。そのうち気が向いたら夜這いでもしてやろうか。
そんなことを考えていたら、目の前に転移門が開いた。
今日だけで俺はレベルが一つ上がって23だ。
ローレルとアリシアも上がって21になっている。このダンジョンはレベルも上がりやすいので通いたいくらいだが、魔法が本当に効かないから、ナタリヤの助けなしでは無理である。
ギルドに戻ると、血だらけでナタリヤに肩を貸してもらっている俺を見てローレルとアリシアが駆け寄ってきた。
俺は二人に大丈夫であることと、無事に倒せたことを伝えた。買い物には行かずに、ここで待っていたようである。
ボロボロになった俺の姿を見て、朝方絡んできた奴が仲間を連れてやってくる。
「よう、色男。足手まといになっているようだな」
俺は「まあな」と言って、そいつらを突き飛ばしギルドの外に出た。ギルドの壁が少し壊れてしまったが、アイツらが悪いのだ。
ギルドから出たら、建物の裏手にある井戸でナタリヤと共に俺の血を洗い流した。
その後はナタリヤと別れて、不動産で家を借り、風呂付きがなかったので特注する。
そして宿に帰り、ローレルたちに新しく得た能力を説明した。
覗きの力を得てしまったから、ちゃんと説明しておきたいと思ったのだ。
そして午後は、コウモリを作り出す練習をして過ごした。
ローレルとアリシアは買い物に行ってしまった。奴隷だけで出歩いて大丈夫なのか心配だったが、あの二人もそれなりに強くなってるから冒険者程度では相手にもならないはずだ。
ナタリヤのように戦闘力が千に迫るような化け物じみた奴は冒険者の中にはほとんどいない。大体強くても200台後半から300程度で、絡まれたところでなんとかなるはずだ。
宿の窓からコウモリを飛ばすと、ちゃんと飛んでいるコウモリの視界が心の中に見える。大通りを飛んでいくと、下を歩いていたローレルたちがこちらに手を振ってきた。
コウモリには50ほどの魔力を持たせているが、いつまでも飛んでいられそうだった。
いろいろな家の中に侵入して、そこにいる人の生活状況などを覗き見て回る。最初は罪悪感を感じたが、なんだか癖になるものがあってやめられなくなった。
清楚で人気のある花屋の看板娘が、夕方になると悪ガキの一人と街はずれの馬小屋にしけこむだとか、お高くとまった貴族の婦人たちが、揃いも揃って庭の端っこで庭師の男とお楽しみだとか、裏の顔が見れて楽しい。
狭い場所に入り込むならネズミのような形状の方がいいが、こっちは移動による魔力の消費が大きすぎて無理だった。
小さな足を生やす能力が欲しいところだ。
しかし、そんな能力はムカデを倒しても得られなかった。
ローレルたちが帰って来てものぞきがやめられず、そのまま徹夜しそうなほど夢中になっていた。しかし、朝方になって急に面白いことなどそんなにないなと気が付いて興味を失った。
いつのまにか寝てしまったらしく、目を覚ましたのは昼過ぎだった。
食堂で昼ご飯を食べていると、クリントが険しい表情でやって来て隣に座った。
「商売はまだかかりそうなのか」
「良さそうな奴隷が見つからないのよね。ここの領主ったら、盗賊は皆殺しにしちゃうし、犯罪奴隷は炭鉱送りで容赦がないから、戦える奴隷がまったくいないわ。西の方で領土侵犯をして捕まった兵士が捕虜奴隷に落ちたらしいけど、それは闘技場が買い占めをしてるのよ。それに商人までダンジョンに送る奴隷を抱えてるんだもの酷いものだわ。顔がいい奴隷もカジノに買われちゃってまったくいないのよ」
「じゃあ、素質がありそうなやつを集めて、ダンジョンで育てりゃいいじゃないか」
「貴方が指揮をしてくれるのかしら。有象無象を指揮できる奴隷なんて、さらに貴重なの。簡単に言わないで頂戴」
商売が上手く行ってないらしく機嫌が悪い。
「そういう指揮できる奴隷は売らずにとっておくものだろ。前に護衛として使ってたやつはどうしたんだ」
「ブノワが手放した奴隷を買うために、仕方なく売ったわよ」
急にアリシアが話に入ってきて言った。
「なにか商売をしてた経験があるんですか」
「いや、まったくないよ」
「そうニャんですか。その割りに詳しいですね」
「まあ、そういうもんだろうと思うだけだよ」
俺たちの話を聞いていたクリントが感心したように頷いている。
「それが教養なのよ。貴方、そういうことを私の奴隷に教えてくれないかしら。そしたら高く売れるかもしれないわ」
「俺はこっちの街に引っ越すことにしたんだ。そんな仕事は手伝えないぞ」
「あら、さびしくなるわ。でもアタシのところ以外から奴隷を買ったら嫌よ」
そんな話をしたせいというわけでもないが、午後は道端や商館で売られている奴隷を見て回った。俺なら掘り出し物を探し出せるかもしれないからだ。
道端で売られているのは覇気もなく、やせ衰えたような奴隷が多くて気の毒になる。
あきらかに性病とわかる女奴隷や、年を取った奴隷、病気になったり手足や目を失った奴隷などである。
そんな奴隷を見て回っていると、ローレルとアリシアが自分の体を抱きかかえるようにして震えだした。自分の末路は本来そんなものだったとわかって怖くなったのだろう。
俺は売られている奴隷を見ていられなくなって、道端で売っていた硬いパンにブノワが持っていた病気に効くというポーションを染み込ませて、ものが食べられるか歯を見るためだと言って、弱っていそうな奴隷に食べさせて回った。
いくら魔法でもウイルス性の病気まで治せる保証はないが、ウイルスを操る傀儡の妖魔なんてものがいるくらいだから、もしかしたら最高級のポーションには、そういった効果があるかもしれない。
状態の能力で見ても、だいたい売っている奴の言った程度のスペックが正しい。
能力を隠しても、粗悪な環境に安く売られる可能性が高くなるだけなのだからそれはそうだ。
奴隷の働く環境として最悪といわれている娼婦と鉱山がダメなのは、性病にやられたり肺をやられて、その後の待遇が酷いものになるからだろう。
普通の奴隷はそういうところでは働かせることが出来ない決まりがあり、そういった場所には、主に犯罪奴隷や戦争捕虜などが送られる。
「俺に買われて運がよかったな」
恩を着せるつもりではなく、本当にしみじみと心から出てきた言葉だ。二人は小さく「はい」と呟いた。
基本的な人権すら守られない世界で奴隷など、本当に見ていられない。
しかし、そんなものを買った俺も同罪であろう。
いつかは二人が望むなら開放してもいいという気になってくる。常識がなさ過ぎてこの世界で生きて行けるか不安はあるが、森にでも入れば、案外俺よりは生活力があるかもしれない。
奴隷には魔法による印が手首に付けられるのだが、それを消すことが出来ないと差別などで苦しむことになるだろう。奴隷の間はこの印を隠すことさえ禁じられている。
借金の形に奴隷となって、返済が終わったら解放されたという話も聞くので、印を消すことも可能ではあるだろうと思う。
一通り見て回って、最後に一番大きな奴隷商館にやってきた。
ここには選りすぐりの美女と、戦闘に向いた奴隷を扱っているという話である。個室に通されると、隣の部屋からクリントの叫び声が聞こえてきた。
クリントの叫び声を聞きながら一通り見せてもらったが、やはりここにも掘り出し物と思えるステータスを持つ者はいなかった。
「鬼人族は見た目以上に力がありますよ。錆びた槍でも鉄の鎧を貫き通す力を持ちます。体力においても一日中走ってもケロッとしていますから、めきめきと力をつけます」
ステータスと睨めっこする俺に、奴隷商は一生懸命売り込んでくる。
ナタリヤも鬼人族だが、あのレベルの高さはそんなところに理由があるのだろう。最近になって魔法だけでは心もとないとも考えるようになったが、ナタリヤを見る限り、槍で戦うにはレベルよりも技術だという気もする。
奴隷商が見せてくれた綺麗どころも、ローレルほどのは一人もいなくて不思議に思い、理由を聞いてみると、クリントも言っていたがカジノの踊り子として買われてしまうからだということである。
それを聞いて、カジノにも少し行ってみたくなる。
今の俺ならサイコロに血液でもつけられたらイカサマも使えそうだ。しかし、そんなことをして追われるリスクを取らなくとも、妖魔のタネを探したほうがいいだろうか。
雰囲気だけでも楽しもうと、カジノに行ってみると豪華な内装と踊り子によるショーが行われていた。
そこで行われている賭博はルールもわからないが、豪華な雰囲気を見ているだけでも楽しい。賭け事に熱くなっている冒険者たちの格好が、その場の空気に合っていないような気がする。
踊り子は、お金を払えば個室でストリップショーを見せてもらうこともできる。
しかし、それ以上のサービスは、病気のこともあってやっていないらしい。
俺はカウンターで飲み物を頼んで、適当なテーブルに座り、見よう見まねで金を賭けてみることにした。もとの世界にもあるルーレットのようなものだ。
50もあるマス目に、白と黒が交互に並べられて数字がふってあり、数字か色に賭けられるようになっている。
中にゼロの赤マスがあり、一見すると白か黒かに賭ければ五十分の一で出るゼロの赤マスだけが店側の儲けに見える。
しかし、ルーレットはディーラーがある程度の角度で出目を狙えるのだ。
数字に賭けるにしても、ディーラーが90度の角度で狙えるとしたら、最低でも360度あるルーレット版の円に対して、満遍なく押さえるように賭けなければ絶対に当たらない。
だからルーレットでも、初心者は一番狙いにくい赤か黒かに賭けろと言われるのだ。
現に今も、隣の冒険者風の奴が白のマスに大金を乗せている。
もとの世界のルーレットなら、ホールマネージャーがインカムを通してディーラーの耳元で怒鳴っているだろう。
こうなったらディーラーが狙うのは、当然ながらゼロのマスのある角度である。交互に並ぶ色を狙うことは不可能だ。
俺はこっちのルーレットにおけるゼロの赤塗りのマスと、その周りの数字を確認する。
ディーラーがボールを投げたタイミングで、赤のマスの両隣三つずつの数字と赤のマスに金貨を一枚ずつ置いた。
ディーラーがこの角度を狙ったのはあきらかである。表情を確認すると、しまったという顔をしているから間違いないだろう。
後はディーラーの腕次第だ。
「キャーーー! 凄いです! 当たりましたよ!」
ローレルが興奮して俺の肩を叩いた。
ディーラーが店主ぽい男に目配せをしたので、これ以上目立てば出禁になる可能性もある。
これで金貨43枚の儲けだった。
その後はディーラーに警戒されていたこともあり、少額を賭けて適当に時間を潰した。
セクシーな恰好をしたディーラーを見ているだけでも娯楽にはなる。
一通り遊んで店を出る時に、店主らしき男に声を掛けられた。
まさかこんなことで出禁かと、その強欲さに慄きかける。賭博場において、その店の主から出禁を言い渡されては、どんな正論でも意味をなさなくなる。
そしたらローレルとアリシアを売ってくれないかという話だったので、丁重にお断りさせていただいた。
まあ、たとえ出禁になったとしても、顔などはしょせん頭蓋骨の上にある肉の形に過ぎない。血界魔法がある俺は、顔の形を変えるくらいでわけなく出入りできる。
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