第15話 スキルイーター



 おかしな夢を見た。



 最初に立たされた戦場は酷いものだった。

 俺に与えられた役目は、城壁の上にひたすら石を運び上げることだ。魔法の刃が飛び交うような戦場で、鎧すら与えられずに、ただ石を運び上げるだけだった。

 馬鹿な弓兵どもが、矢を惜しんで当たりもしないのに投げるから、いくら運び上げても終わりがない。

 この仕事について三日目だというのに、もう蛮族が攻めてくるんだから、俺って奴は本当についてない間抜け野郎だ。


 すでに雇われの傭兵たちは群れを成して逃げだし、爆発で舞い上げられた砂ぼこりのせいで反対側の城壁さえ見えなくなっている。

 果たして俺の雇い主である騎士どもがまだ戦っているのかすらわからないような状況である。

 馬の鳴き声とひづめの音、金属のぶつかり合う音だけが遠くに聞こえている。

 誰かがまだ戦っていることは確かだ。


 魔法の刃が、暗闇から突然飛んできて、それに刺さった弓兵が塀の上から落ちてきた。

 落ちた兵士は血を吹いている。骨まで砕けてしまっているから、ここにいるような奴が使える回復魔法では助からないだろう。高等魔法の使える学士の姿はとうに消えている。

 どこそこで回復の手が足りないと、他に駆り出されていったきり戻って来ていないのだ。

 回復薬だって、ここには前線にいる従士が持たされているような高級品はない。


 弓兵の男は、俺が見ている前で息絶えた。

 俺は死んだ兵士の持っていたナイフを取って懐の中に隠した。

 まだ戦っている隊から、治療できる奴を連れて行った指揮官は間違いなく無能だ。それだけで城壁を守っている弓兵は戦う意思をくじかれ、一人二人と倒されるうちに崩壊が始まる。

 戦うのは我々の役目だと、昨日まで偉そうにふんぞり返っていた貴族どもも、負け戦に飲み込まれればこのありさまだ。


 そう、これは負け戦である。

 傭兵たちを見習って俺も逃げるべきだ。

 俺はどこかに仕える誓いはしていないし、配属されて三日目で恩義も糞もない。

 しかし逃げると言ったって、どこの騎士も敵か味方かわからない奴は殺しにくるのを知っているから動きが取れない。

 やみくもに飛び出して行って、敵の包囲を抜けられるわけがないのだ。

 このままでは貴族たちの都合で俺まで死ぬことになる。


 奴らは俺のことなんて人間とも思っていないし、戦う力もないと見下しているが、そんな都合などにかまっていられるか。俺と奴らの違いなど、生まれた家の差に過ぎない。

 俺にだって剣と薬さえあれば、ゴブリンの一つも殺して強くなれた。妖魔の一つもあれば、塀の外にいる敵だって殺してみせる。

 だが、小銭を稼ごうとしただけで、今のありさまなのだ。


 俺の安全を保障している弓兵の隊はもうじき崩れるだろうから、俺もその前に逃げださなければならない。

 その時、城壁の上から血の雨が降ってきた。

 また誰かが攻撃を食らって首でも飛ばされたらしい。魔法的な攻撃はそんなに遠くまでは届かないから、それが当たるってことは、かなり近くまで敵が来ているって事だ。

 奴隷に囲まれ贅沢な暮らしをしていた貴族どもはここで死ぬ運命だが、俺が死んだらそれは間が抜けてるってことになってしまう。


 塀の外に逃げ道がないなら、塀の中でそれを捜すしかない。

 ここが王都ハルアデスなら地下に逃げ道の一つくらいはあるかもしれないが、生憎ここは強固な岩盤の上にできた都市メイクーンだ。

 転移門を使えるのにまだ逃げていない馬鹿が残っていたら、そいつを脅して外に道を開かせるくらいしか逃げる方法が思いつかない。

 だが、傭兵団の中にすらそんな魔法が使える奴はいなかった。


 ならば、これから一団となって離脱する傭兵の一団にでも紛れ込むか。

 その時、派手な魔法で煙が上がったのを合図に、俺は城壁から飛び降りて路地を走った。俺と同じタイミングで逃げだした奴が数人いたが、周りの兵士に見とがめられることはなかった。

 兵士たちも俺たちを捕まえているような暇はないし、留めておくことができないのも知っている。


 路地を走り城門前にたどり着いたが、城門は降りているし、数人の騎士たちが門前を取り囲んでいて通れそうにない。

 近寄っただけで逃亡と見なされて殺される。

 仕方なく裏門に走ったが、すでに逃げ出そうとした奉公人や奴隷たちの死体で山が出来ていた。

 門を開けようとしたものは殺すと叫びながら、大きな男が戦斧を構えて立っている。


 あいつは俺たちに一体なんの恨みがあるといういのだ。敵も殺さずに裏門に来るやつを殺してなんになる。どうして関係のない俺たちに平気で死ねなどと言えるのだ。

 すでにこの城は落ちたも同然なのに、どんな意味があって敵に殺されるのを待てと言ってるのか。


 俺は城主の屋敷に向かう傭兵の一団に紛れて、その場所から離れた。

 その傭兵団の話している内容に一縷の望みをかけて、俺はこのまま集団についていくことにした。

 城内に入ると傭兵たちはわき目も振らずに学士を探し始める。

 俺はリーダーらしき男に付かず離れずついていった。


 傭兵団には仕えている奴隷もいるから、鎧を着てない俺でも、どさくさに紛れてしまえば怪しまれることはない。

 リーダーは側にいた男に、城主が出てきたら弓で射殺せと命じる。

 その一言で、数人の男たちが手際よく、上階に繋がる階段の下に潜んで弓に矢をつがえた。こんな簡単に敵になるんじゃ、わざわざ高い金を払って傭兵を抱えるというのも考え物だ。

 そして俺の隊に配属されていた学士が、リーダーの男の前に引きずられて来た。


「私は主に仕える学士、城主の命がなければ転移門は開きません」


 リーダーの男は迷わず腰のナイフを引き抜くと、有無を言わさず学士の左胸に突き刺した。


「このナイフを引き抜けば、お前はすぐさま死ぬことになる。そうなりゃ城主を逃がすこともできなくなるぜ。俺たちに死ねというなら、お前らも誰一人逃がしてやらんぞ。だがな、転移門さえ開けば、俺たちは、お前の前から消えてやる」


 学士は肺を刺されたのか血を吐いて後ろの壁にもたれた。

 そして目の前の男たちを逃がしたほうが得策だと考えたのだろうか。転移門を呼び出した。

 その場にいた誰もが、その転移門目指して殺到する。俺も何も考えずにその黒き門に飛び込んだ。

 出た先は場所もわからない森の中だった。


 とにかく敵の包囲から逃れられたのならどこでもいい。転移門が閉じられる前に逃げてこられたのは20人ほどだった。

 誰かがベルワール領の近くだと言った。南に下れば街もあると言っている。

 傭兵団の一人が火を起こしたので、みなおもいおもいに休み始めた。

 俺も行く当てがないから顔を隠して、すみっこの方に座る。


 誰からともなくこれからの事を話し始め、盗賊でもやるかなどという話になっている。

 ベルワールから来た知り合いのいる俺には、正気の話とも思えなかった。領主に軍隊を送られて、一年ともたずに壊滅させられるだろう。

 俺を仲間の一員じゃないとわかって一緒にやらないかと声を掛けてもらったが断った。


 もう誰かの言いなりになるのはうんざりだ。

 次はダンジョンに潜ろうと考えている。

 力をつけなければ奪われるだけの人生は変わらない。城から盗んできた回復薬と、死んだ兵士から盗んだナイフが一本ある。

 戦争用の高価な回復薬だから、瓶一本でも少しくらいの怪我なら何度か治せるだろう。


 夜が明けたら、俺は傭兵たちと別れて街を目指した。

 途中で良さそうな木を見つけたので、それを削って棍棒のように仕上げる。よく締まった木で重量があり、削るのも大変なほど堅い。

 ナイフと違って切れ味が落ちることもないし、リーチもある。


 ダンジョンには棍棒もナイフも効かない敵がいると聞いているが、そんなものは逃げてしまえばいい。これまでも山ほどの危険からそうしてきたのだ。

 街にたどり着いて、一番ぼろっちいギルドに入り登録を済ませる。

 偽名を書いただけで簡単に登録することができた。簡単に死ぬ稼業だから、向こうも細かいことなど何も知りたがらないのだろう。


 転移門は20クローネ。前金でもらっていた報酬からそれを払う。飛ばされた先は大して強くもないモンスターばかりで拍子抜けした。

 森から抜け出してきたオークやゴブリンに殺された話は聞いたことがあるが、ここにいるのはそんなに難しい相手じゃない。

 傷が化膿すれば命に関わるから、怪我だけはなるべく薬を塗って早めに治す。


 必死で敵を倒して得られたのは150クローネだった。これで宿に泊まって明日の転移門に金を払えば飯代以外なにも残らない。

 薬の尽きた時が最後になるかもしれない。

 それでもモンスターの力を奪っている実感があって、そんなに悪い気分じゃなかった。


 一年が過ぎるころ、初めて回復魔法を買った。

 粗悪な槍と鎧を揃えるだけでも大変だったが、それを手に入れてからは安定している。大して回復するわけじゃないし、肉を埋めるような力もないが、敵の動きにも慣れて怪我をすることもなくなった。

 そろそろ稼ぎを上げるために階層を落とすべきだろう。


 しかし一層ですら命の危険を感じることがあったのだ。一人でやるのは稼ぎがいいが、運任せで命を懸けることになる。

 敵も必ず一体で出てくるわけではない。

 一体を相手にするのと二体以上を相手にするのは別次元の難しさがある。二体以上になると攻撃を避けきることが不可能に近い。


 階層を下げてから一年ほどは何事もなく過ぎた。

 そろそろ攻撃魔法も揃い、妖魔を買うための貯金も始めている。

 装備の消耗が激しくなって、あまり思うようにお金が貯まらない。

 そんないら立ちが募っていたから、いつもより無理をしてしまった。


 最近、街から北に十数キロ行ったところにゴブリンが現れるようになったという話を聞いた。

 誰にも見つかっていないダンジョンが出来たのかもしれないと考え、行ってみることにした。

 まさか見つかるとは思わなかったが、迂闊なゴブリンの後をつけることが出来て簡単に入り口を発見できてしまった。


 誰にも知られていないダンジョンだと思ったら、古式松明まで壁に掛かっている。

 誰か来たものがいるのかと多少がっかりしながら下に降りていくと、暗がりの中からダイアウルフがの放つ氷の槍が飛び出してきた。

 気が付いた時には足首が体から離れていた。


 切り飛ばされた足首に気を取られていると、血の匂いに釣られてやってくる足音が聞こえた。

 最悪なことに後ろから三体のゴブリンが現れる。絶望的な状況だった。

 通路の中で挟み撃ちにされ、逃げ場所もない。

 そもそもダイアウルフなんて一対一でも嫌な相手なのだ。


 ナイフを抜いてゴブリンに投げつけるが、大したダメージも与えられなかった。

 残った剣で襲ってきたダイアウルフを突き刺すが、背後から飛びついてきたゴブリンに俺のナイフで左目をえぐられた。

 慣れないことはするもんじゃない。ナイフなんか投げればこういうことになる。

 やみくもに振り回した剣は岩に当たって折れた手ごたえがした。


 死にかけているのか、体から魔力が逃げていくような気がする。

 魔物から奪ってきた俺の力が、ダンジョンの闇に溶けていくような感覚だ。

 奪う力が欲しかった。それが何も見えない暗闇の中で最後に考えていたことだった。

 暗闇が光に変わり、法螺話の類だと思っていた光の世界が現れる。


 このままでは俺の集めてきた力がダンジョンに食われてしまう。それだけが嫌だった。

 だが、俺は残された力でそれに抗う術を、光の世界の住人に教わった。精霊も神も、神話の登場人物も、すべてが光の世界の住人として時間も空間もない世界で俺とつながっている。

 もとの世界には俺の体を作っていた物質があり、それを使って新しい魂を宿す。

 同時に奪うための力も与えるのだ。それは、この世の全てを手に入れるための力だ。




 やけにリアリティのある夢だった。

 夢というよりも記憶の共有に近いものだろう。

 あのゴブリンの洞窟で死んだ誰かは、まだ俺の魂と光の世界でつながっている。

 それを知ったら、焦りにも似た感情を覚えた。

 手に触れていた尻尾をなんとなく引っ張ったら、隣にあった小さい尻が揺れた。


「ニャんですか。ご主人様、酷くうなされていましたよ」


 暗闇の中で瞳孔の開いた瞳と目が合った。真っすぐに見つめられて目をそらす。


「ご主人様は、こんな暗闇でも目が見えるのですね」

「いや、そんなに見えてないよ」

「そうニャんですか。夜も遅いからもう寝てください。それとも、もう一度したくニャっちゃっいましたか」


 シーザーという名前の男だった。すでに自我もないが、まだ魂のどこかでつながっているのを感じる。


「俺の名前はハルト・シーザーだ。今日からな」

「キャン、私の尻尾を引っ張らないでください! そういえばご主人様の名前なんて知りませんでした。でも貴族でもないのに家名を名乗っては駄目ニャんですよ」

「いつか家名を名乗れるくらいの男になるんだよ」

「そうですか。頑張ってください」

「お前って尻尾にウンチついちゃったりとかしないのか」

「たまにつきます」


 落ち着いてきたらなんだかすっきりして、すがすがしい気分で眠りに落ちていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る