第15話 襲撃
セリア両親の勘違いを訂正できないまま、僕はローデンハイム家に泊まることになった。
この塔は元ダンジョンということもあり、中を移動するのに一々メイドさんの助けが必要なところだ。
おちおち廊下にも出歩けない。
ということで、僕は夕食後自分に当てられた部屋に居座っていた。
「はぁ
今回決まった婚約は明日にでも、大陸中に発表するそうだ。
なんでも他国間との牽制も兼ねているらしい。
今からでもカーマイン先生の高笑いが聞こえてきそうだ。
なんとか撤回できないかと打診していると、部屋の扉がノックされる。
「先生。起きてますか?」
どうやら声の主はセリアのようだ。
扉を開けるとそこには、寝巻きなのだろう。薄手ワンピースにカーディガンを羽織ったセリアが扉の前に立っていた。
風呂上がりなのだろうか。その髪はうっすら湿っている。
「お話したいことがありまして。ご、ご迷惑じゃなかったら、中に入れてもらえますか?」
「え、うん。いいよ」
僕はセリアを部屋に招き入れる。しかし彼女は何を慌てているのか足をぶつけて転びそうになった。
なんとか体制を立て直すと、セリアは恥ずかしそうに備え付けられている椅子に座る。
部屋に入るだけなのにヤケに落ち着いていない。
「き、今日はすみません。なんだか二人とも舞い上がちゃって」
「それは大丈夫だけど、大丈夫?」
しかし、先ほどからどうも挙動不振だ。
僕の部屋に入った途端あちこち見渡して、これじゃまるでこの前寮に来た時みたいだ。
ここは元はセリアの家なのに何を緊張しているのだろう?
「ほら落ち着いて、寮の時みたいになってるよ」
「は、はい」
備え付けの水差しから水を汲み与えると、彼女はちびちびと飲み始める。
相変わらず小動物のような子だ。
見ているだけで癒させれる。
「それで? こんな夜更けにどうしたの?」
辺りはすでに日も落ちて、深夜なのでマグライトも部屋の明かり以外落としている。
子供が起きている時間帯ではない。
「そ、それは先生に聞きたいことがありまして」
「ん? なんだい?」
彼女は指を合わせながら、僕に聞いてくる。
顔を赤くしたセリアのその姿はまるで告白をする乙女のようだ。
なんだこの空気は。
僕に一体何をさせたいんだ。
「で、では。た、たんとうちょくにゅうにお伺いします!」
「は、はい!」
彼女は初め戸惑っていた風だったが、しっかりと顔を上げて緊張した声色で僕に言う。
僕はセリアの気迫に押されて思わず返事をしてしまった。
なんだろう。
「今回の婚約の件、先生はどうお考えですか?」
「どうって、そりゃ……」
こんな歳から婚約者なんて、セリアは大変だなと……。
セリアは僕の考えを見越したように、首を横にふると言う。
「わ、私は先生が婚約者でいいと思います!」
「へ?」
その返事に思わず変な声が出る。
一瞬何を言っているのか分からなくなった。
何かの間違いじゃ……。
「わ、私は結婚するなら、お父さん達みたいに恋愛結婚したいと思っていました」
彼女は赤い顔をさらに赤くしながら、僕に顔を向ける。
その姿は冗談などではなく、心の底から言っている事が見て取れた。
「そして、先生と一緒に冒険をして来て、先生とならお父さんたちみたいになれると思いました」
僕はその真剣な眼差しに目線を離せずにいた。
「ど、どうか私の本物の婚約者になってください」
「……」
もう何を言っている分からず、思考が停止してしまった。
え、ドッキリ?
どこかにセリアの両親がいて、そう言えって言われたとか?
僕がしばらく黙ってしまったことを勘違いしたのか、セリアは焦ったように聞いてくる。
「せ、先生は私が婚約者ではお嫌ですか?」
「え、えと、それは」
いや、小学生と婚約とか考えた事なかったし、両親には後からにでも訂正すればいいと思っていたから、こんなことになるなんて思っていなかった。
「それとも誰か、意中の方がいらっしゃるのでしょうか?」
彼女は身を乗り出して僕に迫る。
ちょっと待って!
こんな時どうすればいいのかなんて分からないよ!
前の世界だってこんな状況になったことなんてなかったし!
「テレーゼですか? ロマナさんですか? それともクレアちゃんですか?」
セリアは僕ベットに押し倒すように覆いかぶさる。
僕は彼女を落ち着かせようと、彼女の体を立て直そうとするが、無意識に何かしらのスキルを使っているのかビクともしない。
ちょっとセリア僕死んじゃうから!
「私が先生のお嫁さんでもいいですか?」
「そ、それは……」
もう何がなんだかわからないよ。
だ、誰か助けてー。
そんな僕の願いが聞き届けられたのか、部屋の扉がを大きな音を立てながら開け放たれた。
「勇者よ! 一大事だ! 帝国が……すまんかった」
そして、そっと扉を閉められた。
「ま、待ってください! 話を聞いてください!」
「ーーーっ!」
セリアは驚いて僕の上から信じられない速さで飛び退いた。
僕も服装の乱れを直すと、慌てて廊下に躍り出る。そして今入って来た人物、ハイル・ローデンハイム伯爵に向き直った。
彼はバツの悪そうな顔しながら、苦笑いをしていた。
「こんなに早く娘が行動に出るとは思わなかった。許せ」
「だから誤解なんですって」
いや、ありがち誤解でもないんだけど。
あのままじゃどうなっていたことか。
「ーーーぅう」
彼女は今更恥ずかしくなったのか、ベットの中に入って悶えている。
気持ちはわかる。僕もきっと顔が赤くなっていることだろう。
「それで、一体どうしたのですか?」
僕は話を変えるように、さっきの言葉を聞き直す。
あの時はよく聞き取れなかったかし、あの慌てようから察するに重要なことなのかもしれない。
「そうだった。なんでも帝国が我が領に向けて進軍しているらしい」
「……へ?」
その言葉を聞いて、僕は一瞬どう返せばいいのか分からなかった。
帝国が進軍して来た?
「だ、大丈夫なんですか」
思わず聞き返してしまう。
戦争やっていることは知っていたけど、僕がいる間になるとは思っていなかったからだ。
「普通の大軍にならば大丈夫だ。要塞都市グランデムの防壁は鉄壁。世も自ら動くため、これを抜くことなどそうそうできぬ。しかし……」
「な、なにか問題が?」
伯爵は大丈夫だと言いつつも、どこか困った顔をしている。
それほど自信があるのなら、何も心配はいらないと思うけど。
「相手の中にアマンダがおる」
「アマンダさんですか?」
誰だろう?
名前からしたら女の人だろうけど。
「アマンダ・ファースト。帝国に長くからおる女将軍の一人で、不老不死のギフト保持者だ。そして大陸最強の魔法使いでもある」
「大陸最強ですか」
なんだそのチートは、もう魔王とか言わずこの人がラスボスでいいんじゃないだろうか。
「いつもは帝国の邸宅で研究をしているのじゃが、おそらく狙いは勇者。お主じゃ」
「ぼ、僕ですか?」
伯爵の言葉を聞いて、僕は驚きを隠せないでいた。
な、なんで僕が狙われるんだ。
「おそらく勇者が王国に現れたのに興味を示して、アマンダが志願したのじゃろう。あいつは変り者じゃからの」
伯爵は長年の友のことを語るように、そして呆れるように言った。
国境近くの都市だし、アマンダさんと何度か交戦したことがあるのかもしれない。
「ローデンハイム家と婚約すると聞いて、グランデム近くに軍を配置しておったのじゃろう。ここは王都より応援を頼むとしても一週間はかかる」
僕がここに来たばっかりにこんなことになるなんて、アマンダさんなんて迷惑な人だ。
それに応援が来ないのは痛い。市民もいるし、この都市だけで篭城なんてできるのだろうか?
「その間、籠城戦を強いられるのだが、彼女が相手じゃと世も絶対に勝てるとは言い切れん。すまんがセリアを護衛に回す。あとは自分で身を守ってくれ」
「わ、わかりました。なんとかしてみせます」
僕はしどろもどろになりながらも返事をする。
もし帝国軍が来たら僕は足手纏いにしかならなのだけど、そんなこと言えない。
はあ。偽婚約の件から、こんなことなるなんて思っても見なかった。
そしてセリアのさっきの告白のこともある。どう返事をすればいいのか……。
こうして、僕は様々な感情を持ったまま初めての戦争に参加する羽目になった。
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