第14話 ローデンハイム家
お土産を買うと再び、ローデンハイム家へ出発する。
周りの風景を見ると賑やかな街並みから、貴族街と呼ばれる一軒一軒が城なんじゃないかというスケールの家が立ち並ぶ区域に入った。
その中でも、ローデンハイム家はさらに奥。街の中心にあるらしい。
「旦那見えてきましたぜ」
窓に頭を近づけて、前方を見た。
なんだあの塔は。
僕の目の前には天高くそびえ立ち、外装は黒く、金属のように光沢のある質感が見て取れる。
「ここがローデンハイム伯爵の本邸ですよ」
本邸といってもこれは本当に家なのか?
なんの素材で出来ているかも分からない黒く光る塔は、明らかに常識のある人の住む建物ではない。
「なんでも、伯爵自ら攻略したダンジョンだったものを、そのまま自分の本邸にしてしまったということらしいですぜ」
な、なんて規格外な人だ。
クリアしたとはいえ、普通ダンジョンに住もうと思うか?
それにこの塔どれだけの高さがあるんだよ。
ゆうに20階は超えてるぞ。
まるで高層ビルだ。
「まぁ、あちらさんを怒らせないこってすね。怒らせたら最後、何をされるかわかったもんじゃないですぜ」
えーっと。もしかして、とんでもないことに首を突っ込もうとしているかな。
今更ながらにことの重大さに気づき始めた頃、馬車が到着し、塔の扉が開くと中から執事らしき人が出迎えてくれた。
「勇者ケイトさま、ようこそいらっしゃいました。どうぞ中にお進みください」
「じゃ旦那、あっしはここで」
片手で挨拶をすると、御者はさっさと元きた道を帰っていった。その後ろ姿には余計なことには関わりたくないとの心がはっきり見えた。
執事さんに連れられて中に入ろうとした時、塔の中から小さな人影が飛び出してきた。
「先生ー! お久しぶりです!」
飛び込んできた正体は、着飾ったセリアだった。
セリアはこの前会った時とはまた違った服装で、ピンク色のドレスに髪も編み込んでいて、まるで小さなお姫様のようだ。
このままパーティーに行ってもおかしくない。
「セリア。お招きありがとう」
僕は彼女の体を優しく抱きかかえると、そのままお礼を返す。
やけに軽い彼女の体重を感じつつ、この子はドラゴンも倒す戦闘力を持っていることに内心驚きながらもそっと彼女を下ろす。
「あんまり遅いので心配しました」
「あはは。ごめんごめん。ちょっと寄り道してて」
軽いじゃれ合いの後、僕は彼女のエスコートで塔の中に足を踏み入れる。
「ここは慣れた人じゃないと迷ってしまいますから、一人で出歩かないでくださいね」
彼女は上機嫌に話し始める。
セリアのいう通り、元ダンジョンの名残なのか、そこには幾多にも分岐した道の数々があった。
案内がなければ、遭難してもおかしくないところだ。
「元ダンジョンだって聞いたけど、モンスターとかは湧かないの?」
「はい。お父様が昔ダンジョンコアを破壊して以来、ダンジョンではなくただの塔になったみたいです。けど、たまに宝箱とか発生しますね。あったらラッキーです」
いや、それはそれでどうなんだろう。
宝箱が発生する家なんて聞いたことないのだが。
なんでも、見つけたものの取り分となるため、使用人には大層気に入られているシステムなんだとか。
そんなことを考えているうちに、セリアはどんどんと先に行ってしまう。
僕は後ろから追いつくのがやっとといった感じだ。
なんとか5階までたどり着いて扉を開けると、そこは他のところとはまた違う雰囲気の空間だった。
広い部屋には何人も座れる大きなソファがいくつも置かれ、壁には多数の剣が飾られている。
「ここは元セーフティーエリアを改良したところで、今は談話室として管理しているんです」
言われてみれば、なんというか、建物の中なのに森林浴をしているよな感覚というばいいのか、とにかく味わったことがない空間だ。
「ここにお父様とお母様がいるはずなのですが……」
「お、もう着いたのか。あの紅茶屋からここまで迷わなかったか?」
今さっき僕たちがきた扉から入ってきたのは、中学生くらいの背丈に馴れ馴れしい言葉使い。さっき紅茶屋であった男の子だ。
「あなたはあの時の! 」
「あはははは! またあったな勇者よ!」
彼は羽織っていたマントをはためかせると、偉そうに言ってくる。
その姿はどこかの劇団にでも居そうな感じだ。
「先生。お父様とお会いしたことがあったのですか?」
「ここにくる前に紅茶屋さんでね。……お父様?」
セリアの問いに思わず聞き返してしまった。
「その通り。世こそがこの塔の当主、ハイル・ローデンハイムである」
はいいい! そんな幾ら何でも若すぎるだろ!
「おいくつなんですか?」
思わず聞いてしまった。
彼はなんてこともないように言う。
「ん? 今年で36だが、それがどうした?」
見えねぇー!
どう頑張っても中学生だろう。
年齢詐称にも程がある。
「こ、この度はお招きいただきましてありがとうございます。こ、これはつまらないものですが」
うわああああ。なんだか途端に緊張してきた。
「あ! これ。オラエル社のローズヒップティーですね。これ私も母も大好きなんです!」
セリアがお土産を見てはしゃぐ。
でも僕的には気が気ではない。
なんせこのチョイスはこの人の見立てなのだから。
「あらあら。お客様がきたのですわね」
その時、奥の扉から女性の声が聞こえた。
出てきたのは、赤い色のドレスを着たいかにもお姫様といった風貌の方だった。
……よく見るとセリアによく似ているような気がする。目元とか。
「お母様! 先生がローズヒップティーをお土産に持って着てくれたの!」
やっぱりセリアのお母さんだったか。それにしてもこの夫婦若すぎないか?
彼女もせいぜい10代代後半といった感じだし、この世界の寿命はどうなってるんだ。
「それは良かったわね。でもそんなにはしゃぐと先生も困ってしまいますわよ」
彼女はそう微笑むと、軽くセリアをたしなめる。
んー。できた貴族の奥さんって感じだ。
「あなたが勇者ケイトさまですね。私はセリアの母、フェリサ・ローデンハイムですわ。よろしくお願いいたしますね」
彼女はそう言うと、ドレスの両端をつまみ貴族の礼をとった。
談話室からの一件から数十分後。僕たちは10階の食堂に居た。
そこは中央に黒檀でできた大きな机が置かれ、明らかに高級そうな料理が机いっぱいに所狭しと並んでいる。
何十人と座れそうなテーブルなのに、いるのは僕とセリアとセリアの両親だけだ。
執事さんたちが後ろに控えてはいるけど、こんな少人数でする食事の量じゃない。
うわぁ。テーブルマナーとか一応練習して着たけど、なんだか緊張して手が震えてきた。
一応、外はもう夜らしいのだけれど、塔の中にいると時間の感覚がわからなくなる。
マグライトの光が食卓を照らすが、もう外の自然の光が恋しくなってきた。
「では食事を始めよう」
その一言で、顔見せの食事会がスタートした。
僕はどう両親の思い違いを解消するかについて考えていた。
とにかく料理が一息ついたタイミングで、こちらから話すしかないかと思う。
それではと、とりあえずカーマイン先生との練習を思い出しながら、目の前の料理に手をつける。
ってかうま!
この紫色のソテーなんか、前の世界のホタテのような味がして実に僕好みの味付けだ。
しばらく料理が進みデザートを食べる頃、伯爵が僕に声をかけてくた。
「そういえばケイトよ。そなたは今どこを拠点に活動しているのだ?」
「あ、はい。今は学園都市に戻ってきてます」
「と言うことは、今は学生寮住まいということかな」
「は、はぁ、そうですが」
「ふむ。なるほど」
彼は少し考えると、ニヤリと口元に笑みを受ける。
「よし。世から屋敷をプレゼントしようじゃないか」
「へ?」
「ちょうど学園都市に使っていない別邸があるから、それを使えばいい」
セリアに父。ハイルさんはなんでもないようにいった。
「なぁに気にするな。未来の婿殿のためだ。屋敷の一つや二つ用意するのはわけないさ」
「あら、それはいい考えですわね。ついでにセリアとも一緒に住んでしまえばいいのではないですか」
あれよあれよという間に話は進んでいく。
ちょっと待って!話のスケールがでかすぎて、ついていけないんですけど。
というか、この流れはまずい。こちらから言い出さないと。
「ええと、実は今回の件ですが……」
「お、お父様、お母様それは話が早すぎます」
僕が言いだそうとするが、セリアが話に割り込んでくる。
ちょっとセリア、今勘違いの件について話そうと。
「そうはいってもな、セリア。お前は婚約を解消した身だ。そしてお前は貴族。身を固めるに早いに越したことはない」
「そうですよ。何事も早め早めが肝心です。それにお相手は勇者さま。早くしないと取られてしまいますよ?」
「で、でも」
両親に言われると、彼女も強く言われないみたいだ。
彼女もここまで話が大げさになるとは思っていなかったようだし。
「い、幾ら何でも同棲というのは気が早すぎます。屋敷をもらうなんて。それに婚約の件は……」
実は勘違いです。
なんていう暇なく、伯爵は僕の言葉を遮りいう。
「はははは。謙遜することはない。もう貴殿はローデンハイム家の一員のようなもの。存分に頼ってくれて構わんのだよ」
話を聞いちゃくれねー。
なんでこの世界の人は、こうも押しが強いんだ。
「これで、ローデンハイム家も一安心だな」
「そうですわね。ケイトさんも自分の家だと思って、ゆっくりしていってくださいね」
そういうと、セリアの両親は食事を再開させた。
こっそりと隣を盗み見る。
すると彼女と目があった。セリアはみるみる顔を真っ赤にする。
もう、勘違いだと言えるような状況ではなくなった。
言ったら最後、壁にかけられている剣で切りつけられるかもしれない。
この日、僕に小学生の婚約者ができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます