第18話 依頼




 一週間ほどダンジョンで妖魔を育てることだけに時間を費やした。

 藻草のレベルが上がっていたからだろう、地蜘蛛のレベルも簡単に上げることができた。

 ローレルが碧爪で迷宮の壁を蹴るようにしているのがうらやましくて、地蜘蛛の粘着液で同じようなことができないが試していたが非常に難しい。

 地面を蹴ったところで生み出された粘着液を解除しなくてはならないのだが、そのタイミングを妖魔に覚えさせなければならないのである。


 藻草は勝手に仕事をしてくれるのだが、地蜘蛛の方は教える必要があったのである。

 犬くらいの知能はあるようで、人の言葉も少しは理解するらしく根気よく教えていたら少しずつできるようになってきた。

 沢山の妖魔と契約させたアリシアもかなり苦戦しているようであった。

 ローレルだけはなぜか最初から使いこなしている。


「粘着力が足りニャいようですね」


 そうなのだ。壁を蹴って飛び上がるには粘着力が少し足りないのである。

 まだレベル2だからと成長に期待しているが、今の練習がまったく無駄になる可能性もある。

 むしろ粘液の付いた糸を飛ばして引っ張った方が楽であるが、糸がビニールみたいに伸びるので、遠くにくっつけると体を浮かせることが出来ない。


「きっと知能レベルが同じくらいだと馬も合うのでしょう。最初は慣れないのが当たり前です。気にする必要はありませんわ、ご主人様」

「いや、気にしてないけどさ」


 アリシアも使いこなせなくて苦戦している。

 いきなり三つも増えたのだから、それはしょうがない。

 しかし、闇蟲が出す弱い魔力を一切通さない黒い霧は、使い方を間違えば味方の魔法を消してしまいかねない。この霧に触れると攻撃魔法すら威力が半減してしまうのだ。

 しかし、いざとなったら黒い霧の中に引きこもっていてもらったらいいのだから、アリシアに覚えさせたのは正解だろう。


 一応、霧と言っているが、よく見ると黒い粒の一つ一つが闇蟲自体なのである。非常に気持ち悪い妖魔である。

 地蜘蛛は売れ残っていただけあって、敵の動きを止める方には使いにくい。撃ち出す粘着液で相手の足元を狙わなければならないのだが、簡単なことではない。

 レベルは1上がって、俺が22、ローレルとアリシアが20である。

 得られた能力はなかった。


 帰ろうとしたところで、視界の端に珍しいモンスターが入った。窪みに隠れたように見えたので、最後だから魔力を使い切ってしまってもいいかと、烈火の魔法を窪みの入り口に向かって放った。

 叫び声が聞こえたので様子を見に行くと、半分焦げたグレムリンのようなモンスターが地面に転がっている。

 マイカの9層に一週間以上通って初めて見るモンスターだった。


 とどめを刺したら韋駄天の能力を得た。

 発動させると、それなりの魔力消費と引き換えに脚力がすさまじく強化される。

 ひさびさに使える能力が増えたので、いい気分で魔術師との待ち合わせの場所に向かう。

 龍の城に帰り、いつものように少し話をしてから家に帰った。


 家に帰ると、何故かクリントがリビングでお茶を飲みながらくつろいでいる。


「どうしたんだ」

「依頼よ」


 クリントの話すところによると、奴隷の買い付けと販売に行きたいからベルナークまでの護衛を頼みたいという事らしい。

 10人ほどの奴隷を連れて、片道二日くらいの行程らしい。

 護衛になるような奴隷は売れてしまったそうだ。冒険者ギルドに頼むにしても、腕に信用が置けないとのことで、十分な数の護衛を連れて行こうとすると大所帯になりすぎると言っている。


「この時期は山賊が多いのよ。本当なら行きたくないけど、お得意様のブノワが潰れちゃって、経営的に困ってるのよね」

「ちょうどベルナークには行ってみたいと思ってたんだ。構わないぜ」

「本当に大丈夫かしらね。この時期は、騎士団だって手こずるほどよ。向こうだって死に物狂いで襲ってくるわ。軽々しく請け負ってるけど、ちゃんと殺しの経験はあるのかしら」

「あ、あるさ」


 真剣な表情でそんなことを言われて、つい強気に答えてしまった。

 洞窟で不幸な吸血鬼にとどめを刺したことがあるから嘘ではない。


「羽麦の輸送期にそんなところには行きたくないんだけどしょうがないわ」

「だけど俺一人でいいのか」

「そりゃ安全を期すなら騎士団の一つも連れて行きたいわよ。それだけ集めたって絶対じゃないわ。だけどそんなお金があったら、そんなところに行かないわよ。それでも貴方には何故か不思議な力を感じるし、頼めれば心強いと思ったわけ」


 そんな命がけの旅だとは思っていなかった。

 騎士団一つとなれば戦闘力300くらいのが10人以上という規模である。

 戦闘力の数値を信じれば、俺では7人も相手にできないという事になる。そこにローレルやアリシアを足しても遠く届かない。

 回復魔法を覚えても俺の戦闘力は一つも上がらなくて、現在の数値は1921である。


 ローレルとアリシアは今のところ250の手前で停滞している。

 気安く請け負いすぎてしまったかなという後悔で、冷たい汗が背中を流れた。

 龍の城でも騎士が羽麦の取引所を護衛するために出払っていて、閑散としていたのを思い出した。山賊が多いというのは嘘ではないだろう。


 シーザーの記憶を見ているので、山賊には傭兵団崩れなどもいて統率も取れ、かなり厄介な存在なのを知っている。

 ダンジョン探索で手堅く稼げていたのに、その裏ではあんな血なまぐさい世界がすぐそこまで迫っていたのかと嫌な気分になった。

 もうちょっと戦闘力を上げるために盗み出した魔法書をすべて覚えるか、新しい妖魔を買いに行くか考えたが、どちらも簡単に戦闘力が上がるようなものでもない。


 高度過ぎる魔法書は魔力の消費が大きすぎていきなり使うのは自分を危険にさらすだけだし、妖魔は育てないと攻撃の足しにもならない能力しか発揮しないのだ。

 唯一、敵から奪った能力だけは即席で力になるが、行ったこともない階層に行かなくてはならなくなる。


「それじゃ、明日の朝になったら迎えに来るわ」


 それだけ言い残してクリントは帰って行った。

 今から一人で迷宮に行く気にもならなくて、なんとかなるだろうと気楽い構えることにする。

 俺は早めに寝てしまうことにした。ローレルとアリシアは旅行に行くようなつもりで、楽しそうに何やら準備を始めた。

 俺は小遣いだと言って金貨を3枚ずつ渡してから眠りについた。




 翌朝は日が昇り切らないような時間にクリントがやってきた。

 早めに用意しておこうと思っていた俺が、風呂場でエリーに髭を剃ってもらっていた時間である。いくらなんでも早すぎる。

 泡を落としてもらって急いでいつもの装備に着替えた。

 外に出ると、御者台付きの立派な馬車と幌の付いた馬車が止められていた。


 幌の中には樽やら何やらと色々積み込まれていて、とてつもなく狭そうだ。

 俺たちはクリントに手招きされて、馬車の中に入る。アリシアが窓際の席に毛布を敷いてくれたのでその上に座った。


「それじゃよろしく頼むわ。もしもの時は交渉できるのならそれで済ますことも考えているから、いきなり魔法など使わないでよね」

「ああ、それにしても麦を積んでいない馬車まで襲われるのかね」

「もちろんよ。騎士を人質にとったり、奴隷をさらったりした方がお金になるもの」


 もし交渉になったとしても、ローレルやアリシアを寄こせなどと言ってきたら、それこそクリントの意向など無視してやるしかなくなる。俺も覚悟を決めておくしかなさそうだ。

 最初はそれなりに緊張していたが、すぐに暇になってくる。


「吸いながら動かすのよ。その時なるべく包み込むようにしながら動かすの。これでどんな男もイチコロなんだから」

「ご主人様もイチコロにできますか」

「できるわよ~。アタシなら10数える前にとりこにしてみせるわ。咥えるチャンスさえあればね」

「その話、もっと詳しく聞きたいですニャ」

「いいわよ。アタシのテクニックを全部教えてあげるわ。あの男も幸せ者ねぇ」


 隣ではクリントたちが、ポコチンの咥え方の話で盛り上がっている。

 そんな話を聞いていたくなかったので、窓から外の景色を眺めていた。

 ひたすら広がった羽麦畑を見ながら一日中過ごした。麦と言ってもすすきのように大きなものだ。専用の農具で実だけを収穫しているのをそこらじゅうで見る。


 牛にひかせた荷車から横に伸びた農具が、簡単に実だけを収穫していた。

 これだけ生産効率が高いなら、ここは国中に輸出される羽麦の一大生産地に違いない。

 それならばブノワの羽振りの良さも理解できる。

 一日目は何事もなく過ぎて、街道沿いの旅籠に泊まった。


 二日目も朝から移動である。

 今日は人通りの少ないところも通るので、山賊に襲われる可能性も高いそうだ。

 そんなことを朝から聞かされて、逃げることも不可能だろうし、ローレルとアリシアを守らなければいけないという責任からストレスを感じる。

 戦いが始まれば蛮勇の効果でなんとでもなるが、何もない時の方が、かえって考えを巡らせすぎて不安になったりするのだ。


 その日は、クリントから「手本を見せてあげたいからチンチン貸してくれないかしら」という要請を無視した以外は何もなく過ごしていた。

 そろそろ夕暮れかという頃になり、あと3時間もすれば街に着くと言われて安心していたら、野太い雄たけびが聞こえてきた。

 クリントが悲鳴を上げて、御者が馬車を停止させる。

 俺はすぐさま御者台に飛び上がって、声の聞こえてくる方を確認した。


 ちょうど俺たちの前を進んでいた馬車をめがけて、盗賊の一団が丘を下ってくるところだった。盗賊の数は15人程度だろうか。

 最初に状態を確認した奴が戦闘力200以上で驚いたが、残りは100にも届いていない。

 ものすごい興奮状態でいるから、あんなのと話し合いができるとも思えなかった。


 しかし盗賊の登場とは別の方向から、もう一つの音を俺に耳はとらえていた。

 街道の向こうから砂煙を上げつつ、輝く鎧に身を纏った兵士7人が馬にまたがり砂ぼこりを上げながらこちらにやってくる。

 それを見て盗賊の一団は動きを止めたので、あれはベルナークからやってきた騎士だろう。

 騎士の一人が烈火の魔法を放って、一団の中心が炎に包まれる。


 魔法で攻撃されることは想定済みなのか、炎に包まれた奴は毛皮を引っ張り出して自分に着いた火を消火する。

 盗賊が魔法を恐れて散開したところで、先頭を走っていた騎士が一人だけ戦闘力の高かった盗賊に斬りかかった。

 たぶんあの山賊がこいつらの頭領だろう。


 騎士の斬りかかった山賊は肩から血煙を上げるが倒せてはいない。

 残りの山賊たちも、装備差をものともせずに残りの6人の騎士に斬りかかる。距離を詰め中れば魔法でやられると考えてのことだろう。

 山賊頭と剣を交える騎士は妖魔か何かで光の粒子をいくつか飛ばし、それを目くらましにして山賊頭の胸に剣を突き立てた。


 しかし山賊頭の方もただではやられなかった。倒れ際に大きな戦斧を騎士の脇腹に力任せなスイングで叩き込んでいた。

 馬上にいる騎士とのリーチ差から、そこしか狙える場所がなかったのだろう。

 山賊頭がすさまじい量の血を吹きながら倒れると、残された山賊たちは散り散りになって逃げ始めた。


 わき腹から血を流し地面に落ちた騎士がなにやら叫んでいる。

 よく聞き取れないが、自分にかまわず追えというようなことを言っているらしい。

 そういう手筈になっていたのか、明らかに致命傷とも思える傷を負って馬から落ちた騎士を残して残りの6人は山賊を追い立てながら行ってしまった。

 俺はローレルたちに馬車から出ないように言い聞かせて、馬から落ちた騎士の方に駆け寄る。


 山賊たちが狙っていた馬車は既に逃げているので、誰かが手当てをしないとまずい。

 倒れている騎士に駆け寄って兜を脱がすと、長い金髪が零れ落ちた。


「すまないが、遺言を頼めないだろうか」


 見れば、壊れた鎧の間から内臓がこぼれ出している。

 その言動から見て、どうやらこの女騎士は死を覚悟しているらしい。



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