第13話 プロポーズの行方

 小学生からのプロポーズに固まった僕を見て、セリアはまた慌てだした。


「えっとですね。違うんです。そう。結婚っているのは違がって、私と婚約してもらえないでしょうか?」

「いやあんまり変わらないよ? 一体どうしたの? ほら落ち着いて」


 僕は、彼女を椅子に座らす。

 するとセリアは帽子で顔を隠しながら説明し始めた。

「えと。うちの親がこの間私の婚約者だって人を連れてきたんですけど」

「へーセリア、婚約者ができたんだ」

 やっぱり貴族だな。

 こんな小さい時から婚約者がいるなんて、現代じゃあんまり見ないよ。


「お、親が勝手に決めたことですからね!」

「じゃ、その人が悪い人だとか?」

 よくある悪徳領主の元に嫁ぐ羽目になるとかだろうか。

 それなら彼女の嫌がり方もわかるかもしれない。


「いいえ。剣の腕も良くて、部下にも慕われている。評判はすごくいい人です」

「ちなみにその人の年齢は?」

「今年で20歳だと言っていました」

「ロリコン?」

 いや、こっちの世界では11歳差ぐらい普通なのかな?

 元の世界では完全にアウトの年齢だろうけど。


「ろり? いえ。それでも私、結婚とかまだ考えられられなくて」 

「それで僕を口実にして解消してもらおうとしたんだね」

「はい。それもあるんですけど」

 セリアは言いづらそうに言葉をつぐむ。

 そしてボソボソとか弱い声で言い出した。


「私その人と結婚したくなくて、とっさに『私は将来先生と結婚するんです』って言っちゃったんです」

「え?」

「そしたら、両親が舞い上がっちゃって、『今度家に招待しないさい』って」

「そ、そうなんだ」

 えええー。どうしよう。

 セリア的には『将来お兄ちゃんと結婚する』的なノリなんだろうけど、これはまずい気がする。

 何より相手の両親がその気なのがやばい。 


「それで、どうですか?」

「ど、どうとは?」

 僕はドキドキしながら聞き返した。

 僕が勇者といえど、相手は四大貴族だし無碍にできない。

 しかし、セリアのが困っているとなると、こちらもなんとかしてやりたくなる。


「婚約を解消するために、私の両親とあってくれませんか」

「そ、それは」

「先生には迷惑はかけませんから、両親も一度合えば無理に婚約者を付けとようとは思わないはずです」

「そ、そっか」

 そんなことで、本当のうまくいくのだろうか。

 いや、いろいろと無理な気がするが。

 何より、僕が演技をすることができないじゃないだろうか。

 

「先生お願いです。なんとか両親の説得を手伝ってください」

 そう言って一生懸命頭を下げる姿を見ると、やっぱりどうにかしてやりたくなる。


「はぁ。わかったよ。今度そちらのお宅にお邪魔しますって、ご両親に伝えてくれるかい?」

「ありがとうございます!」

 彼女は元気よく頭をあげる。

 笑みを浮かべるその姿は、彼女の格好とも相まって不覚にも少し見とれてしまった。 


 


 セリアの両親と会うことになることになって数日。

 僕はカーマイン先生に貴族の礼服を借りたり、礼儀作法を学んだりして過ごした。

 礼服は学生服みたいに、喉元をフックで閉めるタイプで着るには苦じゃなかったが、正直礼服は豪華すぎて僕には似合わなかった。

 けれど、セリアに恥を欠かせないために必要なことだった。


 そして今、僕は馬車に揺られながら彼女の屋敷に向かっている。

 帝国領と王国領との間にはアルゼン山脈で隔てられ、その麓にある街、要塞都市グランデムにセリアの屋敷は構えている。


 ここ要塞都市グランデムは先祖代々帝国からの脅威からその身を盾として進行を遮って来た、国防の要所の一つだ。

 要塞都市の名は伊達ではなく、ここ数百年帝国との大きな戦争があった時も、ここグランデムだけは一度たりとも帝国の侵略を許したことがないらしい。

 それほどの要所をまとめ上げているのが、ハイル・ローデンハイム。すなわちセリアのお父さんだ。

 彼のお方は、質実剛健で有名な人で民からの信頼も厚く、自分にも他人にも厳しい人だという。


 そんな人に会わなければならないと思うと、今から気が気でならない。

 噂では大剣を片手で扱い振り回すとか、戦場で分厚いフルプレートを両断したとか、そんな武勇伝が数多くある人だ。

 きっと僕なんかじゃ比べ物もないくらいの大男なんだろう。


「うう。あまり気が進まないな」

 僕は馬車の中で、頭を抱えていた。

 最近こんなことばっかりだな。

 穏便に行けばいいのだけど、いきなり切り掛かってくるとかないよな。

 100パーセントないとは言い切れないから怖い。


「お土産かなんか買った方がいいんだろうな」

 思い立った僕は御者にお願いしてここいらで有名な特産物を教えてもらった。

 彼によると、どうもローデンハイム領では紅茶が有名らしい。

 それならと、ここいらで上等な紅茶売りによってもらうことにした。

 

「ここが王宮御用達の紅茶専門店でございやす」

「ありがとう」

 着いたのは明らかに高そうなお店だった。

 そして一見さんお断りの雰囲気を醸し出している。

 本当にこんなところ入って大丈夫なのだろうか?


「こんなところ入って大丈夫?」

「あなたは勇者様でございやす。いざとなったら聖剣を出せば、納得してくれるでしょうや」

「本当に?」

 僕は疑いながら、店の中に入っていく。


「いらっしゃいませ。 失礼ですがどなたかのご紹介でしょうか?」

 どうやら僕の格好を見て、どこかの貴族の子弟だと思ったようだ。

 しかし、やっぱり誰かの紹介でないと入れないみたいだ。

 どうしよう。


「いえ、紹介者はいません。僕は……」

「申し訳ございません。当店では紹介なしのお客様にはお売りできない決まりでして」

 僕が何か言う前に、先に言われてしまった。

 これはやっぱり聖剣を出すしかないのかな。

 あまり騒ぎになるようなことはしたくないんだけど。


「いや、その……」

「その方は世の連れじゃ」

 僕が迷っていると後ろから声が聞こえた。

 そこにいたのは中学生くらいの男の子だった。

 身長は低くて160センチくらい。

 質素だが上質とわかるコートを着ていて、背中には身の丈ほどの大剣を装備している。


「こ、これは申し訳ございません!」

 中学生くらいの人を見て、店員はあからさまに狼狽している。

 それ以来、定員は何をいうわけでもなく、奥の方に行ってしまった。


「この紹介というシステムはめんどくさいな。これでは市民が好きに買い物をすることもできん。そなたもそう思わんか?」

「え、ええ。そうですね」

 えらく偉そうな中学生は僕にやけに馴れ馴れしく話しかけてくる。

 

「そうだろう、そうだろう。いっそのことこんなもの無くしてしまえばいいのじゃが、商業ギルドの奴らがうるさくての。そうも言ってられんのだ」

「はぁ。そんなんですね」

 何が楽しいのか、中学生はガハハと笑いながら持論を力説する。

 しかし、こんな店に中学生がいるとは、この子はどこかのお金持ちの子供なのかもしてない。

 一応言葉使いには気をつけよう。


「さっきはありがとうございました。おかげで助かりました」

「何気にするな。困っていれば助けるのは当然じゃ」

 中学生は僕の態度に満足したのか、やけに得意げだ。

 やっぱり、この年頃になると正義の味方にでも憧れるのだろうか。

 ちょっと微笑ましくなる。


「おっとすまない。買い物の途中だったのだな。どれ世が選んでやろう。何か希望はあるか?」

「え。じゃお願いしようかな。貴族の屋敷にお土産に持っていくんだけど、何かいい銘柄はないかな」

 そこまで言うと、彼の動きがピタリと止まった。

 そして、ゆっくりとこちらに振り返った。

 な、なんだよ。


「それは、ローデンハイム邸に持っていくと言う意味か?」

「え、名前まで行ったけ? そうだよ。今日お邪魔することになっているんです」

「ふーん」

 それ以来、彼は僕のことをジロジロ見始める。


「これが今代の勇者のう」

「ん? 何か言いました?」

 彼は何か呟くように言ったが、小さくて聞き取れなかった。

 

「いや、なんでもない。それならこのローズヒップティーがおすすじゃ。あそこの夫人はこのローズヒップティーが大好きじゃからのう」

「そうですか。ありがとうございます」

「いやいやこちらこそ、ではまたの・・・

「はい」

 中学生にお礼を言うと、彼は何も買わずに帰って行った。


 一体何がしたかったのかは、わからないが助かったことは確かだ。

「すみません。これください」

 僕は彼が選んだ紅茶を片手に定員に話しかけた。



 

 男が店から出ると、あたりはすっかり茜色に染まっていた。

 店の前に止まっていた馬車に乗り込むと御者は彼に聞いてきた。

「ご苦労様です」

「うぬ」

「何度も申し上げますが、旦那様自らお買い物にくるなどおやめください」

 この主人は毎度のことながら、何かの行事があることに街に降りて自分でなんでもしてしまうのだ。


「いや。そうはいくまい。今日はセリアの婚約者殿がくる日なのだからな。世自ら動かねばならぬ」

「はぁ。それで紅茶はいいのは手に入りましたか?」

 御者はいつものこととばかりに、ため息をつき自分の主人に聞いた。


「ああ。とびきりの上客が持ってきてくれるそうだ」

 そう言って笑う彼が乗る馬車にはローデンハイムの紋章が刻まれていた。

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