第18話 買い物
アマンダが姿を消した後、伯爵が屋敷に帰ってきて状況を根掘り葉掘り聞かれた。
どうも彼女、戦争を途中で抜け出してこちらに潜入していたらしい。
さすが一流の魔法使いだ。
逃げる姿も様になっていたし、隙を見つけるのには慣れているのだろう。
「それにしても、アマンダを前にして生きているとは、流石勇者だ」
僕の話を聞いてどう解釈したのか、伯爵は上機嫌になり話を進める。
『そうっすよ〜。勇者なんかアマンダちゃんにプロポーズまでされていたんすから』
「なんと、あのアマンダから! それは厄介な相手に気に入れたな』
伯爵はさらに上機嫌となった。
神馬もなんか調子に乗って有る事無い事言ってるし、どうするんだこれ。
「それなら、また勇者に接触してくる可能性もある。これはセリアもうかうかしていられないな」
「あ、あははは」
その言葉に僕は苦笑いしかできなかった。
伯爵、セリアを挑発するようなことは言わないでください!
「せ、先生は渡しません!」
「なら、強くなることだ。そうでなければ、アマンダに取られてしまうかもしれんぞ」
「はい!」
彼女は伯爵の言葉を間に受けたのか、両手をに握りしめ強く頷いた。
別にそんなに気合を入れないくてもダイジョウブダヨー。
僕は心の中でそう弁解しつつも空気的に言えないでいた。
「それにしても、この屋敷がこうも簡単に攻略されるとはな……」
伯爵は腕を組んで黙ってしまった。
「相手は壁の中を移動することができるようでした。そんな魔法があるのですか?」
僕は疑問に思っていたことを聞いた。
そもそも壁の中を自在に移動することなんて可能なのだろうか?
「おそらく、アマンダのオリジナル魔法の一つだろう。彼女は魔法の研究をしながら定期的に新しい魔法を開発していると聞く。その多くが帝国の機密となっているが、その数は100や200ではきかないとまで言われているからのう」
はぁ。そこまですごい子だったとは。
おそらく、元の世界の科学を利用して色々と実験をしているのだろう。
あの閃光の魔法なんて、まんまフラッシュグレネードだったもんな。
「とにかく、勇者よ。ここは防御を固めるしかない。援軍が来るまで後数日。それまで乗り切るぞ」
僕は素直にその言葉を聞く。
王都に早馬を飛ばして5日。
そろそろこちらに来る援軍が半ばまで来ていることだろう。
「ここまで聞いた話によれば、相手の狙いが勇者との接触だ。目的は達せられているため、相手も長居はしないだろう」
伯爵の話によれば、相手はアマンダの私兵しかいないらしく、援軍さえ到着すれば帰るだろうとのことだ。
「なら、またしばらく大人しくしてますね」
テレーゼたちも到着したし、なんだかんだでさっきも助けられた。
援軍さえ到着すればいいのだから、後の数日間引きこもってやる。
そう決意を固めていると、そのテレーゼたちから思わぬ言葉が飛び出て来た。
「えー、私。市場とか回りたい!」
「くれあも! いっぱい、いろんなとこいきたい!」
「え?」
思わずそちらに顔を向ける。
「だってせっかくグランデムまできたんだもん。色々回らなくちゃ!」
それは相手が帰ってからでは、ダメだのだろうか?
「お嬢様方わがまま言ってはいけません」
どう彼女たちを説得しようかと迷っていると、ロマナが彼女たちをたしなめる。
毎回のことながらロマナに頼ってしまって申し訳ない。
「いやー! すぐに行きたいの! せっかくだからお買い物とかしたい!」
「くれあも! くれあも!」
「先生はきたるべき諸悪との戦いに必要なお方。今失っては人類の損失なのです。お分かりくださいませ」
「「ううー」」
テレーゼたちは不満が顔ににじみ出ており、顔もむくれている。
今回ばかりはテレーゼもかたくなで流石のロマナも押され気味だ。
それでも、ロマナは根気強く彼女たちを説得し続けている。
僕としてはせっかくここまで来てくれたのだし、できることなら一日くらいは遊ばせてあげたいと思ってしまう。
しかし、敵のこともあるし……。
「はぁ。一日だけだよ?」
「「え?」」
たまらずそう言うとテレーゼとロマナの動きが止まった。
こちらを見る。
「一日もあれば買い物にも行けるよね?」
「ケイトン!」
僕がそう言うと、彼女は飛び跳ねるように喜びを表した
よほど嬉しかったのか、そのまま天井まで飛んでいきそうな勢いだ。
「いいのか?」
「先生……」
伯爵とセリアが心配そうに声をかけて来た。
僕は大丈夫とばかりにそちらに顔を向け笑う。
「まぁ、帝国も二日続けてに攻撃を仕掛けてくるとはないでしょう。それに目的は達せられているのでしょう? 明日はぐらいは遊びに出かけてもいいじゃないですか」
「しかし……」
「大丈夫です。セリアたちも居ますし、いざとなったら神馬さんも居ますから」
「だよね!」
テレーゼは僕の言葉に同意した。
その顔には我が意を得たりとばかりに晴れやかだ。
「ケイトンの護衛は私たちに任せなさい。帝国の奴らなんて木っ端微塵にしてやるんだから!」
彼女は元気よく声を張り上げた
「よーし。明日は遊ぶぞー!」
「おー!」
テレーゼとクレアが元気よく声を出した。
その姿を見て僕は微笑ましくなった。
次の日、僕たちはグランデムの商業区に足を踏み入れていた。
ここでは大抵のものなら揃うと言われている。
数多くの店が立ち並び、人だかりができている。
「はじめにケイトンの防具を買おうよ」
そう言ったのは意外にもテレーゼだった。
てっきり食べ物系のところに行きたいのかと思ったけど。
「だってケイトンはいつも冒険者学校の制服ばっかで、まともな防具持ってないでしょう。一回防具を買い揃えようよ」
「でも、僕はレベルが低いから重鎧なんてつけられないよ?」
それでもつけたいのならセリアたちレベルの超高級装備となってしまう。
お金の問題もそうだが、そもそも、そんなもの一般に売っていないだろう。
「ならコートは? コートならそんなに重くないし、付加がついたコートなら下手な防具よりよっぽどいいよ」
そうなのか。僕は正直服は、着られればそれでいいという感じである。
だからコートなんて言ってもピンとこない。
前の世界でも、そこまで服に執着はなかった。
せいぜい、前もTシャツにジーンズを合わせる程度だったし。
「それはいい考えですね。先生の戦力アップは必須です。後々役に立つと思いますし」
しかしセリアとテレーゼのコンビに言われると僕も断りずらくなってくる。
結局、セリアの案内で衣服屋に行くことになった。
彼女に連れていかれたのは、店構えが可愛らしいファンシーな店だった。
ピンク色の看板に店の隅にはぬいぐるみもおいてある。広い店内には結婚式にでも使いそうなドレスが置かれていて、明らかに僕には縁のない場所だった。
「へい。いらっしゃい。今日はどんなもんをお求めで?」
野太い声が聞こえてきてそちらに顔を向けると、僕の頭一つ分以上も高い巨漢の男がそこにいた。
店の外観とは正反対の店員に思わず固まってしまう。
二の腕なんて軽く女性の腰くらいあり、顔も傷だらけで明らかに一般人ではない。
スキンヘッドにゴツゴツした体つきも相待って、異様な雰囲気が醸し出されていた。
怖! なにこの人! 店員さん?
男は僕の心情をよそに接客トークを始めた。
「うちはグランデム1番の衣服屋だ。ここで見繕えない服はねぇ」
そう腕組む姿はヤクザの親分さんのようにも見えた。。
僕が尻込みしていると、あちらがセリアを見て声をかけてきた。
「おお。そこにいるのは伯爵の娘さんか、大きくなったな!」
「はい店長さんお久しぶりです。実は彼のコートを見繕って欲しいのです。冒険に役立ちそうなやつをお願いします」
「はいよ! ちょっと待ちな!」
彼はそう言うと、店の一角に向かって行った。
って店長かよ! この人がこんな店を経営しているとか意外すぎる。
「ここの店長さんは、元冒険者で手先も器用なんです。ここにある商品のほとんどは店長さんが作ったのですよ」
「そ、そうなんだ」
そうセリアが耳打ちしてくる。
冒険者はわかるけど、あの姿でドレスを作るのは想像できない。
僕が困惑していると、彼はいくつかのコートを取ってきた。
「にいちゃん、これなんてどうだい? クロコイーターの繭から紡いだ糸でできたもんで、少しの切り傷程度なら自動で修復しくれる機能がついているぞ」
おっちゃんが取り出してくれたのは、真っ黒いコートだった。
全体的にシャープなデザインで、フードもついている。
今一番人気のデザインらしく値段もお手頃だ。
しかし、確かにかっこいいけど……。
「こう防御力のあるやつをお願いします」
でも、防御力は上がらなそうだよな。
便利ではあるけど、今回の目的は防御力の強化だからなぁ。
「じゃ、これはどうだ? サンドニールドオームの皮からできたもんだ。元が硬いもんだから身を守れるのに最適な一品だ」
今度渡されたのは肌色のゴワゴワしたポンチョのようなコートだった。
確かに防御力はありそうだ。
そう思い一回試着してみる。
すると。
「う、動けない!」
皮が固すぎてなうえ、重さもあって動きが制限された。
慣れればいけるとのことなんだけど、すぐに使えるもんじゃなきゃダメだ。
それから何着か試して見たが、これといったものはなかった。
「どうしましょうか?」
セリアはそう言って困った顔をしていた。
「もう、いっそデザインで選んじゃえば?」
「そういうわけにもいかないよ」
大切な装備だ。慎重に選びたい。
僕の命のも関わるからね。
ふと見ると、店長さんが持ってきたコートの山の中に白い毛玉があった。
引っ張り出してみると、それは白いコートだった。首元にファーがついており、所々魔術的な文様がされている。
「これはシルバーウルフの上位種、
値段を聞いてみると、なんと金貨600枚。僕のいままでこなしてきたクエストの全財産でも足りないくらいの値段だった。
なんでこんな布切れ一枚でこんなに高いんだ。
「これは王国の宮廷魔術師がデザインしたもんで、高度なエンチャントが施されているんだ。これ一枚で庶民数人の生活が一生賄えるな」
確かにいいものだけど、これは買えないな。
僕は大人しくそのコトーをそっと下ろすと、後ろから声が聞こえてくる。
「じゃ、それください」
「え?」
「いいものなんですよね。じゃそれで」
声の主はセリアたちだった。
彼女は当たり前のように財布を出し、お金を支払おうとしている。
僕はそれを止めた。
なんでセリアお金を支払おうとしているのかな。
セリアは何を言っているの? 的な顔をして僕を見ている。
それはこっちのセリフだよ!
僕だけじゃどうしようもならず、みんなにも助けを求めた。しかし……。
「いい防具を揃えるのは冒険の基本だからね」
「ちぇんちぇーにはそれがいいとおもう」
「それくらいの装備でなければ、勇者には似合あいませんね」
誰も相手にしてくれなかった。
それどころか、僕を説得し始めている。
これはまずい。
「で、でもお金がね……」
「これで足りますか?」
セリアが財布から出したのは、プラチナに輝く一枚のコインだった。
「は、白金貨!」
金貨の千倍つまり、1000金貨分の価値がある貨幣だ。
持っているのは王族くらいだと言われていたけど。
初めて見た。
「おいおい。これじゃ釣りが返せねーよ?」
「構いません。お釣りはとっておいてください。もともとそのつもりでしたし」
セリア超かっこいい。
それに比べて小学生に奢られそうになっている僕って一体。
自分の不甲斐なさに嘆いていると、彼女はさっさと支払いを済ませてしまった。
「先生着てみてください」
セリアからコートが手渡される。
僕は渋々、緊張しながらコートに袖を通す。
「よくお似合いです」
セリアが満面の笑みでそう言った。
これが金貨600枚。いや金貨1000枚。
下手に汚すこともできない。
でも、セリアの手前使わないといけないし……。
「ありがとうセリア。ありがたく使わせてもらうよ」
小心者の僕は、彼女にそう言うことしか出来なかった。
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