第7話 能力




 あれから5日程、ギルドに設置された転移門の行先を片っ端から試していた。

 1日目の転移門の先にはゴブリンしかいなかったし、2日目の転移門はオーク砦の襲撃という奴で、人に見られないように戦うのに苦労した。その割に、妖魔すら見つけられなかった。そもそもオーク砦はダンジョンですらない。3日目と4日目はそれまでに倒したモンスターしかいなかった。

 そして昨日は、ワニとヒトデのようなモンスターが出てきた。


 得られた能力は、オークから"絶倫"、ヒトデから"水掻き"、ワニから"瞬膜"という水中でも目が見えるようになる、あの膜の能力を得た。

 水掻きも瞬膜も生まれながらの特性だと思うし、ヒトデに水掻きはないと思うのだが、何を根拠に能力扱いなのだろう。

 指の間にできた薄い膜と、眼球を覆う膜は発動させなければ出てこないのが救いである。


 戦闘力はビタ一つ上がらないのに、どんどん人間離れしていく自分が怖い。

 すでに新しいモンスターを倒すのが怖くなってきている。なにせ、どんな能力が手に入るのか倒すまでわからないのだ。

 絶倫を手に入れて以来、ローレルのことが頭から離れなくなっているのも困る。弊害しかない能力まで勝手に入ってくるのだから迷惑な話である。

 そして、この5日間で手に入った妖魔は、すべてマリーにゴミと太鼓判を押されている。


 稼ぎは大体金貨2枚といったところだった。

 妖魔を見つける能力を持ちながらこれだから、本来の稼ぎなんて酷いものだ。

 まだ力がついてきた実感などないのに、レベルは上がりにくくなって19で止まっている。

 体力214、魔力221、戦闘力663、これが今のステータスである。やはり魔力の上昇に比例して戦闘力も上がるようだった。

 そろそろ進展がないと嫌になってくる頃合いだ。


 そして本日のダンジョンの敵は、殻を抜け出したカタツムリといったところなのだが、これが異様に硬くて苦労していた。

 細かい鱗のようなものがたくさん生えていて、ぬるぬるしているから剣が通りにくくてしょうがない。

 仕方がないから氷の槍を何本も飛ばして、凍りつかせたところを思い切り叩き割った。


 これじゃあ数は倒せないから、一度ギルドに戻って他の階層にしようと思っていたら、"龍鱗"という能力を得ていた。

 使ってみると皮膚に変化は出ないが、さっきのカタツムリのように刃を通さない強靭なものになっている。

 使っていても魔力はほとんど減らない。


 ステータスを確かめると戦闘力が1140まで上がっていた。

 どうやらアタリを引いたらしい。この階層はさっきのカタツムリくらいしか出ないと言われていたから、これでギルドに帰ってしまおう。

 きっと魔術師向けの難易度が高いダンジョンに来てしまったのだ。

 能力さえ得てしまったのなら、そんなところに用はない。どうせ第2陣を連れて、さっきの魔術師がやってくるだろうから、それで帰らせてもらえばいい。


 転移料はもったいないが、一体に魔力を70以上使ってしまっているので、続けることが不可能に近いのは明らかだった。

 それにしても今日の収穫は大きい。これほど使える能力があれば、もう少し敵の攻撃を食らうような場所でも全然問題にならなそうだ。

 これで怪我をしなくなれば、魔力を攻撃にも回せるようになる。


 ただ魔法だけで倒すとなると、まだまだ威力のある能力が足りない。

 ここに来て金貨300枚というのが到底無理な話だったというのが分かる。俺の持ち物の中で一番価値が有りそうな服さえ、売っても金貨10枚といったところだろう。

 どんなに魔法的な付与がされていても、その額を超えるような服は見たことがなかった。

 そして妖魔を探すのも、人が良く来るダンジョンでは難しい。人が行かないダンジョンに向かうには、それこそ金貨100枚程度の初期投資が必要になる。


 俺が行けるようなダンジョンなら、手馴れた奴らが行かないわけがないのだ。

 真っ当な方法で金貨300枚は無理だ。やはり、真っ当ではない方法しかないだろうか。

 そんなことを考えながら、第2陣を連れてきた魔術師に金を払って転移門をくぐらせてもらうと、ギルド内でクリントの使いだという男に声を掛けられた。

 その男について奴隷商館に行くと、いつか泊めてもらった応接室に通される。


「期限はまだのはずだけど」

「それが、そうも言ってられなくなっちゃってね。ブノワに急かされて、あんまり引き延ばすのも不自然だから、あと3日のうちにローレルを売りに出さなくちゃならなくなっちゃったのよ。まだ料理を覚えさせてないと言ったんだけど、向こうは料理なんてさせる気もないんだもの、どうにもならないわ」


 ここ数日、間に合わないんではないかというストレスに晒されていた胃の痛みがぶり返してきた。


「そんなに急かされているのに、ローレルを俺に売っても大丈夫なのか」

「どれが欲しいとは言ってこないのよ。そんなことをすれば足元を見られると思っているのね。だけどローレルが目当てなのは明らかだわ。だからアンタに売るのは問題ないわよ」


 どちらにしろ真っ当な方法では間に合わないんだから覚悟を決める時だ。

 俺はなんとかするとだけ言って、その場を辞した。

 そして俺はマリーの店に引き返した。


「大蝦蟇の石をツケで売ってくれ」

「馬鹿なことをお言いでないよ。街中探したって売りになんか出てやいないさね。それに金で買えるようなもんでもないんだよ」

「じゃあ大ヒキ蛙ならどうだ。それでもいい」

「金を返す当てはあんのかい」

「俺の能力は知ってんだろ」


 しばらく睨み合っていると、マリーが沈黙に耐えかねて口を開いた。


「金どころか、生きて帰って来やしないような気がするぞえ。一体何をやらかす気だね」

「悪い奴を懲らしめるのさ」

「このワシに話してみるがええ」


 たしかに計画も話さず貸してくれと言っても無理がある。仕方なく俺は作戦を話した。

 計画を話すという事は、共犯になることを求めているのだから、マリーにもかなりのリスクを負わせることになる。だから俺は自分の考えた作戦を詳細に伝えた。

 そして、ある条件と引き換えに、マリーは俺の申し出を受けてくれることになった。

 俺としてはついでみたいなものだから気安く請け負った。


「その妖魔をもってくりゃ大ヒキ蛙の代金はいらないよ」

「あたりまえだ」

「そんじゃ準備をしないとね」


 そう言って、マリーは店の奥に手招きする。

 どうやら彼女が一番やる気になってしまったらしい。

 俺としては、心を決めるためにあと2日くらい使おうと思っていたのに、今夜にでも実行しろと言い出しそうな雰囲気である。


 俺が考えた作戦は簡単なもので、ブノワ・オールウィンの家で盗みを働くというものだ。

 俺には血界魔法で影に潜る術がある。正確には黒い水たまりになる能力だが、知られていない魔法だし、対策が立てられているとも考えられない。

 あいつだって自分が嫌われていることくらい知っているだろうから、周りには、それなりに腕の立つ奴を置いているはずである。


 達人であれば気配を感じ取ることくらいできるかもしれないが、建物内では魔力感知を使って余計な人間には近寄らないようにしておけば、俺を見つけるすべはないように思える。

 想像もつかないような方法で忍び込むのだから、対策されているとも思えない。

 あいつから金を盗めば、もう不幸な奴隷を増やさずに済むことにもなる。根本的な解決が望めるのだ。そのついでに俺の欲望も叶うというわけだ。


 マリーの狙いは、ブノワが持っている国宝級の妖魔、雷鳴鳥を盗って来させることである。

 なにが出来るのだと聞いたら、空が飛べると返ってきた。飛べたから何なのだと聞いたら、飛んでみたいのだと言う。なんでも小さいころからの夢だそうだ。

 まさか、そんなに価値のある物を売りもせずに、自分が契約する気でいるとは思わなかった。


 貴重なものだから金と一緒にしまってあるだろうという事である。

 しかし、マリーのように妖魔の中に仕舞っている可能性もあるのではないだろうか。


「貴族なんぞは見せびらかすために買い集めてるもんぞえ。余計な心配をしなさんな。しっかりと飾ってあるか仕舞い込んである。蝦蟇の中になんぞ入れておったら、他のものにぶつかって壊れてしまうかもしれんからの」


 大蝦蟇も万能ではないようだ。それならば貴重品は外に置いてある可能性が高い。

 しかし、金はあるのだろうか。足がつく可能性があるから、金以外のものを盗んでくるつもりはなかった。考えても仕方のないことだが、盗みに入ってから換金しなきゃいけないものしかなかったとなると話が変わってくる。


 夜になると、好都合なことに強い風が吹いてきた。


 風は足音を消してくれるし、俺の作戦でもなくてはならないものだ。

 こうなると作戦決行をあと伸ばしにはできない。

 マリーに顔を隠す黒頭巾などを用意してもらって、俺は下見に出かけた。

 この作戦を思いついたのは2日くらい前だから、すでにブノワ邸の位置も掴んでいる。

 しかし内部構造については、全くわかっていなかった。


 クリントあたりに聞けば教えてもらえたかもしれないが、そうすると余計な危険が増える。現にマリーを参加させたおかげで、俺は妖魔の石まで見つけてこなくてはならなくなったのだ。

 外から見た感じでは、それほど大きい建物には見えない。

 それでも俺が姿を隠せるのは数分だから、建物内を人の姿で歩かなければ目的の場所は見つけられない。


 外から見える範囲で、中の様子を想像しながら何度も頭の中でシシミュレートしてみる。

 見張りが正門前に二人。そして2階のベランダを2人が行き来し、見張り矢倉二つに一人ずついる。だから中に入るまでは地面を這っていく必要がある。

 そうなると移動速度が出せないこともあって、3分の1くらいの魔力をそこで使ってしまうことになる。


 脱出のことも考えると、中で魔力は出来る限りセーブしておきたい。

 家の中に入るには、暖炉用の空気を取り込むために開けられた玄関扉下の隙間を使うつもりだ。これがないと火事になってしまうから、どの家にもある。

 だからブノワの家の中も、同じように暖炉がある部屋の扉の下には隙間があるはずである。


 という事は、ブノワが使う部屋には簡単に出入りできるのだ。

 ダンジョンで減らした20の魔力はすでに満タンに戻っている。これでいつでも決行できる準備が整った。




 マリーの店に戻る頃には雨も降りだしていた。これで音を立てる心配は不要になった。

 俺はマリーの用意してくれた、人間の死体を燃やしてできた炭だという物質を体中に塗りたくられた。こんなことをするためにわざわざ殺してきたのではなく、錬金の素材として普通に売られているそうだ。

 それで装備をすべて預けさせられて準備万端とばかりに店を追い出された。


 雨で炭が流れないように気を付けながら、さっき下見を済ませたブノワ邸に戻ってくる。

 ローレルを救えないのではないかという不安から来るのとは違ったストレスで、胃がキリキリと痛んだ。

 こんな思いは二度としたくないものだ。

 俺は塀代わりに設置された鉄柵を流体化して通り抜ける。そして光の届かない部分を這うようにして自分を流した。


 目がなくても振動波感知のおかげで周囲の様子は手に取るようにわかる。そして魔力感知によって屋敷内の人間の位置まで把握済みだ。

 ブノワの部屋だと思われる場所も既に分かっている。

 扉をくぐったところでもとの体に戻るが、全身がずぶぬれで黒い水がとめどなくしたたっていることに気が付いた。

 これでは侵入を隠すことができない。玄関を通る見張りはいただろうか。


 ここに来て、もう少し屋敷内の人間の動きを確認しておくべきだったかと嫌な汗が流れた。

 引き返したいが、今日のチャンスを逃して次があるかどうかもわからない。

 雨と風は俺の作戦に必須なのだ。それに玄関も黒い水で汚してしまった後である。

 ここで魔力は残り120といったところだ。

 まだ侵入がばれた気配はないので、俺は体を小刻みに揺すってできる限りの水分を体から落とした。


 そして玄関に敷かれた毛皮の上を転がって何とか水分が下に落ちないようにする。

 靴を拭くような毛皮の上を転がるなんて普段の俺なら絶対にしないが、今はそんな余裕がないから不思議と抵抗感がない。

 かなり炭が落ちてしまったので、残っている部分の墨を塗り広げた。

 そして二階へと続く階段をそろりそろりと上がっていく。


 気配がある部屋は4つ。一番手前の部屋はかなり魔力の高い奴が二人いる。これがたぶん護衛だ。魔力が多いという事はレベルが高いのだ。

 そして、廊下の隅にある部屋に一人分の反応しかない部屋が二つ。これがメイド部屋だろう。

 そしてベランダを回っている魔力の塊が二つだ。


 ベランダの巡回は、手前の部屋の奴と交代することも考えられる。

 その階は素通りして、俺は三階への階段を上った。

 三階にはメイドと思われる反応が一つ。なにか忙しく動き回っているので、とりあえず気配に気づかれることはないだろう。


 そして一番大きな部屋の中に複数の人間の反応がある。

 その扉の前に忍び寄って聞き耳を立てると、なぜこの部屋の前に見張りがいないのか理解した。

 複数の女の喘ぎ声が扉の外にまで漏れている。

 突然ガチャリと扉の開く音がして、俺は飛び上がった。


 薄暗い廊下の端で、部屋からの光が漏れている。

 俺は急いで引き返し廊下の踊り場に設置された暖炉の中に潜り込んだ。

 幸いなことに中には梯子がついていたので、それを登って煤が落ちないように体を流体化させて煙突の入り口をふさぐ。

 部屋から出てきたメイドが一直線にこちらにやってくるのがわかった。


 明らかに、この暖炉を目指して歩いているような足取りだ。

 捕まったら一体どんな風に殺されるのだろうという思考で頭の中が支配される。

 殺るべきか、それとも音を立てずに無力化する方法があるだろうか。

 流体化した体から、まるで絞り出したような汗が流れ出した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る