第9話 ローレル




 準備が出来たらいつでも来いとクリントは言ったが、奴隷を手に入れたとして、どこに住まわせればいいのだろうか。

 いくら何でも高級奴隷を買ってオンボロ宿ではアンバランスだ。

 俺はクリントに不動産屋を紹介してもらい、そこに向かった。


 クリントが紹介してくれた不動産屋はすぐ隣の店だった。

 もう夕暮れが迫る時間だというのに、今からこんなことで間に合うのかと不安になってくる。

 不動産の仲介をしているという男に会って早々、俺は一軒家を借りたいと申し出た。

 大ヒキ蛙の中身を確認すらしてないのに、大丈夫だろうかと不安にならなくもないが、もうローレルの事しか考えていない。


「一軒家ねえ。そりゃあ景気がいいやね。何部屋必要ですかね。何人で済む予定ですか」

「まあ大きいに越したことはないですけど、すぐに住めるようなところがないですかね」

「なかなかいいお召し物を着ていらっしゃる。ご身分はかなりお高いんで?」

「いや、しがない冒険者ですよ。それよりも家はないんですか」

「ずいぶんとせっかちなお客さんだ。冒険者も強い人は稼げるらしいですからね」


 なんでこの男はそんな当たり前のことを回りくどくど話すのだろうか。そりゃ強い冒険者なんてめちゃくちゃ稼いでるに決まっているではないか。

 俺だってギルドで一日に凄い額を換金していく冒険者を何度か見ている。


「お客さんは魔法が得意なんですか。剣は提げてますけど、鎧が見当たんねえようだ」

「まあ、魔法が得意ですよ。回復魔法もあるから鎧は着ていないんですよ」

「そりゃあいけねえや。回復魔法に頼りきりってわけですか。そんなの素人の俺でもよくないとわかりますがね」

「それで家はどんなのがあるんですか」

「やりにくいったらないや。じゃあ端的に聞きますが、ご予算はどのくらいなんですか」


 なるほど、そんなことが知りたかったらしい。

 俺は自分で見て決めるから、所有している不動産をすべて見せてくれと頼んだ。

 そしたら男は間取りの書かれた羊皮紙を持ってきてくれる。

 価格は立地と部屋数、それに建材で変動するようだ。


「立地はどのくらい影響しますかね」

「そりゃあ安いところは毎日のように盗人騒ぎが起こりまさ。それこそ毎日のようにね。それでも一番高い地区で、それも領主様の館で盗人騒ぎがあったばかりだ。懐と相談しなせえ。余裕があるならいいところに住んだ方が静かだし、何より臭いが違いますぜ」


 確かに、俺が泊っている宿の周りなど糞尿の匂いが立ち込めて酷いものである。どこでもそうかと思ったら、いい立地ならそれもないらしい。人口密度の違いだろうか。


「それと建材もできればレンガがいいでさあね。漆喰は何年かごとに塗りなおさなきゃだめだ。それをしないと隙間風がひどくてね。奴隷がいないなら狭いところがいいですがね。いるなら広いのも悪くないですよ」


 奴隷を何人にするかまでは考えていない。だから部屋数は多めにしておいた方がいいだろう。それよりも俺の心を引いたのは風呂付の家だった。

 風呂付の家は一つしかなく、値段は週に金貨24枚。まったくふざけた金額だ。こうなるとさすがに大ヒキ蛙の中を確認しない事にはおいそれと契約できない。

 少し考えさせてくださいと言ってその男の前を後にした。

 俺はマリーの店に飛ぶが如くの勢いで駆けこんで、勝手に店を閉めると奥の部屋に上がり込んだ。


「どうしたえ」

「とりあえず心配はなさそうだ。捜査もこれ以上はないらしい」

「ほう、そりゃよかった」

「それじゃヒキ蛙を出すぞ」

「うんむ」


 俺は大ヒキ蛙を出して口を開いた。我慢した甲斐もあって喜びもひとしおだ。

 最初に出てきたのは最後に詰め込んだ魔法書だった。


「これらを軽々に売りなさるなよ。売れば必ず捕まるぞえ」

「そんなことわかってるよ」

「転移門に神代級! こりゃ凄い」

「神代級ってのは」

「最高位の回復魔法さね」

「転移門と回復魔法か」


 魔法書は全部で六冊、どれも当たりのようだ。そして宝石類だが、どれも精巧な作りで、売れば一発で足がつくようなものばかりだった。

 今にして思えば、こんなものは持ってこないほうがよかっただろう。


「この宝石類はどこかに埋めてしまうか」

「もったいない。それならワシが買い取ろう。バラして孫娘が成人する頃にでも売らせればええ」

「孫がいるのかよ」

「孫くらいいるさね」

「だけど孫が成人する頃になったって、この街で売ればやばいことになるんじゃないのか。どれも一品ものだろうから、わかる奴が見れば一発だ」

「領主なんてころころ変わるものよ。今の領主が転落したら、盗まれた宝石のことなど誰も覚えとりゃせんじゃろう。それにバラしたって、それなりの価値は残るじゃろう」


 マリーなら慎重だし任せても大丈夫だろう。

 俺は箱ごと買い取ってもらうことにした。


「買い取り額は小さいぞえ」


 そう言って品物を見分し始める。

 どれも精巧な細工が施されているのに、目方売りの金額になるだろう。

 金や銀などは鋳潰してしまえば価値などないようなものだ。

 マリーが提示してきた買取価格は金貨60枚である。

 まあそんなものかと頷いておいた。


 次はポーション類。ラベルに名前と効果が書いてある。どれも市場に出回っているような物ではない。

 そして雷鳴鳥の妖魔である。

 それを見るなりマリーは泣き出してしまった。

 それを放っておいて、俺は金貨の詰まった木箱を取り出すと、中身を100枚ずつ袋に詰めていった。

 マリーのやり方を見ていて、それが一番扱いやすいと思ったのだ。


 30分ほどで金貨は大ヒキ蛙の中に戻った。

 残った木箱はマリーに妖魔で燃やしてもらう。

 金貨の枚数はなんと8袋にもなった。実に金貨800枚にである。

 魔法書が一番価値あるらしいが、これは換金できそうにない。自分で使うか捨てるかするしかないうえに、覚えたとしても人前で使うのは危険すぎる。


 俺は魔法書とポーション類も袋に詰めてヒキ蛙の中に仕舞った。こうしておけば万が一覗かれたとしても何が入っているかまではわからない。

 そして金貨300枚を鞄の中に入れた。

 肩ひもが切れそうな重さだった。


「じゃあな、マリー。後はうまくやれよ」

「お前さんもな。ああ、この出会いに感謝を」


 俺は店を出て、さっきの不動産屋に向かう。

 しかし店は閉まっていて、中に人の気配も残っていなかった。

 これはもう宿を使うしかないようだ。

 そして、とうとうローレルを引き取りに行かなくてはならない時間になった。約束の時間から待たせすぎてしまっているくらいだ。

 俺は震える足で奴隷商館に向かった。


「お待ちしておりました」


 そう言って俺を迎えたクリントは商人の顔になっていた。

 その隣には、儚いような印象を与える姿のままの変わりないローレルが立っている。


「こちらのお客様は、評判の悪い貴族から貴方を守るために、急遽ダンジョンでの冒険により無理をしてお金を作ってくださったのですよ。覚えていますよね。若くして魔法を使いこなす腕前の見事さを」


 俺に恥をかかせないためにそう言ってくれているのだろう。さっきは俺に対して、親へ金の無心をしたらどうだと勧めていたのだ。

 確かに、この世界で若くして魔法を使っているのは、貴族の出以外には考えられない。

 ローレルは震えながら俺を見上げて顔を真っ赤にしている。


「ほ、惚れてまうやろぉ……」


 彼女のつぶやきを聞いて、そういえば性格も知らないで身請けしてしまったなという事が初めて気になった。

 もう契約も済ませてしまったし、今からクーリングオフしたいと言っても手遅れだろう。

 果たして本当にこれで良かったんだろうか。







「それじゃ、迷宮にでも行くか」

「えっ、そんニャの怖いです」

「大丈夫だって、そんなに身構えるほどのもんじゃないから」

「でも、ご主人様は頼りニャい感じがするし、怖いです」

「頼りないわけないだろ、いつもやってることだよ。それよりも働いて金を作って次の奴隷を買わなきゃならないだろ」

「そんニャこと、純潔を捧げた乙女の前で言う事じゃニャいですよ!」

「それじゃ、あの変態サディストに嬲り殺されてた方がよかったってのかよ」

「そんニャのに体を許すわけないじゃないですか! もし、そんニャことになったら、魔法であの世に道連れにしてやりますよ! 私は、ご主人様ニャらいいかと思って体を許したんです」

「魔法なんて使えるのか」

「魔法書が買えるようニャ家庭に育ってたら、奴隷として売られたりしません」

「言ってることが無茶苦茶だぞ」


 結局、安い宿屋に一泊した次の朝である。

 最初の緊張もなくなって、ローレルはだいぶ素の部分が見えるようになっていた。


「クリントさんはちょっと信用できないニャ。私なら、一回寝ただけでイチコロにできると言っていたのに。それを手に平の上で転がす予定が、ぜんぶ狂ってしまったニャ」

「そういうことを俺の前でべらべら喋るからダメなんだろ」

「ご主人様、本当に私のこと好きになってたりしないかニャア」

「しないね」


 顔を覗き込まれたので視線をそらす。

 本当は少しドキドキしているし、好きになりかけてもいるのだが、それを言ったら余計にめんどくさいことになる。

 歯に衣着せぬ物言いをするから、非常に扱いにくい。


「それじゃ妖魔を買ってやるから、それでいいだろ」

「えっ、妖魔を買ってくれるんですか!?」

「当り前だろ。怪我でもされたら困るからな」

「なんだあ。てっきり装備もなしにモンスターと戦えって言われるのかと思いましたニャ」

「それで何の役に立つんだよ……」


 彼女の戦闘力は14だ。そんなことをさせたところで無意味にもほどがある。


「でも、ご主人様はあまりお金を持ってニャいですし、妖魔なんて買ったら、いつか二人で路頭に迷います。新しい奴隷も、もう少し待ってください」


 昨日、安宿に泊まらせたことを根に持っているのだろうか。

 たしかに、あんな狭い部屋に二人で泊らされたら金を持っていると思う方が無理だ。


「いや金はあるよ。今日は家も借りるんだ」

「ご主人様大好き。さすが貴族様ですニャー!」


 そう言って俺に抱きついてくる。

 気に入られたくてそんなことを言っているのか、本気で言っているのかさっぱりわからない。

 それもこれもクリントがおかしなことを吹き込んだからなのだが、今更クレームを言っても始まらない。


「俺は貴族じゃないぞ、それよりも、なにか使える武器はあるのか」

「弓が得意です」

「魔法は?」

「素質はあると言われていました。私たちの種族は、女であればだれでも魔法の素質があります。そのニャかでも、私は特に素質があるという話でした」


 ステータス表示を確認してみると、たしかにレベルの割りに魔力が多いようである。それならまずはマリーの婆さんに見てもらうのもいいだろう。

 俺はマリーの店に連れて行くことにした。

 店に着くと、まだ店を開ける前であるようだった。

 俺は構わずに扉をたたいて、流体化させた指先で鍵を勝手に開ける。

 店に入ると寝起きのマリーが部屋から出てくるところだった。


「この子を妖魔と契約させたいんだ」

「派手に金を使っているようだね。気を付けなよ。まあ、最初から稼ぎが大きかったから今更かね」


 何往復かの問答を経て、マリーは弦角がいいだろうと言った。魔力の刃を放つ妖魔で、威力は高いそうである。


「それをくれ。あと藻草も頼む」

「藻草は貴重なんじゃぞ。ワシが一生をかけて集めたんだ。アンタだから特別に売ってやるが、感謝を忘れるんでないよ。全部で金貨150枚でいいさね」

「ほら、契約させてもらえ」

「そ、そんなに高いものと契約させてもらっていいんですか?」

「こっちだよ。早くおし」

「いいから、契約して来い」


 無事に契約を済ませて、次はダンジョンに向かう。

 そうしたら、ローレルは布が欲しいと言い出したのでそれも街で買った。


「準備はこれでいいかな」

「お弁当がないです」

「ギルドに売ってる奴にするか。でも、あれはあんまりおいしくないんだよなぁ」

「あれがいいニャ! とってもお勧めですニャ!」


 ローレルが指さしたのは甘い匂いのするパンだった。まあいいかと、街で売っていたパンを朝と昼のぶん買い求める。

 見ればローレルはよだれを垂らして臭いを嗅いでいた。


「あっ、すみません。こんニャ美味しそうなもの始めて見たので……」

「ずいぶん田舎から出てきたんだな」

「はい。とっても山奥でした」

「なんで売られることになったんだ」

「それはですね。鉄砲水に村が押し流されてしまったからですニャ。私は村長の娘だし、私が売られたら他の娘は売られなくても済むって言われて、しょうがなかったんです。ニャんせ、私は村一番の美人でしたから。その私にニャびかないなんて、ご主人様はちょっとおかしいですよ」


 迷宮に着いてすぐ、周りの奴らから離れるように移動するとローレルは不思議そうな顔をした。

 その辺りもおいおい説明していかねばなるまい。


「ご主人様、ちょっとこっちに来て欲しいニャ」


 そう言ってローレルに手招きされてついていくと、人目に付かなそうな場所に案内される。

 そしてローレルに言われて買った長い布を渡された。


「弓を引くときは、その、胸が邪魔になるので、その、それを巻いて欲しいニャ」


 そう言って、ローレルは顔を赤く染めながら着ていた服の上をはだけさせた。

 昨日の夜に散々触りまくったとはいえ、いきなり目の前に出されると心臓が跳ねる。

 自分でするのは時間がかかるという事なのだろうか。それとも俺を篭絡するためか。

 真意はわかりにくいが、俺はさらけ出されたローレルの胸に晒しを巻いてやる。


「もっとキツクしてください。緩むと大変です」


 俺はリクエスト通りきつめに巻いてやる。それでローレルの方の準備は整ったようだった。

 そういえば今日は明かりが必要だったかもしれない。

 帰りには魔法書を買って帰ろうと考えた。


 まあ、今日は天井に光る石が付いている初心者向けダンジョンだし、猫なら夜目は効くだろう。

 そんなことを考えながらも、ローレルの胸が頭から離れないことに戸惑っていた。


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