第6話 装備品




 藻草というからには、珪藻類のように周囲の栄養を吸収して育つに違いない。

 つまり藻草は魔素が多いところにいれば勝手に育つはずだ。俺は部屋の中で魔素が多そうなところにベッドを移して眠った。

 こっちの世界じゃ、すぐに暗くなって何もできなくなるから夜が早い。その分だけ朝も早くなる。


 だから次の日は、まだ鶏も鳴かないような時間に起きだして、魔法書カタログのような本を読み始めた。

 転移門を作り出すリースの魔法書は金貨300枚、ダンジョンから抜け出すだけのデトリースの魔法書は金貨80枚、光を灯すデジョンの魔法書が銀貨20枚。

 これで魔法書は妖魔よりも良心的な値段が設定されていると書かれている。


 氷、炎、雷の初級魔法書は金貨2枚、中級魔法書は金貨10枚、高等魔法は金貨60枚からである。そこにマリーの注釈が書かれていて、妖魔の魔力効率に比べれば半分もないと書かれていた。

 妖魔なら値段は8倍以上になるが効率は2倍以上ともある。

 俺のような能力でもなければ、なにか一系統だけ魔法書で覚えて、いつか金を作ってから妖魔にするというのが一般的であるようだ。


 日が昇ると同時にギルドに行ったにもかかわらず、すでに受付には人がおり、転移門の魔術師も準備を始めていた。

 まずは昨日と同じように弁当を二つ買う。

 とりあえずイビルアイを倒すのが目標になるが、マリーにまだ無理だとはっきり言われたことが気にかかる。それほど強いのだろう

 今からでも悪魔系の敵に慣れておいた方がいいのだろうか。


 そんなことを考えていると、悪魔系モンスターが出るマイカ第4層の第一陣を締め切るという声が聞こえた。

 そこに集まっている人を見ても、昨日の連中より装備が優れているという事はない。

 それならばと思い、俺も思い切って参加することにした。

 ダンジョンに着くと、昨日の初心者ダンジョンに転移門を開いた魔術師とは違い、帰りのことなどについても一切の説明がなかった。


 まあ、集合時間も含めどこも同じなのだろうと考えることにする。どちらにしろ、この世界で正確な時間などわかるわけがないから、早めに集まるしかない。

 昨日よりも倍以上もある広い洞窟に、ちょっと背伸びをしすぎたかなと怖くなった。

 今日は天井に光る石が埋め込まれているという事もない。

 周りはしっかりと松明やカンテラを用意している。


 あの青く光る松明は、魔力による炎なのだろう。普通の松明では、そんなに長時間燃やすことは出来ないはずだから、周囲の魔素を利用しているはずである。

 俺は早めに周りの人から離れてしまおうと、洞窟の奥を目指した。

 振動波感知と魔力感知によって、完全な暗闇であっても俺には何の障害にもならない。


 脇道にそれるまでもなく最初のモンスターが現れる。

 これがあまりにも強ければ流体化してでも逃げるつもりだった。

 そのモンスターはムカデのような体に一本の角が生えていて、大きさはかなりのものである。

 俺は腰から買ったばかりの剣を引き抜く。


 よく研がれてはいるが、安く済ませるために片方にしか刃はついていないし、簡単に曲がってしまわないように厚めに作ってある。

 力任せに振り下ろすと金属に斬りつけたような感触とともに、どす黒い色をした体液が飛び散った。

 鼻が曲がりそうなほど据えた臭いがあたりに充満して、ムカデの体がくの字に折れる。


 それでも倒せば灰になるのだからと、俺はがむしゃらに剣を振り下ろしまくった。

 角に刺されて腕から血が流れるが気にしない。

 同じところを三度も切りつけたら、ムカデの体をぶった切ることに成功した。

 ムカデは灰になって魔結晶が出た。

 剣を確認すると、早くも刃の一部分が数ミリほど飛んでしまっている。


 能力は得られていない。

 しばらく進むと妖魔の石の気配を感じ取った。そこの土を掘り起こすと角の取れた石の感触を見つけることができた。

 次に現れたのはサソリ型のモンスターだった。

 さっきから毒を持っていそうなモンスターばかり出るが、もし毒を食らったらヤバい気がする。


 しかし蜘蛛だって毒は持っていなかったんだから大丈夫だろう。

 もしこれが蛮勇の効果で気が大きくなっているだけだとしたら、いつか大きな失敗をしそうだ。それだけは気を付けたい。

 倒しても得られた能力はなく、それからサソリと蜘蛛を三時間ほど相手して朝食の時間にした。

 レベルが16になったのを確認してから、昨日と同じサンドイッチの包みを開く。


 今日は味わう余裕があるせいか、なかなかひどい味をしている。パンはぼそぼそしているし、ろくに味もしない。挟んである肉もチーズも、油っ気が少なく塩もあまり効いていない。

 もとの世界ならどんなに安いものでも美味しくないものは売られていなかった。結構なカルチャーショックである。

 まだ出来たてで温かいというのに、この味では気力をそがれてしまう。


 宿の飯はうまかったから、明日は弁当でも出していないか宿の主人に聞いてみようか。

 食事を終えたら腹がすくまでひたすら剣を振り下ろした。

 昨日の敵とは違って何度も攻撃を受けたので、回復だけで魔力が枯渇しそうな勢いだ。これだけ魔力を使うなら魔法で倒してしまってもいいくらいである。


 そして人があまり来ない場所だからなのか、午後になる前に妖魔の石を8個も見つけることが出来た。

 明かりがないので何が入っているかまでは確認できていない。

 藻草については、ほとんど魔力を回復していなかった。かなり魔素の濃い場所にいるのに、レベルが上がるような気配もない。


 昼ご飯を食べていると自分の匂いが気になった。

 この世界では服を清潔に保つのはかなり難しい。宿に荷物を置いておく気にはならないから、着替えを買うというのも無理があるし、洗濯だってやり方がわからない。

 水浴びをする習慣でもつけた方がいいだろうか。どこの宿にも小さな井戸が一つはついているのだ。


 午後はサソリと組み合ったところで手首を噛み千切られ、早々に魔力が尽きてしまった。

 妖魔は11、結晶石は45個というのが戦果だ。敵が結晶石を落とす確率も昨日とは違っている。しかし今日は能力が一つも得られていない。

 待ち合わせの場所に戻っても、まだ誰も戻ってきていなかった。


 確かにマリーの言う通り、もう少し斬れ味がよくてリーチのある武器にすることを優先すべきだ。

 短いからこそ態勢も不自然になるし、反撃ももらいやすくなる。

 効率を上げるためにも、金が出来たらすぐに武器を買い替えよう。しかし、いくらいい武器があっても、正攻法で金貨300枚は難しいのではないかという気もする。


 妖魔の石でアタリを引けなかった場合のプランも考えておくべきだろう。

 ローレルを見殺しにするという選択肢はない。




 街に戻るまで二時間ほど迷宮内にいたが、回復した魔力は24だった。自然に回復する分もあるから、どれだけ藻草によるものなのかわからない。

 俺は一直線にマリーの店を目指した。

 相変わらず人気がないようで、俺以外に客の姿は見えない。


「見つけてきたぜ。鑑定を頼む」

「よかろ。見て進ぜる」


 マリーは11個のうち10個をゴミと言い放ち、足元のカゴに放り込む。そして大銀貨一枚を俺に放って寄こした。そして最後の一つを興味深そうに見ている。

 トンボの羽みたいな形をした、なんだかわからないものが入っている石だ。


「風切り蟲だね。金貨30枚だ。こういうもんさね」


 マリーが手の中に握りこぶしくらいのトンボの羽を召喚した。

 それを俺の前で軽く振ってみせる。

 すると、なにかが高速で撃ち出されたような気配がして、その先を見ると漆喰に細長い亀裂が走っていた。

 なんでこの婆さんはそんなものと契約しているのだ。


「遠くのものを斬りつけるナイフみたいなもんさね。昔は暗殺者の七つ道具とも呼ばれていたっけ。今じゃ回復魔法が発達しすぎて暗殺に使うのは無理があるが、目潰しとしてならまだまだ優秀さ。お主もこの羽を見たら目を塞ぎな。瞼を閉じたくらいじゃ防げやしないよ。いや、お主にゃその心配はないか」


 傷もすぐ治るし、目を塞がれても感知能力がある。しかし、この妖魔は俺にも必要なものであるようにも思える。


「俺が覚えるのは駄目か」

「100年早いわ。魔物に使うなら正確に攻撃をする熟練の技と、敵の急所を知り尽くした経験が必要になろう。上級者向けの妖魔ぞえ」

「自分が売って儲けたいだけじゃないのか。暗殺がどうとか言って、魔物にも使えることを説明しなかっただろ」

「蒙昧なものよ。駆け出しでこんなものを使っても、相手の急所を突く前に魔力がなくなってしまう」


 俺はふーむと考え込む。確かに言ってることの筋は通っているが、この婆さんはかなりの業突く張りだ。安全に急所を攻撃する手段があって困ることなどあるはずがない。

 しかし、モンスターの急所を知らないというのは真実でもある。無理に使おうとすれば魔力を必要以上に失うのも事実だ。


「疑り深いものだ。それじゃ、ほれ、金貨30枚じゃ」


 マリーはバスケットボールぐらいのイボガエルを呼び出して、その口の中に手を突っ込むと金貨の袋を3つ取り出してテーブルの上に置いた。

 よくそんなものに触れるなと感心してみたが、イボガエルが消えた後にマリーの手は汚れていなかった。


「今のは?」

「岩国の大蝦蟇と言って、荷物を入れておく妖魔ぞ」

「便利だな」

「こやつは家をも飲み込む。大して入らん大ヒキ蛙でも、金貨400枚はくだらんぞい」


 めちゃくちゃ欲しい。この婆さんが軽々しく持っていたことから、重さも感じずに運べるような物らしい。今まで見た中で一番欲しいと思える。

 それにしてもこの婆さんは何でも持っているな。


「マリーが持っている妖魔の中で、攻撃が強いものを見せてくれないか」

「いいぞい」


 マリーの手の上に現れたトカゲが白い玉を吐いたかと思うと、すごい速さで飛んで行って、その先にあった表の岩を溶かしてブスブスと煮えたぎる溶岩に変えた。


「こんな攻撃を食らっても、お主なら復活できるじゃろ。お主の血界魔法とやらは最上位の魔法やえ。頑張って極めるがよろしいな」


 マリーののん気な言い分には賛同できない。こんなものくらったら蒸発して何も残らない気がする。

 しかしレベルが上がるにつれ、体が頑丈になっている実感はある。もしかしたら、この世界ではレベルで耐えられるようになるのかもしれない。


「なんで、こんなしけた店の店主なんかやってるんだ。冒険者にでもなればいいじゃないか」

「しけとりゃせんわい。ワシは妖魔を正しく使える者にしか売らんから儲かっとらんだけぞえ」

「なるほどな。その割りにはろくでもない用途の妖魔でも買い取るじゃないか」

「話を聞いとるのかえ。ワシは妖魔を使う目的なんぞはどうでもいいぞい。盗みでも殺しでも好きにやるがいいさな。正しく使えるというのが肝要なところよ」


 よくわからんがこだわっているな。

 それで気が済んだ俺はマリーの店を出て、昨日と同じ武器屋に直行した。

 昨日の剣を下取りに出すと、何が気に入らないかったのだと聞いてくる。

 臨時収入が入ったから、もうちょっと丈夫なものを買うことにしたと言ったら、ほぼ昨日の買値と同じ額で引き取ってくれた。

 俺は大きめの剣が並んだ場所で品定めを開始する。


 今日の教訓として、一撃の威力はかなり重要であると学んでいる。次に重要なのは一撃で倒せなかった場合にはリーチが重要になってくる。反撃を受けるかどうかに関わってくるからだ。

 後は重心の位置も重要だ。手元が重い方が軽く感じて扱いやすいが、先に重心がないと破壊力と切れ味に弱味が出る。


 店主に文句を言われながらも振り回してみると、ミスリルの芯が入ったものが薄造りで手元に重心が来て使いやすかった。

 目ぼしいものを振り比べて一番使いやすいものを選んだ。サーベルという感じの曲刀である。

 金貨12枚とあって、かなりの予算オーバーだが仕方ない。


「武器に金をかける冒険者は大成するぞ。長年武器屋をやってきた経験だ。お前は見込みがある」


 高いものを買ったからか、店主は機嫌がいい。


「そりゃどうも。もう少し安くはなりませんかね」

「これからも贔屓にしてくれるなら、上等な鞘を無料で付けてやろう。それで、背負いにするかい、それとも腰から吊るすかい」

「腰に吊るす方でお願いします」


 そう言ったら、腰に巻く革ベルトまで太くて丈夫そうなのを付けてくれた。

 ちょっと重いので、もう少しレベルが上がってから装備する武器なのかもしれない。


「そいつは真鋼も使われてるかなりのワザもんだ。大切に使いな」


 金を払って表に出ると、まだ宿に帰るには早い時間だった。

 俺は魔法書の店や回復薬などの店に入って商品を見て回った。回復薬は値段が高すぎて、こんなものを使っていては赤字にしかならないという感想しかない。

 それに比べて回復魔法はずっと使えることを考えればそれほど高くない。


 しかし聞いてみると、高級なポーションであれば魔力も使わずに切り落とされた腕すら繋ぐことができるものもあるそうだ。

 魔法でそれを実現するには最高位の回復魔法とかなりの魔力が必要になるという。


 いろいろ見て回ったが、初期投資のいらない俺の能力はかなり恵まれている方だという事がわかった。

 宿に帰ったら朝食と昼食用の携帯食を二食分頼んでから井戸の水を浴びて寝た。



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