第5話 琥珀
幸先のいいスタートを切ったかと思いきや、それっきりなかなか見つからない。
モンスターが出て前に進むのが大変というのもあるが、それほど簡単に見つかるようなものでもないらしい。
それに地面ばかり気にしていたら、角を曲がったところで大量のモンスターが急に出てきて、一人では捌ききれずに逃げるハメにもなった。
魔法ですべてを倒すという事もできなくはないが、それをやってしまえば魔力が尽きて今日の探索はそれまでという事になる。
コウモリは動かずにいればまくことができるし、蜘蛛はそれほど足が速くない。
もしこれが足が速かったり魔法でも使ってくるようなら、かなりの危険性が出てくる。
一人でやっている以上は、それらすべてを俺だけで捌かなければならないのだ。
流体化して岩に張り付いたとしても、スライムみたいに魔力を感知されたりしたら誤魔化すことは出来ないし、コウモリの振動波感知ですら材質の硬さが大まかにわかるから誤魔化せるか怪しい。ダンジョンはかなりの危険性をはらんでいるのだ。
俺はそれからも無難に探索を続け、カマキリのような妖魔が入った琥珀を一つ見つけた。
それで魔力が尽きる前に帰ることに決めた。
転移門の魔術師との待ち合わせ場所に行き、そこで休みながら待っていると、さっきの二人組も探索を終えてやってきた。
大きな袋をいっぱいにしている。
この二人は鉱物のたくさんある場所を見つけているのだろう。
「よう、ルーキー。調子はどうだい」
「まあまあですね。おかげで妖魔の石を見つけましたよ」
「ごごご豪運だな……」
「信じられねえ。み、見せてみな」
俺は二つの頭を持った鼠の方だけを見せた。二つみせて、変に力を勘繰られても面倒なことになりそうだったからだ。
「どうですか。頭が二つあって価値がありそうじゃないですか」
「どうだろうな。見た目はあんまりあてにならねえらしいぜ」
「ど、どうだ。俺たちの石と交換してみねえか。運試しといこうや。冒険者流の遊びだぜ」
俺を邪険にした方の男が、そんなことを提案してきた。
俺は静かに首を振ってその提案を拒否する。
どう考えても俺の石に入ってる奴の方が価値がありそうだ。変な羽の生えた芋虫なんて、なんの期待ができるというのか。
「そ、そうかよ。まあいいや。あとで吠え面かくなよ」
賭けの体で石を交換しようとした男が顔をゆがめる。俺を世間知らずの馬鹿と侮って、そんなことを言いだしたのはあきらかだ。
「お互い今日は運命の日ってわけだな。サイコロがいい方にころがりゃ、しばらくは遊んで暮らせるぜ。妖魔の鑑定はギルドじゃなくて、個人商店の方に頼みな。値動きが生ものだからよ」
妖魔というのは種類が多いようである。
値段が動きやすいというのは、供給が極端に少ないから欲しがる奴さえいれば価値が天井知らずに上がるということだろう。
となると便利で誰もが欲しがる妖魔なら、冒険者が買えるような額に収まっていないはずだ。
俺はギルドに戻ると結晶石を180クローネに交換して外に飛び出した。
そしてアリンコの書かれた看板を探す。この看板の意味は小さな力持ちというところからきているらそうだ。
街中を走り回っていると、武器防具を売る店に大きな盾が売られているのを見つけた。
あんな盾さえあれば、あの青い火の玉のモンスターも安全に倒せるんじゃないだろうか。
しかし、三千クローネという値段が付いているので、とても買える額じゃない。
俺は結局、街はずれまで走って、やっとありの看板を見つけた。
もうちょっとマシな店がありそうなものだが、気が競っていた俺はその店に決めて中に入る。
小さなバラック小屋のような店の中には白髪の老婆が一人座っていた。
「へっへっへっ、いらっしゃい坊や」
いかにも怪しげな老婆に出迎えられて、俺は少し気後れする。やはり店選びを間違ったかもしれない。
「妖魔を鑑定して欲しい」
「見せてごらんね……。ほう、こりゃ面白い」
「いくらになる」
「こりゃ珍しい妖魔だ。病原菌を遠ざける力を持った妖魔だよ。墓荒らしに人気なんだ。ほれ、あの仕事は長くやってると病気にやられちまうだろ」
「そ、それでいくらになるんだ」
「大銀貨2枚」
安い。いくらなんでも安すぎる。
今、自分の口から細菌かウイルスに対して滅菌効果があるようなことを言ったばかりではないか。そんなものが金貨一枚にもならないはした金で取引されるはずはない。素人だと思ってぼったくろうとしているんじゃないだろうな。
見た目だって、これだけ強そうなのに400クローネぽっちということはないだろう。
「疑ってるのかえ。そもそも墓荒らしなんぞが大金を持ってるわけなかろ。気休め程度の効果だしの。もし性病を完全に防げる傀儡の妖魔だったなら、金貨の山を拝めたぞい」
「じゃあこっちはどうだ」
カマキリのような奴が入っているのを見せると老婆つまらなそうに視線を逸らす。
「鎌かね。そうさな、銀貨一枚でなら買い取ってもいい」
「ぐっ……。こ、これには、どんな力があるんだ」
「草刈りに仕えるくらいの鎌を呼び出せる。こんなふうにの」
そう言って、老婆が手を掲げると小さな湾曲したナイフ位のものが現れる。刀身の内側に刃がついていた。
「軽くていいが、それだけぞな。はるか昔には、これ一つで人の首を狩りとっていた暗殺者も居たというぞい。坊主も目指してみるかえ。契約なら50クローネで請け負っとる。この妖魔も鍛えればカマイタチのような切れ味を持つこともあるそうだぞい。それには、草など刈らずに魔物の相手をしなきゃならんのじゃがの。これがまた骨の折れる仕事で、並の人間にはできんよのう」
目の前の白髪だらけの婆さんも、モウロクしているようには見えない。やはり俺がハズレを引いただけなのだろうか。
「じゃあ、芋虫にコウモリの羽が生えたような奴はいくらなんだ」
「ほう、その芋虫には緑の線が入ってたかえ」
「うーん、確かに、そんな色が入ってたかな……」
「金貨8枚! それは糸を操る妖魔ぞ」
「くそがッ!!!!!!!!!」
「ひいっ。あんまり年寄りを驚かすもんでない。心臓が止まるかと思ったぞえ」
きっとあの二人は、これから数か月は遊んで暮らすことだろう。
この婆さんも、これ以上ないくらい怪しい見た目だが、妖魔の知識だけはあるようである。俺ももう少し知識を仕入れておいた方がいいだろうか。
どちらかというと妖魔は俺が得られる能力に似たような感じで必要そうには思えない。しかし金になることだけは間違いない。
「それで売るのかえ」
店内にあった椅子に腰かけて考え込んでしまった俺に、婆さんはさほど興味なさそうにそんなことを言った。
「両方買い取ってくれ」
婆さんはうむと言って、取り出した銀貨を俺の前に置いた。
落ち着いてよく見ると、婆さんの体からは黒い妖気のようなものが立ち上っている。
どうりで怪しいような印象を受けると思ったら、本当に怪しげな婆さんだった。
「それは?」
「ふむ、この妖気のことかの。これは大量の妖魔と契約した者に現れる召喚士の格のような物。これを纏った物には喧嘩を売らんほうがええぞえ」
なんだかかっこいい。
それに妖魔については確かな知識を持っていそうである。とりあえずこの婆さんから聞き出せることを聞き出しておこうか。
この店も流行ってるようには見えないし、どうせ暇を持て余しているのだろう。
「もしや、お主は今日一日で二つの妖魔を見つけたのかえ」
「まあな」
「なんぞ金の匂いがする小僧じゃ。おぬしゃ、なんら変わった能力でも持っとるのかえ」
そんなことを、この婆さんに話してもなんの得もない。
「それよりも、俺におすすめの妖魔とかないか」
「そりゃ難しいことを言う。おぬしの戦い方もわからんで勧められるものでもあるまい。見たところ魔法を使いそうだがのう。その割りにはものを知らな過ぎる。どうだえ、なんぞ妖魔を探す当てがあるなら話してみんか。商売がら秘密を守るのにはなれとる」
もしこのババアが俺の秘密を他人に喋ったら面倒では済まないことになる。
そうなったら、この婆さんを殺して俺の能力で妖魔すべてを奪い取ってやろうと考えたわけでもなかったが、戦って負けるような気もしないので話してもいいように思えた。
それに俺の恐ろしい能力を知ってしまった方が、変に騙そうとしたりしないだろう。
この暇を持て余していて、知識だけはありそうな婆さんが協力してくれるというのなら悪い話ではない気がした。
今日の鉱石や妖魔についてもそうだが、俺は知らないことが多すぎる。
「どうするね。そんなところに座り込んで何を考えることがありなさる」
俺は自分の能力について、婆さんに洗いざらい話してみた。
魔力感知の部分に触れると、それまで生気の抜けたような顔をしていた婆さんが目を見開いてこっちを見る。
その迫力に俺は二歩ほど後ずさった。
老い先短いくせに、なにをそこまで金に執着することがあるのだろうか。
それにしても、こんな婆さんを信用して全部話す俺もどうかしている。しかし、この婆さんは魔族寄りというか、魔法などに関わりが深すぎて、こちらよりの立ち位置であるような気がしたのだ。
「おったまげた。おぬしゃあ、たいそうな大物になるぞえ」
「それで――、なんかアドバイスはあるか」
「あるともさ。まずおぬしに足りないのは攻撃手段じゃろな。それも魔力を使わない剣を使った攻撃があるとよい。おぬしの魔力は、体力と同じように生命線になる。妖魔や魔法はまだ早い。もっと鍛えてからがよかろ」
鍛えてというのはレベルを上げてからという事だろうか。
「それと、魔力を感知する能力はイビルアイという魔物が、より強力なものを持っているかもしれん。悪魔族の多いダンジョンに出るが、お主にはまだ難しいよのう。――となると、まずは魔力が足りないのをどうにかすべきよな」
婆さんは何やらごそごそとテーブルの下を漁り始める。おすすめの妖魔を教えてくれという話だったのに、何故か剣を買えという話になった。
剣を振りまわすには、俺のレベルが足りてない様な気がするが、魔力がカツカツというのも言われてみればその通りだ。
「よし、あったぞえ」
婆さんが寄こしてきた妖魔の石には、毬藻のようなものが入っていた。
「こいつをお主にやろう。そのかわりおぬしが見つけてきた妖魔は全てワシに売りんしゃい」
「こいつの価値は」
「金貨110枚といったところか。最初は驚くほど役に立たんが、育てればダンジョン内の魔素を魔力に変えてくれよる」
育てればという言葉がよく出てくるから、たぶん妖魔にもレベルのようなものがあるのだろう。それにしても、どこぞの馬の骨に、金貨110枚分の投資とは賭けに出たものである。
「わかった。それでいい」
「こう見えて伝手は多い。いくらもってきても高値で売りさばいて見せるわ」
「ところで婆さんの名前は?」
「マリーと呼ぶがええ」
俺は婆さんに言われるがまま、妖魔と契約を済ませた。契約を済ませても特に変わったところはない。石から俺の体の中に毬藻が吸い込まれたが、体のどこに行ったのかもわからない。
「貴族に飼い殺されるのが嫌なら、その力については二度と喋らぬことだ。首輪をつけられて手足の一つも落とされるかもしれん」
「気を付けるよ」
「では共に儲けようぞ」
人を不安にさせるイヤな笑顔をマリーが見せた。
最後に魔法の種類について書かれた本を貸してもらい、俺は店を後にした。
外に出てステータス画面を確認してみると"藻草Lv1"の表記が追加されていた。もぐさと読むのだろうか。こいつが俺に魔力を供給してくれるさっきの毬藻だろう。
俺は、宿を取ったら剣でも見に行くかと考えながら大通りを目指して歩いた。
大通りに着いて宿に入ったら晩飯が食えるというので、腹が減っていたからさっそくそれを食べた。この世界に来てから初めての温かい食事だったので美味しく感じられた。
宿の部屋は銀貨四枚で40クローネもしたのに、安っぽくて、不潔で、セキュリティーも何もないような部屋だった。
荷物を置いておく気にもなれない。
俺は宿を出て武器屋に行ってみることにした。
武器屋で折れた剣を下取りに出して、査定してもらう間に店内を見てまわった。
店主にナイフについて聞いてみると、詳しい話を聞くことができた。
まず刃先の方が広くなって先重りするものは、遠心力を利用して叩き切る用途に作られたものである。これは少ない力でも切断力が出せて重量はあるが楽だという。主に薪集めや硬い骨などを砕くのに適している。
次に先が尖っていて持ち手の延長線上に槍状の先端を持つものは、突くための武器になるナイフだ。これはあまり長いと使いにくく、短めのものがいいそうである。必ずヒルトと呼ばれる鍔のあるものを選ぶことが重要だと言われた。突いたときに手が滑ると刃の部分を握ってしまうからだろう。
俺がゴブリンから奪ったナイフはボウイナイフのような形状で、どちらの用途にも使えるよう考えられて作られたものだった。
思わぬ名品である。
しかもミスリルと鉄の混合された素材からできており、刃持ちもいいとのことだった。これは研ぎなおしてもらって使うことにする。研ぎなおしてもらう費用は10クローネだった。
もっと小まめに研ぎなおさないとダメだと怒られた。
店に飾ってある武器の方は、青っぽいガラスにしか見えない素材や、石で出来ているのではないかというようなものが多くて、俺にはどれがいいのかわからない。
店の親父に聞いても魔導剣だと言うきりで説明はなかった。
そして弓というのもいいかなどと迷いが出る。まあ、使ったこともないから選ばないのが無難だろう。
剣の値段も価格差が激しい。真鋼と書かれた場所に見慣れた武器があるが、金貨何十枚という値段が提示してある。えらく高いが、店に置いてある中では高い方でもない。
全体的に思っていたよりも値段が高い。運動部のマネージャーが抱えていそうな、どでかいヤカンを思わせる薄っぺらな兜ですら金貨二枚とあるのだから、金属の鎧はさらにその上をいく値段だ。
当然、俺などに買えるわけもなく、買ったのは頑丈に作られたショートソードという感じの剣だった。その素材は銅にした。
銅は曲がりやすい素材だが、切れ味は保証するとのことである。
正直なところ鉄の剣でも同じ価格であれば、それは失敗作だから硬いものを斬れば簡単に折れてしまうと言うので仕方ない。
しかし銅なら何をぶっ叩いても曲がるだけで折れることはない。そのぶん、刃持ちなんてものには微塵も期待できないという面がある。
俺は鞘とベルトも一緒に買った。
価格は575クローネである。
まったく嫌になるほど高い。こんなことで、金貨300枚など貯められるのだろうか。
妖魔と魔結晶で稼いだ金がほとんどなくなってしまった。
しかし、猫耳の彼女の事を思い出すと弱気になってもいられない。何としても彼女のことは救いたいのだ。
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