第17話 魔法使い
「ちぇんちぇー、てきがきたらこれふいてね」
そう言ってクレアから渡されたのは、登山などで使いそうな救援用の鉄製の笛だった。
ところどころ装飾も施されており、何かの
軽くいじっているとロマナが説明してくれる。
「それは共鳴の笛という魔道具です。吹くと対となる笛から音がなる仕組みになっています。有事の際にはそれを吹いて救援を要請してください」
そう言って、彼女は自分の手元にある黄色い笛を見せる。
これかなり高価なものなんじゃないか。
この世界に携帯電話があるとは思えないし、遠距離から通信できる物はかなり貴重なはずだ。
そんなものポンと渡されても扱いに困るよ。
「それと前にあげたサングラス出来るだけ掛けておいてね。怪しいなーって人がいたら迷わず
そんなことを思っているとテレーゼがさらに声をかけてくる。
彼女いわく、怪しい人物なら姿を隠すか変装して潜入してくるかららしい。
正直大変なのは
久しぶりにサングラスをかけると、視界に彼女たちのステータスが表示される。
Lv15 騎士
セリア・ローデンハイム
HP/MP 225/105
Lv16 騎士
テレーゼ・アンバー
HP/MP 230/110
Lv15 軽戦士
クレア・マンダリン
HP/MP 190/80
Lv14 付加師
ロマナ・レグホーン
HP/MP 145/215
彼女たちは同年代に比べてとりわけステータスの伸びがいいそうだ。
普通なら年単位であがるレベルも、彼女達にかかれば数日で上がっていることもある。
まぁ僕に連れられてドラゴン退治とかもやっていたこともあるのだろうけど。
それにしてもすごい。
僕でやっとHPが50を超えたあたりだということからも、彼女たちの規格外さが伺える。
そんな彼女達は、今は紅茶を飲みながらリラックスしている。
クレア茶菓子に夢中なのか一心不乱に手を動かし、セリアとテレーゼはお話に夢中で、ロマナはそんな二人のお世話をしている。
僕もはじめは会話に参加していたのだが、女の子同士だと話がどんどん脱線して次第についていけなくなる。
最終的には好きな子のタイプとかそんなオマセな質問までしてきて、どうもすることもできず最終的には隅っこで黙って紅茶を飲んでいた。
「じゃ僕はそろそろ部屋に戻るよ」
夜もふけ込んだ頃。
僕はだんだん居たたまれなくなってそんなことを言った。
そして自分の部屋に向かうため、メイドさんに声をかける。
この屋敷は部屋に戻る行為一つとっても、誰かに案内してもらわなければならないから面倒だ。
それがこの屋敷の防犯設備にもなっているのだろうけど。
『勇者。俺っちもついて行っていいっすか』
「いいですけど、どうしたんですか?」
「いや、いいじゃないっすか。たまには男同士ゆっくり話し合いましょうね、ね?」
「は、はぁ」
今回の神馬はやけにグイグイくるな。
別に構わないけど、なんか変な感じだ。
「では、どうぞこちらに」
メイドさんはそう言うと、部屋の外に出て行った。
慌てて僕も後を追う。
『それじゃ、皆さんお先に失礼するっす』
神馬も僕たちの後について行った。
僕はメイドさんの後を右に左に、時には戻りながら後をついていく。
しばらく歩いていると、隣にいた神馬が話しかけてきた。
『勇者。勇者』
「なんですか?」
『この屋敷には、メイドも魔法を嗜んだりするんすっか?』
「へ? するかもですけど、なんでですか?」
いきなりどうしたんだろうか?
『いや〜さっきからそこのメイドさん。凄まじい魔力の波動が感じるんっすけど』
「ーーーっ!」
そう言われて慌てて前にいたメイドさんの一人をみる。
Lv117 賢者
アマンダ・ファースト(アマダ・ハジメ)
HP/MP 1026/2670
それを見た瞬間思考が止まってしまった。日本語?
でも名前が二つある一体この子は……。
相手がこちらに振り返る。
慌てて手に持っていた笛を吹き鳴らした。
「あらもうばれてしまいましたか?」
そう言うと、メイドさんの姿をしていた彼女は服装ごと姿を変えた。
そこにいたのは、セリアたちと変わらない身長に三角帽を頭に乗せ、これまた黒いローブを纏った女の子だった。
これだけの高レベル。そしてアマンダという名前。間違いない、この人が……。
「僕の名前はアマンダ。初めまして勇者さん」
『勇者。俺っちの後ろに隠れるっす』
大陸最強の魔法の使い手。アマンダ・ファースト!
神馬にそう言われ、そっと神馬の後ろに隠れる。
そうしてアマンダを後ろからのぞき見る。よく見ると黒髪に黒目。まるで日本人のような風貌だ。
「救援を呼んだようだけど、これだけ入り組んだ迷路だもん、相当時間が掛かりよね。それまでお話しようよ」
そう言うと、彼女は不敵に微笑みを受けべた。
なんで僕の前には人外ばかり集まるんだ。
僕が何も言わないのが気になったのかあちらから声をかけてきた。
「そんなに警戒しないでよ。別にとって食おうってわけじゃないからさ」
『いったい何が目的っすか?』
屋敷にまで侵入してきたんだ。狙いは僕に決まってる。
しかし少しでも時間を稼ごうとしているのか、単なる興味からはわからないが神馬がそんなことを言った。
さすが歴戦の名馬。少しでも相手の情報を引き出そうとしているのか。
なんだか、今日の神馬は頼り甲斐がある。
「そんなつれないこと言わないでよー。せっかく
「同郷? ってことは!」
「そそ。僕は地球生まれの転移者だよ。今代の勇者さん」
僕の他にも転移者がいたとは驚きだ。
しかし、今はこの状況をどうにかしないことには落ち着いて話もできない。
そんな心情を知らずにあっちはどんどん話しかけてくる。
「参ったよ。まさかハイル伯爵のところのお嬢さんと婚約するなんて思っても見なかったからさ。伯爵抑えるのにこっちは必死だったよ。あのおじさんマジ強いんだから」
「え、えっとそれはご苦労様?」
なんか違うような気もするけど、とりあえず思ったことを口に出して見た。
それに気を良くしたのか、さらに声をかけてきた。
「本当にもう勘弁してよね。それじゃ改めて自己紹介。僕の名前は天田はじめ。こちらには150年ほど前に転移してきたかな。二人ともよろしくね」
「え、えー。っと、はい」
とは言ってみたが、僕はかなり緊張している。
いつ攻撃を仕掛けられてもおかしくないからだ。
いくら神馬がいると言っても、絶対安全とは限らない。
『ういっす。よろしくっす。君可愛いっすね。彼氏いるっすか〜』
しかし、そんな緊張感は神馬の間の抜けた声で霧散する。
な、なんてことを聞くんだ!
「そんな簡単によろしくしないでください!」
僕は珍しく神馬にツッコミを入れる。
さっきまでの行動はなんだったんだ。
せっかく格好よかったのに。
『でもあの子、そんなに悪い子じゃなさそうっすよ。そうだったら、さっさと隙を見て勇者を拉致るなり、殺すなりしてると思うっす』
「そうは言っても、簡単に相手を信用しないでください」
僕にはわからないが、きっと何か秘策があるんだろう。
『多分この状況を楽しんでるだけっすね。たまにいるんっすよ、ああいう子。刺激に植えてるみたいな』
「そんな今時の女子高生みたいな」
相手が気にしていることならどうするんだ。
逆上して攻撃を掛けられてもおかしくない。
神馬ならともかく、僕なんてワンパンで倒される自信があるぞ。
そんなやるとりを見ていた彼女は突然笑い出した。
「あははは! 君たち面白いね。ちなみに彼氏はいないよ。こんな
「丁重にお断りします」
何が悲しくて、命を狙われている相手と付き合わにゃならんのだ。
「そりゃ残念。少しだったけど、とりま話ができたから僕はそろそろお暇しようかな。どうもそちらのつれもきたようだし」
「え?」
「先生! じっとしていてください!」
その声が聞こえた瞬間! 僕の真後ろから炎の渦が放たれていた。
渦は螺旋を描きながら、僕と神馬の体をうまく通過して前方にいたアマンダに当たろうとしていた。
「
アマンダがそういうと、目の前に金剛石でできた壁ができる。
炎は壁に当たると、融解しながらも押しとどまった。
「ありゃありゃ、こりゃとんでもないお嬢さんだね」
彼女は全然慌てた様子はない。
後方を見ると、セリアたちがこちらに走ってきていた。
「みんな準備はいい? 先生を守るよ!」
「「「うん!」」」
セリアは素早く状況を判断すると、走りながら全員に指示を飛ばす。
「テレーゼとクレアは私と前衛! ロマナさんは後ろで、先生の護衛とエンチャントに専念してください!」
「はいよ!」
「わかったぁ!」
「了解しました!
ロマナのエンチャントが三人にかけられると、一斉に飛び出した。
その速度は僕の目では捉えきれず、気づいたときにはアマンダの出した障壁とぶつかっていた。
彼女たちの攻撃が当たった瞬間、ダイヤでできた障壁は粉々に粉砕された。
しかし、アマンダはそれを予測していたのか次の魔法を放っていく。
「
アマンダが手をかざすし横に一線すると、セリアたちが地面に貼り付けにされた。
彼女たちは何が起こったのかわからず、立ち上がろうとするも動けない。
この世界には重力という概念がまだない。
おそらくセリアたちは何があったのかわからないだろう。
困惑しながらも必死に重力の檻から抜けだそうとしている。
「これは僕のオリジナル魔法の一つだよ。それじゃまた会えたら……」
「
アマンダが何か言おうとした瞬間。ロマナがエンチャントを重ねがけする。
セリアたちに淡い光に包まれたかと思うと。彼女たちは重力の檻から抜け出しアマンダに攻撃をしかける!
「必殺! 四元殺刃界!」
「纏え! レーヴァテイン!」
「いくよ。れんぞくばくれつぬきて!」
「え、ちょ!」
三人の攻撃を喰らってアマンダが後方に吹っ飛ばされる。
飛ばされた彼女をよく見ると、とっさに透明な障壁を張って防いだようだ。
「あ、あっぶねー。本当にとんでもないお嬢さんたちだね」
彼女は冷や汗をかきながら壁に片手をつける。
その姿はかなり消耗しているようだ。
その隙にクレアがアマンダ横を通り過ぎの後方に回り退路を断つ。
「逃げ場はありません。投降して下さい」
セリアはアマンダにそう勧告すると剣を突きつける。
他の三人もアマンダを囲うように臨戦体制をとりジリジリとプレッシャーを掛けていく。
「いやー、これは本当に馬鹿にならないですね。将来が楽しみだ」
「無駄な抵抗はしないで下さい」
「でも、まだまだ経験不足かな」
彼女はそう言いつつ、右手に魔力を込めたかと思うと、轟音とまばゆい閃光が廊下全体を覆い尽くした。
こ、これはフラッシュグレネード。
こんなものまで再現していたのか。
「それじゃ、あばよ! とっさーん!」
まだ回復しきっていない目で彼女をみると、アマンダは壁に手をつけズブズブと壁に体がめりこんでいった。
「ーーーっ! 待って!」
「それじゃ勇者様。彼氏になる約束考えてよね」
そう言うと彼女の体は完全に壁の中に没していった。
「……先生」
「セリア大丈夫だったかい?」
僕は未だ回復しきっていないセリアに近づくと、彼女は不安そうな顔をして聞いてきた。
「彼氏ってどういうことですか?」
今それを聞きますか。
そのあと、なぜが不機嫌になった彼女たちをなだめるのに、しばらく時間がかかった。
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