第19話 激闘

 コートを買った後、約束通りみんなで商業区を回ることになった。

 テレーゼとクレアはここぞとばかりに興味があるもの、主に屋台というか全ての食べ物屋に向かっていく。


「あ、ケイトン私あれ食べたい!」

「ちぇんちぇー、あれはなぁに?」

 特にテンションの高い二人に連れられて、僕たちは右往左往していった。

「ち、ちょっと待って!」

 テレーゼたちはクレープ屋やたい焼き屋など手当たり次第に目移り突進していく。

 もう何件の店に入ったか分からない。

 無限収納の胃袋でもあるのかもしれない。


 しかも、

「ど、どんだけ体力があるんだ」

 しばらくすると、子供の無尽蔵の体力には追いつけず近くにあったベンチに座り込んでしまった。

 彼女たちに連れられ、商業区の端から端まで何往復も歩き続けて、もう足がパンパンだ。


「ケイトさま大丈夫でしょうか?」

 僕がベンチで座っていると、頭上で声が聞こえる。

 顔を上げると、メイド姿のロマナがジュースを僕に差し出していた。

 ありがたく頂戴する。


「ありがとう、ロマナ。みんなは?」

「お嬢さま方ならそこの骨董店に入られました。なんでも迷宮から出た品があるらしいです」

 ロマナの話を聞きながら、もらったジュースを飲む。

 爽やかな柑橘系のジュースが口いっぱいに広がった。

 思ったより喉が乾いていたらしく、一気に口に入れる。

 はぁ。生き返った。


「そっか。ロマナは行かなくていいの?」

「私はケイトさまのお世話をしますと言ってきました。一応護衛のつもりです」

 そういうと、ちらりとダガーを見せてロマナは微笑んだ。

 ロマナには珍しい、どこかいたずらっ子のような笑みだ。


「まぁ。勇者であるケイトさまには必要ないかも知れませんね?」

「そんなことはないよ。いつもお世話になっております」

 僕もおちゃらけてそう返す。

 自然とこちらも笑みがこぼれた。


「ケイトさまは自己評価が低すぎると思います。勇者なのですから時には断固たる態度も必要ですよ?」

「そうはいってもなー。僕は僕だし」

 残りのジュースを飲みながら、そんなことを言う。

 そもそも勇者ではないわけで、相手に対してそんなことできるわけがない。

 僕の答えに不服なのか、ロマナはさらに追求しようと声をあげた。


「しかし、貴族社会にはケイトさまを利用しようとする輩もいるかも知れません」

「その時は、その時さ。いつもそんなことばかり考えていると疲れちゃうよ? ほらロマナも飲みな」

 僕は持っていたジュースの残りをロマナに手渡した。


「え? あ、はい。いただきます」

 ロマナは一瞬躊躇した態度を見せたが、素直にジュースを飲む。

 うん。顔を真っ赤にしてやっぱり喉が乾いていたんだな。


「間接キス。初めてやりました」

「え? なんて?」

 あまりに小さいな声なので、聞き取れなかった。

 ロマナは軽く口を舐めるとなんでもない風に言った。


「いえ。どうも私も喉が乾いていたようです。ご馳走様でした」

「そうか。美味しよねこのジュース」

「はい。大変いいものでした」

 そんな感じで、僕はセリアたちが外に出てくるまでロマナと話をしていた。





 楽しい時間はあっという間で、気がつくとあたりは夕暮れ時になっていた。

 途中でクレアが食べ物につられて迷子になったりしたけど、なんとか見つけることができた。

 あの子自分が迷子になったことすら分からず、一心不乱にアイスクリームをほうばっている。

 なんだかその姿を見ると、怒る気も起きずただ苦笑いするしかできない。


「なんだか昨日より疲れたような気がする」

 アマンダの襲撃より疲れることなんてそうそうないと思っていたけど。

 僕がそうこぼすとテレーゼが元気いっぱいに声を上げる。

「はぁー楽しかったねー!」

 あれだけ行きたがっていたテレーゼたちもご満悦のようだ。

 そりゃ一日中回ったことだし、満足もするだろう。

 しかし、あれだけ回ったのにこの子はまだ元気なのだから、子供の体力はすごい。


「日が落ちるし、そろそろ帰ろうか」

「そうですね。もう帰ったほうがいいかも知れません」

 僕がそう言うとにセリアが返事をする。


「念のため神馬さまに乗って帰りましょう。神馬さま、よろしいでしょうか?」

『いいっすよ。ここも前線すっからね。さっさ帰った方が得策っす』

 そうだ。すっかり忘れていたがここも安全そうに見えて、戦時中の最前線だ。

 安全のために早く帰ることに越したことはない。


「そうだね。また襲われるかも知れないからね」

 喉元に冷たい感触が触れる。

 そんな声とともに突然のことに反応が遅れた。

 気がつくと僕の喉元に短剣が突きつけられていた。

「へ?」

 みんなが固まったのが分かった。

 な、何が起こったんだ!


「ケイトン!」

 いち早く立ち直ったテレーゼの焦った声が聞こえる。

 僕は、首だけて後ろを覗き見る。

 そこには先日見た黒い魔法使いがいた。

「とりあえず、他の子供たちは違うところに行ってもらおうか」

 彼女が僕に短剣を突きつけたまま、何かの魔法をセリアたちに放った。

 その魔法は魔法陣を構成して、彼女たちが淡く光始める。


『まずいっす!』

 神馬が何か危険を察知したらしくセリアを魔法陣から蹴り飛ばした。

 魔法陣が大きく光ったかと思うと、そこには誰の姿もいない。

 飛ばされたセリアはなんとか体制を立て直しながら、僕の方に体を向けた。 


「さすが伝説の神馬。全員飛ばしたつもりだったけど一人余ったね」

「ーーーッ。あなたは! アマンダ! テレーゼたちをどこにやった!」

「その名で呼ばれるのはあまり好きじゃないな。アマダと言ってもらえるかな」

 彼女、アマンダは不敵に笑うとあっけなく僕を解放した。

 セリアは僕を素早く自分の後ろに回すと、腰にかけていた剣を抜く。


「大丈夫だよ。他の子供たちには違うところに飛んで行ってもらっただけだから」

転移魔法テレポート!」

 そんなの反則だ。

 転移の魔法まで使えるなんて、なんでもありじゃないか。

 この魔法で、先日も屋敷まで潜入したのだろうか。

 僕が驚きの表情を隠しきれないのが面白いのか、彼女は笑いながら声をかけてきた。


「そんなに驚くことないでしょ? 僕が転移を研究することなんて当たり前じゃないか?」

 僕たちは一度異世界転移を経験しているのだから。

 そう言うと、彼女は短剣を持っていた手に力を込めた。


「さてさて、早速だけど本題に入ろうか」

 アマンダは笑いながら僕の方を見た。

 その顔は何か企んでいる子供のような笑みだった。


「ケイトくん、帝国に来る気はない?」

「は?」

 帝国に来る? 僕が?


「ふざけているのか?」

「ふざけるもんか。僕はいたって真剣だよ」

 そうと言ってもふざけているとしか考えられない。

 帝国は僕を拉致しようとしていところだぞ。

 誰が行くか。


「それは誤解だよ。帝国は君を保護しようと考えているんだ」

「信用できない」

 第一セリアたちに危害を加えたやつを信用することはできない。

 僕がそう言うとセリアもそれに同調する。


「先生は王国の勇者さまです。帝国なんかに渡しません!」

「そう、それだよ。僕が言いたいのは」

 彼女は少し残念そうに言う。

 それは同族を哀れんでいるような悲しい声色だった。


「彼は勇者なんかじゃない。ただの異世界から来た一般人だ」

 それは僕に衝撃を当て得るのに十分だった。

 どうして僕が勇者じゃないとバレているんだ!

 これは聖女しか知らない秘密のはずなのに。

 そんな僕の心境とは関係なく、セリアが声を上げる。


「嘘です! 先生は勇者です!」

「嘘なんかじゃないよ。もともとそちらの都合で、勇者にでっち上げられたあられなな迷い人さ」

「そんな迷いごとを私が信じるとでもお思いですか?」

 そう言いつつも、セリアの瞳には怒りの感情が込められていた。

 これはかなり怒っている。

 しかしアマンダはそんなこと関係ないとばかりに言葉を紡ぐ。


「彼は僕と同じなのさ」

「え?」

 彼女は悲しい声色で言った。

 それに僕は聞き返すことしかできない。


「僕も帝国に召喚され、無理難題を押し付けられ何十年、何百年と働かされてきた。そこに人権なんてない、あるのは帝国にある恨みだけだ」

 アマンダは自分が体験してきたことを話し始めた。

 不老不死のギフトを持っていたばっかりに、戦場の最前線にいつもおかれ、無理やり戦わされる日々。

 ある程度自由を手にできたのはつい最近のことらしい。


「きっと君もそうなる。ケイトくん君さ、本当にこちらにこないかい?」

 彼女は優しい声色で言った。

 その声は本当に僕を心配する声だった。


「僕の元に来れば勇者なんて重みから解放される。それに僕の研究が完成すれば、元の世界に帰れるかも知れない」

「元の世界に?」

 その言葉に決意が揺らぐ。

 元に世界に帰れる?本当に?


「そうさ。君も無理やり連れてこられたクチだろう? 何も知らない僕たちを国はいいように使って役目が終われば何をされるか分かったもんじゃない。そんな生活から君を救いたいんだ」

 まるで甘い蜜のような囁きは僕を誘惑するのには十分だった。

 僕は吸い寄せられるように彼女の方に近づいた。


「僕たちはこちらの世界では矮小で、貧相で、脆弱なただの人だ。それを転移者と言うだけで、国はいいように利用する。そんな君を僕は救える」

 アマンダが僕の後ろに転移して体を預けてくる。

 しかし、僕はそれを払いのけようとは思わなかった。

 アマンダに頼れば帰ることができる。僕は……。


「先生から離れろ!」

 セリアがアマンダめがけて攻撃をしようとする。

 しかし、


「ちょっと黙ってて」

 アマンダが放った魔法はセリアに直撃。吹き飛ばされた彼女は、民家の外壁に当たって大きな穴を開けた。

「セリア!」

 彼女の方を見ると、左腕から血を流し盾が完全に壊されている。

 致命傷は避けたみたいだが、すぐに動ける状態ではない。

 

「どうだい? 僕の研究が完成したら一番に君を元の世界に返してあげると約束しよう。安全で、命の危険のないあの生活を一緒にと取り戻そうじゃないか」

 そんな彼女をよそにアマンダは僕に声をかけてくる。

 でもそれどころじゃない。セリアが!


「先生、に…げてください」

「セリア……」

 彼女は壊れた民家から血を這うように這い出てきて言う。


「セリア、僕は!」

 勇者ではない。そう声に出そうする。

 だから、もうやめて欲しかった。

 しかし彼女は、

「私は先生が勇者でなくても構いません」

「セリア」

 彼女は、ボロボロなのにまだ戦おうと必死にもがいている。

 それに比べて僕は何をやっているんだ。


「私は先生が頑張っているのを知っています。神馬さまの時もドラゴンの時も一番前に立って、私たちを守ろうとしていたのを知っています」

 セリアは一つ一つ言葉に込めながら、感情を爆発させる


「何度倒れたって、失敗したって。先生は私たちの勇者です!」

 そう言って彼女は立ち上がった。

 足元はフラフラで、左手は血だらけ。

 それでも彼女はアマンダに剣を向けていた。 


「ほんとやめてよね。これじゃ僕が悪者みたいじゃん」

 そう言うとアマンダはまた魔法陣を構築する。

 それはさっきの比ではなく、人一人がすっぽり入るくらいの大きさの巨大な魔法陣だ。


 あんなの食らったら、彼女が死んでしまう。

 本当にそれでいいのか。

 セリアたちを見殺しにして、それで……。


「…ぼ…は、ゆう…だ」

「何か言ったかい?」

 僕はアマンダめがけて聖剣を振り下ろした。

 それに驚いたアマンダは慌てて演唱をキャンセルした。


「僕は勇者だって言ったんだ!」

 ああもう! 帰れるとか、人権無視とか知ったことか!

 僕は彼女たちの勇者なんだ!

 頼りなくても、お金がなくても、何も知らなくても、僕は彼女たちの勇者なんだ!


「かかってこいよ、アマンダ・ファースト! 矮小で、貧相で、脆弱な勇者が相手になってやる!」

「君は……」

 アマンダが困惑した様子が見て取れる。

 僕だってなんでこんなことをしたのか分からない。

 レベルだって相手が上で、勝ち目があるわけでもない。

 それでもやるしかないと思った。





 僕は聖剣を大きく振りかぶると、彼女に向けて勢いをつけて振り下ろした。

「やめないかい? 君の攻撃は僕には通用しないよ?」

「ーーーッチ」

 そんな素人丸出しの攻撃を彼女は透明な障壁で受け止める。

 僕の攻撃が通用しないことは分かり切っている。

 手を出せ! 出し続けるんだ!

 少しでも彼女が立ち直る時間を稼ぐように!


「うぉぉぉぉ!」

 出鱈目に剣で殴りつける。

 もともと攻撃力なんてないものだから、とりあえず手数を出すしかない。

 そうして何度目かになる攻撃を全て防ぎきられる。


「はぁはぁはぁ」

「君の攻撃じゃ僕には届かないよ」

「じゃ私の攻撃ならどうですか!」

 セリアの炎がアマンダに向けて放たれる。

 しかしそれ予期されていたのか、すぐに障壁を貼られて対処された。


金剛壁ダイヤモンドウォール

 アマンダが張った金剛の壁は前回と同じく、少し融解したが攻撃を全て受けきってしまった。


「君の攻撃もそこそこやるみたいだけど、まだまだレベルが違うよ。そんな簡単にこの金剛の壁は崩せるもんじゃあない」

「それは一人でならの話だろう!」

 僕は素早く壁の横側から、回り込むと聖剣で殴りつける。

 しかし、アマンダはそれも予測していたとばかりに、小さな火球を僕にはなってきた。

 僕はギリギリのところでそれを避けると、セリアの隣に移動する。


「セリアまだ行けるかい?」

「なんとか。先生時間を稼いでもらえますか? 一発でかいの食らわせてあげます」

「分かったよ」

 僕はそう言うと、アマンダの方に駆け出した。

 僕も皆んなほどじゃないにしろ、一般兵ぐらいにはレベルも上がってきている。

 そんな僕の役目はセリアが攻撃の準備が整うまで戦うことだ。


「おりゃー!」

 さっきと同じように聖剣で攻撃を繰り返す。

 アマンダはその攻撃に飽き飽きしてきたのか、小さな火球を複数呼び出し、自分の後方に設置した。


「ちょっと眠てってよ」

 そう言うと、配置していた火球を僕の向けて発射した。

 それを僕は、


「空蝉!」

 体捌きスキルの基礎スキル。空蝉で回避する。

 空蝉はカーマイン先生から嫌という程習った。

 あの地獄のような練習がここにきて活かされている。


「へ?」

 相手も意外だったのか、変な声が聞こえた。

 雑魚だと思っていたやつが、自分の魔法を避けきるとは思ってみなかったらしい。

 僕は気分が高揚し、さらに弾幕を避け続けていく。

 そうしているうちに、セリアの準備が整ったようだ。

 彼女は自分が構築した巨大な魔法陣の中で言った。


「確かに私の力不足は認めます。でも、先生は絶対に渡さない!」

 そう言うと、彼女の体から炎がほとばしった。

 こちらから見ると彼女自身が燃えているようにも見える。

 彼女は持っていた剣に力を込めると、力のかぎり地面に突き刺した。


「顕現召喚。来てください! 炎の魔神スルト

 セリアの背後に炎をまとった漆黒の魔神が姿を表す。

 魔神は大きく雄叫びを放ったかと思うと、空に炎が踊り出す。

 それは空中で形を作り出し、一本大剣となった。

 彼女はそれを掴むと、アマンダに突きつける。


「まさか。原初の精霊を召喚させるなんて……」

 アマンダも呆然としている。

 明らかに今までのやつとは違う。

 彼女と魔神に近づいているだけで、周りのものは燃えるのではないかと言うくらい熱せられている。

 僕は白狼の王フェンリルのコートがあるおかげでなんとかなっているけど、アマンダの方はそうはいかない。

 彼女は魔法で水を作りだし、自分にかぶせた。 


「まるで、炎の中にいるみたいだ。訂正するよ。やっぱり君は驚異だ」

「ーーーっ」

 セリアが剣を振るう。

 すると、魔神も同じように横一線剣を振るった。


 街がなくなった。

 文字通り、彼女が振るった一角が全て消滅したのだ。

 あまりの熱さに後から火が立ち上る。

 なんて威力だ!


 アマンダの金剛壁も砕かれていたが、そこには誰もいなかった。

 さっきの攻撃で、消しとばされてしまったのだろうか?


「いやー。参った参った。降参だ」

 そうの声が聞こえてくる方向に目をやると、空中にアマンダが立っていた。

 正確には魔法で浮いているのだろう。

 こんな魔法まで開発していたのか。


「さすがの私も神様相手に無策とはいかないかな? おめでとうセリアちゃん。先生は君に預けておくね」

「ーーっはーーっは」

「君も限界が近いみたいだし、今回のところは帰るとするよ。でも忘れないで、私はいつでも君の元の行けることを」

 そう言うと、彼女は転移したのか姿を消した。

 彼女が姿を消すとさっきまでの争いが嘘のように静まり返った。

 そうして、気が抜けたのかセリアはその場に片膝をついた。


「ーーーっく」

「セリア!」

 僕は急いで彼女のそばに駆け込んだ。

 彼女の体はぐったりとしている。体を動かすのも億劫みたいだ。


「は、早く伯爵のところに!」

「先生」

「なんだい?」

 彼女は勝ち誇った笑みを浮かべながら言った。


「私たちの勝ちです」

 そう言うと彼女はとても満足そうだった。

「ああ、そうだね」

 これからどうなるのか分からない。

 けれど、僕はこれからもこの世界で頑張ろうと思った。

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