第10話 勇者の試練
聖剣が抜けなかった。
その衝撃は思いの外大きかったようだ。
あれからどれくらいの時が流れたのかさえ分からなくなっていた。
体感にして一時間くらいだろうか? しかし実際は一分もたっていないかもしれない。
それほど僕は、窮地に立たされた。
え。抜けないとか本当どうしよう。
もう、どうしようもないんだが。
焦りのため全身から汗が噴き出す。
このままではヤバイ。
慌ててもう一度、聖剣の柄に手をかける。
「ふぬぬらぁぁぁ」
今度こそと気合いを入れて渾身の力を込めた。
その他にもありとあらゆる方向から剣を抜こうとするが、剣はピクリとも動こうとしなかった。
「はぁはぁはぁはぁ」
全力で抜こうとしていた為か息切れが激しい。
力に自信があったわけじゃないけど、これだけやっても抜けないということはもう無理なのだろう。
「マグナレンさんに処刑されるしかないんだろうか」
ああいやだ。死にたくないぃい。
そう言って床に手をつくと、床に『$』のような模様があった。
すぐそばには小さな穴のようなものまである。
その模様には見覚えがある。前の世界にあったパズルゲームに書かれていたものだ。
その時、僕は台座の周りにあるハンマーや剣に目が止まった。
初めは前の勇者候補が持ち込んだものだと思ったけれど、どうやってここまで持ち込んだのだろうか。
神殿に入るときは神官が見張っていて、武器らしきものは持ち込むことはできない。
だとしたら、これらははじめからここにあったことになる。
「もしかしたら」
よく見ると、剣は6本、ハンマーは6本あった。
それぞれに魔法の印が刻まれていて、台座の周りにはそれぞれ12個同じ印が彫り込まれていた。
これほど、ゲームの世界に近い世界だ。試して見る価値はあるかもしれない。
僕はその中で『$』の剣を同じ剣型の穴に差し込んだ。
すると、刺した剣が光だし中央の聖剣に向かって光が伸びた。
「よし、よし、よし!」
僕は興奮して一気に残る印とあう剣とハンマーを差し込んでいった。
光が次々と中央に集まっていく。
すると中央の聖剣がさらに強く光ったかと思うと、
パキパキパキ
音を立てて台座が砕けてた。
しばらくして、光が収まるとそこには宙に行く一本の聖剣があった。
神殿に貼られている黄緑色の結界の外側から、私たちは先生の帰りを待っていた。
「先生遅いね」
「ケイトンどうしたのかな?」
先生が入ってからそろそろ半日は経とうとしていて、剣を取りに行くだけでにしてはあまりにも時間がかかり過ぎている。
こうしている間にも太陽が沈み始めている。
「まさか、失格ってことはないよね」
テレーゼがそう話すと、神馬さまがそれに応える。
『まぁ。大丈夫っすよきっと』
神馬さまのどこか余裕を感じさせる声が聞こえる。
「でも、ちぇんちぇーでてこないよ」
そこにクレアが心配な声で神馬さまに聞いた。
『勇者の儀っていうくらいだから、何かしら剣を抜く以外に試練があるんっすよ」
しかし神馬さまは先ほどと変わらぬ表情で言う。
「試練ですか?」
『そうっす。例えば、モンスターを100体倒さなければ剣を抜けないとか、聖剣を守る聖獣に認められなければならないとか、そんな感じっすよ。きっと』
私たちは唖然とした。そして無理だと思ったのだ。
今の先生は丸腰だ。持っているものとしたら聖剣を入れる鞘と食料を入れてた鞄程度のもので、戦闘に役立ちそうなものはないはずだ。
「そんなケントン超ピンチじゃん!」
「早く助けにいきましょう」
早くしないと先生が危ないかもしれない。
そんなことを聞いて、勇者の神殿に乗り込もとした時。
私たちを遮る影ができた。
「おおーっと! どこにいこうとしているのですかね」
そこにいたのは協会神官のマグナレンさんだった。
「ちぇんちぇーがたいへんなの。たすけにいかせて!」
「お願いします」
クレアとロマナが必死に訴えた。
しかし、
「のんのん。勇者選定の儀は神聖な儀式。その間はたとえ神であっても中に入ることはできないのです」
マグナレンさんは大きく腕を横に広げ、私たちの進行を阻む。
その目には確固たる意志が見て取れた。
こうなったら実力行使しかないかと、魔法を起動させようとした瞬間。
「や、やぁ」
そこには一人の青年がいた。
短く切り揃えた髪はボサボサになり、切れ目で見ただけど、いつも優しい目はどこか疲れ果てているように見える。
先生だ。先生が神殿の入り口に立っていた。
その右手には、剣が入った鞘を持っている。
どうやら聖剣を抜くことができたらしい。
「「「「先生ー!」」」」
慌てて先生の近くに近寄った。
みんなベタベタと先生の体を探る。
先生の体は汚れてはいるものの、怪我らしい怪我はなかった。
「もう、心配しちゃったんだから」
「本当です。先生の身に何かあったのではないかと思いました」
「ちぇんちぇーどこもいたくない?」
「どこもお怪我はないですか?」
みんな思い思いに言葉を紡ぎ出す。
本当に良かった。
先生は「ごめん」と一言笑う。
もみくちゃになりながら、私たちのなすがままになっている。
すると、テレーゼが
「ケイトン、聖剣見せて見せて」
テレーゼが先生に向かってお願いする。
私も気になっていた。聖剣とはどのようなものなのか。
「いいよ」
先生は一言そう言うと鞘から聖剣を取り出した。
そうすると、周りはまるで
発光源は一本の片手剣だ。
余分な装飾はないが、滲み出る聖なる気は紛れもなく聖剣。
本当に物語に出てくる聖剣みたいだ!
いや。これが聖剣なんだ!
私が感慨にふけっていると、みんなの興奮する声が聞こえてくる。
「すごい! 本物みたい!」
「うふふ、お嬢様。本物ですよ」
テレーゼとロマナさんが関心していると。
「ほほほ。無事聖剣をとって来れたようですね」
マグナレンさんが先生に向かって話しかけてきた。
「なんかとかギリギリでしたけどね」
「過程は関係ありません。結果が全てです。そして、おめでとうございます。これであなたも勇者です」
「僕なんかが勇者なんて今でも信じられないです」
「信じられないかもしれませんが、これが真実です。さぁ、教会に帰りましょう。今夜は宴ですよ」
こうして先生は聖剣を手に入れた。
サントレア神聖国の首都サントレアに戻ると、そこはもうすでに祭りが始まっていた。
街中がお祭り騒ぎで、屋台や出店なども立ち並んでいる。
どうやら僕が聖剣を抜いたことをいち早く伝えた人がいたらしく、帰りを待ちきれず祭りがスタートしてしまったらしい。
祭りはどこもかしこも盛り上がっており、こちらまで祭りの熱気が伝わってくる。
「あ! 勇者さまだ!」
「勇者さま!!」
僕たちの姿を見つけると、あちこちで悲鳴のような声が聞こえた。
あまりの人に通ることもできなかったが、衛兵の人たちが駆けつけてくれて、なんとか人だかりは二つに割れ通ることができた。
僕はマグナレンさんに先導され、早歩きに中央の一番大きな教会まで歩いた。
教会に着くと二人の門番がいて、こちらに気づく。
それにマグナレンさんが対応した。
「勇者さまのお通りだ。門を開けよ」
「で、では! その方が!」
マグナレンさんが門番に言うと、門番は心底興奮している反応を見せる。
彼らも数百年ぶりの勇者の誕生に心踊っているようだ。
「そうだ。これから聖女さまとの謁見がある。早く門を開けよ」
「はっ!」
門番は勢いよく門を開けると、騎士の敬礼を取り僕らを通してくれた。
「そうだ、勇者さま。聖女さまに謁見する前に、国民にそのお姿を見せてやってもらえませんでしょうか?」
「え、あ、はい。いいですよ」
僕はマグナレンさんに連れられて、教会のバルコニーにたどり着いた。
バルコニーから外を見下ろす。
下にはアリの入る隙間もないくらいの人が溢れていた。
もしかして、国中の人が集まったんじゃないないだろうか。
「勇者さまがお見えになったぞ!」
「ケイトさま!」
顔を出すと、嵐のような歓声が飛び込んでくる。
僕がその勢いに押されていると、隣にいたセリアが声をかけてきた。
「ほら、先生。聖剣を掲げてください」
僕は言われるがままに聖剣を掲げる。
すると、
『おぉぉぉっっ!』
群衆の高まりは最高潮に達した。
その光景は、まるで前の世界のアイドルのコンサートのようだ。
『ケイト! ケイト! ケイト!」
群衆の中から僕を讃える声が聞こえる。
僕はしばらく剣を掲げていたが、次第に恥ずかしくなって、剣を鞘に戻すとそのまま協会の中に戻っていった。
後ろからはいまだに僕を讃える声が聞こえてくる。
「お疲れ様でした、勇者さま」
マグナレンさんが僕をねぎらうと同時に、次は協会内の偉そうな方々が僕の方に近づいてきた。
中には王国の学園都市にいるはずのコルソンさんまでいる。
教会の枢機卿を始め数々の人から労いの言葉をもらう。
次々にくる偉い方々に僕が戸惑っていると、
「勇者さまはこの後は、聖女さまとの謁見があります。どうかご勘弁を」
一区切りついたところで、マグナレンさんが僕を連れ出してくれた。
次にマグナレンさんに連れられたのは、協会内の奥の奥。
いくつもの道を経由してようやくたどり着ける場所だった。
「聖女さま。勇者さまをお連れしました」
「入りなさい」
中から女の子らしき声が聞こえてくる。
「失礼します」
マグナレンさんが今までにないくらい真面目な声色で返事をし中に入る。
「ご苦労様です。そしてケイトさまお初にお目にかかります」
促されて中に入ると、銀髪に碧眼。身長も130センチくらいだろうか。
そこにはセリアともたいして変わらない年齢の女の子がいた。
「えーっと君が?」
「はい。私は聖女リナリア・フローレンスと申します。どうかリナとお呼びください」
そう言うとリナは、小さくお辞儀をした。
慌ててお辞儀を返す。
綺麗に礼をするその姿は、セリアやテレーゼとはまた違った気品が見え隠れした。
「マグナレン。ケイトさまと二人っきりで話したいことがあります。少しの間人払いを」
「分かりました」
マグナレンさんはそう返事をすると、一礼して廊下に出ていった。
「さて、ケイトさま」
リナはそう一区切りつけると、言いずらそうな雰囲気を醸し出しながら僕に言う。
「残念ながら、あなた様は勇者ではありません」
僕は一瞬、何を言っているのか理解することができなかった。
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