第4話 ダンジョン




 虎のおっさんは気さくに教えてくれた。

 地中深くにある、核になりえる石に魔素が貯まりすぎると、大きな地殻変動が起こりダンジョンが出来上がる。大量の魔素が生まれ、それに反応してモンスターが生まれるそうだ。

 大きなダンジョンが生まれる時には、何百キロも先まで揺れが伝わることもある。


 そのダンジョンを作ったのが中核であり、宗主とは中核の欠片を取り込んだボスのようなものであるらしい。

 ダンジョンは途中に大きな空間があり、そこに宗主が生まれる。そして、その大部屋までを一つの層として呼ぶ。浅い階層には比較的小さな核片を取り込んだ宗主がいて、奥に行けば行くほど手ごわい宗主が出てくるそうである。

 つまり転移門を開く階層のボスがまだ倒されているかどうかという事を魔術師は言っていたのだ。


 ボスが落とす中核にはかなりの価値があり、一獲千金を狙うことができる。しかし転移門で行ける程度のダンジョンに、ボスなどがいることはないという話であった。

 ボスを倒すなら自前で転移門を開ける者を雇うか、自分で魔法を覚えてダンジョンの攻略に乗り出すのが普通だそうである。


 中核を取り込んだボスは、小さいものでも命がけで戦う相手だということである。

 だから危険ばかり大きい宗主のいる階層よりも、宗主のいない階層で敵を倒していた方が堅く稼げるという話だ。

 俺はまず何からしたらいいのだろうか。

 いきなりダンジョンに行くというのも危険すぎるような気がする。


 それにしても、さっきからローレルのことが頭から離れない。昨日会ったばかりで、ろくに話したこともないというのに、まさか好きになってしまったのだろうか。

  馬鹿な話だと思うが、虎のおっさんに説明してもらっている時でさえ、ローレルの事を考えていたら下半身に血が集まっているのを感じたくらいだ。

 真面目に考えないと、つまらないミスで命だって落としかねない世界にいるというのにである。


 俺は考えた末に、モンスターの種類が多いダンジョンを選ぶことにした。

 相手の能力を取り込める俺には、とにかく能力を集めることこそが最初にすべきことだ。ボスを倒したり金を稼いだりするのはその後でもいい。

 めぼしい転移門はないかと聞いていると、初心者向けだといううたい文句で人を集めている呼び込みが始まった。モンスターの種類も5つくらいの名前を挙げているからちょうどいい。


 多くても2~3人程度のパーティーばかりなので、俺がソロで参加しても何とかなるだろう。

 その男に20クローネ払うと、マイカのダンジョン一層という場所に、10人ばかりまとめて転移門で移動させられる。転移門の先は天井に光る石の備え付けられた、ある程度整備されていると思われる洞窟だった。


「この場所を覚えておいてください。午後にはここで帰りの門を開いています。日が暮れてしまうと帰れなくなりますので注意してください。もしそうなった場合は、あちらに進むと出口があり、そこから北に道沿いを進めば村があります。それではお気をつけて」


 ダンジョンの中には、先に連れてこられたであろう人たちが広場で準備をしている。ここだけでかなりの数が転移させられているのだと思われた。

 とりあえず周りに人がいなくなるまで奥に進もう。

 まったくの手探りだというのに、敵と戦うよりも人目を気にしなくてはならないというのが辛いところだ。いくらするのか知らないが、転移門の魔法を覚えることも視野に入れよう。


 初めてのダンジョンで少し怖いが、三週間以内に金貨300枚を集めなければいけないのだ。こんなところで臆している時間はない。

 俺は小走りくらいのペースで広い洞窟内をどんどん進んでいった。

 体に多少の疲れを感じても血界魔法で酸素を供給しただけで、また全身に力がみなぎってくる。


 30分ほど走ったところで横道に入った。最後に人とすれ違ってから10分ほど走ったので、そろそろ敵を探しても良い頃だろう。


 ここを訪れる冒険者は多いのか、中心を通る一番大きな洞窟にはモンスターの影はなかった。だから俺は横道に入って探すことにしたのだ。

 最初に現れたのは四足歩行の蜘蛛みたいなモンスターだった。いきなり強酸性の液体を吐きかけてきたので氷の槍を飛ばした。

 氷の槍が刺さると、そこから色を変えてモンスターは砕け散る。


 得られた能力はない。

 溶解液でも覚えられるのかと思ったが、どうやら溶解液は能力の扱いではないらしい。特性という事なのだろうか。

 次に現れたのは巨大なコウモリだった。

 俺を発見するなり、もの凄いスピードで音もなく首筋めがけて飛んできた。


 首を庇うと、素早い動きで俺の胸のあたりに取り付き、鋭い牙で噛みつこうとしてきたので首を掴んで折った。

 今度はちゃんと能力を得ることができた。

 得られた能力は"振動波感知"だった。特に意識することもなくまわりの地形などが手に取るようにわかるようになっている。しかも魔力は減っていないので、発動する必要のない能力らしい。


 そういえば、状態の能力も魔力は使ってはいなかったことを思い出した。そのような能力もあるのだ

 この能力が一つ増えただけで、レベルも上がってないのに俺の戦闘力が28も上がっている。

 たしかに背後の地形すらわかる。小さな音の反響を受け取っているような感覚で、地味だがかなり使える能力である。

 幸先がいいなと思いながら暗い方へと入って行った。


 闇に紛れて戦うスタイルは、コウモリなどには通用しないだろう。それでも何故か暗がりに入ると落ち着くのだ。

 次に現れたのはスライムだった。

 こいつも酸性の液体を吹き付けてくる。皮膚に触れると煙が出るほど強力な酸である。ナイフで何度か切り付けると液状になって消えていった。


 今度もまた溶解液は手に入らない。代わりに"魔力感知"という能力を得た。

 あのスライムは魔力を吸収して生きていたようだ。

 この能力で上がった戦闘力はたったの5だ。

 振動波感知と被っているし、魔素のせいか洞窟内に感じられる魔力はそこらじゅうにあるので、そんなに使い勝手のいい能力ではない。


 しばらくコウモリと蜘蛛の相手をしていると、動いている岩を見つけた。よく見れば下の方に亀のような頭と手足が出ている。

 近寄ると威嚇をしてくるが、特に危険は感じられない。

 こんなものを攻撃したらナイフを駄目にしてしまいそうだ。しかし氷の魔法が効くとも思えない。


 こいつが使える能力を持っている場合もあるだろうから、倒さないで進むという選択肢もとりたくない。

 動きが遅いので逃げられる心配はないから、しばらく思案したのち、折れた剣で頭を斬り飛ばすことにした。

 だが剣を振り下ろすと、目にも止まらないようなスピードで頭をひっこめられた。


 剣が足元の岩にぶつかって火花が散る。何度か試して上手く行かないので岩ごと倒してみたが、下側も堅そうな岩の塊である。

 仕方がないので、頭が出入りしている穴をめがけて、血液の刃を撃ち込んだ。体力と魔力が10ほど減るが、魔力と引き換えに体力は補われた。

 岩亀はそれで絶命して、岩の隙間から乾いた灰が流れ出してくる。


 灰と一緒に、今日初めてとなる魔結晶が出てきたので鞄に入れた。このペースでは一日やっても大した数は集められない。

 得られた能力は"竜の顎"である。名前は凄そうだが噛む力が強くなるというだけのものだ。

 苦労して手に入れた割には、戦いに使えもしない能力だった。大体これこそ能力というより特性なのではないだろうか。


 亀は無視して、スライムと蜘蛛とコウモリだけを倒しながら進んでいくことにした。

 しばらく続けていると、どのモンスターも魔法を使わずにナイフだけで倒せるようになってきた。

 四時間ほど同じ作業を続けると、ゴブリンの洞窟で見た青白い松明の明かりが見えた気がした。

 近づいてみると、それは浮遊する火の玉だった。

 無造作に近づいてナイフで切りつけると、火の玉が爆発して炎をまき散らす。


 凄まじい熱量を感じ、顔の焼ける感触がして俺は地面の上を転げまわった。顔の形が変わるほどの大火傷を負って、それを回復するために50もの魔力が失われた。

 マジで死ぬかと思った。

 大損害である。あれはきっと攻撃してはいけないモンスターだったのだ。

 そういえば、転移門の魔術師がフォウルという魔物には手を出すなと言っていたような気がする。俺は魔物の名前なんて知らないから、適当に聞き流してしまっていた。


 しかし倒したおかげで"魔力焔硝"という火薬に似た特性を魔力に付与できる能力を得た。

 これは自分の魔力を火薬に変える能力なのだが、今のところ用途は自爆くらいしか思いつかない。

 そのうち魔力の操作でも覚えられたら、何かしらの使い道ができるといったところだろうか。

 作り出せる火薬の燃焼力だけは折り紙付きである。


 もう二度と火の玉には手を出さないようにしようと心に誓いながらステータスを確認する。

 現在のレベルは13で、魔力は41/132である。

 もし魔力が足りなかったら死んでいたかもしれない。

 気を取り直して進もうとしたが、洞窟はそこで終わっていた。どうやら最初に走ってきた広い本道からそれた枝道には短いものもあるあるらしい。


 俺はそこで昼食をとってから、もと来た道を引き返した。

 ここまでに出た魔結晶は9個と、ゴブリンよりも効率が悪い。

 いや、今日は能力を得るために初心者用のダンジョンを選んだのだ。効率など、はなから捨てていたに等しいのだから気にしてもしょうがない。

 それにしても初心者用だからか、今の俺には簡単すぎるような気がする。


 しかし考えてみればそれもそうである。すでに血界魔法によって、魔力がある限り肉体的なダメージは残らないし、魔法すら簡単に覚えられるのだ。この世界の一般人とくらべて10倍もの戦闘力があるのだから、俺にとって簡単でなかったら普通の人はダンジョンに挑むことすらできない。

 それでも、既にレベルは上がらなくなってきている。

 レベル13になったのは、このダンジョンに来てすぐだったはずだ。それなのにいきなり上がりにくくなって、まったく数字が変わらなくなった。


 とはいえ戦闘力だけは上がっているのだから、能力を得られるだけで我慢すべきだろう。俺はこの世界に来て三日目なのだ。それに、今のところ俺がレベルによって恩恵を受けているのは魔力と動体視力の部分だけである。

 俺は能力的にもレベルに対する依存度はそれほど高くない。

 一番広い通路に戻ると、他の冒険者が何人か休んでいるのを見ることができた。俺は少し気になって声をかけてみた。


「その袋に入っているのは、すべて魔結晶なんですか」

「そんなわけあるか。鉱石だよ」

「そういうのも見つかるんですね」

「なんだ、ルーキーかよ」


 自分も初心者用のダンジョンにいるというのに、何が気に入らないのか目の前の男は機嫌が悪そうだ。

 しかし戦闘力は、2人足しても100に届かないくらいだから気楽である。


「いい身なりをしているくせに、なにも知らねえんだな。勉強不足だぜ。鉱石が取れる場所は、鉄であれ銅であれ基本的には秘密にするもんだ。そんなのを嗅ぎまわるのは危ないぜ」


 声をかけた男の連れが、そう教えてくれた。

 なるほど、自分の飯の種を嗅ぎまわられたことに対して腹を立てたのか。

 そういった小遣い稼ぎの仕方もあるらしい。


「ここじゃ重たいだけで安い鉱石しかないが、銀や金、それにオリハルコンなんてのもある。それに、細かく見てれば降魔術や召魔術のタネがあるかもしれないだろ」

「タネってのは何ですか」

「おめえは馬鹿か? 魔物が閉じ込められた石のことに決まってるだろうが」

「それは、あのスライムみたいなのが石に入ってるってことですかね」

「頭でも打ったんじゃねえのか。あぶねえ奴だぜ」


 俺が最初に話しかけた方の男の顔色が変わる。聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。


「いや、世間知らずなんだろ。お前が言ってるのはモンスターだ。人間が使役できんのは妖魔。使役して力を引き出したり、実体化させて戦わせんだよ。ちょうどいいや。今日は一つ見つけたから見せてやるよ」

「おい、こんな奴に見せて平気かよ」

「大丈夫だって、こんなガキに何が出来んだ」


 そういって男が見せてくれたのは、琥珀のようなオレンジ色をした透明な石だった。中には虫眼鏡で見なければわからないくらい小さな、芋虫にコウモリの羽が生えたようなものが入っている。


「凄いですね。これ一つでいくらくらいするもんですか」

「そんなこと俺たちにわかるかよ。ピンキリだ。専門家に鑑定してもらって、運が良ければ金貨数千枚なんてこともある」


 さっそく金儲けの光明が見えてきた。

 もとの世界の知識は金にするのに時間がかかるが、こういった物なら手っ取り早く金を作ることができる。

 魔力感知によって、その琥珀色の石は目をつぶっていても感じ取ることができた。

 ただちょっと離れていると、ダンジョン内の魔素が濃すぎて魔力の輪郭がぼやけてしまう。


「だけどまあ、こんな魔素の薄い階層じゃ期待薄だけどな」

「そうなんですか。貴重な話をありがとうございます」

「なあに、いいってことよ」


 俺は二人組から離れて、ダンジョンの奥を目指した。

 すでに俺の頭は、琥珀色の石でいっぱいだった。

 見つけるのはたやすいから、問題はいかにダンジョン内を安全に移動するかである。

 流体化して地面をはいずっていれば危険はないように思えるが、あれは2秒弱につき魔力を1消費するので、今の俺では3分ともたない。


 やはりモンスター退治のついでとして探すというのが無難だろうか。

 それとも強いパーティーの荷物持ちでもして、ついていかせてもらうというのも悪くない案に思える。まあ、それだと怪我でもして血界魔法が発動したら、悪くすれば斬り殺されかねない。

 そんなことを考えているうちに、さっきの妖魔が眠っているという石に近い反応を見つけた。


 こんな人通りの多いところにもあるのだろうかと、反応のある地面の土をどかすと琥珀色の輝きが出てきた。

 石の中には、頭が二つある鼠が眠るようにして入っている。

 幸先のいいスタートに、勝手に顔がにやけてきてしまうのを抑えられなかった。


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