第13話 休日




「私もモンスターを倒していれば、ご主人様のように剣を振りまわせるようになるでしょうか」


 俺のようにというのは、たぶん力任せに振り回すという意味だろう。

 イビルアイを倒すために本格的にレベル上げを開始して、積極的に敵を倒し始めた俺を見てアリシアが言った言葉である。

 硬質化した外皮に覆われた、大きなモンスターを叩き切った俺を見て言った。

 剛力の能力のおかげで、片手でも思い切り振りぬけるようになっている。

 目の前で塵になった敵から何の能力も得られなかったことを確認してから俺は言った。


「無理じゃないかなあ。でも魔法の才能があるんだろ。剣にこだわる必要はないように思えるけどな」

「どうしても剣で戦いたいのです。そのためには、ご主人様のように剣を振りまわす必要があると気が付きました」


 非力な種族だというから、たぶんレベルを上げても難しいだろう。

 しかし魔法がある世界なのだから、質量で叩き切るだけが剣でもないような気がする。


「なにか魔法の力を持った剣が売ってるじゃないか。ああいうのじゃ駄目なのか」

「扱いが難しく、魔力が大量に必要だと聞きます」

「それなら、そのうち使えるようになるよ」

「本当ですか!?」


 俺が何も答えずにいると、肯定と受け取ったようだった。

 よく知らないから答えられなかっただけだが、魔力ならそのうち何とかなるのは間違いない。レベルの概念がない世界だから、説明しづらいのが難点だ。


「でも買ってやらないぞ」


 昨日のことで、やはり篭絡されては駄目だと思いなおした俺は、甘い態度を取るのをやめていた。


「そんな! もう愛してはくださらないのですか。私はこんなにも――あ、ああ愛しているのに」


 愛しているのにのところで、アリシアは俺から視線をそらしている。

 嘘ならばいくらでもペラペラといくらでも喋れるくせに、本心となると真っすぐに言葉が出てこなくなるプライドの高さが彼女にはあるというのがローレルの分析だ。

 何も言わないでいると、それきり大人しくなったので、俺は戦闘に戻った。

 その日は俺が剛力のスキルに慣れるためもあって、同じモンスターだけを倒して過ごした。


 ローレルもアリシアも外皮の隙間を縫って攻撃しているので、ちゃんとダメージも与えているし、ラストアタックも何度か譲っているから経験値も入っているだろう。

 もちろんこの世界のレベルが、そんなゲーム的な経験値システムを採用しているかは知らない。

 武器屋で一番大ぶりな剣を選んだのに、今の俺だと強度がちょっと心配になる。


 これだけ強くなったのに、剛力で戦闘力があまり上がらなかったのは血界魔法の評価値が高いからだろうか。

 魔力量に比例している数値という事ならなんとなく納得できるが、それだと、あれは瞬間的な強さを示す数値ということになる。


 持っている能力の中で、最も優れたものを使った時の強さを表しているにすぎないならば、あまりあてにならない数値という事だ。

 ダンジョンで敵を倒すなら、この剛力の能力を使いこなすのが一番効率がいいように思えた。

 この剣を買ったときは、動きの速いモンスターは魔法で倒せばいいやと思っていたが、今なら普通に戦うことができるだろう。


 しかし、あの宗主のゴブリンのような奴を相手にするのには、このサーベルでは質量が足りていない。もう一本大きなものを持って、相手によって使い分けるのがいいように思う。

 モンスターと戦うための武器は、もと居た世界にあったような人間同士で戦う基準で選んでも意味はない。

 武器のウエイトが足りなければ、それだけ不利な戦いを強いられる。


 ただ、今以上に大きな武器となると特注しなければ手に入らないだろう。

 そんなものを振り回していたら、何かしら俺の能力に関して勘繰られそうなのが考えものである。


「ご主人様ぁん、私たちにぃお小遣いをぉ、いただけないでしょうかぁ」

「もしかしてだけどさ、それをセクシーなつもりでいるなら逆効果だぞ」

「気持ち悪いだけですよねぇ」

「しくしく……」

「ウソ泣きもやめろよ。必要になれば武器くらい買ってやるから」


 途中でエリーが作ってくれた昼食の弁当を食べて午後も同じように続けた。

「ローレルが、ご主人さまは奴隷にも同じものを食べさせてくれるというので……」とエリーがおずおずと四つ差し出してきたものの一つだ。

 びっくりするほどうまいので、俺が作っている味噌もエリーに任せようと思う。

 今日は彼女にチョコレートで菓子を作ってみて欲しいと頼んであった。ぶ厚いままで食べるのはあまりおいしくないからだ。


 一日の狩りを終えて、俺たちはギルドに帰った。

 質問攻めを恐れていたが、貴族のサロンみたいになっている龍の城での問答は拍子抜けするようなものでしかなかった。

 妖魔と魔法はどちらの方が優れていると考えますか、というような質問しかなかったのだ。

 そして、その質問をされた誰もがそう答えるであろう内容――つまり、妖魔は用途が狭く限られているが、魔法は応用が利くというような気の利かない答えしか返せない。


 それでもひどく感心したような様子であったので、ゲーム的な知識がない世界ではゲーム的な解釈の仕方がありがたがられるようであると知った。

 同じように物理攻撃と魔法攻撃が必要だとか、回避とダメージの軽減のどちらを優先するかだとかの話をするだけで、人だかりができるほどの関心を買う事が出来た。

 おかげで、わずか一日のうちに天才軍師の異名で呼ばれるようになってしまった。


 貴族どもは非常に上品で、知的に見せようとするから根掘り葉掘り聞いてくることもないのがありがたい。これは本当に助かった。

 それに地域の情勢に対して確かな知識も持っているから、色々と勉強になることも多い。ギルドを移ったのは正解だっただろう。

 俺は適当に結晶石を売って、中枢の代金である金貨534枚を受け取った。


 妖魔はあとでまとめて売ることにして家に帰る。

 夕食には、チョコレートの使われたデザートが出た。

 涙を流して喜んでいる三人とは違い、俺はイマイチだなと感じていた。


「つかぬことを聞くけどさ、一週間の食費っていくらくらいだったんだ」

「ニャんとなく聞いたら、両親が銀貨一枚と言っていたことがありました」

「すべてが森にあるのにお金なんて必要ありません」

「私は都会でしたので大銀貨一枚ほどではないでしょうか」


 マジかよ。想像もつかないような生活ではないか。


「そういや、エリーは何族なんだ」

「犬人族になります。大人しく従順であり、賢いとして、奴隷としては高価な値段がつくことで知られています」


 そう言って、黒髪の間から小さな耳を出した。

 彼女が着ているメイド服はスカートだし、尻尾はそれで隠している。そして耳は白いリボンのようなもので押さえているらしい。


「犬人族は鼻がいいので、料理の腕は他の種族とは比べ物になりません。もちろん料理には触感も味も重要ですが、匂いが一番大切なのです。私は200メートル先からでも、風が吹けばご主人様の匂いがわかりますよ」

「世界が白黒に見えてたりするのか?」

「いいえ。どうしてそんなことを聞かれるのでしょうか」

「ニャんでご主人様はダンジョンなどに行くのですか。あそこは命知らずか、貴族に雇われた奴隷が、一獲千金のために行くところニャんですよ」


 ゲームみたいで楽しいからなんて理由では通じないだろう。


「刺激があって楽しいだろ。だけど安心してくれ。それで死んだらつまらないから、安全に行けるように考えてるよ。いざというとき逃げられるように、ちゃんと魔法も覚えさせただろ」

「あの宗主が現れた時、ご主人様は命の事なんて考えてなかったように思いますわ」

「考えていたさ。動きが鈍いから逃げやすそうだったし、逃げる前に倒せないか試すくらいいいだろ。結果的にはそれで倒せたしさ」

「あんニャ一瞬でそこまで考えたんですか」

「そうだよ」


 蛮勇のスキルがないから、この二人はピンチになると冷静ではいられなくなるのだろう。それは頭の片隅に入れておいた方がよさそうだ。

 それとダンジョンに行けと言う主人は、奴隷から見て最低なもののようである。使い捨てで一獲千金を狙う貴族の犠牲になった奴隷は多いに違いない。

 しかし妖魔も装備も買い与えてくれるし、安全のことも考えてくれるから、二人には俺がよくわからないのだろう。


 飯を食べ終わったら、ギルド専属の鍛冶師が訪ねてきた。龍の城はそんなものまで用意してくれている。腕の良さは保証するとのことだった。

 俺は中枢を使った新しい武器を注文するついでに、アリシアに使えそうな剣がないか聞いてみた。


「オニキスとアメリトンという希少石から強力な魔道体が作れます。ですが、重たくて剣の素材としては人気がありませんね。ヴァーダイトなら軽いですが、魔力のロスが大きくて妖魔を使うまでのつなぎにしかなりません。エルフになら安い魔法を覚えさせた方が使い物になります」


 つまりアリシアには無理という事になる。

 そもそも非力な種族なのだから、レベルをあげたら重い武器を使いこなせるという保証もない。


「剣が使えるエルフがいたとして、装備させるのに最もいいのは何だと思いますか」


「妖魔の中にはエネルギー帯を作り出すものもいるようですが、そんなものが見つかるのは数百年に一度でしょう。ですが手に入るのなら、それ以上ふさわしい武器は聞いたことがありません。そもそも、剣よりは斧や槍の方がダンジョンで喜ばれます。剣は非力とまでは言いませんが、貫通力と破壊力に難点があります。装甲の間にある狭い急所を狙うようなことも難しい。そして魔道体とも相性が悪い。オニキスの槍であれば高品質のものがすぐにでも用意できますが。いかがいたしましょう」


 運が良ければと言ったところか。

 槍はダメージが小さいし、斧にはロマンが感じられないので、俺は剣を選んだ。しかし、それもあまりよくなかったのかもしれない。

 けれど俺には剛力があるし、そんなに悪くないようにも思える。


 鍛冶師を帰して部屋に戻ろうとすると、盗み聞きをしていたらしいアリシアの金髪が廊下の端で一瞬だけ揺れたのが見えた。

 これで諦めるとも思えないが、どうしたものだろうか。

 二人のレベルもそろそろ20くらいにはなっただろう。だから本格的にイビルアイを討伐するために動き出したい。

 明日は、そのための装備を買い集めようと思う。




 次の日は遅めに起きて買い物にあてることにした。最初は防具屋に行きミスリル製の軽量な鎧、小手、具足を買う。アリシアにも俺と同じものを買い、盾も追加で持たせる。ローレルにはそれよりも軽量のものを買った。

 ローレルは俊敏な動きで敵から距離を取るのがうまいのでその方がいいだろう。

 次はマリーの店に向かった。


「遠距離に限らず使えそうな妖魔はないか」


 マリーが最初に見せてくれたのは、碧爪という爪に取り付いて魔力の爪を作り出す妖魔だった。

 まあ猫に与えるかとローレルに覚えさせる。

 それでアリシアが露骨に不服そうな顔をしたので、次の闇蟲と朧蟲をアリシアに覚えさせた。

 魔力察知でも振動波感知でも探れない闇を生み出す蟲と、自分との距離感を敵に掴ませにくくする妖魔である。


「羽虫には、そっちの方がお似合いニャ」

「獣ごときが、なんて口の利き方をするのよ!」

「やめろって。しかも今のは、人間ごときと思ってるんだろうなと思えて俺まで傷ついたぞ」

「ご、ご主人様が人間だなんて御冗談を。い、いえ、そうではなく、そんな範疇には収まっておりませんわ。もはや別の生き物です」

「フォローにもなってない」

「ニャハハッ、でも体のパーツがすでに人間じゃありませんニャ」

「やめろって」


 それにしても、あまり目ぼしいものがない。俺は最近出した妖魔のタネをマリーに鑑定してもらうために差し出した。


「ほう、どこで見つけなさった。大蝦蟇おるじゃないかえ」

「マジかよ。大当たりだな。それは俺が覚えよう」

「狂い蛍もおる」


 それは灯火よりも明るい光を生み出す蟲だそうだ。俺には必要ないから虫繋がりでアリシアに覚えさせることにする。

 アリシアはローレルのように動き回らず戦うからちょうどいい。

 俺は大ヒキ蛙を金貨専用にして、それ以外は大蝦蟇に入れておくことにした。


「なにか足止めできるようなものが欲しいんだよな」

「そういう便利なものは貴族どもが買いあさるから難しいのう。そういえば地蜘蛛が残っておったか。どうするね」


 俺は粘着性の糸を吐き出すという蜘蛛と契約させてもらった。

 それで金貨200枚近くを支払った。

 次は本屋を目指しながら適当に街の中をぶらついた。

 なにを見ても俺にはそれがなんであるのかよくわからない。俺以外の二人も半分はわからないから、それを店主に聞いて周る。

 それにしても、街の人が必ず振り返るほどの美人を二人も連れて歩くのは気分がよかった。


 道具屋で着火用具やカンテラ、毛布など必要になりそうな物を揃えた。

 そして本屋では範囲攻撃ができる点で必要性が出てくるかもしれない烈火、紫電などの中級攻撃魔法を買いそろえた。

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