第16話 レベル




 マイカのダンジョンは5階層までのモンスターを一通り倒した。

 このダンジョンが一番有名で、規模が大きいから人も多い。だから転移門の使用料も安くなるのだが、5階層からは魔素が濃くなり、人も多いため妖魔は見つからない。

 ノルカのダンジョンは6階層まで行った。

 こちらはモンスターの数が少なく、癖の強いモンスターが多い。ゆえに、あまり人気のないダンジョンだ。そして1階層から魔素が濃くて妖魔は見つからない。


「マイカでいいと思います。6階層から格段に難しくなるそうですが、ご主人さまがいれば怖いとは感じません」


 相談してみると、当然ながらアリシアは寒いノルカを嫌がってそんなことを言う。

 マイカ6階層の問題は、飛び道具が出てくる階層だというところである。


「それじゃマイカにするけど、気を付けろよ。アリシアは盾でローレルを守ってやってくれ。ローレルはアリシアの後ろから出ないようにな。魔法攻撃は恐ろしいんだ。攻撃するよりも避けることを意識してくれ」

「そんニャに心配しなくても、私たちにも回復魔法と魔法壁があるんですよ」


 しかし、魔法は妖魔と違ってキャストタイムが長く、すぐに使えるというわけではない。


「敵を倒すことは考えずに、ただ妖魔を撃ってればいいからな。妖魔を育てるために必要なんだ。威力が足りないときは魔法を使ってくれてもいい」


 二人が俺の言葉に頷いたのを確認して、俺はマイカの6階層に転移門を開いた。

 転移門の先は、いつもと変わらない大きな洞窟だった。

 朝早いこともあって同業者はいない。

 慎重に先に進んでいくと、敵の反応を感知した。


 現れたのはタコの宇宙人のようなモンスターだ。

 いきなり焔火に似たファイヤーボールという感じの魔法を放ってくる。太刀で受けるとあたりを炎で包まれた。

 俺は炎を抜け出して斬りかかる。

 敵は長い触手のような足を使い、するりとした動きで俺の攻撃をかわそうとする。しかし触手が二本ほど切り離されて宙を飛んだ。


 ローレルとアリシアの攻撃が飛んできて敵の柔らかい皮膚に突き刺さった。

 そのまま二人に処理を任せても良かったが、最初の一匹は自分で倒しておきたい。

 俺は避けられないように水平に大刀を振るう。

 敵の上半身が斬り飛ばされるのと同時に、至近距離でもう一度炎の攻撃を受けてしまった。


 今度は直撃だったが、ダメージは大したことない。丈夫な革の手袋が少し焦げただけだった。

 これならローレルやアリシアが攻撃を受けても大丈夫だろう。

 俺は"火の小精霊使役"の能力を得た。

 その後で氷の槍を飛ばしてくるモンスターにも出くわしたが、レベルのおかげか攻撃を受けても大した怪我にはならなかった。


 俺は魔力が余っていたので、烈火、紫電、氷結の中級魔法を試してみる。

 紫電はダメージこそ少ないが、体の中心を焼き抜けるので関節や脳に機能不全を起こさせる。脳を焼かれると、やたら狂暴になったり大人しくなったりする変化が起きた。

 烈火はかなりの高温で燃えるため、モンスターの表面を広く炭化させダメージが大きい。


 氷結は凍りつかせることで、どんな堅い外皮も砕くことができる。ただ冷却することで金属も脆くなるから剣には注意が必要である。

 発動させるまでにかなりの時間を要するし、魔力の減りは大きく連続しては使えない。しかし魔力の消費が大きいと言っても血界魔法ほどではないし、藻草が育っている今では血界魔法が使えなくなる心配をするほどではない。

 威力が大きすぎるので、ローレルたちに経験値が入りにくくなっていそうなのが心配だった。

 この階層で他に得られた能力はなかった。




 6階層に入ってから一週間ほどかけて慣らし、7階層までやって来た。

 ローレルたちの藻草も育って、今ではレベル2になっている。

 能力は増えていないが、魔法の使い方にはだいぶ慣れてきた。

 目の前の鱗の生えた大きな鼠にアリシアが烈火の魔法を放って敵を激しく燃え上がらせたので、隙が出来たところで俺が太刀を振るって両断する。


「剣がどうとか言ってたのに、簡単に魔法に浮気するんだな。俺が使ってるのを見て使いたくなったんだろ」

「ニャハハッ、ホントにそうです。言葉にも重みがないニャア」


 ローレルのからかいをアリシアは慣れた態度で聞き流した。


「剣も魔法も一長一短があるのだと学びました。どちらも万能ではありませんね」


 順調なようだが、レベルが低い俺たちはガス欠も早い。それに妖魔のレベルも上がっていない。常にオンになっている藻草と違って攻撃用の妖魔は育ちにくいのか、いまだレベル1のままである。

 少し短くなった髪を揺らしてアリシアが、進みましょうと言った。

 ローレルの魔法で燃やされたのだが、その時の彼女の怒り様は恐ろしいなんてもんじゃなかった。


 何故か彼女は俺に対して忠誠心のようなものを持っているらしく、俺が諫めたら怒りを鎮めてくれたが、いつかその忠誠心を失った時に、俺もローレルと一緒に殺されるんではないかと思えるほどの怒りようだった。

 だから俺はアリシアをからかうローレルには加担しない。

 むしろ機嫌を取るために軽くアドバイスしておく。


「熱は上に向かうから、なるべく低い位置で燃やすんだ。その方が火が移りやすい」

「なるほど! たしかにそうですね」


 笑ってさえいてくれたなら、基本的に彼女は天使である。

 俺はアリシアの機嫌の良さそうな笑顔に安心して先に進んだ。

 アリシアは基本的にはローレルの言葉など雑音くらいにしか思ってないから、それで機嫌を悪くしたりはしない。

 それで朝食の時間になった。


「ご主人様は威圧的な喋りかたもしませんよね。それに、とても教養がおありになるのが話しているとよくわかりますわ。まるで貴族のような振舞ですもの。食べ方もとっても上品で静かですよね。それに比べてあっちのケダモノを見てください。手を使って食べているのが奇跡といったありさまで、興味深いですわよね」

「お前は無駄口叩かないで、穴でも掘って芋虫でも探してきたらどうニャの」

「カメキリ蟲の幼虫の事かしら。どんな肉よりも栄養のある、とても優れた食べ物なのよ。野鼠なんかよりよっぽど上等なものだわ」

「羽虫に捕まる鼠ニャんかいないもんね」

「なんですって!」

「やめろって、いいかげん仲良くしろよ。ローレルは思ってることを喋りすぎだし、アリシアはエルフ以外を下に見すぎなんだ」


 たまにローレルの言葉がアリシアの逆鱗に触れて喧嘩になることもある。

 どうもエルフの生活に関連したことを馬鹿すると、アリシアの怒りを買うようだ。

 俺が諫めてもまだ、あの獣が、あの羽虫がと、二人は憤りを見せている。


「ご主人様も、羽虫に虫繋がりで妖魔を選んでくれたのよ。感謝するといいニャ」

「そ、そんなわけあるか」


 そう言ったら、アリシアが思いっきり疑わしそうな眼をこちらに向ける。


「いや、たしかに虫繋がりとは思ったけど、最初に蝶を覚えることになったからだろ」

「本当ですか」

「本当だって、ローレルの言葉になんか振り回されるなよ」


 アリシアの顔に忠誠心が戻ったのを確認して、俺は朝食に戻る。

 食べるのは早めに切り上げて敵を倒す方に集中することにした。

 奥に進んでいくと、とてつもなく広い空間に出て、そこからまた洞窟が続いている場所に出た。

 ここからは8階層になるのだろう。

 階層ごとの広さは同じでないようだった。7階層は本道だけを歩いてきたのもあるが、二日くらい軽く歩いただけで終わってしまった。


 そこからまた新しい敵が現れる。

 最初に出てきたのは、炎を纏ったトカゲでいわゆるサラマンダーのような魔物だった。

 大刀では大きすぎて取り回しが悪いから、サーベルを抜いて両断する。

 それによって得られた能力はない。

 この階層はあまり人が来ないのか、それで安心していたらもの凄い数のサラマンダーが岩の隙間から這い出してきた。


 炎の魔法を放ってくるので、ローレルたちのことを考え、逃げることも選択肢に入れる。

 ローレルは妖魔の爪で壁を上るような身軽な動きで魔法をかわしている。

 アリシアは盾でなんとか受けているような状態だから、複数から狙われたらやばいだろう。

 三人で氷結の魔法を使ってなんとか全部倒しきった。


 そして次に現れたのは大きなアルマジロだ。

 丸まって体当たりをしてくるが、トラクターのでかいタイヤが転がってくるような迫力がある。

 そこに50体近いサラマンダーが追加で湧いてきたので、対応するためにサーベルまで抜いたから、二刀流のような形になって身動きが取れなくなってしまった。


 仕方なく片手で思い切り振りぬいて、アルマジロの突進にたたきつけるが、吹き飛ばされて地面の上を転がる羽目になった。

 黒い液体が流れ出しているのでダメージは与えたようだが致命傷ではない。

 片手で振るとどうしてもバランスを崩してしまう。


 俺の戦い方は剣術でも何でもなく、ただ力任せに質量を振り回しているだけだ。

 剛力の能力による怪力と、龍鱗による防御力、血界魔法による復帰力がある以上、このような戦い方が理にかなっているはずである。

 俺は紫電の魔法をアルマジロに放った。

 熱も氷の槍も通りそうにないし、回転しているので一部を凍らせても意味がない。


 俺にならって、ローレルとアリシアも紫電の魔法を放つ。

 そしてサーベルを投げ捨てて、もう一度転がってくるアルマジロに太刀を叩き付けた。

 今度は切った感覚があって、アルマジロは倒れて動かなくなった。

 得られた能力はない。


 サラマンダーの攻撃無視して戦っていたので、アルマジロを倒したところで俺の体に火が付き燃え上がった。

 ものすごい熱さと痛みに襲われる。

 体自体に火が付いているから、血界魔法によって再生した部分まで燃えている。

 ローレルが自分の服で消火してくれなかったら魔力が尽きて死んでいたかもしれない。


 しかし感謝を述べるより先に、サラマンダーに取り囲まれている状況をなんとかしないとまずい。

 盾の陰に隠れて幻魔蝶の羽をめったやたらに投げているアリシアも、このままでは囲まれてやばいことになる。

 俺は大刀を投げ出してサーベルを拾い上げるとサラマンダーを斬って回った。

 この状況で多数のサラマンダーに近寄れるのは俺しかいない。


 俺が20も斬り捨てるとローレルも身軽に敵の攻撃をかわしながら加勢に来てくれた。

 そしてあと5体というところで、俺の魔力が尽きる。

 そこまで来たらアリシアも冷静さを取り戻して、残りの処理に協力してくれた。


「も、申し訳ありません」


 鞘も、鎧を繋いでいた革紐も焦げてしまった俺を見てアリシアが言った。

 影になって良く見えないが、どうやら泣いているようである。


「いや、こんなところに連れてきた俺が悪かった。それよりも手は大丈夫か」


 アリシアが盾を持っていた手は、皮膚が持ち手に張り付いて酷いことになっていた。

 俺はブノワの宝物庫から盗み出した最高級の回復薬を取り出して、その赤色の液体を傷口に掛けた。

 いい薬だけあって、皮膚を失っていたアリシアの手もすぐにもとの状態に戻る。


「死ぬかと思いました。ご主人様がいてくれて本当に助かりました」

「本当だね。死ぬかと思ったニャ」

「ここはまだ早かったかな。それにしてもあの数は何だったんだ」

「それよりも、早めに少し引き返したほうがいいと思いますニャ。今は転移門も使えないですよね」


 ローレルに言われて、俺たちは大空洞があったところまで引き返した。

 魔力が回復するまで暖を取るために、大蝦蟇から薪を取り出して火を着ける。その火を取り囲むようにして座った。


「そんな重たい格好してるから躱せニャいんじゃないですか」

「いや、軽くしたって、俺にローレルみたいな動きは出来ないよ」

「そうですか」

「怖い思いもしたし、今日はもう帰るか」


 膝に顔をうずめて、まだぐすぐすやっているアリシアは返事もない。

 それで俺たちは家に帰り、俺だけギルドに行ってロバートを探し出して事情を話してみる。

 こんな危険があるのでは、おちおち階層を下げることもできない。何かしらの理由があるならそれを知っておきたかった。

 すると宗主がいた部屋の周りは魔素が濃くて、そういうことが起こりやすいものなのだと教えられた。


「普通は宗主の部屋にたどり着くことすら難しいものです。なぜかわからないが貴方はそれを簡単にやってのける。だから常識として耳にするような話を知らなかったりするのでしょうかね。ですが、それはとても危険なことですよ。よろしい、それでは私がレクチャーしてさしあげましょう」


 ロバートの話によると、ギルドに雇われている転移門の魔術師たちは、宗主のいた部屋の周りをわざと避けて門を開くらしい。

 それはもう常識のようなもので、迂闊に近寄れば俺たちのような目に遭うのだ。

 しかも魔素が濃い部分の情報は魔術師たちの間で共有されているので、そのような場所に近寄るものはまずいないから、そのような場所は魔物がいつでもひしめき合っている。

 魔術師が開いた転移門からあまり離れるのは自殺行為に等しいとロバートは言った。


 もうあんな目には遭いたくないので、俺はロバートの話を真剣に聞く。

 サラマンダーのあんな小さな炎の魔法ですら、あれだけ集まったら命の危険を感じた。

 それに俺も魔法を使いすぎていたから、今日のは本当に危なかった。

 自分だけは大丈夫なつもりでいたが、俺ももう少し時間をかけてダンジョンに慣れていかないと死ぬ可能性すらありそうだ。




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