第14話 勢力圏




 夜になって龍の城で情報集めをしていたら注文していた剣が届けられた。中枢からできた破邪鋼という青白い材質で出来た、大ぶりの曲刀だ。日本刀をそのまま厚く長くした形で、太刀と呼ぶにも大きすぎる。

 ミスリルやオリハルコンなら軽い剣になるが、とんでもない値段になるし、重さがないと破壊力が足りない。だからこの材質を選んだ。

 これで本格的にダンジョンを攻略するための道具がそろった。


 剣を持った状態でステータスを調べると少しだけ戦闘力が上がっていた。

 現在は1700程度だが、やはり装備などでも多少の上下はあるようだ。鎧や盾など、あまり大げさな装備が出来ない俺は、防具で強くなるのが難しい。

 だからなるべく武器にお金を掛けようと思う。




 次の日の朝は、おっぱい丸出しで眠っている二人を起こすところから始まった。

 エリーが俺にワインを持ってきてくれたのだが、二人が美味しい美味しいと加減もわからずに飲み始めてこうなったのである。

 最後は私が一緒に寝るのだと張り合って、結局何もできなかった。


 何をしても起きないので風呂に入って、エリーに髭を剃ってもらう。

 エリーが早起きしてくれるので、今では好きな時に風呂に入れるようになった。

 朝ご飯を食べていたら、やっと二人が起きだしてきた。


「ニャんだか体調が悪いニャア」

「もう二度と飲まないわ」


 二人に準備をさせて、俺たちはギルドに向かった。

 ギルドの専属転移門魔術師から話を聞いて、レベル上げに良さそうな場所を聞き出す。

 北にあるノルカと呼ばれるダンジョンがいいでしょうとのことで、そこに転移門を開いてもらった。

 かなり離れた場所とのことだが、他の都市から来たのか、移動した先にも何人かの冒険者がいた。


 皆それなりに装備が整っているので、かなりできそうな雰囲気である。

 どの人も戦闘力が200を超えているので、これまでとは別物になっている可能性もある。ローレルたちには少し早かったかもしれないが、強い奴を倒したほうがレベルの上りも早いだろうから、俺の後ろでつつかせていればいいだろう。


 さっそく離れるように移動しつつ奥を目指す。

 灯火の魔法を三つ浮かべているので、洞窟内でもそれほど暗くはない。

 しかし頼りない明るさで、目だけに頼って戦う奴にはきつい環境だろう。

 そんなことを考える俺はだいぶ人間から離れてしまったなという感慨がした。


「ちょっと寒いですね。エルフは寒いところが苦手なんです」


 厚手のマントをしているアリシアが震えた声で言った。

 動き始めれば寒さも感じないだろうが、息が白くなっているから、山の上にでも空いたダンジョンなのかもしれない。

 最初に現れたのは昆虫のように堅そうな外皮を纏った熊だった。

 こちらを見つけるなり吠えながら走り寄ってくる姿は、かなりの迫力である。


 これは新しい太刀を試すにはちょうどいい。思い切り勢いをつけて振り下ろす。

 スピードが足りないのか簡単に避けられて、俺の太刀は地面に突き刺さった。

 俺が転がって距離を取ると、ローレルの弦角が右目に突き刺さって敵が怯んだところだった。

 俺が全力で横なぎにスイングすると、敵の上半身が宙を舞う。


 得られた能力は"寒冷地適応"という意味のないものだった。

 それを二人に言ったら、ローレルが「また人間から遠くなりましたね」とか言って俺をからかってくる。

 刃を確かめてみたが、地面に刺さったというのにこぼれた箇所は見当たらない。

 避けられることも考えて振らないと、早々に切れ味を失いそうだから、次からは気を付けよう。


 ここでは得られる結晶石は、これまでとは質があきらかに違う。

 大きさではなく、色が白から青っぽい色になった。今までのは、ほんのり青いかもしれないというくらいだった。

 つぎは最初のダンジョンにいた四本足の蜘蛛のモンスターがわらわらと出てきた。


 面倒なのでアリシアに倒させる。

 このくらいの相手なら幻魔蝶でもあっさりと倒すことができた。

 倒しきれなかったのがローレルに噛みついて、かなり深い傷になった。


 俺が中級の回復魔法を使うと、傷は痕も残らず消えてしまった。

 しばらく大きな熊を切り刻んでいると、新しい剣の刀身が一部虹色に輝き始める。鍛冶師の言っていた、使い込むと色が変わるというのはこういう事らしい。

 刀身の幅も15センチくらいあるので見栄えがいい。中枢も多く使ったので、この大刀は金貨200枚以上もした。


 しばらく先に進んでから朝食にする。

 夜の間に焼いたパンと、それに挟んで食べるチーズにハムとソーセージだ。

 金はあるが羽麦がまだ買えないので、硬いパンをワインにつけてなんとか食べる。


「早く羽麦が食べたいな。探したけど、まだどこにも売ってないんだってさ」

「私はチョコレートの方がいいですニャ」

「あれをパンにはさんでも美味しそうよね」


 チョコの入った菓子パンも食べたことがないのかと、可哀そうで泣けてくる。

 あとでエリーにどんなものがあるのか教えて作ってもらうことにしよう。砂糖や蜂蜜はそれほど高級品というわけでもない。そういう食べ方がないというだけである。

 焼き菓子など作っていられるのは貴族くらいだから、レシピ自体あまりないだろう。


 朝ご飯を食べ終えて、最初に現れた顔はトカゲ尻尾は魚というモンスターを倒すと"水中呼吸"の能力を得た。もともと血界魔法で血液に酸素を直接供給できるから意味がない。

 動きは早かったが、太刀で簡単に真っ二つになった。

 次にオレンジ色をしたコオロギのようなモンスターが現れる。


 気持ち悪くて、変な能力を得てしまいそうだから倒すのにも躊躇してしまうが、二人が勝手に攻撃を始めてしまったので仕方なく相手をする。

 叩き切ると、そいつはゲロみたいな体液をまき散らしながら死んで灰になった。

 得られた能力はなかった。

 これでこのダンジョンに出るモンスターは全部倒したことになる。


 一日中大刀を振っても疲れは出てこなかった。

 剛力の能力を使っていても、魔力は自然回復の方が早いのか減りもしないし疲れもしない。

 レベルは一つも上がらなかった。

 出た魔結晶は全部で1000クローネになった。金貨一枚である。三人でやったにしては少ないだろうか。


 魔力が余っていたので転移門を開いてマリーの店で妖魔を換金すると、そこそこの当たりだったらしく金貨2枚になった。

 やはり中枢に比べると稼ぎは小さいし、得られる経験値もたかが知れれている。


「こんな稼ぎにしかならないんじゃ、マリーが俺に投資した分が返ってくるのは、年単位で先のことになりそうだぜ。妖魔なんて、そんなに使えるもんなのか」


 俺がマリーに愚痴ると、彼女は小さく首を振った。


「多くの人が欲しがるものは少ないというだけの事よ。お主たちが覚えたものも大して高くはないが、レベルが上がれば次第に力を発揮するようになるぞな。気長に待つがよろし」


 マリーに雷鳴鳥の妖魔を使ってる様子はない。

 あれほど欲しがっていたのに、まだ覚えていないのは不自然である。


「例の空を飛ぶ奴はどうしたんだ」

「ふん、こんなおいぼれが覚えてももったいないから、孫娘にでもくれてやった方がいいかと考え直したのよ。しかし、まだ分別のつく年でもないから迷っておる」

「なるほどな」

「お主はさっさとイビルアイを倒してくるがええ。ダンジョンにはもっと妖魔がおるはずぞえ」


 今日の妖魔の収穫は三つである。

 魔素が濃い場所では見つけにくいから、見つかる妖魔はどんどん減っている。

 しかし龍の城の魔術師の話では、イビルアイがいるようなダンジョンは俺のような冒険者では無理だとはっきり言われてしまっている。

 レベルの上りも悪くなっていて、もう少し効率を上げる方法がないと難しい。


 ダンジョンはもっと難しいところに行けるのだが、ローレルたちのレベルがないと、彼女たちに限っては即死すらもあり得そうで怖い。

 だから少しずつ馴らすようにダンジョンの階層を下げているところである。


「どうしたら妖魔は簡単にレベルがあげられるんだ」

「使えばいいのよ。だから藻草を最初に与えたのは正解じゃろう。藻草によって一刻で魔力が完全に回復するとすれば、八刻の間の探索で8倍の成長が見込めるぞな」

「なるほどな。だけど、どういう理屈で妖魔を使うと妖魔が育つんだ」

「魔物を倒すと、そこにある魂魄が人に吸い込まれて力を得ると言われておる。魂は光の世界にあって、それがこの世界とつながっているとも言われている。光の世界にあるものが、こちらの力になるという話ぞな。現に光の世界にいる精霊に力を借りる魔法もあるぞえ。にわかには信じられない話ではあるがのう。何百年もそう語り継がれておる」

「そんな話を信じるなんて、モウロクしてるぜ」

「ただ、この世界で見えるものがすべてではないという話ぞな。小さな魔物でも魂を大きく成長させるものがあるやもしれん。色々探してみるがよかろ」


 世迷いごとに聞こえる。

 そもそも経験値が見れないのに、経験値が多い少ないなんて判別しようがない。

 それでも大物を倒した後はレベルが上がりやすい気がする。

 となれば自分よりも強い奴を倒せば――、マリー風に言い換えれば自分よりも魂魄の大きい奴を倒せば、レベルが上がりやすいという事はあるかもしれない。


 けど、それがレベルも見ることができない俺以外のやつに知る術はあったろうか。

 まあ感覚的に、それに気づいた奴がいたとしても不思議はない。それがマリーの話したことにつながるのではないだろうか。

 しかし自分よりレベルが高い敵を倒す手段がローレルやアリシアにはない。

 とりあえず妖魔が育つまでは気長にやろうと思いながら家に通じる転移門を開いた。


「いいところに住んでおる」

「アンタだって妖魔道楽をやめたら、どこにだって住めるだろ」

「そればっかりはやめられん」

「そうだろうな」


 転移門を開いた先にチョコレートの箱が見えたので、それを一つマリーにやった。

 そして俺だけ本屋に行って目ぼしい本を買い込む。

 人目に付かないところを選んで転移門を使っているが、ちょっと派手に使いすぎだろうか。

 最近になって、また例の盗人騒動話で騒がしくなっているのだ。なんでも他の街から調査隊が来たという話である。龍の城で聞いた話だから事実だろう。


 転移門の魔法だけはよく目にするから、それほど希少なものだという印象がなくて、警戒がおろそかになりがちである。

 買ってきた本をリビングのソファに座って灯火の魔法を使って読んだ。


「本がお好きなんですね」

「知識は力になるからな」


 暇なのかアリシアも本に興味を示したので、読み終わった本は彼女に貸してみよう。

 家にいる間はいい服を着てもいいと言ってあるので、彼女は短いスカートをはいている。

 それを見ながら夜が楽しみだなと思いつつ本に視線を戻した。

 こっちで女性が着る服は、厚手に作られた長いスカートで、足が出るようなものは少ない。


 どんな毛で作られているのか知らないが、この街で売られている獣毛の服はとても暖かく、まるでダウンのように軽くて柔らかい。

 しかし家の中で着るには暑すぎるので、部屋着は必須なのだ。

 このような服が多いという事は、冬になるとかなり寒くなるということだろうから今から気が滅入る思いである。


 家にいると暇な時間が多くて、本など何冊買ってきてもすぐに読みつくしてしまう。ため込んでも仕方ないから、売って新しいのを買っているので金はそんなにかからないが、そればかりではやはり飽きがくる。

 それで龍の城に行ったりして世間話を兼ねて情報収集していたこともあり、少しずつでもこの世界のことについてわかってきた。


 俺がいる国は、王と、王に仕える12人の君主が治める土地である。12人の君主は地方を分轄統治し、ブラム・カーリアの治めるハルアデスが王都である。

 ブラム王は中部地方から国土を統一したカーリア家の8代目であり、今も大陸の中部一帯を治めている。

 俺がいるのは、王都から北東に広がった穀倉地帯の中心地で、ベルトワール家が治める領土に属する地方都市だ。


 ベルナーク地方より北には蛮族の治める土地もあり、王家の支配力はおよんでいない。

 またベルナーク東の大森林も、一応はベルトワール家の領土に属するが、支配力を及ぼしきれていないというのが現状である。

 大森林を実質的に支配するのはエルフ族で、他の亜人も多く住んでいる。


 北部は3人の君主が治め、東端にあるベルナーク地方は、ベルトワール家の治めるベルナークが首都である。ブノワは王家との血のつながりによって、税制の管理を任された地方官であり、同時に市長も任されている。

 俺が盗みに入ったことでベルワール家からも人員がやってきたそうだが、王家から無理やりねじ込まれたブノワは嫌われているのか、大した捜査も行われなかった。

 ブノワが抱えている騎士もそう多くはない。


 その騎士のほとんどは龍の城に所属しているから、その戦力もほとんど把握済みだ。

 戦闘力にして300、レベルにして30後半から40中盤くらいが、騎士と呼ばれている貴族たちの目安である。

 まとまれば怖い相手だが、中部から連れてきた騎士ばかりなので、実戦の経験はほとんどない。


 迷宮はどこにでもあるし、どこでも稼げるのだから、もっと住みやすい都市を探してそこに行くというのも悪くないだろう。

 エルフや亜人は東部にある大森林に多く住み、そこから離れれば離れるほど亜人は差別などによって住みにくくなる。

 近いうちに、北東部の中心都市であるベルナークあたりには行ってみたいと考えている。


 この北東部は羽麦の産地で、短い夏の間に一年分の食料が作られる。

 羽麦は生産効率が高く、この作物の育ちにくい南西に行けば行くほど人口が少なくなる。


「晩御飯の準備が出来ました」

「ん。あとでこれを読んでおいてくれないか」

「はい、わかりました」


 そう言ってエリーに渡したのは、バカ高い金を払って買ったレシピ本だった。

 どんなに舌が優れていても、レシピなしで美味しい料理を完成させることは難しい。

 レシピさえあれば同じ食べ物を再現できるのだから、この本にはそれだけの価値がある。

 この日は少しだけマシになったチョコレートのお菓子がデザートとして出てきた。




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