第17話 能力
なぜか新しいモンスターを倒しても能力が得にくくなっている。
これはモンスターの能力がかぶっているせいではないかと思う。さらには同じようなモンスターも多いので、同じダンジョンでは種類が稼げない。
しかし、この街から繋げることのできるダンジョンはマイカとノルカの他にない。
戦闘力も上がりにくくなっている俺とは対照的に、ローレルたちは弦角と幻魔蝶のレベルをほぼ同時に上げた。それによって戦闘力を150近くも上げている。
レベル1の状態では仮眠状態なのかというほど役に立たない妖魔も、レベル2になった途端に使えるものに変貌している。
レベルが同時に上がったという事は、経験値を共有しているという事になるだろう。
モンスターの魂魄が俺たちの魂のようなものに光の世界で吸収されているとしたら、近くに居さえすればレベルが上がるという事なのだろう。
ならば、もう二人に倒させるような配慮はいらないことになる。
現在俺たちがいる8階層は、すれ違う冒険者も本格的な装備を身に着けている。
さっきすれ違った奴らも、炎に強い毛皮のマントを水に濡らして体を覆い、サラマンダーの対策としているようだった。
俺としては、この階層でそんなに長くやるつもりはないから、新たな装備を揃えようとまでは思わない。
目の前では、一昨日苦しめられたアルマジロが、アリシアの蝶の羽によって、こちらに近づくこともできずに押し返され、ローレルの魔法の刃によって堅い外皮の隙間を縫って急所を切り裂かれ転がされている。
「ずいぶん強くなったんだな……」
「はい、これでもうご主人様だけに頼ることもありません」
「思いあがってるニャア。まだそこまで強くなってないよ」
二人の妖魔には大金がかかっているから、このくらいはやってくれないと困るのだが、さすがにここまでいきなり強くなられると、俺の方が見劣りしてきてしまいそうだ。
戦闘力はローレルが230で、アリシアが216になっている。俺は太刀を持った状態で1856になってからまったく上がっていない。
今ならサラマンダーの40や60は、俺がいなくても捌ききれるかも知れない。
しかし、二人に妖魔を面白がって使われると休憩が多くなりすぎて困ったことになる。
だいたい一時間も休憩すれば二人は魔力を戻せるので、それを目安に休ませているのだが、俺は魔力をほとんど使っていないから無駄な時間になってしまいもったいない。
そんなことを考えていたら、アリシアがこちらに向かって手を出している。俺が大蝦蟇を出すと、慣れた手つきでその中から薪を取り出し、地面に並べて火を着ける。
「鏡って知ってるか」
「さすがに知ってますニャ」
「私もクリントの商館で一度だけ見たことがあります」
「ある男がいてさ。ある時、鏡の中を覗くと黒い人影のようなものが後ろに見えたんだ。それで、その男は後ろを振り返ったんだけど、そこには何もないんだ。おかしなと思ったけど、気にせずに過ごしていたんだ。だけど、鏡を見るたびに、その黒い影はなくならずに、どんどん人の形に近くなっていったんだってさ。人を呼んできて鏡の中を見せても、みんな何見えないじゃないかって言うんだけど、その男には見えているんだ。人の形になっていく影には真っ赤な目まで現れて、世にも恐ろしい形相になっていくわけだな。手には武器のようなものまで持っているし、それを自分に向かって振り下ろそうとしているように見えるわけ。影は怒りのこもった形相で自分のことを見ているけど、その男には心当たりがないんだ。だから男は鏡を見ることをやめたんだ……」
俺が顔を上げると、ローレルとアリシアはびくっと震えて後ろを振り返った。その様子を見て俺はしめしめとほくそ笑む。
「そ、それで、その人はどうなったのですか」
「ある時、忘れたころに知り合いの家で、つい鏡の前に立ってしまったんだってさ。ぎくりとして男が鏡を覗き込むと……そこには……わあ!」
キャーーと、まるでお手本のような悲鳴を二人が発した。
それに満足して、俺は石の上に置かれた座布団の上に座りなおした。
「それでどうニャったんですか!」
「つ、続きを聞かせてください」
「続きなんてないよ。鏡はそこにあるものしか映さないんだ。黒い影なんて最初から見えるわけないだろ。ただの作り話さ」
「嘘なんですか!」
アリシアが俺の胸ぐらを掴みかからんばかりに顔を寄せてくる。
「そうだよ。安心しただろ」
「ニャんでそんな話をしたんですか」
「怖がらせるためだよ」
「もしかして、ご主人さまは性格悪いですか。いい人だと思っていたのは私の勘違いでしたか」
どうやら二人は怖がるのも娯楽の一つだと認識していないらしい。
だいたい、いつもこんな感じで時間をつぶすのだが、なんとなく話してやったシンデレラの話が大層お気に入りで、それを話せと何度もせがまれるのが面倒で今日は怖がらせてみたのである。
それにしても暗い中で、かわいい子といるとムラムラしてくるのはなぜだろうか。
押し倒したくなるが、転移門の近くで狩りをするようになってから結構な頻度で人ともすれ違うし、声も遠くまで響くからそんなことは出来ない。だいたい、どっちかとそんなことを始めたらもう片方がぎゃんぎゃん騒ぎ始めて面倒だ。
そのまま8階層での探索を続け、いったん家に戻って昼飯を食べてからギルドに9階層の安全なところに飛ばしてもらって狩りをした。
そして9階層にいたカマキリからつばめ返しの能力を得た。
最初は使い方がわからなかったが、振りぬいた剣を同じ軌道で返そうとすると一回目と同じ速度で剣を振り戻すことができる。
物理法則を無視するようなものを能力と呼ぶのもどうかと思うが、何故かそんなことができるようになった。
上がった戦闘力は42で、剣による攻撃はかなり評価が低いと思われる上がり方しかしなかった。不意を突くことができる魔法の方が、このステータスによる評価値は高いようである。
カマキリと二足歩行のゴキブリを倒して夕方までを過ごした。
炎の魔法で焼いてしまえば簡単に倒せるが、休憩を挟みたくないので二人には魔力を常に残しながら戦うことを覚えさせた。
その日の稼ぎは金貨6枚だった。
龍の城で情報集めをしたが、ベルナークからやってきた奴らも犯人に対する情報を集められなかったらしい。
俺が使った人間の死体を焼いた炭には気が付いたという話を聞いてヒヤリとしたが、どこにでも売られているものであり、錬金術師が疑われたと聞いて胸をなでおろした。
なかなか優秀な奴がいたらしい。
そいつらもすでにベルナークに戻っている。
ブノワも王都に呼び出されて釈明に忙しいらしいし、これで国宝級の妖魔や魔法書を失った責任を取らされることになれば、この龍の城は解散レベルの打撃を受けることになる。
ここに所属しているのはオールウィン家に雇われた騎士ばかりだからだ。
目を離した隙にアリシアが部屋の隅でエルフの男と何やら話しているのが見えた。
嫌な予感がしたので、振動波感知を発動させる。
「エルフが獣人の仲間などやっているのか。面汚しもいいところだな」
「あの獣人を仲間などと言われては心外です。そのようなつもりはありません」
「ほう、それはすまなかった。獣人に関する見解は同じらしい。しかし人間の下で奴隷などしているのなら似たようなものだな」
「あの人は魔王です。人間の域になど収まっていません! あの人を侮辱するようなことは許しませんよ! それにあなたの仕える主だって人間ではありませんか。それもかなり下等な類の人間です」
「それは一時のことに過ぎないのでね。仕える主は替えが効くが、奴隷となっては自分の意志で主を替えることもできない。それにしても魔王とはどういう意味かね」
なにをやっているのだと聞き耳を立てていたら、とんでもないことを話していやがった。
俺は走り寄ってアリシアの口をふさいだ。
「すみませんね。俺の奴隷が何か失礼なことを言ったようで。ちゃんと言っておきますから」
「いや、かまいませんよ。少し同郷の顔を見て懐かしく思っただけです」
そう言ったら、エルフの騎士に気にした様子はなかった。
エルフの騎士というのも珍しい。冒険者をしているようなものもいるから、騎士になるようなのもいるのだろう。しかし話を聞いた限りでは癖の強そうな連中であるようだ。
あれ以上ヘタに喋られていたらまずかった。
「お前、貴族にあんな口を聞いていいと思ってるのか。殺されてたかもしれないんだぞ」
「エルフは人間の作った階級など気にしません……」
ローレルにしてもそうだが、危なっかしくて目を離せない。
今のは本当にびっくりさせられた。この世界では貴族など奴隷に対して何をしてもお咎めなしに等しいのだ。
エルフにはエルフのルールがあるようだが、喋っていた内容も危なかった。
「ローレルと一緒に家に帰っていてくれないか」
「はい、すみません……」
二人を帰してからも、少しだけ話をしてから俺も家に帰った。
家に帰ると晩御飯が出来ていたので、それをみんなで食べる。やっと、もとの世界と同じくらいの水準のものを食べられるようになってきた。
アリシアがかなり落ち込んでいたので、慰めておく。
その後で、ローレルとアリシアには盗みに入った事情を話しておいた。
泥棒したなどと知られればどんな反応をするかと思ったが、二人は俺のやったことを大層喜んでいた。
クリントからブノワの悪評を聞かされていたからだろう。
奴隷のためにありがとうございますとまで言われた。
その後で神代の回復魔法を試してみることにした。
対象をローレルに指定すると、緑色をした光の柱が現れて俺の魔力が220も減る。
カーテンは閉めておいたから、外に光が漏れることはなかっただろう。
「何か変化はあるか」
「筋肉痛が治りました!」
かなり派手な魔法である。
緑の光の柱が現れることは魔法の解説書で読んで知っていたが、これでは街中や夜などは使えそうにない。
魔法関係の本には、どれにも最高位の回復魔法は光の柱が現れると書かれているのだ。
知名度から言っても、これを見られては言い訳のしようもない。
「こんな伝説級の魔法を目にする日が来るとは思ってもいませんでした。エルフの森でも、この魔法を使える者の話は聞いたことがありません」
「でもご主人様は回復魔法ニャんて必要ありませんよね」
「いや、二人が怪我したらまずいかなと思ってさ」
「私たちのために神代級の魔法書を燃やしたと言うのですか……」
俺の言葉に、ローレルとアリシアの二人は飽きれるよりも言葉か無いようだった。
たしかに、世界にいくつ現存しているかもわからないようなものを使ってしまうというのも、考えてみれば滅茶苦茶な話である。
しかし、売りようがないものだし、捨てるのももったいないとなれば覚えてしまうしかない。
二人が俺に聞こえないように「やはり魔王」などと話しはじめた。
「それと、今後一切、俺の能力については喋るなよ。絶対にだぞ」
「はい、命に代えてもその秘密はお守りいたします」
「私もおニャじく守ります」
その軽々しい言葉が全く信用できないが、これ以上はどうにもならない。
神代魔法のおかげで、どうやら二人の忠誠心が少し上がったようなので、それで良しとしよう。
他の魔法書については、もう少し価値を調べてから取り扱いを決めた方がいいようである。
魔法書の等級は初級、中級、上級、原典級、神代級とあって、転移門などは原典級に分類される。
原典級ですら普通は目にすることもないのだ。
あと4つもある魔法書はどうするべきだろうか。魔法の解説書でもほとんど言及されているのを見たことがないので、どんな魔法なのかすらわからいものばかりなのだ。
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