第3話 奴隷商
馬車に乗っていると、御者の男からお願いしますと合図が入る。
どうやらゴブリンが出たらしいと、わざわざ下に降りるのも面倒だから氷精使役の能力を使って氷の槍を飛ばした。
ナイフなんかで刺すよりもずっと威力の高い氷の槍は、ゴブリンの胴体を斬り飛ばす。
魔力の消費は13だから、一晩眠った今なら4回は使えることになる。
これでいいだろうと思っていたら、俺の手際を見ていたオカマが驚いたような顔をして言った。
「凄い魔法を使うじゃない。かなりの手際ね。けれど、まるで魔族のような魔法の使い方だわ」
「そ、そうかな」
少しドキリとしたが、傭兵の仕事にはなっているようで安心する。そんなことを考えていたら、ゴツイ顔が目の前に迫っていた。
「だれに習ったのか知らないけど危ない使い方よ。それ、あまり人前でやらないほうがいいわ。魔族だとチクリが入ったら、あっという間に絞首台行きなのよ」
かなりシリアスな忠告であるようだ。
魔族というのはやはり嫌われているのだろうか。むしろ恐れられている感じにも思える。
俺の魔法はモンスターから奪ったものだから、それが魔族に似ていると言うのなら、魔族もモンスターに近い存在なのかもしれない。
もし血界魔法なんか使っていたら、本当に絞首台だった可能性もある。
人前で魔法を使うのは控えようと心に決めた。
試しに状態と頭に思い浮かべてみると、馬車の上にいる人を対象にしても使うことができた。
レベルは平均して20前後で、体力と魔力は200前後である。俺よりもレベルが高いのは、この世界にそれだけ長く生きていることの表れだろう。モンスターと戦う以外でも、なにか経験値が入るようになっているに違いない。
戦闘力の数値に関しては、筋骨隆々の大男がたったの36で、女の子は14とかしかない。普通の男でも20をちょっと超えるくらいだ。これなら見知らぬ男に護衛を頼むのもううなずける話だ。
一人だけ戦闘力78の男がいるから、そいつがオカマ男の言う護衛なのだろう。
俺の血界魔法は、レベルが上がるに比例して、かなりの戦闘力を生み出しているようだ。
この数字を信じるならば、こんな大男が10人束になっても俺には及ばないという事になる。
とはいえ、この数字を信じる根拠は、今のところ何もないようにも思えた。しかし俺の状態に関して言えば、それなりに現状を表しているようにも感じる。
いろいろと試してみないと判断がつかないというのが現状だろう。
しかし空腹で考える気力もなくなった俺は、膝を抱えてうずくまった。
昨日から何も食べていないから、体にまったく力が入らない。
めまいがするような空腹に苦しんでいたら、オカマの連れがパンのようなものを取り出してみんなで食事を始めた。
思わず生唾を飲み込んで見入ってしまった俺に気付いて、猫耳の女の子がパンを半分、俺に差し出してきた。
我慢できずに、俺はそれを受け取ってかぶりついた。硬くてぱさぱさした、お世辞にもおいしいとは言えないものだった。
「アンタに与えたパンも、アンタの体も、全部アタシのものなのよ。価値を落とさないために与えているのをわかってないのかしら。食べ物を出してるのは高値で売るためなんだから、それを勝手に人にあげていいわけないじゃない。人の心配するより、自分のこれからを心配したらどうなの。安く売られて困るのはアタシだけかしらね」
突然オカマが猫耳の子を叱り始めた。ぐちぐちと俺にパンを分け与えたことを責めている。
猫耳の女の子は、どうやら口減らしのために奴隷として売られてきたような様子だった。世知辛い世界である。
となると、この口調のおかしい大男は奴隷商人という事だ。
改めて見ていると、しょげている猫耳の女の子は、どことなく俺の幼馴染の面影があるような気がした。
もちろん俺の幼馴染はここまで可愛くない。しかし雰囲気のようなものが似ているような気がしたのだ。なぜそんな気がしたのかはわからない。共通点と言えるのは肌が白いことくらいしか見つからない。
俺の気持ちを知っていながら急に先輩と付き合い始めた、くそったれの幼馴染だ。
知らされたときは見返してやりたいとも思ったが、そんなことで俺の魂が救われるわけもなく、生きる気力まで失わされた相手である。
だから事故に遭って死んだときも、別にいいかくらいに考えていたような気がする。
自殺したと思われずに死ねたなら、誰に迷惑かけることもなくていいと、あの時の俺はそのくらい気楽な気持ちで血だまりに横たわっていた。
そうだ、俺は死んだのだ。なのに気づいたら、あんな訳のわからないゴブリンの巣穴に放り出されて死闘を繰り広げる羽目になっていたのだ。
それはもういい。それにもとの世界のことを思い出すのはもうやめよう。
この世界のいいところは、余計なことを考える暇がないところだ。そこだけは気に入っている。
しょげている猫耳娘を見ていたら、少しだけ申し訳ない気持ちになった。奴隷として売られた彼女には、どのような未来が待っているのだろうか。
奴隷商に与えられた食事を半分俺に寄こしたのは、どんな気まぐれからだろう。
その日、深夜になるまで馬車に乗っていたら大きな街に着いた。
どこにも泊まる場所がないと言ったら、宿はもう閉まっているから商館の部屋を貸してやるとオカマが言ってくれた。
街に入って馬車が止まってから、中心地に向かってしばらく歩くと目的の建物があった。
なかなかに大きな店構えで、クリントという名のオカマはそこの店主だった。
周りは漆喰の建物ばかりだったので、レンガ造りであるクリントの店はかなりの高級店であると思われる。内部は奴隷用のタコ部屋が男用2つと女用2つに、接客用の部屋が一つある。
その接客用の部屋で寝ていいとのことだが、埃まみれの体では困ると、外の井戸で体を洗ってくるように言われた。
「ローレル、手伝っておやり」
クリントに言われて、猫耳娘が俺について一緒に外に出てきた。
そのローレルに井戸の水を汲んでもらって体を洗い始める。服を脱ぐのは恥ずかしかったが、ろうそくの明かり一つしかない暗闇の中では何も見えないだろう。
手伝っておやりと言われたが、何を手伝ってもらうことがあるのだろうと不思議だったが、ローレルも裸になった俺を前にして顔を真っ赤にしているだけで動きがない。彼女もクリントに何を手伝ってやれと言われたのかわかっていない様子だった。
「ふ、服を洗いますね」
そう言って、彼女は俺の着ていた服をその場にあった洗濯桶で洗い始める。他人が何百年も着ていた服だったから、ここで洗ってもらえるのは純粋にありがたい。
それから借りた手拭いで体を拭いていると、クリントがバスローブのような服を持って現れた。
クリントのものだと思われる、やたらと大きな服だ。
「応接室に寝てもらおうと思ったんだけど、急な客が来てしまったのよね」
「ずいぶんのん気にしているけど、客を待たせていいのか」
「いいわよ。イヤな奴だからわざと待たせてるの」
旅装束から普段着に着替えたクリントは、軍人貴族といった風情になっている。凛々しい肩の筋肉がはち切れんばかりにシャツを押し上げている。
それが女言葉で話しているから正直言って気持ち悪い。
そんなだから、この男に嫌悪感を抱かれている客というのはどんな奴なのだろうと、少しだけ興味を持った。
すぐ終わるからここで待っていてくれと、俺は応接室の前で待たされることになった。
外にいても中の会話は聞こえてくる。
身分の高そうな喋り方をする男が、クリントがやっと旅から帰って来てくれたと喜んでいた。
これ以上待たされたらクリントを牢屋に入れたくなっていたかもしれないと、冗談に聞こえないような調子で喋っている。
さっそく新しい奴隷を見せてくれ、それだけ見ないと帰れないと言って急かしている。
応接室の中でクリントが二度手を叩くと、どこからともなく一人の女が現れて、さっきの馬車で一緒だったローレルを含めた数人の奴隷を連れて応接室に入って行った。
男が気に入ったのはローレルであるようだった。
それはそうだろう。あれほどの美人は滅多にお目に掛かれるものじゃない。もとの世界の基準で言えば、アイドルだってあんなに顔の整ったのはいないというくらいだ。
連れてこられた奴隷たちが応接室を出ると、応接室から聞こえてくる声は小さくなった。
そして性奴隷というワードが俺の耳に入ってきて背筋が寒くなる。
もしかしたら、あのはかなげな印象のローレルは、働き手としてではなく娼婦のようなものとして売られてきたのだろうか。
あの俺とまともに喋ることすらできなかった人の良さそうな少女が、そんな重い運命を背負っていたのかと思うと息苦しさのようなものを感じた。
しばらくして、声から受けた印象通りの脂ぎった醜い貴族の男が、鎧を着こんだ男を一人引き連れて部屋から出てきた。
護衛らしい男は、重そうな金属の鎧と隙のない動き、そして傷だらけの体から只者ではない雰囲気を漂わせている。
状態と頭に思い浮かべると、300を超える戦闘力の数字が表れるた。血界魔法を持つ俺と同等くらいに戦えるというのは、いったいどんな能力を持っているのだろうか。
二人が帰ると俺は応接室の中に呼ばれた。
「今のが、うちのお得意様のブノワ・オールウインよ。連れていたのは、もと従士から貴族になった男ね。この街の人間じゃないなら、オールウィン家と言ってもわからないでしょうけど、この街を任されている領主よ」
「な、なあ、ロ、ローレルも性奴隷なのか」
クリントはそんなの珍しい話でもないでしょうという態度で俺の言葉を流した。
「それどころじゃないわ。あいつはひどいサディストで、あまりにも綺麗な奴隷を買うと、かわいさ余ってよく殺してしまうのよ。それでしょっちゅう新しいのを買いに来るわ」
ローレルの置かれた余りの境遇に、俺はまるで自分の事のような衝撃を受ける。
「それを罪には問うことはできないのかよ」
「握り潰しされて終わりね。だからローレルも……言いたいことはわかるでしょ。あの子にはせっかく魔法の才能もあって、あんな奴の慰み者になる以外の道もあるのに」
クリントは、俺に同意を求めるかのようにそんなことを言った。
「それを俺に聞かせてどうしようってんだ」
「腕の立つ冒険者なんでしょ。ワタシだって、好きであいつに殺されるおもちゃを集めてるわけじゃないわ。色々と仕込みがあると言って、三週間くらいなら待たせることもできるの。代金も安くして金貨300枚でいいわ。先に買い手が現れたとなれば、あのクズにも言い訳が立つ」
まるで、俺にはローレルを買い取るだけの財産があるかのような言い分だ。俺はこの世界の金を見たことすらないのにである。
「一文無しだと言ってるだろ」
「だけど稼ぐ当てがないわけでもないように見えるわ」
確かにそれはそうだ。しかし何をもってそれを見抜いたのだろうか。もとの世界の知識や俺の能力に関しては、クリントにわかるはずがない。
それにローレルを助けてやりたいと思う部分を利用されているような気さえする。俺には困っている人をすべて助けて回るような余裕があるわけではない。
しかし、こんな話を聞かされてしまって、助けないという選択肢もないように思えた。
それに彼女に興味がないと言ったら嘘になる。
「こんな商売をしているわりに甘いことを言うんだな」
「彼女は亜人の中でも稀に見る素質の持ち主だわ。冒険者が連れて歩くのに、彼女ほどのパートナーはいないわよ。せっかく他の道があるのに、あんなのにくびり殺されるのを見過ごしたんじゃ、彼女の両親から引き取ってきた手前、さすがのワタシも寝ざめが悪いのよ。それにアナタは変わった魔法の使い方をするから、ギルドの即席パーティーなんかに参加したら、すぐさま悪いうわさが広がって終わりよ。その点、奴隷なら契約さえ済ませれば一蓮托生、ご主人様を裏切るなんてことはないと言っていいわ」
俺の服でも見て金が作れると思ったのだろうか。確かにあれは服としてなら最高級の部類だろう。魔法的な効果まで付与されている。しかし、まともな剣の一本もないのだ。
まあ、そう思っているのならそれでもいい。
俺には血界魔法と相手の能力を奪う力があるのだ。たしかに金だって稼げるだろう。
それにクリントが言う通り、俺が普通のパーティーに参加するのはやめておいた方がいいだろう。怪我をすれば必ず血界魔法が発動してしまうのだ。
そらに俺にある攻撃手段は魔物から奪った物しかない。
そんな状態でパーティーなど組めるわけがない。
それに彼女を助けたいと思っているのも間違いなく俺の本心なのだ。
その日は貸してもらった応接室のソファーの上で眠った。
翌朝起きると、吸血鬼の館から拝借してきた服が綺麗になって畳まれていたのでそれに着替えた。
クリントは打合せやら挨拶やらと忙しそうにしているので、軽く挨拶だけして商館を後にした。
昨日は暗くてよく見えなかったが、改めて見るとクリントの商館はとてつもなく大きなものだった。庭では武器などの手入れをしている者までいる。
奴隷商館にあれほど大量の武器を置いておく必要は何なのだろうか。
それにしても、外に出るとなんとも心もとない気持ちになってくる。
金もない、計画もない、仕事の当てもない。ないない尽くしで、一体俺にどうしろというのだろう。
ゴブリンたちが落としたなんだかよくわからない結晶が鞄の中に十数個あるだけである。
とりあえずクリントの言っていた、冒険者ギルドとやらに行ってみるしかない。
30分ほど歩きまわったら、ギルドの建物は簡単に見つけることができた。
剣と剣の交差した看板を掲げ、使い込まれた鎧や剣を身に着けた男女の出入りしている建物を見つけたから、たぶんこれだろう。
朝の時間だからかギルド内は喧騒に包まれて、受付まで歩くことさえままならないほどの混みようだった。
受付嬢に登録したいむねを話すと簡単に登録ができた。それでモンスターの落とすアイテムを買い取ってもらえることができるようになったらしいので、持っていた結晶を売ることにする。
この魔結晶はこの世界におけるバッテリーのようなもので、質さえよければいくらでも買い取ってくれるものらしい。
俺の手持ちを並べると、銀貨20枚で200クローネという査定額だった。
銀貨と言っても一円玉より小さい銀の粒だから、値段にしたらカスみたいなものだ。その銀貨は20枚で大銀貨、100枚で金貨と同じ価値だという。
クリントはその金貨を300枚集めて来いと言っていた。
ギルドには依頼もあるが、依頼を受けるにはそれなりの実績が必要だと言われてしまった。
ならば駆け出しが何をするかと言えば、ギルド内にいる転移門使いの魔術師に金を払ってダンジョンまで連れて行ってもらい、そこでモンスターを倒して魔結晶を掘って来るのだ。
ダンジョンはモンスターを倒すことで人間に力を授ける修行場のようなものらしい。
ギルド内では俺の服装を見てなのか、やたらと一緒にやらないかという誘いが多い。もしかしたら魔法使いが貴重なのかもしれない。
それらすべてを断って、俺はギルド内で売っているサンドイッチのようなものを12クローネで二つ買った。
その場で一つを食べながら、転移門を繋げる魔術師がやっている呼び込みの内容を聞いて周った。食べながらというのは行儀が悪いが、周りのみんなもそうやっているのだ。
「近ごろ見つかったオークの砦だよ! 宗主も中枢もないが、領主からの報奨金が出る! 30クローネだ!」
景気よくやっているが、オークがどんなものなのかわからないので見送りだ。
それにしても宗主や中枢とはなんのことだろうか。
俺は手近にいた鼻息を荒くしているトラ男に聞いてみることにした。タイガースの熱心なファンというわけではなく、彼の皮膚が虎のそれなのだ。
話しかけるには恐ろしい相手だが、他の選択肢だって似たようなものなのだった。
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